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雷帝のメイド  作者: なこはる
四章-平穏とプライド-
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ラビットジョーク

 晴天なりて、蒼。


 広がる蒼とそれに寄り添う大きな白。照り付ける太陽に、時折に影を与えてくれる入道雲。これでもかと主張してくる夏の中で、馬車は林道をことことと進む。必要以上の速度は不要、安全を第一に件の湖へ。せっかくの主の休日、最高の環境を整えたいと思うのは従者として当然の思いである。


 シエル様とは現地で合流とのことで、車内には我が主、ミーア様、フィオさんの御三方が。残念ながらリドルフ執事長は屋敷の管理や緊急時の対応のために御留守番。自らその役を買って出るのだから、リドルフ執事長の忠誠心は本物と言えるのだろう。ナナキも負けてはいられない。


 ということで、今もこうして車外にて見張りをしている次第。何でもこの林道、大きな獣が出るのだとか。大自然の王であるナナキとして余所のテリトリーであろうとお構いなしにぶち破る所存で在る。平伏せ食料、このナナキこそが食物連鎖の頂点である。ガオー。


 御覧なさい友よ、威嚇するナナキの構えだ。


 ポイントとしては寄らば食すという雰囲気を出すことだ。さあ友よ、君もトライ。渋るかと思ったけれど友は切れのある動きでナナキと同じ構えを取った。林道を進む馬車の上で、友と一緒にまだ見ぬ大型の獣を威嚇する。ナナキと友は今日も仲良しです、お母様。


「ウサギさん、湖はまだ見えないの?」

「もうしばらくは林道が続きそうですね」


 窓からナナキに問いかけてきたミーア様に応答。正直に言えばこの辺りの地理は詳しくないので湖までの距離はわからないのだけど、そわそわとして楽しみにしているミーア様に水を差すような真似はしない。今日から一泊二日のバカンス。良い夏の思い出となりますように。


「そう。それなら噂の獣はどうかしら。近くには居ないの?」

「もしかして、退屈ですか」

「お兄様もフィオも寝ているのよ。疲れているんでしょうね」


 御二人とも普段から気を張る必要がある立場だから許してあげてほしいと思う。代わりと言っては何だけれど、ナナキがミーア様を楽しませよう。さて、何が良いだろうか。やはりここは小粋なトークでミーア様との距離を縮めるべきか。そして関心を買い、ウサギから人へと成る。うん、これで行こう。


「ところでご存じですか、ミーア様。実はウサギって人を褒めるのが得意なのです」

「あらそう。それは初耳ね」


 食い付き悪っ。


 いやなに、まだまだこれからが本番である。友は否定するが、特別な人間であるナナキはセンスだって一流なのだ。習ったことはないけれど、誰かを楽しませることのできる会話くらはい容易いのである。そうとも、造作もない。


「それじゃあせっかくだし褒めてもらおうかしらね」


 窓に寄りかかりながらだらんと脱力しているミーア様は、心底どうでも良さそうに告げた。色々と心外ではあるけれど、誘いには乗ってきたので良しとする。ここまで来ればもう大丈夫、ナナキのセンスにクスリと笑みを零すと良い。


「グゥグゥ!」

「……?」

「グゥグゥ!」

「ごめんなさい、私はウサギの言葉はわからないの」

「いえ、褒めているのです」


 思惑通り、ミーア様は興味を示してくれた。その証拠に気だるげにして寄りかかっていた身体を少しだけ正してナナキを見ている。それではナナキのセンスを括目して頂くとしよう。これが天上の存在が持つ才能と言うものである。


 天上のナナキスマイル。世界の皆さま、参ります。


Good(グゥ)! ってね!」


 止めのウィンクも添えて。フフ、決まっ――――


「――――グゥゥッ!?」


 目にニンジンが刺さった。



 到着。何事もなく。


 いや、敢えて上げるのだとすればナナキの眼球が多少のダメージを負ったくらいか。けれどこれは仕方がない。きっとナナキが未熟であったのだ。


「すっかり寝てしまったな……すまん、ミーア」

「申し訳ありません申し訳ありません!」


 まだ少し眠そうに謝罪する主と今にも泣きだしてしまいそうな表情で何度も頭を下げるフィオさん。主はともかく、フィオさんは立場的に居心地が悪いだろう。フォローして差し上げたいが、ナナキの頭では咄嗟に良い具合のものが思いつかない。


「フィオ、今日の貴女は私の友人として呼んでいるの。次にかしこまったらニンジンをぶつけるわよ」

「あぅぅ……」


 これは聞いた話でしかないのだけど、フィオさんの家は代々アルフレイドに仕えているのだとか。つまり御二人は幼馴染であり、親友でもあるらしい。素敵な友情だった。ナナキにも少し分けて頂けないだろうか。もちろん、人として。


 それと然も当然のように仰っているが、ニンジンは投擲武器じゃない。


「さて、シエルの家が経営しているペンションは……こっちか」

「出迎えくらいあってもいいわよね、嫌われてるんじゃないのお兄様」

「嬉しそうに言うなよ。俺の妹は性格の良い美人だった筈だが」

「現実を見た方がいいわよ。それとも目にニンジンでも刺さってる?」


 そんな恰好の良い人はナナキ一人で十分だ。だからくれぐれも主にキャロット砲を撃たないで頂きたい。普通の人が眼球にニンジンを受けたら大変危険である。ナナキ以外の人は無茶をしてはいけない。どうしてもナナキの真似をしたければ、神様と友人になることだ。


 ともあれ、噂の大型の獣が現れることもなく湖へと到着した。フェアリー・レイクと名付けられたこの湖は日々の猛暑にうんざりとした貴族の皆さまが避暑地に選ぶ人気スポット。涼やかな風に澄んだ綺麗な水は文明生活で心が汚染された人々を癒すのだろう。


 お久しぶりの大自然、ナナキは帰ってきた。


 駆け回って食料の確保に向かいたい衝動を抑え込む。いや、これはもう習慣と言うべきなのだろうか。とはいえ今のナナキはメイド、よって自由に行動できる時間は少ない。まずは皆さまの荷物を速やかに運搬するべし。


「ゼアン様ー! こちらですよー!」


 湖からそう離れていない小さな丘の上に建つ白いペンションから手を振るシエル様を視認。目標地点が知れれば実に容易い仕事である。即座に皆さまの荷物を持ってシエル様の下へと移動する。この距離であれば主の傍を離れても大丈夫、すぐに駆け付けられる。


「おはようございます、シエル様。皆さまの荷物をお運びしたいのですが、どちらまで」

「おはようございますナナさん。荷物は使用人たちに任せてくださって構いませんよ」

「かしこまりました」


 大した手間ですらないのでナナキが運んでも構わないのだけど、ここはシエル様の顔を立てることにする。それと感謝も必要だ。ありがとうございます、シエル様。出てきた使用人の方に荷物を引き継ぐ。初めまして、ナナキです。どうぞよろしくお願い致します。


 一礼をすれば相手も返礼してくれた。さすがはシエル様の使用人、美しい所作であった。今回はバカンスとのことだけど、ナナキとしてはペンションのスタッフはもちろん、シエル様の使用人の方からも盗めるものは盗ませて頂こうと思う。ナナキの成長の糧になってほしい。


 そんな使命感に燃えるナナキにシエル様がどうしてか微笑んだ。のんのん、笑顔で負けるわけにはいかないのですシエル様。見ている人も幸せになれる笑顔、それには輝かしさが要る、美しさも要る。肯定した世界へと捧ぐナナキの笑顔。


 完全勝利のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


「ナナさんは立場的に色々と気を遣ってしまうかもしれませんが、楽しんでいってくださいね」

「……ありがとうございます、シエル様」


 敗北を知った。


 美しい心の前に散る、それも悪くはないのかもしれなかった。このナナキを負かすとは、さすがは主の婚約者と言ったところだろうか。対抗心を殺して、今度は普通に微笑み合った。本当、美しい人だ。


「お世話になります」


 バカンスが始まる。

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