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雷帝のメイド  作者: なこはる
四章-平穏とプライド-
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大きくなったよ

 黄金が見えた。


 夏の夜明けは早い。闇に包まれていた筈のこの空が、黄金を纏って姿を変える。なんて綺麗な光なんだろう。やっぱり空は良い。大きな雲も、蒼い空も、黄金の夜明けも、ナナキは好きだ。もうすぐ朝だ、時代遅れの神様に説教をしている場合ではない。ナナキはメイドなのだから。


「人が神と成るか」


 関心しているのか、それとも悲観しているのか。翼をもがれた神様は空を堕ちながら呟いた。神様が人間を理解してくれないのなら、人は神様に成り得るのかもしれない。だって勝手なことばかりするじゃないか。貴方たち神様は。一度でも人間を見てくれたことはあるのだろうか。


 神様だって言うならちゃんと見てよ、私たちを。


「――――友よッ」


 顕現、イルヴェング=ナズグル。


 くだらない戦いだった。これで終わりにしよう。ナナキが削って友が殺す、それでおしまいだ。きっと伝説に語っても意味はない。消さなければ終わらない。それなら、古い伝説にはご退場願おう。もう誰もそんな伝説は求めていないから。口先ばかりの救いなんて。


「見事」


 それは紛れもない称賛だった。やあやあ、ナナキは遂に神様からもお褒めに預かった。どうだろう、人間もそう捨てたものじゃないだろう。三大神が一角、イグレイ=アライラーからの称賛、確と受け取った。なればこそ、この黄金の空で決着を。


「しかし、終焉の芽を摘むのは我の役目」

「ぬッ」


 光? なんの――――


「――――夢幻に堕ちよ、ヒューマン・デウス」



「こらナナキッ‼」

「――――うだぅッ!?」


 頭部に何かが被弾した。とてつもない衝撃に世界がぐるぐる回ってる。こ、このナナキに不意打ちとはいえ一撃を入れるなんて、いったいどれだけの強者なるや。あれ、いや、そもそもナナキは何をしていたのだったか。それにここはどこだったか。


 いいや、そんなことよりもだ。今の声はまるで――――


「帰ってくるまでに火を着けとけって言っただろう。すぐに食べれないじゃないか」


 鏡――――じゃない。だってそこには存在を感じるから。誰よりも強くて、誰よりも優しくて、誰よりも美しくて、それでも世界に殺されてしまった筈の人。同じ黒曜の髪、同じ顔、それでも違う、ナナキの原点。酷く弱かったナナキを強くしてくれた人。


「――――――――お母……様……?」

「うん? ってちょっとちょっと、何泣いてんのッ!? そんなに痛かったか!?」


 ぽろぽろと。ぽろぽろと崩れていった。強者であるために必要なそれらが、失ってしまった筈のお母様の姿を見て、ぽろぽろと。酷く懐かしい声だった。もうずっと聞いていない、聞くことができない筈の声だったんだ。聞こえる、確かにそれが聞こえる。


「何だよどうした。もう大きいんだからいつまでも泣いてばかりじゃダメだぞナナキ」


 ああ、聞いたことのある建前だ。いつもそう言って厳しさを見せても、結局最後には撫でてくれる。色々とずれている人だったけれど、いつもナナキのことだけは気にかけてくれた。愛してくれた。その優しさを覚えているから、だから、その手がまた頭を撫でてくれたその瞬間にはもう、ダメだった。


「――――」


 なんて泣いたらいいのか、わからなかった。声にすらなってない、ナナキの泣き声はあの最期の日のようにお母様を困らせているのだろう。それでも甘えたい。甘えたって良い筈だ。ずっと頑張ってきた、必死に生きてきた。褒められて然るべきだ。お母様が居るのなら。


「本当にどうした? 悪い夢でも見たのか」


 ――――悪い夢。


 そうか、夢だったんだ。


「――――お母様……お母様……ッ、お母様ッ‼」


 もう恰好なんてどうでも良かった。強さだって、今この時は要らないと思った。無様に何度も何度も呼んで、離さないように強く強く、ぎゅって抱きしめた。温かい、無くしちゃった大事なものがここに在る。ずっと早くに無くしてしまったものが、在る。


「いい加減泣き止めナナキ。こんなんじゃ強者にはなれな――――」

「――――ありがとうございましたッ‼」


 母の言葉を遮った。悪い娘だ。でも叱るのはどうか後にして頂きたい。


「産んで頂いてありがとうございましたッ‼ 育ててくれてありがとうございましたッ‼」


 あの小さな子供だったナナキは、こんなに大きくなりました。それはお母様がたった一人でナナキを育ててくれたから、強くしてくれたから。年を経て、物心がしっかりと付いて、ようやく生まれたこの感謝の念を伝えようにも既にお母様はいなかった。


 なら今伝えなきゃいけない。十六年分の感謝を。これから先の未来の感謝を。


「名前をくれて、愛してくれて、褒めてくれて、ありがとうございましたッ‼」


 一つでも多く感謝を伝えたかった。お母様のおかげで人に感謝することができるようになりました。人を認めることができるようになりました。誇りを持つことも、それを尊ぶことも。話したいことなど幾らでもある。それでも、伝えるのは感謝しかない。


「叱って頂いて、厳しくして頂いて、強くして頂いて、ありがとうございました……」


 ――――夢から覚めてしまう前に、一つでも多く。


「ずっと……ずっと伝えたかったのですッ! ご心配ばかりお掛けして申し訳ありません。ナナキは元気にやっています、生きていけています! お母様が……お母様のおかげで!」


 早く、早く。この世界が終わってしまう前に。きっと内容は酷いものになってしまっているだろう。それでもこの口を止めてはいけない。まとまりのない言葉でも、この心は本物だから。きっと届くと信じて。


「幸せでしたッ‼ お母様の娘に生まれて、お母様に育てて頂いてッ‼ ありがとうございます、命を分けて頂いて……それで……お母さ……うぅ、うえぇぇッ……」


 まだまだ言わなきゃいけないことがたくさんあるのに、嗚咽も涙も止まらない。ああ、世界が壊れていく。割れていく。ダメだ、まだダメだ。こんなに早く終わって良い筈がない。神様だろイグレイ=アライラー、少しくらいは耐えてみせてよッ‼


 意識なんかしなくてもこの身体は学んでしまう。これが夢なんだとわかればそれを破ろうとしてしまう。特別な人間だから、お母様がその強さをくれたから。でも今は、もう少しだけどうか。


「――――感謝されるようなことじゃないんだよ、ナナキ」


 終わっていく世界で、お母様は綺麗に笑った。


 それはあの日に失われてしまった笑顔だった。ずっと見ていたいのに、涙が邪魔をする。


「いつかナナキも親になる。そうしたらわかるよ」

「……おがあ゛ざん゛」

「ハハ、ようやくナナキに会えた気がする。丁寧な言葉遣いばかりでどうしたのかと思ったぞ」


 お母様は死んだ、お母様はもう居ない。だからこれはきっと、ナナキの記憶の中で生きているお母様。この言葉は、この温もりはきっと全部ナナキが望んだもので、本物じゃないのだろう。それでも良い、それでも確かにナナキの愛する人だから。


「大きくなったな、強くなったな。ナナキ」


 優しく抱きしめてくれた、撫でてくれた。溢れてくる涙とどうしようもない感情に声が出ない。なんて都合の良い夢だろう。ずっと見ていたい、ずっとここに居たい。それでもナナキの命が、誇りがそれを許してくれない。


 世界がガラガラと崩れていく。もう覚醒してしまう。そうしたらもう会えない。またこの温もりを失ってしまう。離したくない、それでも……誇りのために行かなきゃならない。


「良くやった、お前は私の誇りだよ」

「――――ッ」


 それは、ずっと望んでいたものだった。お母様が亡くなってから十年、ずっとそれだけを望んでいた。叶うことのないそれが、今叶った。ずっとずっと、もう一度だけとそう望んだそれが、今叶った。


「良かったよ、私の役目は終わってた。だから、次はお前の番だナナキ」

「愛しています……お母さん」

「……うん。行ってこい」


 消えていく世界、その中で。


「負けんなよッ!」


 愛した笑顔が最後に輝いた。



 至福の夢を見た。それは都合の良い夢で、正に望外であった。


「――――ありがとう、神様」


 生まれて初めて、敵に感謝をした。


 堕ちて、堕ちて堕ちていくその神様に最期の剣を突き立てる。黄金の空に神様と戦って、母を見た。これが最後なのだとわかっているから、別れの言葉を囁いた。もう二度と、どちらにも会えない。でもきっとそれで良いのだ。もう伝えたから、もう伝わったから。


 ねえ、友よ。今日、ナナキはお母様に会ったんだ。そうだね、何のことかきっとわからないのだと思う。だからたくさん話そう。聞いてほしいんだ。ナナキのこと。お母様のこと。それでね、できれば肯定してほしいんだ。


 ――――ナナキは生まれてきて良かった。

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