ナナキメア
古代より今までただの一度も変わることのなかった法則、弱肉強食の理。
人よ、強者で在れ。貫きたいものがあるのなら。
我が主の様に、このナナキの様に。これよりナナキが証明を開始する。力を有するということがどういうことなのか、その命を使って知ると良い。財力、権力、笑わせる。酷く不純なそれではナナキは止められない。力というのは綺麗じゃなきゃいけない。そう、どうしようもないくらいに。
「このメイドオオォォ――――ッ‼」
なるほど、素手の女性であれば臆することなく突撃をかけられるらしい。御仲間の腕がどうなったかを知りながら大した勇気だ。或いは、あれはナナキの攻撃ではないとでも思っているのだろうか。なかなかに毎日が幸せそうだ。ナナキもぜひ見習いたい。
「死ねええッ‼」
お断る。
振り下ろされる剣に対してナナキはアクションを起こさない。その必要が一切ないからである。このナナキを相手に距離を取るのではなく、よもや距離を詰めるとは。戦闘中のナナキに近接した際に、エンビィの神の力を宿した武装顕現の鎧がどうなったか、答えはその手で知ると良い。
――――被雷。
断末魔は無かった。ただ振り下ろされた剣がいよいよのところまで迫った瞬間に、彼は被雷してしまった。自分から雷に突っ込んでいくのだから、たまげたものだ。被雷と同時に耳障りな炸裂音。地面には人の形をしているということしか分からない、黒。
ああ、酷い臭いだ。
「あぁ……あああぁ……」
竦んだところで結果は変わらない。言ったろう、諸君はたった一つを間違えた。その過ちはナナキと敵対するには十分すぎる過ちだった。謝罪は要らない。金銭は要らない。誠意も要らない。欲しいのは諸君の命だ。その命を以てして、我が主に働いた無礼への決着とする。
倍以上の人数で囲み、学生を相手に剣を抜いた。商いでの衝突が在ったのだとしてもそれは立派な宣戦布告だ。この戦いには正義も悪もない。君たちは君たちの意志に従って主の指を飛ばそうとしたのだろう。ではナナキも自分の意志に従ってこれらを排除する。
正面に残る敵は全部で十六人。そのうちの一人は片腕を失い、失血死まで幾分の猶予もないのだろう。であれば正面は十五名。未だ数はそちらが有利、それなのにどうして喜ばないのだろう。先程まであれだけ大きな態度をとっていたのに。さっきの様に笑うと良い。
なんならナナキが笑おう、参考にすると良い。ナナキが許可する。本日は特別に世界へ向けてではなく、これから旅立つ君たちに向けて笑おう。諸君に届け、ナナキの笑顔。
断罪のナナキスマイル。生きて帰れると思うなよ。
「――――今ッ!」
はい釣れた。
ナナキソナーの確認した魚影は全部で十八。一人は炭になり、一人は失血死と扱って構わない。そうであるのに正面の人数が十五。あれれぇ、おかしいぞう。あと一人はどこにいらっしゃるのかとナナキはずっと思っていた。盛大に被雷してくれた人がいたせいで今はナナキソナーの精度が悪い。
「殺ったぞクソメイドッ‼」
このクソ野郎とんでも失礼。これにはナナキも遺憾の意を表す所存である。やっておしまい。
「――――えッ!?」
空中で制止するミスリルナイフ。そう、そこには何もなかった。それなのに何かに掴まれたかのように制止するナイフ。それは彼らにとってはありえない光景だったのだろう。このナナキが背中を晒している意味が彼らには理解できないのだ。そこには友が居るんだよ。このナナキの親友が。
「――――神様の御話に興味はございますか」
もし興味があるのならナナキは語り手となろう。
常人では見ることすら適わぬ、触れることすら適わぬ超常の存在。人が最後に縋る終着点。例え世界を滅ぼしたのが神々であったとしても、人は神に祈ってしまう。でもナナキは違う。ナナキは神には祈らない。ナナキと神は同等の存在だから。自分に祈っても仕方がないから。
神様よりも遥か格下に位置付けられる弱者は神様を見ることも、触れることもできない。だというのに、神様からは一方的に見て触れるのだから、正しく人に試練を与える不条理な存在と言える。その不条理は、神話の雷イルヴェング=ナズグルは吠えた。
常人にその咆哮は聞こえなくとも、本能は目前の死を直感する。
「なにかい……る……?」
恐ろしい形相で口を開けて笑っている友の姿が見えないのは、ある意味幸せなのかもしれなかった。食べちゃダメ。
ともあれ、これで準備は整った。ありがとう友よ。ではその人に伝令役をお願いしよう。是非もない交渉のテーブルを用意してもらうために。
「お待たせ致しました、我が主」
長らくお待たせしてしまったことをお詫びしなければならない。準備が整った以上は彼らの言葉はもう必要ない。だから雷を薙いだ。弱者はその結末を辿ると良い。この数秒はこのナナキが祈ろう。さようならナナキの敵よ。
「う、うそだろ……」
その光景が焦がしたのは彼の仲間と心だったらしい。超越者であるのならばともかく、人の身で雷を避ける術などある筈もない。必然として訪れた結果に放心する彼に呆れる。今までの態度はどこへやら。戦争を望んだのはそちらだ。これは君たちが望んだ結末である。
「なんなんだよ……俺ぁいったい何を見てんだ……」
ああ、それなら簡単だ。ナナキが答えよう。
「――――悪い夢ですよ」
夢の世界へご招待。ナイトメアナナキ。
◇
「アイナ・アイナの使いだったか」
「有名な方なのですか?」
「かなりな」
終戦後はスムーズに事が運んだ。生き残った一人は正しく理解してくれたと言って良いだろう。我が主に戦闘のフェイズを取らせてはいけないということを。行うべきは交渉である。決して報復ではない。それでも来ると言うのならナナキがお相手するが。
「ナナキにもわかりやすく説明しよう」
「ありがとうございます。良き主」
頂いた優しさに頭を下げる。でもどうしてかな、少しばかりバカにされているニュアンスを感じた。いいや、気のせいに違いない。主人を疑うことがあってはならない。良き従者として拝聴しよう。
「巨万の富が動くフレイライン。聞こえはいいがその実金持ち同士の殺し合いだ。誰と組んで、誰を殺して、どう稼ぐか。そんなのばかりだな。貴族というのは醜いだろ」
「よろしいのでは。それが性であるのなら誇りも生まれましょう」
どうにも人は取り繕い過ぎる。もっと素直に生きたらどうだろうか。要は金銭がナナキにとっての食料と同じ意味を持つのだろう。良いじゃないか、どんどん集めるべきだ。奪うのでも、拾うのでも、作るのでも、好きにしたら良い。何が悪いというのか。
それは全て生きるために必要なことなのだろう。そうしなければ貴族で在れないというのなら、選択肢などある筈もない。堂々と金銭を集めれば良いのだ。殺し合いになろうと、ね。人間もナナキも殺し合いの果てに生きているのだから。
毎日お肉を食べているだろう。あれは弱い動物の命だよ。つまりはそういうことだ。いちいち綺麗なラベルを貼る必要はない。少なくとも、ナナキと主の間では。
「フレイラインにも五帝みたいに有名な奴らが六人いる。そのうちの一人がアイナ・アイナだ」
「また大きいのを突っつきましたね」
「上に行くにはそろそろ目障りでな」
今のはなかなか良い本音だ。
世の中は競争である。それを嘆くことなかれ、祝福せよ。人の心が汚れるようにできているのは、世の中が辛く厳しいものにできているのは、人間が進化するために必要なものだから。都合の良い綺麗な行動、言葉。誰にでも優しい世界。そんなものがあれば、人間はとっくに滅びている。
「悪い奴だと思うか」
「善悪に興味はございません。別の人にお尋ねください」
「なら何に興味があるんだ」
主、ですかね。




