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雷帝のメイド  作者: なこはる
三章-陽炎の約束-
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百獣の兎

「別に心配なんてしていなかったけれど」


 そう仰ったのは主とナナキが帰るなり大慌てで屋敷から飛び出してきたミーア様。先に戻った馬車の御者にそれはそれは恐ろしい形相で主の所在を尋ねたのだとか。どうかご安心頂きたい。主の傍にはこのナナキが居る。命を賭しても突破は難しいと覚悟をして頂かなければ。鉄壁ナナキ。


 いや、誰も絶壁なんて一言も言っていないよね。友よ君はあとでお仕置きだ。出来得る限りの殺意を君に突き立てる。笑っていられるのも今のうちだ、ナナキは本気だぞ。親しき仲にも礼儀あり、不義には死の制裁を。絶対に許さナナキ。


「俺にはナナキが居るからな、滅多なことにはならないさ」

「とはいえ相手はアイナ・アイナですよゼアン様。これからは屋敷の内外で気を抜けない生活を強いられます。幾らナナキさんと言えども睡眠は必要ですし、そこが一番危ないかと」


 主の言に申し立てたのはリドルフ執事長。主の商売を補佐している執事長の方が色々とナナキより詳しいのだろう。アイナ・アイナ、それ程までに大きな人物なのだろう。主や執事長、ミーア様にフィオさんまでその表情が硬い。


「必要であれば一週間の不眠行動は行えますが」

「その後がじり貧になりそうだな」


 おや、これは意外。なるほど、元々その存在を知っているだけに固定観念というものが生れているのかもしれない。このフレイラインは主にとって生まれ育った町。であれば常識を誤認してもおかしくはない。しかしナナキはそれを許さない。それはナナキの主に相応しくない言動である。


「一週間もあれば十分でしょう、我が主」

「いつ接触してくるかもわからないのにか」

「待つ必要がありません。出向けばよろしい。わざわざ相手に選択肢を与える必要などありませんよ、我が主」

「アイナ・アイナの本拠地に突撃か……」

「そのアイナ・アイナという方はこのナナキを以てして蹂躙できない存在ですか」


 それならばそれはそれで一興。このナナキに比肩し得る力を有しているのであれば、それはいずれ主の命に関わる。迅速に排除しよう。ライバルとなり得る相手が居るのかもしれない。ただの一度も存在しなかった存在の可能性に大いに期待しよう。


「蹂躙と来たか」

「正に。主の持つ力に対抗する術があるのなら、蹂躙とは申し上げませんが」


 簡潔に言ってしまえば戦争とは有している力のぶつけ合いである。アイナ・アイナにナナキを上回る戦力がない限り、戦局は一方的なものとなるのだろう。何度でも言おう、ナナキは特別な人間である。我が主が手にした力は、貴方が恐れていたアイナ・アイナすらをも食い殺すだろう。


 馴染みある強大な力を前に尻込みしてしまうのも仕方がないのかもしれない。しかし、ナナキの主であるのなら凛として頂かなければ。弱気になる要素など何一つとしてないのだから。どうか自信を持って頂きたい。このナナキが、貴方に仕えているのだから。


 自分を信じれない者に仕える気はないですよ、我が主。


「アイナ・アイナにナナキか……どう思うリドルフ」

「どちらも私たちから見れば怪物ですが……それでもナナキさんは次元が違うのではと。もちろん素人意見ですが」

「良い感性ね、リドルフ。ナナキは恐らく元五帝候補、フレイラインで踏ん反り返っている勘違い女の手におえる相手ではないわ」


 大好評のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


 ナナキよりまだ見ぬアイナ・アイナへ。ナナキの前へ立つときは覚悟をしてきてほしい。ナナキはこの期待に応えなければいけないから。


「決まりだな」


 良い表情です、我が主。



「なっなっななきのななななき~♪ なっきなっきななきのなっきななき~♪」


 方針が決まれば本日の会議は終了と相成った。したらばナナキはいつもの様に清掃に従事するのである。ナナキくらいのマスターメイドになると完璧な仕事効率、結果を叩きだしながら楽しんで働くことを忘れない。作詞作曲歌手ナナキ。空前絶後の大ヒットまで未来が広がった。


「なっななっなななきはなっきななき~♪ なっきなっきななきがなきななき~♪」


 シンガーナナキ、オンステージINアルフレイド邸。


「そこの陽気なウサギ、紅茶を用意して私の部屋に来なさい」

「グゥグゥ!」


 からのラビットナナキ。ぴょんぴょんしながら厨房へと向かった。


 迅速にお茶の用意。料理の本を眺めながら何やら研究しているリドルフ執事長には要点だけを申し上げ厨房に入る許可を頂く。早くこの出入りも自由になりたいものだ。ナナキも料理の本を買った方が良いのかもしれない。検討しよう。


 お茶の用意ができたらば速やかにお運びする。今日の御茶菓子は苺のシフォンケーキ。リドルフ執事長の力作である。これならばミーア様もご機嫌ナナキ間違いなし。ミーア様もにこにこ、ナナキもにこにこ、世界平和の第一歩である。


おまひゃへ(お待たせ)ふぃたひまひは(致しました)

「会話にならないでしょう。冷やしなさい」


 不覚。


「大変お待たせ致しました。何なりとお申し付けください」

「別に改まって言うほどのことでもないのだけど、一応ね」


 含みのある言い方。恐らくはアイナ・アイナの件だろう。ナナキに不安があるのか、或いは主が狙われたことに腹を立てているのか。どちらにせよ、ナナキはミーア様の御言葉を待つより他にない。お兄様大好きミーア様のことだ、大方の予想は付くが。


「ナナキが幾ら怪物であっても相手はアイナ・アイナ。油断して良いような相手ではないの。だから気を緩めることなく、全てを守りなさい」

「全てを」


 復唱すれば、ミーア様は頷いた。なるほど、やはり良く理解して頂けている。このナナキを。


「できないとでも言うのかしら。何のためにそれだけの力を持っているの、貴女は」

「主従の誓いを立てた時より、この力は主のものです。故に拝命致しましょう」

「命懸けでお兄様を守りなさい。私も、リドルフも、フィオも。私は貴女ならできると思って言っているの。失望させないでね」


 イエスマム。一礼にて応答。


 アイナ・アイナの手勢がどれほどのものかナナキは存じないが、一切の油断を無しにそれを屠ろう。ミーア様と交わしたこの約束、果たせなければナナキの誇りが地に落ちる。それは死と同義だ。このナナキを殺そうとする者は速やかに駆逐しなければ。


 我が主、ミーア様、リドルフ執事長、フィオさん。魔術に武術、心得が有るミーア様やフィオさんでも警戒する程の相手、アイナ・アイナ。次の行動はどのようなものだろうか。あれだけの惨劇を伝え聞き、それでも戦闘を選ぶ愚か者でなければ良いのだけど。


「ナナキ」

「はい」

「こちらへ来なさい」


 高級そうな椅子に座るミーア様に近寄った。少しばかりの沈黙のあと、ミーア様は静かに息を吐いた。テーブルの上にあるその皿を押して、ミーア様は告げた。


「これは前払いの報酬よ。貴女がアイナ・アイナから全てを守り切ったのなら、更に良いものを用意しましょう」


 キャロット定期。


 聳え立つニンジンの山。ここ最近ではおやつ代わりにポリポリと食べているが、なかなか美味しい。けれどナナキはどちらかと言えば肉食であり、野菜よりはお肉が食べたいお年頃だ。そして何よりナナキはウサギじゃない。そろそろ人間に戻して頂かなければ。


「ミーア様、実は私、人間なのです」

「ウサギは人の言葉を喋らない」

「では私は人間ですね」

「人間であるならお兄様を誑かすかもしれないわね。すぐに解雇の手続きをしましょう」

「ギィギィ!」


 人にはなれなかったよ。

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