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雷帝のメイド  作者: なこはる
二章-アルフレイド家-
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ナナキの休日

 何があっても朝は来る。


 寝惚け眼で顔を擦る紳士の皆さま。まだお休み中の淑女の皆さま。早起きなジェントルマンから今から眠るいけないレディまで、おはようございます。朝です。そしてナナキです。日ノ出の時刻、それすなわちナナキの一日が始まることを意味する。


 素早くふかふかほわほわの寝具から離脱し、給仕服を――――着ない。


 この身に纏うのはあの日から着ることのなかった帝国騎士の制服。何せナナキは給仕服以外にはこれしか持っていない。買う暇もなかった、というのは言い訳になるかもしれない。ナナキの速度なら時間など幾らでも捻出できる。


 本日この帝国騎士の制服を着るのには当然理由がある。


 本日、ナナキは休日である。そう、つまりは今日のナナキはメイドに在らず。どうしてそのような経緯に至ったのかはミーア様の一言が全てを伝えてくれると思う。ナナキが未だに休日を頂けていない事実を知ったミーア様は鬼気迫る表情で主にこう言った。


『訴えられたら勝てないでしょうッ!』


 そこから先は聞くも涙、語るも涙の悲しい物語となる。不用意にそこへ足を踏み入れてはいけないのだ。ナナキが本日は休日。大事なのはこの一点となる。ここまではよろしいだろうか、友よ。良い返事だ。それでは続けよう。わからないことがある場合は最後まで一度聞いてから質問したまえ。


 まず、ここ最近で耳にする帝都の情報。これが一点。


 ナナキは帝都の敵である以上、協力するわけにはいかない。けれど少し気になることがある。従ってこれよりナナキは帝都へ向かおうと思う。最速で最短、要所だけを見たのならすぐに帝都を離れると約束する。例え五帝に補足されようとナナキの速度には追い付けないしね。


 そして一点、予言についてだ。これについては恐らく探っている余裕はないだろうからできたら程度の気持ちだ。ナナキの偽装する魔力に五帝が引っ掛かってくれたならばこちらも余裕ができるかもしれないね。あの四人の隙を突けるか、それ次第となる。


 どうにも胸騒ぎが収まらないんだ。あの予言に何かこう大きな違和感を感じてから。


 一先ずは以上となる。友よ、何か質問はあるだろか。なに? ご飯? そんなものは途中でネズミでも捕まえてしまえば良い。帝都までの距離はかなりある。その間に幾つかの森も在った筈だ。文明生活に慣れたのは確かだけど、ナナキは未だ森の王であることを忘れないでほしい。


 余所の森では知らないがナナキの育った森では全ての動物がナナキを見たら逃げ出す。食物連鎖の頂上を超えた超常なナナキを甘く見てもらっては困る。霊長類以外は基本的にナナキのご飯と成り得る。このナナキが食事に困ることはない。


 さあ、疑問が解けたのならそろそろ出発としよう。エンビィと戦った日に汚してしまったいつかのシーツ、これを適当に破いて外套変わりとする。これで遠目からは帝国騎士の制服だとすぐにはわからないだろう。こちらは移動に自信がある。数秒稼げればそれで良い。


「それじゃあ、行こうか」


 果たして、鬼が出るか蛇が出るか。



 この時期に珍しい蒼海の空の下で立ち並ぶは黒曜のペンタゴン。八重にも重ねられた五角形、その中心にはこの大陸で最も尊いとされる御方の社が在る。八重のペンタゴンはそれぞれに階級を持ち、より優秀な人間であれば安全で便利、栄光が待っている内側の五角形へと進むことが許される。


 ここは才能の終着点。周囲から天才と呼ばれる者たちとその家族。そして何かしらの功績を以てして在住を許された選民。並みであることの方が珍しいと言える。


「中身を改めやすいよ――――通行証の――――」


 堅牢なる五角形の上空は感知魔法と対空魔法のオンパレード。それを突破することは容易いが、ナナキはここに戦争をしにきたのではない。正面から堂々と入らせて頂く。ペンタゴン唯一の安全な入口には八名の帝国騎士。商人やら地方の貴族やらと、誰も彼もを差別せずにチェックしていく。


 目にも止まらぬ速さで駆け抜ければ突破は容易い。けれどここから先、一度でも魔法を使えばナナキの存在は帝都中に知れることとなるだろう。今は上手く偽装しているが、一瞬でも剥がせばそれを見逃してくれる相手ではない。


 ならばどうするか。簡単なことだ。


「おい――――あれ?」

「どうした?」

「い、いや何でもない」


 堂々と、小細工なしに通り抜けた。


 これは速さではない。ナナキが生きるために一番初めに身に着けたものと言っていいだろう。身を守り、奇に襲う。気配を殺せない生き物はあの森では生き残れない。ナナキがまだ弱かった頃はお母様が戻ってくるまでは息を殺して隠れていたものだ。今ではこうして歩きながらでも気配を殺せるまでになった。


 人は科学を捨ててしまった。魔法に走ったからこそ、ここにはアンティークな監視カメラは存在しない。誰も彼もが魔力の総量で人を誤認する。瞳で見たとしてもそこに魔力と気配がなければ錯覚してしまうのだ。魔法一辺倒というのもいかがなものだろう。


 検問を突破すれば、そこは一番外周のペンタゴン。階級的には最下層にあたる外周だが、人口は一番である。多くの人々が忙しなく行き来している。懐かしい光景だった。昔のナナキの居場所。気付かれてはいけないのだけど、自然と笑みが浮かび上がってくるのだから仕方がない。


 隠密のナナキスマイル。帝都の皆さま、ナナキです。


 当然、誰もナナキのことを雷帝ナナキと気付く筈がない。すたこらと歩いていく帝都の民たち。その中に気配を殺しつつ混じる。少し歩いたのなら気配を戻し、自然な塩梅へと偽装すれば立派な帝都の民だ。ちょっとナナキが通りますよ。


 表面上は平和そのものと言ったところ。けれどその実はペンタゴン城壁の上に相当数の人員を割いている。突破されるとしたら上空、これは当然と言える。しかし帝都もその弱点を理解しているが故に多くの迎撃システムが存在する。


 だというのにこれだけの人員を壁上に配置している理由は恐らく――――


「敵襲————ッ‼」


 叫び声と共に帝都の対空魔法が火を噴いた。


 夥しい数の対空魔法が上空へと伸びていく。その標的となるのはたったの一人。その髪はナナキやアキハさんと同じ、漆黒であった。迫りくる対空魔法を鮮やかに避けては追撃してくる帝国騎士たちに見事な一撃を続け様に入れていく。


「ハハハッ‼ お出ましかライコウッ‼」


 警報が鳴ってどれだけ経っただろうか。それは遅すぎるよライコウ。常人より速いのは当たり前。偉人より速いのも当たり前。諦めるならばせめてナナキと比べる段階になってからにした方が良い。


「また貴様かァッ‼ だからガキは好かんのだァッ‼」


 武帝ライコウ。単純明快な剛力無双。武器は己の身体一つと非常にわかりやすい。遠距離魔法には一切頼らずに戦闘は全てインファイト。身長およそ二百三十センチ、筋肉武装が自慢の巨人。その打たれ強さにはナナキですら苦戦したこともあった。


「来いよライコウ! 今日こそお前に勝って俺も五帝だッ!」

「抜かせえッ‼」


 また過激な青年が現れたものだ。ナナキのせいだとは思いたくないので、ささっとこの場を離れる。五帝に挑むのであれば少なくとも神の一人や二人は連れてくるべきだとは思うけどね。才能を感じる動きではあったけれど、ライコウには遠く及ばないだろう。


「お前のような賊紛いの小僧に五帝が名乗れるかあッ‼ とっとと捕まれッ‼」

「賊とはなん――――ごえぇッ!?」


 直撃とは。お悔やみ申し上げる。


 そしてだ、友よ。今ナナキへと向かってきているこの死体をどうしよう。なに? 生きているかもしれない? ライコウの拳ならば死んでいてもおかしくないのだけど。まあそんなことよりもだ。ここで派手な動きをすればナナキはどうなるだろうか。


 何せライコウの目の前だ。本人ですら周りを見ずに吹き飛ばしたことを後悔している様子。そう、ライコウは遅い。つまりナナキに死体がピットインするのは避けられない。せめて可愛い声を出して偽装しよう。まさかナナキが可愛い声を出すとはライコウも思うまい。


 三、二、一、着弾。


「きゃ――――ぐえぇッ!?」

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