刀身にナナキを受けてしまってな
三時間という時間は思ったより長い。主たちが授業を受けているこの時間にナナキたち従者は互いに友好を深めたり、食事を取ったりする。授業が終われば主たちの昼食の世話があるからだ。主と一緒に食事を取る従者なんていない。
互いに食事を取ったあと、ナナキとアキハさんは少しばかり手合わせをしようという流れになった。ナナキとしてはこれに異存はなかった。喜んでナナキの胸をお貸ししようと思う。これがアキハさんの成長に繋がるのならば良いことだ。
「参ります」
「はい」
古代の技術、いわゆるエンシェントアーツと呼ばれる居合。尋常ではない抜剣速度で目標を両断し納める。理論や理屈に興味はない。見て感じる、これもナナキの成長に繋がる。この手合わせはお互いにとって益のあるものとなる。
「――――ッ」
呼吸を止めたと思えばその剣は既に抜かれていた。初速は上々、並みの騎士であれば両断されてしまうかもしれない。けれど手合わせということで少しばかり加減しているのだろう。この程度では帝国騎士のほとんどが反応できる。
一歩も要らない。少しばかり踏み込みが足りなかったのだろう、獲物の長さも相当にあるがそれではナナキに届かない。なんて、慢心すると命取り。剣先の魔力が尋常ではない。あれは飛んでくる。魔力を帯びた一閃、飛んできた魔力を手ではたく。ぺしぺし。
刹那の間も空けずに迫る第二撃。ゆらりと刀身が揺れた。認識をずらす魔法、或いは技術なのだろう。なるほど、これでは避けるより他にないのだろう。そして避けたところに必殺の一撃を叩きこむ。素敵なシナリオだった。
でも私はナナキ、刀身もぺしぺし。
「……デ、デタラメですね」
割とよく言われる。アキハさんは諦めたように構えを解いた。圧倒的実力差で空気を悪くしてもいけない。ここは空気が和むような一手が必要だ。満を持してナナキの新技を披露する時が来たようだ。輝けダブルフィンガー。友愛のナナキピース。
「ナナさんはやはり元帝国騎士……と思っていいのでしょうか」
無視された。
「……そうですね。あまり言い触らされても困ってしまいますが」
嘘ではない。五帝も大雑把に言えば帝国騎士と言っていい。違うのは与えられる権力と有している力だ。皇帝陛下、五帝、帝国魔法士、帝国騎士と言った具合の序列はもちろん存在するけど。
「噂には聞いていましたが……帝国騎士は本当に天才ばかりなのですね」
「ありがとうございます」
謙遜はしない、それは誇りを汚す行為だ。ナナキが強く才能があるのは事実、であれば堂々と称えられよう。でも褒めてくれてありがとうございます、アキハさん。
基本的に帝国騎士になれるのは周囲から天才と呼ばれる人間たちだ。天才と呼ばれる彼らが努力してようやく至る地位、それが帝国騎士。そしてその天才たちが残りの生涯を費やして並々ならぬ努力をしても届かない天上の地位、それが五帝だ。
人の枠に収まっている内は五帝には決してなれはなしない。誇り高き信念、それこそ例え相手が神であろうと貫き通すだけの力を持たなければならない。だからこその超越者。ナナキたち五帝の力は神を下す。そして神を従え更なる力を持つのだから正しく天上の存在。
もっとも、ナナキは神を従えはしない。大切な友達だから。
「ナナさんから見て、私は帝国騎士になれると思いますか」
「本心から試験には合格すると思います。帝国騎士に興味があるのですか?」
「はい。帝都には私たち日本人が愛したという桜の木があるそうです。私はそれを見てみたい」
ナナキはその木を知っている。帝都に来たばかりの頃にエンビィが教えてくれたあの美しい木。薄紅色の花びらが舞うあの光景は忘れない。ニッポンジンは良い趣味をしている。確かにあの木は美しく、綺麗だ。ナナキが見た花の中でも桜が一番綺麗だった。
「でもナナさんの動きを見て少し自信を無くしました。やはりもう少し修練に励んだ方が良さそうです」
「頑張ってください」
謝る必要はない。これはアキハさんの心構えと考えだ。元五帝というところを隠しているから少しばかり申訳なさを覚えるけれど、これもまた苦難の一つですよアキハさん。それを乗り越えた時、貴女はまた一つ強くなれる。だから送る言葉はこれで合っているのだ。
「もうすぐ主たちの授業が終わりますね。戻りましょうか」
なんと、もうそんな時間。真面目に授業を受けているであろう主を出迎えるのはメイドの務め。走れナナキ雷の如く。出迎えに遅れるなどあってはならな着いた。間に合ったよ、友よ。
「……縮地は実在したのですね」
後からやってきたアキハさんはよくわからないことを呟いていた。
◇
「どうだった」
「前回の方も素晴らしい騎士でしたがアキハさんは別格と言っていいでしょう。帝国騎士に匹敵します」
下校の時間になれば、主は小声でアキハさんについて尋ねてきた。恐らくアキハさんも今頃ヴィルモット・アルカーンに同じことを尋ねられているのだろう。決闘という行為が貴族の間では特別な意味を持つのであれば気にするのは当然だ。
「今また決闘を行って負けるわけにはいかない。任せるぞ」
深い信頼の御言葉を頂いた。一礼にて忠義を示す。このナナキは主の剣、障害はどんなものでも振り払ってみせる。
「しかし帝国騎士に匹敵するとは……また金を掛けてきたな」
「堂々と在ればよろしいかと」
強者であるのならば臆することはない。貴方は金銭では決して手に入れることのできない力を持っているのだから。あの日踏み出した一歩、その勇気と誇りを忘れてはいけない。凛として頂かなければ。
「ナナキから見てどうだ。彼女は」
「実力、人格共に素晴らしい方です。先ほども言いましたが帝国騎士になんら劣りません」
「決闘ではどうだ」
「秒で圧勝です」
「……改めて考えるととんでもないメイドだな」
やや強引だけど褒められていると解釈する。ありがとうございます、良き主。ん、どうかしただろうか友よ。なに? 前?
「ゼアン様ー! ナナさーん!」
デヴ。じゃなくてデジャヴ。
見れば校門からシエル様がどんどこ駆けてくる。額には玉の汗、鼻息がブモモと響く。それでも我が主との距離を詰めるために走るのだから、やはり愛情の深い方だ。手くらい振ってあげたらどうでしょうか我が主。
我が主は少し困ったような表情を浮かべて頭に手を当てている。ふむり、つまるところ連日婚約者に出迎えられるのが恥ずかしいのかもしれない。周りは同級生も多い。こういった熱愛部分が露見するのは色々とよろしくないのかもしれない。
けれどやはり婚約者がわざわざ出迎えに来てくれてるのだ。例え足音がドンドコドコドコでも両手を広げて迎えてあげるべきじゃないだろうか。サリアから借りた本にもそういったシーンはよくあった。それとなく主に伝えた方が良いのだろうか。
いや、それは出しゃばりすぎだ。メイドとして慎ましく在ろう。
「……ひっふっ! ふっふっ……!」
が、頑張ってくださいシエル様。あと少しです。もうちょっと。
滝のように流れる汗にも負けずシエル様は走る。愛に向かって走る彼女をナナキは格好良いと思うのだ。けれど走る度に揺れるそのお肉はやはり頂けない。生活にも色々と支障が出るのではないだろうか。何より健康面、人間は健康でなければ長生きできない。
「……ひっひっ……ナ、ナナさん……!」
あと三歩です、シエル様。だけどここまで来たのだ、もう十分だろう。まずは昨日の非礼を詫びよう。シエル様には最高の一日と思えるだけのお世話をしようと思っていたのに、ナナキの都合でそれは成らなかった。
「シエル様、昨日は大変な失礼を――――」
「ナナさんッ!」
「――――致しましぐむぅ!?」
肉に包まれた。




