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雷帝のメイド  作者: なこはる
三章-陽炎の約束-
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夏が始まる

 ――――拝啓、お母様。


 夏です。


 夏が来ました、お母様。


 お母様が愛した蒼が映える季節がやって参りました。からからと焼けた空気にうんざりとして空を見上げれば、この蒼は人を潤すのでしょう。広がる蒼穹の下で、ナナキは今日も生きております。お母様と共に過ごしたあの森の中ではなく、この貴族の都フレイラインより失礼致します。


 最近ではお母様に想いを馳せる時間も随分と減ってしまいました。親不孝な娘で申し訳ありません。けれど、お母様に喜んで頂けていると、そう思うのです。この久闊はナナキの今が充実していることの報せに他ならないのです。


 長らくお母様の墓前へと通えては居ませんが、お母様には今のナナキが見えるのでしょうか。今のナナキはお母様から見て少しでも立派に見えるのでしょうか。もしそうであったのなら、褒めて頂きたいのです。それが叶わぬことであることを知っていても、ナナキはそれを望むのです。


 終わらない、忘れない愛の証明として。



 古代の街並みと言っても大げさではないこのフレイラインにも夏が訪れた。太陽はぎらぎらと大地を焦がしてこれでもかと言うくらい照り付ける。涼やかな早朝ともしばしの別れ。御達者で。


「おはようございますナナキ様」

「おはようございます。フィオさん」


 まだ人が起きるには早い時間、いつもの挨拶をフィオさんと交わす。ここ最近でフィオさんともすっかりと打ち解けることができた。毎朝早くから鍛錬に勤しみ美しい汗を流す彼女に称賛を。努力をするのが当然であっても、努力を続けるのは難しいことである。ファイト。


「よろしければナナキ様も一緒にどうですか?」


 フィオさんの呼び方は相変わらずナナキ様。そして季節はナナキサマー。ナナキの夏、夏のナナキ。清夏のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。暑中お見舞い申し上げます。夏の猛暑にはご注意を。ご自愛のほどをお祈り申し上げます。


「時間的に余裕はありますね。では準備体操からお邪魔致します」

「はい」


 せっかくのお誘いだったのでナナキも混ぜてもらうことにする。準備運動を疎かにしてはいけない、とはエンビィの説。大自然の王であるナナキとしては何時いかなる時も獲物を確保する準備を疎かにしてはいけない、これを推したいところだ。


 はいそれでは、まずは手足を伸ばしていきます。靭帯は大事。


「一、二、三、四」

「一、二、三、四」

「五、六、ナッナキ」

「五、六、七……えぇ……」


 念入りに続けた。これがエンビィの言葉でなければ適当に済ませたかもしれない。彼女がナナキのためを思って告げる言葉をナナキは信じる。ナナキとエンビィの間にはそれだけの絆がある。袂を分かった今となっても、それは変わらないのである。


 これでもかと照らす太陽にこれでもかと笑顔で体操。残念、ナナキは暑さに強い。大自然の暑さとはまた違う蒸し焼きにするようなこの熱が好きというわけではないが、決して苦手ではないのだ。太陽がぎらぎらするのならナナキはキラキラする。キラキラのナナキサマー、太陽にピース。


「それでは……」

「よろしくお願いしますッ!」


 体操が終わればお手合わせ。ナナキの正体に関しては直接に告げてはいないけれど、フィオさんの動きは完全にナナキを雷帝であると決めつけた動きとなっていた。出せる限りの全力で、その一撃に一切の遠慮はなし。素晴らしい、それでこそ胸を貸す甲斐があるというものだ。


「ッハアア――――!」


 バツ、バツ、マル、バツ、バツ、バツ、バツ、マル。


 足捌きで間に合ってしまうようではバツ、手で弾いてようやくマル。とはいえマルも有効打ではあっても致命打にはなっていない。マルから追い込める手立てがなければ。手数ばかりの牽制では時間を稼ぐのが精一杯。デメリットとして太刀筋が浮いてしまい、見極められる。


「では攻めます」


 攻守交替。ナナキが参る。


 力量を鑑みてフィオさんよりも少し上位の動きを意識して攻撃していく。ナナキは余り正当な剣は苦手だから申し訳ない。シルヴァやサリアからは邪道の剣だとよく怒られたものだ。仕方ない、ナナキの剣の振り方は我流だから。名付けて大自然流ナナキスタイル。


「決着、ありがとうございました。課題は決めてになりそうですね」

「っ……ありがとうございましたッ!」


 決着の一撃を止めて終了、ありがとうございました。


「それでは仕事に戻ります。また朝食で」

「汗一つかかないなんて……さすがです」

「ありがとうございます」


 文字通り朝飯ナナキです。ん? 違う違う、ナナキが朝ご飯というわけじゃないよ友よ。朝飯前のナナキの意だよ。覚えておくと良い。


 その後はいつも通り洗濯に掃除とナナキの力を遺憾なく発揮していく。誇りを胸に憎き埃をやっつける。メイドの宿敵、戦いはいつまでも終わらない。根比べでナナキに勝てると思うなよ。駆逐してやる、一欠けらも残さず。


 と思ったら鈴の音。


 作戦は中止、退却せよ。りんりん綺麗な音色、これはミーア様の鈴の音であると断定。素早く手洗いうがい、一度庭先に出て埃を落とす大回転ナナキ。そして速やかに身だしなみを整えたのならお部屋をノックする。ミーア様、ナナキです。


「入りなさい」

「失礼致します。おはようございます、ミーア様」


 マスターメイドが来た、何でもお申し付け頂きたい。


「おはよう。いつも通り支度をなさい」

「かしこまりました」


 最近はミーア様の朝の支度はナナキが担当している。ご自身の着替えから身支度、全てナナキにお任せいただけるのであれば造作もないのだ。この程度は手間にすらならない。素早く的確に、効率的に終えてしまえば思わずミーア様もにっこり、ナナキもスマイル。平和だけが残った。


「ご苦労様」


 いつものキャロット。


 ミーア様の自室のテーブルに聳えるニンジンの山。致命的なまでに御部屋の雰囲気にあっていないそれは恐らくナナキのために用意しているものなのだろう。おかしい、ここまで実力を見せているのに一向にナナキは人間になれていない。七不思議ナナキ。


「それでは失礼致します、ミーア様」

「ええ」


 ミーア様の支度が終わる頃にはちょうど主からのお呼びが掛かる。最近の朝のリズムだ。疾風迅雷ナナキが参る。参った。


「おはようございます、我が主」

「おはようナナキ」


 今日も主は凛々しく在られる。早朝だからと言って寝惚けた顔は見せず、姿勢に表情、どちらも威を放っている。そう、このナナキの主であるのならやはりこうでなくては。誰かが見ている時だけの努力など。真に評価されるべきところが成っていないと何の意味もないのだ。


 月光会のあの夜からおよそ一週間。ナナキと主の関係は何ら変わりはしない。ナナキと主が主従であることに違和感は覚えず、あの日の出来事などまるで無かったかのようにいつもの毎日が来る。互いに引きずるような性格ではない。


 次があったのならその時はその時、主もそう考えているだろう。


「ん、これは……」


 大きな重低音が響いた。


 けたたましいその音に主は窓を開けてその身を乗り出す。危ないから御止め頂きたい。まあ、もし落ちてもナナキなら受け止めることができるので後で忠告しよう。


「見ろナナキ」

「はい……これはまた」


 蒼に鉄の塊が浮いていた。


「神界戦争前の乗り物だな……まだ動くものがあるなんて、いや良いものを見た」

「あんな大きなものがないと空も飛べない時代……不便そうですね」

「利便性を求めた結果がこの世界なのがなんともな」


 主と並んで蒼穹を駆ける鉄の籠を見送る。古代の遺物はお母様の愛した蒼に白い線を入れながらどこまでも飛んでいく。さんさんと照り付ける太陽の下を進む鉄籠、酷く鈍いそれを見えなくなるまで主と見送った。残った蒼穹に、やはり人は天を仰ぐのだ。


 ――――今年も夏が始まる。

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