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雷帝のメイド  作者: なこはる
九章-失われた歴史の真実-
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ヤヒメ

「――夢を、見ていたんです」

「夢?」

「ええ、とても長い」


 それは、とても都合の良い夢だった。

 絶望を覚えた日もあった。悲しみに暮れた日もあった。居場所がなくなって、泣き崩れた日だってある。それでも、その夢の中には確かな希望があったのだ。


 決して簡単なものではなかったけれど、私ならそれに手が届いた。そこに希望があるのなら、私ならたどり着くことができた。とても優しくて、都合の良い世界。


「だけど私は覚めてしまった。私だけが覚めてしまった。だからもう、私は夢には戻れない」


 母を愛していた。

 彼が愛しかった。

 姉が好きだった。


「……だから、メイドを辞めるのか?」


 その全てを夢の中に置いてきてしまった。

 ナナキは、それを持ってくることができなかった。


「お別れをしましょう。主……いえ、ゼアン・アルフレイド」


 今までありがとう。

 お世話になりました。

 お元気で。


 どれも違う気がした。

 心が変わっても、ここで過ごした記憶は私の中に残っている。私は、ナナキは確かにこの日々を愛していた。この場所が好きだった。それは、勝手に流れ出る涙が物語っていた。


「ありがとう。貴方に出逢えたことは私の誇りです」

「……今までよく仕えてくれた。ありがとう」


 何てことはない。もう、いつもの彼だった。

 誰にでも浮かべる仮面の笑顔を付けたまま、いつもの調子で淡々と述べる。


 困るくせに。

 恐ろしいくせに。

 初めて会った時もそうだった。彼は瀕死の重傷を受けて尚、私の前で強がってみせた。本当に馬鹿な人。だけど、私はそんな彼に母の面影を見た。やはり、似ているのだ。母とこの人は。


 それなら、きっと彼は進むのだろう。

 私が傍にいなくても。その先に待っているのが破滅だとしても。私の武力がなくなったその先に何が待っているかなんて、彼なら分かる筈なのに。


「引き留めたりはしないのですね」


 どうしてか、それがどうにも腹立たしくて気が付けば口が動いていた。

 目の前のこの人は、もうどうでもいい筈なのに。


「……そうか、違うんだな」


 私のその言葉に彼は目を見開いた。

 そんな特別なことを言ったつもりはなかった。だけど、どうしてか仮面の笑顔を脱ぎ捨てて、彼は笑った。いつか見た彼の本当の笑顔。


「安心したよ。俺は、君を知らないんだな」

「私を知らない?」

「ああ」


 それは、とても嬉しそうな声だった。


「ナナキなら、俺の知る彼女なら、それだけは言わなかっただろうな」


 なるほど、と。

 素直に感心する。

 確かにそうだ。今の一言はナナキならば決して口にすることはなかっただろう。


「君の生き方はまるで宝石のようだった。輝いていて、美しくて、とても強い。きっと誰もが思うんだ。君のようになりたい、君のように生きたいって。ほとんどは君のように誠実で在れないんだ。生きるということに正しく在るのは俺たちには難しい。誰かを押し退ければ、いつか自分が押し退けられるから」


 だから、と彼は続けた。


「だから、本当はみんなそれが欲しいんだ。正しく在るための強さが欲しい。押し退ける勇気が欲しい。そんな風に生きていく覚悟が欲しい。それを全て持っている君は輝いていて当たり前だ。だからみんなそれが欲しいと憧れる。俺だって君に憧れた。あの日の屋上で、君のように生きてみようと覚悟を決めた」


 確かに、それはまるで宝石のような話だった。

 誰もが欲しいと手を伸ばすのはいつだって綺麗なものだ。私だって、ナナキだってそうだった。あの日の屋上で勇気を見せた人がいた。誇りを持った人がいた。それを、美しいと思った私が確かにいた。


 だから――


「君はナナキじゃない」


 やはり、私はナナキじゃない。

 

「ナナキが自分で決めたことを覆そうとする筈がない。引き留めないのかと口にした君は、彼女によく似た知らない誰かだ」


 また一つ、答えが出た。

 私はナナキじゃない。ナナキだったもの、そうでもない。

 私は兵器としての本来の人格。そして、あの怪物を閉じ込めておくための檻だ。優秀な兵器である私だから、目覚めてすぐに閉じ込めた。ずっと彼女の中で眠っていた私だから、誰よりもアレを理解している。そうだ、アレがどれだけ世界を逸脱するのかなんて、考えるまでもない。


「まったく、なかなかどうして。節穴ではありませんね」


 答えをくれた彼に、私も笑顔で応えることにした。

 目の前に立っている人間ではない彼。私にとってはどうでもいい存在。

 それでも思うところがあった。これは、ナナキの名残りだろうか。


「貴方が――」


 人間だったらよかったのに、と。


「……さようなら。ゼアン・アルフレイド」

「ああ、さようなら。彼女によく似た知らない君」


 別れの言葉は簡潔に。

 少しばかりの荷物を詰めた鞄を手に取って、今度こそ屋敷を後にする。

 惜しくはない、その筈なのに。どうしてか後ろ髪を引かれるような感覚に襲われるのは、やはりナナキとして生きた名残りなのかもしれない。さっきもそうだった。彼が人間だったらよかったのにと、私は口にするつもりでいたのに途端に口が動かなくなった。


 今はもう大切でもない筈なのに、呪いから守ろうとした。


「そう長くはなさそうだね……と」


 屋敷を出てからしばらく、見知った顔が私を待っていた。


 やあやあ友よ、と。

 君をそう呼んでいいものかは少しばかり悩ましい問題だね。記憶もある。君との友情だってあるように思う。でも、今の私はナナキじゃない。君が知っている彼女は、きっと今も私の中で暴れている。

 

「……君は、知っていたんだね」


 立ちすくむ同類に、真実を問う。

 私たちが人間でないことも、人間がもうこの世のどこにもいないことも君は知っていた。私はてっきり君が人間嫌いなのだと思っていたけれど、その実は憎んでいるのは人間ではなくて私たち兵器の方だったんだね。それでも、それをナナキに伝えなかったのはきっと君の優しさだ。ナナキが呪いに苦しまないように、君が守っていたんだね。


 まったく、不甲斐ないねあの子は。


 それでも、もう私も彼女も世界を知ってしまった。

 だから君に教えてほしいんだ。この世界がどうしてこうなってしまったのかを。人が、人間が辿ってきた世界のことを。その結末を。どうか私に教えてほしい。真実を知った私だから、世界の嘘が引っ掛かって仕方が無い。


 神様なんて、どこにもいなかった。


 だから友よ、君がまだ私の友人で居てくれるというのなら、どうか私に教えてほしい。神界戦争と呼ばれたその戦いの真実を。だって私には、世界の辻褄を合わせた存在に心当たりがある。


 人間のいない世界で私は何をすればいいのか。

 その答えを見つけることができるかもしれないから。



 世界に嘘をついている人がいる。

 長い、とても長い友の話を聞いて私はそれを確信した。

 ともすれば、彼女もまた私と同じ呪いに侵されている筈だった。それも、私よりもずっと前に。それなら、この悲しみを無くす方法を知っているかもしれない。


 理由はそれだけで十分だった。


「……お前にはエンビィと共にフリーグラントへ向かうように言い付けた筈だが?」

「ええ。ですが、それどころはなくなったのでこうして戻って参ったというわけです陛下」


 長い大理石の回廊を抜けた先にある帝都で最も深き場所。科学と魔法、両者に守られたその玉座にはこの国の皇が腰掛けている。


 アベルタ・G・フロスト。


 百年前に人間を束ね導いたとされる初代皇帝フライム・G・フロストの血族。エンビィから教わった歴史を元にするのなら、魔力というエネルギーを見つけたのも彼だったとされていた筈だ。


「アベルタ・G・フロスト。貴女に質問があります」

「ほう、この私を呼び捨てるか。ナナキ」

「ナナキ、と呼ぶのは少し語弊がありますね。今の私が敬意を払えるのは人間だけなので」

「――お前」


 その一言で、明らかに彼女の顔色が変わった。

 先ほどまで浮かべていた不敵な笑みはなりを潜め、つり上がった鋭い瞳が私を睨み見る。やはり、彼女も知っていたのだろう。この世界の真実を。それならば、呪いに侵された私のことも説明をする必要はないだろう。


「なるほど、遂に……と言うべきか」


 しばらくの静寂の後、彼女はゆっくりとその口を開いた。


「何が聞きたい」

「貴女の知る全てを」

「強欲だな。母親似だお前は」

「ええ、そうなのでしょうね」


 鼻を鳴らすアベルタに笑顔で返した。


「そうですね……仮に、ヤヒメとでもしておきますか」

「ヤヒメ?」

「私の名です。どうにもナナキと呼ばれるには違いすぎるので。まあもっとも、ナンバリングするのであれば本来は私にこそ七の数字が宛がわれるべきなのでは、と思わなくもないですが。だって兵器としての本来の人格である私は言うなれば本物であり、この夢の世界から生まれたナナキは偽者と言えるでしょう?」

「……」

「とまあ、思うところは多々あるわけですが、それをここで吐露したところで話が進むわけでもなし。癪ではありますが、ここは一つ大人の対応をして差し上げようというヤヒメちゃんからの粋な心遣いというわけです。というわけで、限りなく短い付き合いだとは思いますが、改めてよろしく――アベルタ」

「……その顔で私の名を呼ぶな」


 こうまで露骨に不機嫌そうな表情を浮かべるのには、きっと何かしらの理由があるのだろう。そして、それにはどうやら母が関わっているらしい。けれど、あの人のことは私にとってはどうでもいいことだ。今、私が知りたいのはその情報ではないのだから。


「さて、それではまず神々のことからお聞きしましょうか」

「ふん、大方の予想は付いているのだろう」

「ええ、まあ。でもどうしてああまで私たちと形状が違うのかまでは」


 同じ兵器にしても、力も大きさも違いすぎる。

 友からの話ではその辺りのことは聞けなかった。


「なら、まずは茶でも淹れてこい」

「それは何故です?」

「……長くなるからだよ」


 辞めたんだけどね、メイド。

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