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雷帝のメイド  作者: なこはる
四章-平穏とプライド-
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崩界の仔

 反応は既に伝わってしまった。


 予想もしない一撃に大した動揺もなく対応できる程、この場に居る面子は成熟してはいない。これがヴィルモット・アルカーンが立案したものであるとするのなら、大したものだ。どこから得た情報かは知らないが、彼は我が主がその存在を知っているという事実を決定付けた。


「なるほど、確かに恐ろしくて書面にはできないな」


 不意打ちを食らい否定を潰された主は肩を竦ませた。


 その存在が露見すれば世界は大きく変わる。しかし今それが変わってしまっては、主の抱いた野望は叶わないだろう。相手が慎重であったことは主にとっても良いことだ。しかし、ナナキとしてはこれをあのヴィルモット・アルカーンが? という疑念がある。


 彼がそこまで切れる頭を持っていたのなら、現状は変わっていた筈だ。さて、いったいどういうことなのか。


「そうだな……”同じ場所まで来い“とヴィルモットに伝えてくれないか」

「かしこまりました」


 悩んだ素振りは見せたものの、回答は早かった。さて困ったぞ、ナナキには主が何を考えているかがわからない。当然だ、ナナキは主ではないのだから。何かしらの考えがあるのだろう。ナナキは主からの信頼を得ている、そこに間違いはない。であれば、堂々と控えていよう。その時まで。


「私にはお兄様が何を考えているのかわからないわ」


 従者であるナナキとは距離感が違うミーア様は露骨に反感をお見せになった。見る見るうちにその美しいお顔がご機嫌ナナメになっていく。その原因たるヴィルモット・アルカーンの従者であるアキハさんはさぞ居心地が悪いだろう。ごめんなさい。


「その話は後でにしよう。ナナ、彼女を見送ってくれ」


 委細承知。健闘を。


 恐らくこの後にミーア様のご機嫌取りをしなければならない主に一礼にて応答した。多少は苦労があるかもしれないが、それもまた良い息抜きとなるのだろう。あの兄妹の仲は大変に良い、心配は要らないだろう。注意することがあるとすれば、キャロット砲くらいだ。あれはそこそこ痛いから。


「お疲れさまです」


 主が謝罪していない以上、ナナキが謝ることはできない。だから掛ける言葉はこれで良い。ナナキの友であり人格者でもあるアキハさんがこの言葉を曲げて捉える筈がない。これは信頼の証でもあるのだ。


「前にお会いした時よりも威厳が出てきましたね。別人のようでした」


 ――――それはきっと、アイナ・アイナを殺したからだ。


 主も、ナナキも、取り繕わない。主は下し、ナナキは斬った。その精神は既に強者として申し分のないものと成った。だからこそ、立ち居振る舞いも以前よりもずっと立派に見える。そして変わったのは見栄えや恰好だけではない。主はナナキが気絶している間に六大貴族、いや、五大貴族と交渉を行った。


 それはまだ遠くはあるけれど、必ず待っている未来へ向けての交渉。


 渇望する”英雄“の座への一歩、ナナキが見ていないところで主は歩き始めた。


「はい、誇らしく思います」


 だからナナキはそれを誇る。だってナナキは主の従者だから。彼が強者となる、その誇りが生れるその瞬間を見ていたから。だから少しくらい得意気にしたって良い筈だ。


「……もしかして惚れてますか? 明らかに笑顔の質が違います」

「ご冗談を。私は従者ですよ、アキハさん」


 またとんでもない発言をする。アキハさんとはすっかりと打ち解けたがこれとそれとは話が別なのである。ナナキは従者として役目を全うする所存である。もし何かがあるとするならば、それは全てを終えてからだ。でもそれを口外するつもりはない。


「では従者でなかったら良いのですか」

「…………私は従者です」

「わかりやすい間でしたね」


 そそそそんなことなナキ。



 人は夜に眠るものだ。


 どれだけ忙しくても、御月様が昇り始めれば主はこの屋敷へと帰ってくる。ここは彼の家だから。主とミーア様、フィオさんにリドルフ執事長。ナナキも合わせれば五人の住む家。ふかふかの寝具の上で平穏を貪る。それも良い。


 けれど最近は平穏の番人になりたい気分だった。


 屋敷の屋根の上で足をぶらぶら。こんばんは御月様、いつぞやは大変な失礼を。本日のご機嫌はいかがだろう。隠れてしまわないところを見るに、悪くはないのだと思うけれど。科学のないこの世界を照らしてくれる唯一の光源は今日も美しい。


 人はこの時間に眠るけれど、獣はこの時間から活動を開始するものだ。今やアルフレイドは没落寸前とは言えない。財の女王アイナ・アイナを下し、その財源は譲渡された。妬みか嫉みかは知らないが、それに納得のいかない連中が動くとしたらこういった時間が一番なのだ。


 だからここ最近は自主的にナナキは夜更かしをしている。


「~♪」


 月夜にだって歌ってしまう。口遊むのはもちろん、お母様がよく歌っていたあの歌だ。名前も知らない大好きな歌。涼やかな夏の夜に静かなコンサート。


「――――崩界の仔よ」


 ナナキの歌声につられてか、変なのが来てしまった。美声が過ぎるのも考えものである。


「人聞きが悪いよ、神様」


 人の形はしている。それでも、それは人ではなかった。御大層な羽根を生やした騎士甲冑。これは天使かな、それとも騎士かな。どちらでも良いけれど。初めまして神様、ナナキです。


「終焉の兆しは摘み取らねばならぬ。汝、ここにて終われ」

「物騒な神様だ」


 まったく、次から次へとよく来るものだ。受け入れたとはいえ、呪いとは厄介なものである。


 この世界には神様が居る。普通の人には見えないだけで、人とは比べものにならない程の魔力を持った存在がこの世界には居るのだ。生命体ですらない、言うなれば思念体とでも言うのだろうか。人はそれを神様と呼ぶことにした。


 神様にも色々と居るもので、友のように他の神様が大嫌いな神様も居れば、こうやって世界を守るためにやってくる神様も居る。人間の世界を滅ぼしておきながら、人間を守る神様だって居るのだ。正しく神様だ。だって勝手だもの。


「イグレイ=アライラーの名の下に、世界に平穏を」


 聞いたことのある名前だった。彼の有名な三大神の一角ではないか。なんてこと、格で言うのならばイルヴェング=ナズグルよりも上の神様だった。そんなのが来るあたり、ナナキはやはり世界にとっての脅威なのかもしれない。おかしいな、ナナキも平穏守る番人なのだけど。このお屋敷限定だけれどね。


 雷となって空を駆けた。


 この間の戦いで確信した。戦場は空に限る。目前でその威圧感をぶつけてくる神様と戦うのなら尚のこと。このナナキの高速移動でも先回りをされる。伝説の通り、大した神様である。けれど今更になってナナキの前に現れるとは、どうにも都合が良いとは思わないだろうか。


「帝国と神様の関係、教えて頂けませんか?」


 これを偶然であると思える程、ナナキの頭は空っぽではない。


「滅びよ、崩界の仔」


 聞く耳はなし。よろしい、それでは開戦と行こう。


 五帝を追い払った次は神様がやってくる。どうにも帝国にとって都合の良いタイミングだとは思わないだろうか。それもたまに見かける非力な神様ではなく、こんな大物がやってくるなんて。友と同じく、伝説として語り継がれている神様の一人じゃないか。


 もしかすると、科学だけではなくて、魔法とか神様とかも。


「行こっか」


 友は力強く頷いた。悩んだところで仕方がない。


 伝説では神界戦争の終結にも一役を買っている神様。感じる魔力は今までで一番大きいかもしれない。それでも恐怖はないし、負ける気もしない。だってその時代にナナキは居なかったでしょう。そんなにも昔のことで威張られたってナナキも困ってしまう。


 そう、つまりは簡単な話なのだ。


「――――古臭いよ、その伝説」

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