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雷帝のメイド  作者: なこはる
九章-失われた歴史の真実-
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実録ナナキの封じ方

 幼少の頃からの癖で、どれだけ疲れていても朝になると必ず目が覚めてしまう。しかも今回は久しぶりの野外での就寝。そのせいか身体の感覚も森で暮らしていた頃のものになってしまったようで、目が覚めるとほぼ反射的に周囲の気配を探ってしまった。


「…………」


 周囲に気配はなし、相も変わらず寂れた荒野だけが広がっている。空の白み具合からすると、もう間もなく朝日が昇る頃だろう。


「…………んん」


 小さな声に隣を見れば、未だスヤスヤと眠り続ける姉の姿があった。文明で生まれ育ったエンビィにとって固い地面での野宿はやはり慣れないらしく、随分と眠りが浅いように見える。


 ともすれば、もう少しばかり寝かせてあげるのが優しさというものだろうか。ナナキとしても、エンビィが目覚めるまでの僅かな時間をこのまま姉に抱きついて過ごすというのも吝かでは無い。


 だが、それは甘えだ。


「エンビィ! 朝!」

「んぐっ」


 その綺麗なお顔にグッドモーニングナナキ。すべすべなエンビィの頬を両手でべちんと挟み込む。するとどうだろう、とてもブサイクな姉の出来上がったではないか。何というか、普段綺麗な人が変な顔をしていると殊更にブサイクに見えるね。不思議。


「おはようございます。エンビィ」

「……おはよう」


 ナナキの両手に頬を強襲されたエンビィは何やら不服そうな面持ちをして、上体を起こした。

 やや、何やら不穏な気配だ友よ。具体的に言えば姉の怒りゲージが溜まっているように思う。君に心当たりは? ナナキは全然だ。


「ナナキ、ちょっとこっちおいで」

「お断る」

「いいからおいで」

「仕方ないなあ」


 そう言って足を踏み出した直後、飛んできたエンビィの両手をしゃがんで躱す。フフン、そんな見え見えの攻撃にこのナナキが当たるとでも。いくら何でもお粗末が過ぎる。出直してどうぞ。


「避けたね?」

「避けたね」


 凄むエンビィにこくりと頷く。

 幾ら凄んだところでエンビィの両手がナナキのふにふにの頬に触れることはない。こちとら幼少の頃から大自然の獣を相手に生き残ってきたのだ。魔法の使用を制限していたってこの程度はお手の物だ。


「……確か、ナナキは本を持ってきていたね」

「これのことですか?」


 脈絡の無いエンビィの言葉に若干の違和感を覚えつつも、ポケットから件の本を取り出す。タイトルは”鍵穴の死“。主から許可をもらって暇潰し用に書斎から借りてきたミステリー小説だ。


 小説の舞台は千年以上も前の世界。

 それこそ科学というものが当たり前にあった古い世界のお話だ。七人の登場人物に、七つの扉、七つの鍵。鍵にはそれぞれ番号が振り分けられていて、果たしてそれが物語にどう影響を与えていくのか、まだ触りしか読んでいないけれど今からとても続きが楽しみだ。


「それ、私も読んだことがあるんだよ」

「なるほど……? 面白かったですか?」

「うん、面白かった」


 そう言って笑顔で頷くエンビィは、やはりどこか奇妙だ。確かにこの小説はミステリーの中でも有名なものだと主も言っていた。だからエンビィが読んでいても不思議ではないのだけど、問題は何故今この本を話題に出したのかということ。


 さてさて、この姉はいったい何を考えて――


「特に最後の種明かしが爽快だったね。まさか鍵穴の秘密と犯人が――」


 えええええええええええええ。





 エンビィの卑劣な作戦に屈した後、私たちは再び街道へと戻りフリーグラントへと向けて歩みを進めた。


「もうすぐ嘆きの街道だ。一応注意しておいてね、ナナキ」


 嘆きの街道。

 その陰気な呼び名の付いた街道は、この世界に適応できなかった者たちの末路が広がっているらしい。魔法壊死の恐怖に打ち勝つことが出来なかった彼らが生きるために寄り添い合って出来たその場所には、この世界への怨嗟が溢れているという。


 まあ、とどのつまりは才能に恵まれることのなかった人々が身を寄せ合っては自分たちは悪くないと傷を舐め合っている場所だ。誇るものすら失った人間だったもののなれの果て。その終着点。


 まったく反吐が出る。

 弱いだけなら結構、助けを求めるのであればナナキは助けよう。敵でないのなら、手を差し伸べることだってあるだろう。でもそれは、今を懸命に生きる人間が相手であればの話だ。自分の弱さを履き違えて腐っていった奴らを私は人間とは認めない。


 弱いからこそ、努力をしなければいけない。弱いということは、必然、選択肢が少なくなる。だからこそ、命を張って生きていかなければいけないのに彼らはそれを放棄した。魔法壊死に怯え、人間であることをやめた。


 後はただ、羨み嫉み、怨嗟の声を上げるだけだ。


 主の言っていた計画がもし上手くいったなら、フレイラインが国になったなら、嘆きの街道で燻るなれの果てたちも再び人間となることが出来るのだろう。それはきっと、素晴らしいことなのだと思う。人類にとってそれは、正に再起と呼べるだけのものだ。


 だけど多分、私はそれを人間とは呼ばないだろうね。


「ところでエンビィ」

「何かな」

「この手はいつになったら離れるのかなと」

「いや、最初は今朝の仕返しのつもりだったんだけどね。思った以上にふにふにしてて……」

「歩きにくいー」


 後ろからナナキの頬をいじりながら歩く姉に抗議の声を上げる。今朝の卑劣な作戦に加えて、ナナキの可愛い頬に向かって何たる仕打ちだ。私はただ朝だから起こしてあげただけなのに。


 まったく、この調子ではフリーグラントへの到着はもうしばらく掛かりそうだ。ナナキとしてはさっさと終わらせてフレイラインへと帰りたいのだけど。


「エンビィ、正面から十八人」

「多いな」


 そんなことを考えていれば、正面から複数の人の気配だ。さてさて、正体不明の御一行とはまだ距離があるけれど、逆に言えばこの距離でも気付ける程度には魔力を持った連中だ。無論、ナナキとエンビィであれば取るに足らない相手ではあるけれど、絡まれるとそれなりに面倒だ。


 というのも、帝国が開発したこの外套を付けている間は使用できる魔法が制限されているのである。


 例えば、弱い身体能力を強化する程度の魔法であれば、この外套の身に付けている者の魔力と気配を遮断、隠蔽する効果は発動している。しかし、一定以上の強い魔法を使用した場合はこの外套に掛かっている術式が塗り潰されてしまい隠蔽能力は失われる。再度発動するまでにはしばらくの時間が掛かるらしい。


 まあ、つまりは魔法を使った激しい戦闘は出来ないということだ。もしそれをしてしまったなら、此度の旅は正しく無駄足ということになるだろう。


「昨日の野盗くらいなら軽い炎で十分だったけど、今回の連中は少し面倒そうだな」

「まだ絡まれると決まったわけではないですけどね」

「わかってると思うけど、魔法はダメだからね。ナナキの力は強すぎるから、ここからでも多分気付かれる」

「ではせいぜい絡まれないことを祈りましょう」

「神を倒す私たちが誰に祈るのさ」


 それはもちろん、お母様に。

 天に召しますナナキの母よ、どうかナナキとエンビィの旅が無事に終わりますように。


 両手を合わせて天へと祈る。

 とはいえ、お母様はどちらかというとトラブルを好む性格だったからもしかすると逆効果かもしれないけれど。


「騎士……?」


 果たしてやってきたのは、白い騎士甲冑に身を包んだ連中だった。三台の馬車を守るようにして進む彼らの足取りは綺麗なもので、それなりの訓練を積んでいることがわかる。


 見たところ馬車を護衛しているようだ。

 恐らくはフレイランへと向かう行商人が護衛でも雇ったのだろう。だとすれば、このまま何事もなくすれ違うことが出来るだろう。


 これも全てはお母様の御加護に違いない。

 さすがはお母様だ。トラブル好きの性分をぐっと堪えてナナキのピンチを救ってくれた。どうだい友よ、ナナキのお母様はすごいでしょう。


 ああ、お母様のあの優しい笑顔が目に浮かぶようだ。

 ありがとうございます、お母様。


「おい、そこの二人少し待て!」


 ちくしょう! さすがはお母様だ!

 ゲラゲラと笑うお母様が目に浮かぶよ!

ギル祭お疲れ様でした。

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