アルフレイド商会
――――拝啓、お母様。
暑い日が続いております。敬愛なるお母様はいかがお過ごしでしょうか。残念ながら、不肖の娘にはお母様のいらっしゃるその場所のことは想像も付かないのです。太陽は輝いていますか。この蒼空は続いておりますか。
友人であるアキハさんに教えて頂いたのですが、どうやら私たちニッポンジンの無くなってしまった故郷ではオボンという風習があったそうです。なんでも、死者の魂が還ってくる時期があるのだとか。もしそれが本当なら、ナナキはまたお母様に会えるのでしょうか。
きっと、お母様はナナキのことを叱るのでしょうね。
いつまで甘えているのだと。それでも、ナナキがお母様を想わなくなることはないのです。ナナキはいつまでもお母様を想います。産んで頂いたこと、名前を頂いたこと、愛してくださったこと。この身が全てを覚えています。本当に感謝致します。
だからこそ、お母様にはご報告を申し上げておこうと思うのです。
まだ全てが決まったわけではありません。しかし、ナナキが受けたあの予言は正しかったのかもしれません。そう遠くない未来、主とナナキは、いえ。
――――彼と私は、世界を滅ぼすのかもしれません。
◇
”ロイヤル・ストリート“。
貴族の都フレイラインが誇るメインストリート。言うなれば大商店街。一日で途方もない額が動くとされているこの場所で、我が主は新しく一歩を踏み出した。財の女王アイナ・アイナは討たれた。なればこそ、古きは屈したのだという証となった。
フレイラインの中心であり目玉でもあるロイヤル・ストリートで多くのエリアを有するのは主の立ち上げた”アルフレイド商会“。正直に言って捻りがない。いまいちといったところ。どういった感じで儲けが出ているのかはナナキにはわからないが、順調なのだとか。
最近の主は時間さえあればこのロイヤル・ストリートにある執務室で過ごされる。未だにアイナ・アイナからの引継ぎが終わらないのだとか。書類仕事に忙殺される主にナナキができることは少ない。お茶を出すことくらいだ。不甲斐ないが、こればかりはナナキではどうしようもない。
手持無沙汰は苦手だ。ナナキは役に立ちたい。
いや別にそんなのじゃない、邪推しすぎだ友よ。違う、別にこないだのは不意打ちだったからであって、このナナキが涙を流すことなんてない。違うったら違う、別にナナキはまた褒めてほしいとかそういうことは一切思ってああもううるさい。
このポンコツ、ポンコツ神様ッ!
ぽこぽこ殴り合った。
「暇だろう? 外を見てきてもいいんだぞ」
「私は主の従者です」
くだらない気遣いが飛んできたので一蹴。従者を気遣う主人にはこれくらいの仕打ちが丁度良い。もっと自分の立場を考えて頂きたい。もちろん、嫌だったわけではないけれど。ナナキは好きでここに居る、だからどうかお構いなく。
「お疲れさま、お兄様」
「お疲れ」
凛と涼しい音色。執務室の扉に取り付けられた魔法鈴が涼やかな風をささやかに送ってくれる。鈴を鳴らしたのは毎日のように主の様子を見に来るミーア様とその御付のフィオさん。こっそりフィオさんに手をふりふり。
「……っ」
少し照れながら振り返してくれた。可愛い。
「ウサギさんもお疲れさま。これは差し入れよ」
「ありがとうございます、ミーア様」
「”ウサギさん“に差し入れよ」
「グゥグゥ!」
喜びのぴょんぴょん。人になりたい。
差し入れはいつものキャロット、と見せかけたキャロットアイス。この暑い時期には嬉しい差し入れだった。どうやらナナキのためにわざわざ買ってきて頂けたみたいだ。感謝致します、ミーア様。
「手伝いましょうか」
「悪い、頼めるか」
素晴らしい兄妹愛であった。さすがはお兄様大好きミーア様といったところだろう。そして珍しく主がミーア様の提案を受け入れた。通常であれば断りそうなものを、それだけ切羽が詰まっているということだろうか。無力な自分が憎らしい。
「お兄様が強がらないなんて、珍しいこともあるものね」
どうやらミーア様も同じ考えだったようだ。思わずニッコリ、ナナキスマイル。
「俺はいつも強がってない」
ダウト。
ナナキと初めて出会ったあの日も主は強がっていた。肋骨が素敵なことになっているにも関わらず大丈夫だとかなんとか抜かしていた。とどのつまり、この御方に心配の声を掛けても無駄なのである。問答無用で休ませるなりなんなりしないといつか急死してしまうかもしれない。
ともあれ、御二人が執務に励むのであればナナキはお茶を出そう。それしかできることがないというのが大きいところだけれど、タイミング的にもそろそろだと思っていた頃合いなのだ。それぞれの好みもばっちりに把握している。
すぐさまに移動、速やかにお茶の準備を致す。この執務室には食器からティーカップまで多くのものが揃っている。たかが執務室と侮ることなかれ、ここは元アイナ・アイナの執務室である。その広さたるや、素晴らしいものがある。ちなみに食器やティーカップはきちんと交換してあるよ。
「お待たせ致しました」
主、ミーア様、フィオさんの順に優雅に運んだ。エレガントナナキ。
「今日は舌が回っているな」
さすがは主、良いところに目を付けてくれる。今までは火傷して舌が回らなかったナナキだが、特別な存在であるナナキは日々成長をする。すぐに氷で冷やせば舌へのダメージは極めて少ないのだ。人は学ぶ生き物だということを忘れてはならない。
「うん、美味しい」
天衣無縫のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
「褒めてくださっても構いませんよ」
調子に乗って軽口を叩いてみる。友よ、なんだその顔は。軽口だと言っているじゃないか、本気じゃない。ここぞとばかりに絡んでくる君は嫌いだ。でも好きだ。大好き。
「あら、このウサギさんはずいぶんと図々しくなったものね」
「グゥグゥ!」
否定のぴょんぴょん。ミーア様に届け、ナナキの想い。
「餌付けをしているのは私なのに、どうして前よりお兄様に懐いているのかしらね」
「ミーア、冗談でも餌付けはナナキに悪――――」
「お兄様は黙ってて」
「はい」
はい、じゃないが。
「ねえ、ウサギさん」
ミーア様は微笑んでいた。黄金の髪に蒼星石の瞳。まるで主が女性になったかのようなその容姿をこれでもかと近づけてくる。嫌でも目に入るその肉付きの良い胸だけは気に入らないけれど大変お美しいと思います。
「――――お兄様と何かあった?」
「…………グゥグゥ!」
沈黙の解、だあーっと脱兎。スタコラナナキ。




