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雷帝のメイド  作者: なこはる
Fire Memories Ⅳ
132/143

マギア・シュヴァリエ

「今回の相手は?」

「敵じゃない」

「そう、敵じゃない。敵じゃないから?」

「殺さない」

「あとシルヴァも見に来るけど絡まないこと」

「絡まない」

「よし、行ってきな」

「行ってきまーす!」


 最終確認を終えて、駆けていくナナキを見送るその時の私の胸中を一言で表すのなら、やはり”不安“だろう。


「何、今の?」

「気休め程度の確認だよ」


 隣に立つサリアの疑問に、私は溜息交じりで返した。


 件の五帝候補が指定した決闘の日。

 舞台はセントラルに設けられている広大な訓練場。五帝候補になって初めて入ることの許されるこの場所で今日、二人の五帝候補が雌雄を決する。そして、それを見るために五帝のうち四人がこの場所に顔を出していた。


「あれがナナキの相手か? アレに挑むくらいだからどんなものかと思ったが……あの様子じゃ物差しにもならんぞ」

「確かに、シルヴァの言うとおりね。この決闘に意味はないもの」

「ならば、誰かが相手するしかなかろう」

「そういうのは言い出した奴がやるもんだよライコウ。私はパスだ」


 私もそうだったけど、皆決闘の結果には興味がなかった。


「ご、五帝の皆様! 本日は私の決闘にお立ち会い頂き、あ、ありがとうございます!」


 そうとも知らず、自身の決闘に五帝のほとんどが顔を出した事実に件の五帝候補は浮き足立っていた。多分、色々と勘違いをしているのだろうと簡単に見て取れた。五帝の前で緊張に縛られない辺りはさすがだが、やはり私は彼女のその笑顔が苦手だった。


 私は彼女がこれから何と戦うのかを知っている。

 そう、要は心配しているのだ。彼女のことを。笑っている場合ではない。今からでも決闘の中止を訴えかけるべきだと、そう思っている。止めておけと、そう思っているんだ。でもそれを言わないのは、ここが才能のぶつかり合う場所だからだ。


「挨拶はいい。知っての通り俺たちは忙しい。すぐにでも始めろ」

「は、はい!」


 容赦のないシルヴァの言葉に急かされて彼女はナナキの方へと駆けていく。

 二人が遠くで何かを話して、互いに一定の距離を取る。間もなく決闘が始まり、彼女は負けるだろう。私はまた、一つの才能を見捨てることになる。


「行くぞッ!!」


 距離を取って見守る私たちのところにまで聞こえる、大きな声。

 剣を鞘から抜き放った彼女を前に、ナナキが笑顔のまま一礼をした。


「バ、バカなッ! あのナナキが相手に敬意を払うだとッ!?」

「そう……やり遂げたのね、エンビィ。おめでとう。貴女、本当にすごいわ」

「最初見た時は獣の類いと思っていたが……変わるものだな」


 三者の反応に色々と思うところはあったけれど、思わず涙が零れそうだった。

 シルヴァやサリア、ライコウと言った見知った相手ではなく、これから戦うことになる相手にあのナナキがしっかりと頭を下げた。例えそれが形だけのものだったとしても、それは間違いなく大きな一歩だった。


 ナナキは人間になれる。

 ただ力を持て余すだけの怪物ではなく、人の心を知って、人として生きていける。私はそれが本当に嬉しかった。ナナキが生きてきたこれまでを否定することは私には出来ない。それを否定すれば、私はナナキの敵になる。だから私は、ナナキが生きていくこれからを教えたかった。


 決して、無駄ではなかったのだ。

 それが証明された瞬間だった。


「涙ぐんでるところ申し訳ないけど、そのままだと見逃すわよ」

「わ、わかってるよ!」


 サリアからの冷やかしの言葉に、目端に溜まってしまった涙を払って前を見る。サリアの言うとおり、ナナキが戦うのならそれは一瞬だ。あの子は文字通りの神速。五帝候補の彼女がそれに対応出来るかと言えば、答えは否だろう。


「――――」


 必然、決着は一瞬であり、一撃だった。


 多分、蹴りだったと思う。

 ナナキと彼女の距離が消失した瞬間、彼女はとてつもない衝撃と共に吹き飛んだ。それはおよそ人体が耐えられるレベルのものではなく、予め展開されていた防御魔法を容易く食い破ったその衝撃は彼女の身体に重篤な被害を与えるものだった。


「ねえ、エンビィ? さっきあの子、殺さないとか言ってなかったかしら」

「言ったろ……気休め程度の確認だって」


 今度こそ、涙が零れた。

 やっぱりまだまだ先は長そうだったから。


 元々今回の相手では実力差が大きすぎた。決闘の性質上、手加減しろとも言い切れず、結果はこの様だ。予め張っていた防御魔法のおかげで辛うじて命は残っているものの、このままでは直に死ぬ。神の力を駆使して助かったとしても、もう元のように身体を動かす事は出来ないだろう。


「とりあえず、私は彼女を治療するよ」

「じゃあ治療はエンビィに任せるとして、誰がナナキの相手をするの? 言っておくけど私は御免よ。あの子と近接戦なんて冗談じゃないもの」

「とすると、俺かライコウだが……」


 ふと、小山が動き出した。

 その身長、実に二メートルと三十センチ。人ならざる巨躯を持つ者の名は、ライコウ。


「ワシが行こう」





「――――強い」


 果たして、それを呟いたのは誰だったのだろう。

 シルヴァか、サリアか。或いは、私自身だったのかもしれない。

 そんなこともわからなくなる程に、目の前で繰り広げられている戦いは凄まじいものだった。


「ぬうううううッッ!?」


 ナナキとライコウ。

 互いに身体強化の魔法を得意とする二人が選んだ戦いは真っ向勝負のインファイト。その巨躯に似合わない速度で距離を詰め、その丸太のような豪腕から繰り出される拳が音速の壁を越える音を幾つも奏でてみせる。


「♪」


 そして、その全てをナナキは易々と躱してみせた。


 ライコウが遅いのではなく、ナナキが速すぎる。

 そも、ライコウは五帝の中で一番の速度を持っている。その鍛え上げられた肉体と近接戦闘に特化した身体強化魔法はライコウの十八番。力と速度、単純なだけに強力であるそれがライコウの強さだった。近接戦において、ライコウの右に出る者はいない。


 その筈だった。


「あのライコウが……近接戦で遅れを取るなんて……」

「……強いな。あの時よりも遙かに。チッ……怪物め」


 二人が絶句した。いや、私も含め三人だ。


「……ここまで……強かったか……?」


 私がその異常性に気付いたのは、この時だった。

 私はナナキの持つ怪物性を理解していたし、その才能を過小評価しているつもりはなかった。それでも、私は本当の意味でナナキの持つ怪物性、その恐ろしさを理解していなかったんだ。


 目の前で繰り広げられている戦闘は、明らかに私たちの想定を越えている。

 あの武帝ライコウが為す術も無く一方的にやられている、それはありえない筈だったんだ。確かにナナキは強い。一騎打ちであれば勝てる者はいないだろう。だけど、こうまで一方的ではない筈だった。ナナキには、付け入る余地があった筈だった。


「クッ……! 武装顕現――”地を穿つ巨神(ティタノ・ガイア)“ッ!!」


 それが、消えていた。


「武装顕現……!」

「使うしかないだろう。あのままでは如何にライコウと言えど持つまい」


 ライコウの従える神ジン=オウの武装顕現は、彼の巨躯を覆う白銀のフルプレートでライコウの防御力を著しく上げるものだ。あの状態のライコウは私のハイエント=ヘリオスの炎ですら耐えきる。その上、攻撃力と機動力まで上がるのだから魔道士殺しだ。


「おおおおッッ!!」

「お?」


 ライコウの咆哮とナナキの気の抜けた声が重なった。

 ナナキの稲妻のような蹴りをものともせず、ライコウがナナキへと拳を振り抜く。


「チィッ!」


 しかし、やはり当たらない。

 ライコウの繰り出す拳がナナキを捉えることはなく、逆にナナキがライコウのフルプレートへと凄まじい威力の蹴りを入れていく。ナナキの蹴りがライコウの鎧を叩く度に雷が走り、雷鳴が轟いた。けれど、そこはさすがライコウと言うべきだろう。彼の鎧に傷はない。


「ふーん」


 決定打に欠けたナナキは一度大きく距離を取ってから、呟いた。

 ライコウの武装顕現、地を穿つ巨神(ティタノ・ガイア)にナナキの攻撃は通じない。それは恐らく、ナナキにとっては初めての事態だった筈だ。


 だからこそ、私はその言葉に耳を疑った。


「――そうやるんだ(・・・・・・)? それ」


 それは、とても良い笑顔だった。

 年相応で可愛らしく、それでいて綺麗な笑みだ。

 だけどどうしてか、私はその笑顔を見た時、確信をした。


 ――私たちはこれから、恐ろしいものを見ることになると。

Fire Memories Ⅳ 完

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