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雷帝のメイド  作者: なこはる
二章-アルフレイド家-
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強襲のシスター

 ――――拝啓、お母様。


 帝都を離れたあの日から、およそ一月が経ちました。もう長らくお母様の眠るお墓へご挨拶に伺えておりません。親不孝をお詫び致します。ですが、次にお母様と会うその日は全ての約束を果たしてからにしようと思うのです。自分勝手な娘で申し訳ございません。


 貴族の都フレイラインにも初夏の訪れが近いようで、最近は雨ばかりです。今の生活にも次第に慣れ、過ごしている日常に幸福を覚えることも少なくはありません。やはりお母様の仰った通り、世界は素敵なのだと思います。


 少しばかり前に、ナナキの心の姉とも呼べる方と剣を合わせることになりました。予言の次はどうやら呪いを背負ってしまったようです。これがお母様ならもっと上手にこなしてみせるのでしょう。まだまだ未熟、お恥ずかしい限りです。


 ですが、ナナキが選択した道です。それが正しい選択だったのかはわかりません。けれど後悔はしていないのです。まだその選択の答えが出ることはないのでしょう。それがいつになるのかはわかりませんが、答えが出たその時はお母様の墓前でご報告申し上げようと思います。


 雨ばかりでナナキにはわかりませんが、お母様の居るその場所には蒼が広がっているのでしょうか。不肖の娘ではございますが、お母様の安眠を願わせてください。またいずれご報告申し上げます。その日まで、おやすみなさいませ。



 ――――そういえば、あの日も雨だった。


 お母様が亡くなったあの日にも、冷たい雨が降っていた。約束を終えて事切れたお母様に縋りついて、何日も泣いていた。お墓を作ってからは獣に掘り返されないようにずっと見張っていた。何日も、何日も。温もりのない日々を過ごした。


 そして六年前、君に出会ったね友よ。


 あの日も雨だった。どうやらナナキは雨に好かれているみたいだ。心配しなくて大丈夫だよ、落ち込んでいるわけじゃない。ただ少し、お母様との日々を、別れを思い出していただけだよ。今はもう、ただ泣くことしかできなかったあの頃のナナキじゃないから。


「窓の外に何かあるのか」


 いつの間にか主がナナキの傍まで来ていた。いけない、やはり少し感傷に浸っていたのかもしれない。主の気配に気付かないとは。反省しよう。


「いいえ。よく降るなと思いまして」

「そういう時期だからな。大昔はそんなこともなかったらしいが。神界戦争の傷跡の一つらしい」


 主に嘘をついてしまった。けれど多分、これで良いのだと思う。人に聞かせるような話ではない。少なくとも、主とナナキの間で語るようなことではないから。


「それで、本当は何を考えていたんだ」

「ですからよく降るな、と」

「つまり雨に現を抜かして鈴の音を聞き逃したと?」


 なんてことを。


「も、申し訳ありません主っ!」


 平伏叩頭、最速のヘッドバット。


 いくら感傷に浸っていたからと言ってメイドとしての職務を果たさず雨を想うなんて言い訳ができない。なんたる失態。友よ、後でナナキの頭を力強く殴ってほしい。そうすれば目が覚めるかもしれない。


「で、何を考えてたんだ」

「……秘密、で通りますか」

「まあ、いいだろう」

「感謝致します」


 主の器量には頭が下がる。それに比べてナナキと来たら、これでは特別な人間だなんてとても言えない。この良き主に相応しい従者で在れるように努力をしなければいけない。挽回しよう、すぐにでも。


「どのようなご用件だったのでしょう」

「客……というわけじゃないが、人が来ることになった」

「では到着されたようですね」


 屋敷の敷地内に二人分の気配が増えた。ナナキが呆けていなければもっと準備する時間があった筈、この失態は大きい。


「早いな……さっき連絡が来たばかりだというのに」

「お出迎えの準備を致します」

「ナナキが来ないからリドルフに頼んだよ」

「……申し訳ありません」

「反省なら後にしてくれ。俺のメイドが人前でそんな情けない顔をするのは許さないぞ」

「はい」


 そうだ、凛と在らなければ。失敗をしたのなら取り戻せば良い。幸いにも取返しのつく失敗なのだから。主の言った通り反省は後に回そう。今は我が主のメイドとしての義務を果たす。ということで友よ、その振り上げた拳は下ろしてほしい。勝手なことを言ってすまない。


 出迎えのために玄関まで移動する主の後ろを歩く。けれど思ったよりも早く玄関の扉は開いてしまった。それも豪快に。


 けたたましい音を立てながら開かれた両扉。勢い良く開けたせいで限界まで開いた扉は当然戻ってくる。そんな扉を細い脚で蹴飛ばす怒り顔の女性。黄金の髪に蒼星石の瞳。どう見ても主のご家族だった。


「お久しぶりね、お兄様」

「相変わらずだなミーア」


 ミーア様。主のことをお兄様と呼んだことからして妹君なのだろう。ミーア様の後ろで控えている女性は恐らく従者。見覚えのあるその顔に少しだけ驚いた。あの日屋根で捕まえた賊だと思っていた女性だった。お久しぶりです、ナナキです。


「急に帰ってくるなんてな。帝都の魔法学院を退学にでもなったか」

「もう卒業資格もらったから帰ってきたのよ。私はお兄様と違って天才なの。十月の帝国魔法士の試験まで家で過ごすわ」


 もしそれが本当なら本当に天才と言っていい。帝都の魔法学院は幾つかあるけれど、どれも並みの学力、才能では入学できない。それも卒業資格をもらったと仰っている。この時期に卒業資格がもらえるのだとしたらその才能は本物なのだろう。さすがは主の妹君。


「それが例のメイドね」


 どうしてか睨まれてしまった。怖い顔をして迫ってくるミーア様にナナキスマイル。初めまして、ナナキです。一月程前からこのお屋敷でお世話になっています。マスターメイドを名乗っておりますが本日は一時返上中です。明日取り返します。


「また綺麗なメイドを雇ったものね。いやらしい」

「お前はまたそういうことを……」


 褒めて頂けた。口調は少しばかり辛辣だけれど、根は良い人なのかもしれない。いや、主の妹君なのだ。きっと良い人なのだとナナキは信じたい。そのための努力をしよう。


「初めまして、ナナキと申します」


 まずは挨拶が必要だ。当然の行為と言われものはいつだって大事なことである。


「ナナキ?」


 少しばかり迷ったが、主の親族だ。ここで嘘をついてもいずれバレてしまうだろう。であれば真実を告げるより他にないとナナキは判断する。


「メイドのくせに大それた名前ね。雷帝ナナキ様と同名だなんて」


 はい、そのナナキ様です。ん、ナナキ様? ナナキは帝都を出るときに誇りを貫くために五帝と戦った。そのナナキを様付け? 帝都ではナナキの扱いはどうなっているのだろう。さすがに五帝は外されていると思うのだけど。


「随分と腕が立つそうねナナキ。うちの従者が手も足も出なかったとか」

「恐れ入ります」

「へえ、謙遜しないんだ」


 はい、しません。ナナキは強いので。ですがミーア様相手にそれを披露するつもりはありませんのでどうかご容赦頂きたい。


「あまり絡むなよミーア」

「才能の無いお兄様は黙ってて。私は帝国魔法士になってアルフレイド家を再興するの。そうなれば私が当主よ。家のことは私に任せてお兄様は大人しくしていればいいのよ」


 なかなかに熾烈な方だ。次々に捲し立てられた主は疲れた顔をしている。あまり兄妹の仲はよろしくないのだろうか。


「だからあの豚とお兄様が結婚する必要はないの。さっさと婚約なんて破棄すればいいのよ」

「はぁ……シエルは心の美しい人だよミーア。そういう言い方は良くないぞ」

「はぁ? 私は見た目のことを言ったのだけど? 私が間違っているとでも? あれが豚じゃないと?」

「…………」


 そこで黙ってはいけません、我が主。


「私がこの家に居る限りあんな豚を一歩もこの屋敷には入れさせないから」


 シエル様は本当に優しい心を持った気持ちの良い人だ。けれどやはりネックとなっているのはその体形なのだろう。外見で人を判断してはいけないのはわかる。けれど外見もその人の一部だというのもわかる。なんともままならない。


 兄妹なのですから仲良くしてはいかがですか、と出過ぎた真似をしたくなる。


「それとナナキ、貴女のことも見てるからね。お兄様を誑かすようならすぐに追い出すから」


 あれ、もしかしてお兄様のことが大好きなのでは。

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