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雷帝のメイド  作者: なこはる
三章-陽炎の約束-
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反逆の契約

「――――わぅ」


 びっくりした。


 気が付けば世界が横向きになっている、久しくない感覚だった。どうやらいつの間にか気を失っていたらしい。幼い頃からの習慣で完全に寝入ることはないナナキが無防備に寝具に横たわるなんて。ここがあの森だったらナナキは死んでいたかもしれない。眠れる森のナナキ。


 まずは頭の中を整理整頓する必要がある。大丈夫、ナナキはいつも寝起きが良い。それとおはよう、友よ。ナナキを守っていてくれたのだろうか、ありがとう。


 まずここはナナキの部屋だ。リドルフ執事長かフィオさんあたりが運んでくれたのだと思う。大変なご迷惑をお掛けしてしまった、この失態は働きで返さなければ。窓の外は黒、どうやら今は夜の帳が降りているようだ。謝るのは明日にしよう。


 恐らく気を失った理由は貧血と疲労と言ったところ。フラフラするし。


 とにかく、何かを食べよう。戦闘中は興奮状態にあるから気付きにくいが、今のナナキは圧倒的に血液が足りてない。かつてこれほど身体が重かったことはない。可及的速やかに厨房を目指そう。リドルフ執事長には事情を説明すれば理解して頂けると信じて。


 それでは、疾風迅雷ナナキが参――――


「――――るぎゅッ!?」


 舵取り失敗。痛い。


 コンディションは最悪、高速移動は禁ず。どうやら想像以上に身体がボロボロらしい。いつも通りの感覚ではすぐに激突してしまう。ナナキは大丈夫だけれど、また主を頭突いては大変だ。ここは素直に歩いていこう。あっ、すっごい揺れるよ。


 助けてくれる? いいや、お気持ちだけ頂いておこう友よ。切羽の詰まった状況ならばまだしも、余裕のある状況で易々と人の手を借りるほどナナキは落ちぶれてはいない。それは弱者の行為だ。ナナキはいつだって強者でなければならない。手を借りるのだとしたらそれは最後まで死力を振り絞ってからだ。


 それでは改めて、いざ厨房へ。


 壁に手をついてよちよち歩きナナキ。フフ、確かに見られれば無様かもしれないがこの移動方法は実に効率が良い。身体への負担が少ないのである。加えて時刻は少なくとも夜、誰かと出くわす可能性は少ない。主のために酷使したこの身体、恥じるべきことはないけれどナナキにも体裁がある。


 元五帝である雷帝ナナキの名は軽くはない。如何に主であってもナナキに対するイメージというものがある筈だ。ナナキはそれを壊したくはない。はっきりと言おう、これはナナキの意地だ。なんでかはわからないけれど、ナナキは主に対して格好良く在りたい。


 従ってよちよちコソコソと移動するのだ。特別なナナキであれば造作もなナキ。とはいえ、やはり一日で魔力を消費しすぎた。このナナキをここまで消耗させるとは、さすがは五帝の皆さまと言ったところ。しかし勝利したのはナナキだ。悠然と歩こう。よちよち。


「あふッ」


 転んだ。


 いいや、まだだね。まだナナキは強がるね。


 手を差し伸べてくれる友に感謝はするけれど、ナナキはまだ諦めない。これが強がりであることは認めよう。それでもまだナナキは頑張れるんだ。カサカサと床を這いつくばって厨房を目指す。なんたる様か、人には決して見せられない。


 厨房まであと少し、頑張れナナキ。頑張るナナキ。


「……ナナキ?」


 床、ナナキは床。バレてない、まだ可能性あるから。


「……何をしてるんだ?」


 見ないで。



「大変ご迷惑をお掛けしました……」

「いや、気にしないでくれ。こちらこそ酷使して済まない」


 マントルまで穴を掘りたい。そして落ちるの。


 まさかよりにもよって主で出くわすなんて。主は恐れ多くも這いつくばるナナキに手を貸してくれた。こんなことならば素直に友の手助けを受ければよかった。見れば友はゲラゲラとナナキを指差して笑っていた。回復したら覚えてろよ。


「今何か食べれるものを用意しよう」

「主にそのような真似をさせるわけには参りません。自分の糧くらいは自分で用意致します」

「まともに立てないくらい消耗しているんだろう。少しくらい頼っても罰は当たらないんじゃないか」


 なるほど、良いところに目を付ける。しかし残念ながらナナキにはそれを返す用意がある。椅子に座ることによって多少の回復は成った。食事の準備くらいはできるだろう。


「どうやら勘違いしているようですね主。今ここに証明――――ぎゃぅッ!? ……証明してみせましょう」

「倒れても撤回しないところは本当に格好良いと思った。だから折れてくれ」


 ああ、本当になんたる様だろう。いや、ここはナナキをここまで追い込んだ五帝の皆さまに称賛を送るべきなのだろうか。科学という力に翻弄されたのは否めない。なるほど、世界が変わる力だと言われればそうなのだろう。確かにあれは、強力過ぎる。


 誰にでもそれが使えてしまうのだから。


「しばらくは置いておこうと思うんだ」


 ぽつりと、食事の用意をしながら主が呟いた。言うまでもなく、人工衛星、つまりは露見した科学の存在についてだろう。どうやら気を失う前にしっかりと伝えられていたようだ。どこらへんから気を失ったのかは覚えていないけれど、必要なことだけは伝えているらしい。


「――――ただ、科学の存在は俺たち第三世代の人間にも必要の在るものだ。誰だって長生きはしたいだろう」

「それは、危険な道であるということを理解していますか。我が主」

「使えるものは何だって使う、そう言ったのを覚えているか」

「はい」


 既にその心は定まっているようだった。それならば、ナナキも覚悟をしなければならない。よもや主の選択した道がナナキの原点に還ろうとは。主があの日に踏み出した栄光の一歩、その誇り高き道の終着点が今、この場で定まる。


 それは困難だろう。


 それは苦難だろう。


 それは至難だろう。


 それでも主は”英雄“になることを望む。あの日に持った誇りがここまで輝くことになるとは、ナナキも思いはしなかった。並みの勇気ではない。だからずれていると言うのです、我が主。けれど、そうでなければ事の大きさに尻込みしてしまうのかもしれない。


「物語の主人公っていうのは欲がないと思わないか。淡泊、悪く言えば澄ましてるようなのが多い」


 確かに、サリアから借りた冒険譚の主人公はたいていがそういうタイプだった。変に肝が据わっていてるのが多い。それでいて無欲。ナナキの個人的な意見ではあるが、弱者が思いつく強者、と言ったイメージだ。こうであれば良いな、という訴えがナナキには見える。


「俺は家の再興のためだけじゃなくて、自分のためにも名声が欲しい」


 そう、物語の主人公にはこの人間らしさが足りないのだ。


「何かを成した人間として一生を終えたい。人間らしく、欲張りたい」


 凛として、堂々と。


 そこにはかつて弱者で在った頃の面影は一切なく、ただ英雄の座を渇望する強者となった男の子の姿が在った。彼が歩んだ栄光への道がその答えを出したのだ。誰にでもわかりやすい、明確な偉業がその道の終着点として現れた。


 やはり強運だと言えるのだろう。けれど、この強運は主を殺すかもしれない。その英雄への道は帝都への反逆を表す。現存するこの世界への宣戦布告となる。それが英雄への条件。


 その道を進むのは大変に勇気のいることだ。


 それでも――――


「手伝ってくれナナキ。俺のために」


 そう、彼は笑うのだ。子供のような笑顔で、ナナキにぶつかってくる。なんと立派な様だろう。非力である自身に卑屈になることもなく、目前に現れた大きすぎる偉業へ進もうとしている。そのために堂々と、このナナキに助力を求めた。恰好良い、そう思える。


 そうか、まだここではなかったのですね。お母様。


「定まったのならば再び誓いましょう。御身の剣となることを。ですからどうか、ナナキに本当の世界を見せてください」


 それを肯定するために。


「まあ、しばらくは地力を付けて盤石にしないといけないが。引継ぎの処理が山ほどあって大変だよ」

「ではこんなメイドに構っていないで頑張らないといけませんね」

「まあな。それでも言っておきたい言葉くらいあるさ」


 主は出来合いの料理をナナキに出してくれた。少し量が少ないけれど、大変に有り難い。なんて、料理に気を取られていたせいだろう。避けられなかった。


「ありがとう。それと、本当に良くやってくれた」


 ポンと。


 それから優しく撫でられた。


「――――っ」


 何かを言葉にする前に、主は厨房を出て行ってしまった。別に悪くはない。むしろ立場を考えれば当然とも言える。従者を気にかけてその場に留まる主なんて居ないから。でもナナキは言う。言わせてもらう。


 ――――なんて勝手な人なんだろう。


 ほんの一瞬、すぐに終わってしまうひと時ではあったけれど。どうしてかお母様の優しい顔が浮かんで涙が零れた。おかしいな、エンビィに撫でられてもこうはならなかったのに。ああ、そうか。そんなつもりはなかったのに。いつの間にか小さな穴があって、それが今ので大きくなっちゃったんだ。


 特別な人間だから。ずっとそれを証明しようと思っていた。それで、証明し続けてきた。結果として、お母様の言うようにナナキが特別であることは皆が認めてくれた。だから誰も、誰もナナキの頭を撫でてくれなくなった。ナナキは特別だから、当たり前だから。


 そうか、ナナキはずっと――――


「……うあぅ……ううぅっ……」


 ――――褒めて欲しかったんだ。

三章―完―

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