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雷帝のメイド  作者: なこはる
二章-アルフレイド家-
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サイレントラヴ

 差し伸ばされたその手を払った。


 ゆっくりと、優しく、それでも明確な拒否を含めて。その道は間違っている。ならば従者であるナナキが、従者だからこそこのナナキが正さねばならない。これは主従で在ることを誓ったあの日を嘘にしてしまう。月が隠れていて本当に良かった。この現場はきっと誰にも見られていないだろう。


「私は従者です。我が主」


 当然のことを口にした。それが意味のない言葉だということを理解しながら。こんな無駄なことをするのはナナキらしくない。だって主は知っている。その上でナナキを誘った。だからナナキが口にするべきはこんな言葉ではなく、もっと明確なものでなければいけない。


 その明確を遮ったのは、多分ナナキの憧れなのだと思う。


 綺麗な服を着たい。可愛い服を着たい。誰だって一度は物語の主人公になってみたい。そんな想いが心の片隅でほんの一瞬だけ主張した。王子様と踊れる機会なのだと、今が憧れたそのステージなのだと。従者としてのナナキを、一瞬だけ消していた。これではまるで道化だ。


 罰が必要だった。


 憧れは心の内に閉まっておけばいい。従者の誇りではなく少女の憧れを僅かとは言え優先した。これは笑えない、余りに酷い有様だ。我が主が貴族である以上、これからもこういった夜会に参加することはあるのだろう。過ちは一度で良い。


 ――――憧れ(こんなもの)は要らない。


「私が主と踊ることはありません」


 だからそれを捨てた。これで良い。


「従者としての矜持か」

「あの日の誓いを違えるつもりはありません。私は主の従者で在りたいと思っています」


 これ以上なく、明確に。必要なだけを。


 主がどうしてナナキを誘ったのかはわからない。一人立ち尽くすこの身に同情をしてくれたのだろうか。いや、聡明な我が主がそのようにナナキを見る筈がない。優しい御方だから、と。それで済むのかもしれない。けれどナナキがその優しさに縋ることはなく、またその必要もない。


「命令にしたくはないんだけどな。男として恰好が付かない」

「ではお手伝い致しましょう」


 要は我が主に恥を欠かせないようにすれば良い。特別なナナキであれば造作もない。我が主は貴族で在らせられる。貴族が己の従者とワルツを踊るだろうか。尋ねれば失笑されてしまうこと間違いなし。しかし、主はナナキを誘ってしまった。ならそれを無かったことにしよう。


「ご覧ください我が主。美しい御月様です」

「不自然な突風だったな」


 御月様を隠していた厚い雲にご退場を願った。さようなら、またどこかでお会いしよう。必然として再び照らされる草原。さあ、月光会の再開だ。紳士淑女の皆々様、大変お待たせ致しました。主がナナキを誘えたのは月が隠れ、誰にも見られることがないからだ。ならば御月様に招待状を出してしまえば良い。


「そうか……次の機会にするとしよう」

「お相手は選ばれた方がよろしいかと」


 先ほどナナキはしっかりと告げた。このナナキが主と踊ることはない。私たちが主従である以上、その日が来ることは絶対にない。そう、ない。


「選んだつもりだったんだけどな」

「良いジョークです。ぜひあちらの淑女の皆さまに」


 主のセンスに場の空気はたちまちに和み、互いの関係を築くための良い潤滑油となることだろう。月光会が再開した今、主が居るべき場所はここではなくあちらだ。いつまでもナナキに構っていてはいけない。


「ナナキは元とはいえ大陸最強の五人、五帝だろ。なら相手としては十分すぎる」

「なるほど。ですがその力は従者として手にしていると思いますが」

「力だけはな」

「……他にも望むものが?」


 さすがは我が主と言ったところだろうか。思いの外に強欲であった。決して悪いことではない、どころかナナキとしては好感が持てる。使えるものは使う、その必死さは生きていく上でとても大切なものだ。


「…………いや、止めておこう。その日までにもっとマシなジョークを考えておくよ」

「左様ですか」


 追及はしない。従者として慎まく在るべきだ。


 少しばかり主と言い合いのような形になってしまった。どうにかしてこの悪い空気を入れ替えたい。いつも通り、笑顔で吹き飛ばしてしまいたい。でもどうしてだろう。今はきっと良い笑顔ができない気がする。友よ、ナナキはどんな顔をしているのだろうか。


 その手を払った時からずっと、胸が痛い。


 前にもこんなことがあった。確かシエル様に友達になろうと有り難い御言葉を掛けて頂いた時だった。あれは胸がぐにゃぐにゃした。今回は何かに引っ掻かれている。がりがり、がりがりと。ぐにゃぐにゃとがりがり、全然違う。でもきっと、これは同じものだ。


 嫌な病気に胸を抑えた。痛い。


「一つだけ聞いていいか」

「何なりと」

「踊りたいとは思わなかったか」

「――――思いました」

「十分だ」


 主は優しい笑みを浮かべながら月光会の中心へと戻っていく。そうだね、友よ。やはりナナキはおかしい。今の問に真実で答えるべきではなかった。これではまたいつか、主はナナキのことを誘ってしまう。それを避けるために言い合ったというのに。


「――――え?」


 友の一言。


「……主を」


 異性として?


 頷く友に目潰し、ナナキフィンガー。そのにやにやした顔が非常に腹立たしかった。よってこれは当然の報いである。反省するように。彼の神話の雷イルヴェング=ナズグルがのた打ち回る姿は実に滑稽。百神殺しの神様にはとても見えない。


 さて、友のことは一先ず置いておく。


 問題は友の一言だ。ナナキのパートナーとして主を見定めてみろと、友はそう言った。ナナキもいつかは誰かと結婚し、子を生さなければならない。お母様の誇り高き血統と教えを次の世代、まだ見ぬ時代へと紡いでいかなければならない。


 このナナキに相応しい男性を見つけなければならない。


 我が主、ゼアン・アルフレイドこそがそれに当て嵌まるのではないかと。友はそう言っている。なるほど、考えもしなかった。主従の契りを結んだナナキと主の間にはもはや他の関係が出来上がる余地などないと思い込んでいた。


 ゼアン・アルフレイドは善人だ。そして酷くずれている。目的を達成するための意志は強く、なりふりを構わない必死の強さを持っている。胸に抱く勇と誇りはあの日にナナキへと示された。だからこそナナキと主は主従となった。


 問題は多い。


 まず我が主には婚約者であるシエル・マーキュリー様がいらっしゃる。正式な婚姻こそまだの様だが、シエル様が主に注ぐ愛情は本物だ。それは出会って日の浅いナナキにでもわかる。彼女はとても気持ちの良い人間だ。ナナキは彼女に幸せになってほしいと思う。


 次にミーア様、並びに世間の問題。どう考えてもメイドとの婚姻など前代未聞である筈。ならば雷帝ではどうか。五帝が飛んでくる。つまりナナキには主の隣に立てるだけの相応の身分が存在しない。それではあのお兄様大好きミーア様がお許しになられる筈がない。


 ちょっと考えただけでもこれだけある。やはり現実的では――――なに? ナナキの気持ち?


 もちろん好感を持っている。月下で出会った奇縁ではあったが、俗っぽく言うのならば運命を感じた。だからこうしてナナキは主の従者として御傍に居る。共に道を進むことを誓った。ナナキの嘘偽りない本心である。ご理解頂けただろうか。


 そうではなくて? まったく、今日は良く喋るじゃないか友よ。


 ナナキだって子供じゃない。君が何を言わせたいのかはだいたいわかっている。でもそれはこうやって気付かないふりをしていた方が上手く収まるものだ。ナナキは今の日々に幸福を覚えている。必要があるのならともかく、むやみに今を壊そうとは思わない。


 周囲も時間も立場も関係も、ナナキの邪魔をしてくるだろうから。


 だから今はこのままで良い。もしも、どうしても我慢ならなくなったのなら、その時は正々堂々と。いつか来るのかもしれないその日までは従者として在ろう。その日が来てしまえばナナキは従者としては居られないから。これだけ赤裸々に言えば満足だろうか、友よ。


 そう、答えはYESだよ。


 

二章-完-

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