幼少期の名残り
まな板とは。
文明生活で古くから調理の際に使われる調理器具の一つである。まな板に食材を乗せ包丁などで切ることによって台が傷つくことを阻止する役割を持つ。衛生面でも大活躍する古代の知恵の一つ。形状は基本的に薄い板。そのため、胸の小さな女性を差して使われることが稀にある言葉だ。
要約するとミーア様はナナキにこう言ったことになる。
”このぺったんこ“と。
メーデーメーデー、通信始め。
ナナキよりナナキへ、隣国からの宣戦布告を確認。如何に対処するべきか。ナナキからナナキへ、この宣戦布告は我が国への大変な侮辱である。遺憾の意を表明する次第である。我が国はこの宣戦布告を受理、以降は敵国と見做されたし。
豊満なるその傲慢、許し難し。さあ友よ、開戦の準備を。これより始まるは電撃戦である。速やかに我が国への脅威を排除する。平たいことは罪ではない。それを虐げる豊満こそが罪なのである。今ここに審判を下す必要がある。決はこのナナキが下そう。
殲滅せよ。
このナナキがぺったんこ、笑止。ナナキは未だ成長期の真っただ中である。それを考慮せずに今を見て判断するとは考えが足りないと言わざるを得ない。不用意に口に出すようなことではなかったのだそれは。迂闊な発言一つで人は争える。言葉の刃はナナキを切った。
非常に残念なことである。ナナキとミーア様は大変に相性が良いと思っていたのに、それは見事な裏切りであった。ナナキは基本的に怒らない。怒りは人をダメにすることが多いからだ。けれど今は怒りが必要なのだ。つまりナナキはこう言いたいのですミーア様。
ぶっ殺してや――――――――身体的特徴を悪く言ってはいけないと。
なるほど、確かにミーア様のそれはご立派なのだろう。その従者たるフィオさんもナナキと比べれば十分だと言えるのだろう。だがそれで良かったではないのか。心の中で納めておくべきだったのではないのか。それを口にしてしまっては殺――――戦争は避けられない。
女性の価値は胸ではない。
立てよ国民、ウォールハイルナナキ。
「本気ではやるなよ、ナナキ」
総員着席、拝聴。
「私が主の妹君を相手に怪我をさせるような真似をするとでも」
「今すごい顔をしていたからな。あんなでも可愛い妹なんでな、頼む」
素晴らしい兄妹愛です我が主。その美しい愛情に免じてナナキは受け入れよう。そう、例えこの身をぺったんこだまな板だと言われようとも。平静で在れ、ナナキ。世界を肯定するということはそういうことなのだ。
「かしこまりました、我があ――――」
「雨の中いつまでも待たせてるんじゃないわよ、この板!」
「――――るぎぎぎぎッ」
◇
雨中での決闘。冷たい雨は容赦なくナナキたちに降り注ぎ、その熱を奪おうとする。けれど今に限ってはこの冷えでは足りはしない。我が主、ミーア様、そしてフィオさん。三者の熱を冷ますのに雨では届かない。ちなみにナナキは熱くなってはいない。本当だ。
熱くなってミーア様を傷付けでもしたらナナキは主に顔向けできない。
「天在れ陽在れ夜よ在れ。天の導きを今ここに示し賜え――――」
口火を切ったのはミーア様だった。紡がれる詠唱は天を仰ぐもの。天帝サリアと同じ系統と言っていいだろう。超越者たるサリアの場合は星を落としてきたりするのでこの系統は侮れない。ミーア様の詠唱と同時に突貫してくるのはその従者たるフィオさん。
件の経験でナナキから仕掛けられては対応できないと判断したのだろう。抜き放った剣があっという間にナナキまで迫った。いつぞやの動きと比べれば雲泥の差。恐らく今回は覚悟をする時間が在ったからだろう。上段からの振り下ろし、必殺を狙うものだ。
それで良い。相手はこのナナキ、命を狙うくらいで挑まなければ話にもならない。その点を踏まえた良い一撃だった。避けるのは容易い、反撃するのも容易い。しかし、これから先共に屋敷で働いていく方だ。出来るだけ攻撃はしたくない。つまりは、戦意の消失を図ればよろしい。
雨中に輝けライトニングフィンガー、そして弾けろナナキの笑顔。敬愛と友愛を以て平和を成す、森羅万象を包むナナキスマイル&ピース。世界の皆さま、ナナキです。
そしてキャッチです。
「指でッ……やっぱり本物じゃ……!?」
フィオさんは青ざめた表情で固まっていた。ピースは剣よりも強し、覚えておくと良い。いつだって平和を想う心が戦争を終わらせるのだとシルヴァも言っていた。そして笑顔こそが人間の宝なのだとライコウは言っていた。つまり笑顔とピースを併せ持つこのナナキは無敵。
完全平和理論武装の極みである。拍手をどうぞ。
御覧なさい友よ、ナナキの平和の力に当てられたフィオさんは戦意を喪失した。平和完成である。これならば決闘が終わったあとも良好な関係を築けること間違いなし。平和ってすごい。笑顔とピースがあれば何でもできる。
友は呆れた表情で首を振っていた。
そんなにそっけなくしないでほしい。どうだろう、ここはひとつ一緒に平和を完成させるというのは。君が好戦的な神様であることは知っているけれど、たまには平和を噛みしめてみるのもいいのではないだろうか。
「っ‼」
友と話し合っているうちにフィオさんは剣を手放しナナキから距離を取った。理由は明白、ミーア様が詠唱を終えるからだ。
「――――流星の一矢、我に仇名す敵を射抜けッ!」
遥か上空に魔力の気配。サリアのお化け流星とは違ってこれは疑似的に作り出したお星様といったところか。正に天才と言って良いだろう。ミーア様の正確な年齢はナナキにはわからないが、恐らくナナキと同じくらいだと予想する。であればこの才能は本物だ。
上空より高速で接近する魔力の気配に天を見上げる。雨が目に入ってよく見えない。まず間違いなく狙いはナナキだろう。なんだかんだと言ってミーア様は我が主を狙うつもりなど無いようだ。今降ってくるものに直撃されてはたいていの人間は死んでしまう。
というよりもかなりの高確率でナナキを殺しにきているのでは。
でも私はナナキ、殺意にもナナキスマイル。つい最近背負った呪いに比べればこんなものは可愛いものだ。さあ友よ、準備はいいだろうか。そろそろ着弾だ。コツとしてはまず自分が世界で一番美しいと思う笑顔を思い浮かべて笑う。そして両手でピースするだけだ。
それでは世界の皆さま、マスターメイドナナキと神話の雷イルヴェング=ナズグルよりお届け致します。
「はい、ピ――――」
なんか出た。
雷光が星を蹴散らし雨雲さえもを消し飛ばして天へと昇って行った。こんにちは御日様、ナナキです。ご機嫌はいかがかな。
すごいね友よ、君の笑顔は雷が出るのか。だけどね、友よ。君の姿は顕現しない限り普通の人には見えないんだ。つまりは傍から見ればナナキの笑顔から何かとんでもないものが発射されたことになる。ナナキの笑顔に悪評が付いたらどうしてくれるんだ。
「……………………な」
ナキです。
「何よ……今の……」
笑顔です。




