平たい胸族
「ッオオオオオ――――!」
炎天下での咆哮だった。その手に握る剣を深く握りなおして突撃する彼の前には抜剣もしないでただ構えるアキハさんの姿。エンシェントアーツであるイアイの型。神界戦争よりも前の戦闘技術。さてさて、あの速度をこれだけのギャラリーが居る中で何人が捉えることができるか。
登校の馬車から降りただけでいきなり極上の技術が見れる。なかなかに素敵な学園ではないだろうか。もしナナキが学生と言う身分になるのなら、こういった楽しそうな学園に入りたい。まあいったい何を学ぶのかという話になってしまうけれど。
「――――っ」
アキハさんは小さく、素早く息を吐いた。響いたのは小気味の良い納刀の音。金属と金属がかちっと音を立てれば男性の騎士が手にしていた剣が綺麗に断たれた。研ぎ澄まされた一閃。点数を付けるのなら七十五点、人間の運動能力としては十分すぎる実力だった。拍手。
「い、いつの間に……!?」
狼狽。ナナキがその実力を認めるアキハさんと誇りのない地方騎士、この結果は必然である。帝国騎士にもまるで劣らない力、どころか中位には食らいつく。アキハ・シノハラ、彼女もまた天才と呼ばれる一人だ。本人は気付いていないようだけど。
「ようゼアン。お前のおかげで朝から人気者だぜ」
「おはよう、ヴィルモット」
「お前との決闘に負けてからこうやって身の程知らずがたまにやってくるんだよ」
「それは申し訳ないな。頑張ってくれ」
絡む者とあしらう者。足を止めてアキハさんの決闘を観戦していた主へ声を掛けるのはヴィルモット・アルカーン。要するにいつものだ。君が今の立場に陥ったのは因果応報。決闘で負けただけなら君はまだ多くの勢力を残していただろう。それを霧散させてしまったのは自身の振舞いだ。
「けっ……余裕ぶりやがって」
ヴィルモット・アルカーンの標準な態度はこの際どうでも良い。ナナキがそれに口を出すことはできない。主がやれと言えばやるけれども。そんなことよりも、ナナキの友人に朝の挨拶が必要だ。
「おはようございます、アキハさん」
「おはようございます、ナナさん。今日も暑いですね」
相変わらずの綺麗な笑顔だった。一瞬での決着とは言え、騎士の誇りを懸けた真剣勝負。適当な緊張感はアキハさんの額に少しばかりの汗を滲ませたようだ。となればマスターメイドの出番である。主だけではなく、友人へのフォローも忘れない。さすがナナキ、立派なメイド。
手早くタオルと飲み物を用意。飲み物は常温に限る。冷たいと身体能力が落ちるし、熱いと舌を火傷する。
「どうぞ」
「わざわざすみません」
アキハさんはしっかりとナナキに一礼をしてからナナキの好意を受け取ってくれた。これぞ友人のあるべき姿ではなかろうか。神様の友達と人間の友達。ナナキは幸せ者だった。
幸福のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
「……ナナとアキハが並ぶと姉妹に見えるな」
ナナキとアキハさんを交互に見ながら主がぽつりと呟いた。同じ黒曜の髪に肌の色も近いからだろう。身長と年齢はアキハさんの方が上なのでナナキは妹だろうか。ナナキは既にエンビィの妹でもあるから少しばかり困ってしまう。
「どっちも胸がねえからな」
二人でヒソヒソと殺ってしまうか相談した。七と三で殺ってしまう方に傾いた。
「どっちも美人だろ」
二人で肩を組んでピースした。同族ダブルピース。ぶい。
◇
「――――と言った様子だったそうです。国技として相当の人気があったとか」
「今度やってみたいですね。スモー。」
互いの主の授業中は最早恒例となった沈んでしまった故郷の話。悲しい昔話を語る劇場は相も変わらず屋上。炎天下の屋上には誰も居らずちょっぴりだけ得した気分が味わえる。貯水タンクの影に二人で座り今日も御喋り。
ニッポンの国技スモーの話は面白い。足の裏以外は大地に触れてはいけない不思議なスポーツだったらしい。特に気に入ったのは張り手を出す時の掛け声だ。特徴的な掛け声についつい叫んでみたい誘惑に駆られるというかやる。リキシナナキ。
「どすこい! あっ……」
友は昼に輝く星になった。早すぎる一番星トンデイク=ナズグル。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
ナナキは。
友にもう少し落ち着きがあれば決して起こることはなかった悲しい事故だ。ナナキとアキハさんみたいに落ち着きを持って座っていればこんなことにはならなかった。うろうろしている方が悪いのではないだろうか。幸い友の姿はアキハさんには見えない。全てなかったことにしよう。
蒼い夏の空に消えた友に敬礼。
それからしばらくは会話もなくまったりと過ごした。文明生活に入ってからは基本的に無駄な時間を過ごすことは少なかったが、大自然で生きていた頃はよく昼寝をしていたものだ。夜行性の動物が多い森だったからというのもある。
「そういえば、日本には御盆という風習があったそうです」
「オボンですか」
「夏の行事でその期間は死者が現世に帰ってくるのだとか」
「夢みたいですね」
もしそれが本当ならこれ以上に嬉しい話はない。けれどそれは夢想の話。どれだけの魔力を以てして願っても死者は生き返らない。人は死ぬために生きていく。だから役目を終えたその人々が帰ってくることは決してないのだと、お母様を失ってから知った。
「魂が帰ってくるという話ですけどね」
それなら、今年の夏の間にお母様の御墓に向かうのもいいかもしれない。本当は全ての約束を果たしてから向かいたかったけれど、やはりナナキはまだまだ子供なのだと思う。御墓の前で色々と語りたい。甘えたい。お母様の魂がそこにあるというのなら、なおさらに。
よし、次の休日には一度あの森へ帰ろう。
ナナキの故郷がニッポンだと言うのなら、あの森は第二の故郷。たくさんの思い出が詰まっている。お母様と過ごした日々、友と出会った日、氷帝イヴァールと戦ったこと。そしてエンビィと出会ったのもあの森だった。懐かしい。
「じっとしていても結構暑いですね」
「私は慣れているので平気だったりします」
「ナナさんの過去には色々興味ありますね」
そんな大層な過去は持っていないから期待には応えられないかもしれない。
「胸の大きい人はこの季節は大変だそうです」
「つまり私たちは勝ち組なのですね」
「その通りですナナさん」
完全勝利であった。
とりとめのない話で時間を潰すのも悪くはなかった。でもどうして胸の話題をチョイスしたのかは問い詰めたかった。それはナナキとアキハさんの間では共通で不利な話題である筈なのに。夏というお題では勝利できたが他のお題であったら危なかったと言える。以降は気を付けてほしい。
「ああ、でも私は少し谷間に汗が――――」
「ぶっ殺しますよ」
「だいぶ打ち解けましたね、私たち」
「ええ本当に」
胸の話題で煽られるくらいには。友好の印としてナナキも相応の態度を見せても良い頃合いかもしれない。ナナキより少し大きいくらいで煽ってくるとは笑止である。アキハさんの方が年長、それすなわちナナキの負けに直結しないということである。
おや、友よおかえり。いったいどこまで飛ばされて――――なに? どんぐりの背比べ? 帰ってくるなりご挨拶じゃないか。まあ君に張り手を当ててしまった償いとして今日のところは甘んじて受け入れよう。ナナキも大人になったということだよ。
子供の胸?
「どすこいッ!」
「突然どうしたんですか」




