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雷帝のメイド  作者: なこはる
Fire Memories Ⅳ
130/143

燃えよツインテール

 春を迎えてしばらく、ナナキの言動もどうにか人並みになってきた頃のことだ。


「ナナキを尾行したい?」

「ああ。ナナキもどうにか人前に出しても大丈夫なレベルになってきたとは思うんだけど私が見ていない時はどうなるかと思ってね」

「なるほど、貴女も大変ねエンビィ」


 私はとある試みのためにサリアへと相談をしていた。


「せっかく相談してもらったのに申し訳ないけど、まず無理ね。あの子、気配とかそういうの異常なくらい敏感だし。それくらい貴女もわかってるでしょう」

「わかってるから相談しているんだよ……」

「まあ、急ぎで無いのなら普通にナナキと接触した人から所感でも尋ねてみればいいんじゃない?」

「陛下直々の案件ですぅ」

「……そう、ご愁傷様」


 結論から言うと、私もサリアもナナキを尾行するのは不可能であると判断した。もちろん、私だって最初からあのナナキを相手に尾行が出来るとは思っていなかった。何せ子供ながらにあの大自然の中で獰猛な獣たち相手に生き残ってきた子だ。意識して気配を消してみせたところでナナキには通じないだろう。


 とはいえ、ナナキの言動、延いては五帝の立場に見合うだけの教養が付いたかどうかの調査は陛下からの直々の案件だ。当然、いい加減な報告が出来る筈もなく、私は途方に暮れていたというわけだ。同時に、焦りもした。


 私にはわかっていたからだ。


 その調査でナナキが適正有りと判断されたなら、いよいよを以てナナキとイヴァール様は激突することになると。五帝の継承は決闘によって行われる。ナナキとイヴァール様が戦えば、その結果がどうなるかはその時の私にはもうわかっていた。わかっているのに、私にそれを止める術はなかったんだ。


「そうね……それなら変装してみるのはどうかしら?」


 そんな私の焦りを知ってか、それともただの思い付きかはわからないけれど、ふとそんなことをサリアが言い出した。


「変装?」

「要は貴女の目が届かない時のナナキの状態を知りたいんでしょう? それならいっそのこと赤の他人と思わせてみたらどう?」

「うーん……ナナキ相手に変装か……」

「少なくとも尾行よりはずっとマシでしょうよ」

「それは間違いないけど……」

「ならダメ元でやってみたら? 私も協力するわよ」

「それは有り難いけど……やけに乗り気だね?」

「別に。変装したエンビィをナナキが見破るならそれはそれで尊みが深いわ」

「とうと……なんて?」

「こっちの話よ」


 時々、サリアは何を言っているのかわからなくなる。

 ただそれでも協力をしてくれると言ったのは嘘ではないようで、私たちは早速変装の準備へと取りかかるためにサリアの家へと向かった。


「まあ何をするにもまずはその赤髪よね。長すぎてウィッグも被れないし」

「髪型を変える方向でなんとか……」

「そうね、綺麗な赤だし、切ったり染めたりは勿体ないもの」

「助かるよ」


 ということで、手始めに髪をいじるところから始めたわけだ。

 髪ほど人間の印象を左右する部位もそうそうない。変えるならここからだろう。

 とはいえ、私も一応女なわけで、いくら陛下直々の案件とはいえ切ったり染めたりは避けたかった。


「……だからと言ってツインテールはどうなんだサリア?」

「あら、可愛いわよ」

「歳を考えてくれ……」

「大丈夫。美人はどんな髪型にしてもたいてい似合ってしまうものよ。それに、普段のエンビィではありえない髪型にしないと変装の意味がないじゃない」

「それは……そうかもしれないけど……」

「なら大人しくしてなさい」


 何とか別の髪型にならないものかとも考えたのだけど、結局体の良い言い訳は思いつかず私はそのままサリアに言い負かされてしまった。

 果たして出来上がったのは子供の時分以来のツインテールの私だ。


「うん、やっぱり似合うわね。貴女はどちらか言うと綺麗寄りだし、ちょっぴり男勝りだしでギャップを狙ってみたのだけど、思った以上に可愛いわ。後はそうね、眼鏡でもあればいいのだけど」

「いや、別に可愛いだとか綺麗だとかのために変装するわけじゃ……」

「服装はそうね……せっかくだしイブニングドレスにでもしましょうか。幸い貴女と私は体型が似てるから私のでも十分誤魔化せるでしょう。待ってなさい、アクセサリーも持ってくるから」

「いやそこまで着飾る必要はないだろ! というかツインテール!」


 私の声を無視してご機嫌な足取りで部屋を出て行ったサリアの後ろ姿を見た時、もしかして私はとんでもないミスをしてしまったのではないかと、この時になってようやく後悔をした。





 それからしばらくして。


「どこの夜会に出るんだ私は……」


 姿見を覗き込んだ私は途方に暮れていた。

 暴走したサリアの魔の手に掛かった私はまるで着せ替え人形のよう。黒のドレスに身を包んで、派手過ぎない程度のアクセサリー。果てにはメイクまで施されてしまった。極め付けは、この歳でのツインテール。


「しかしまあ、よくもこんなに買い込んでるもんだ。着る暇はそうそうないだろうに」

「着る暇がないから着れる時に楽しめるように買ってあるのよ。貴女こそ、何にお金を使っているのよ」

「何って……最近はナナキの服とか、一緒にご飯したりとか……後は本かな。あの子すぐ読むから」

「そう、そうなのね。二人の仲が良いのはとても良いことだと思うわ。ええ、とても。フフ、フフフフ」


 サリアの質問に答えると、どうしてかサリアは締まらない顔になって、それから笑い始めた。どうしてかはわからないけど、サリアは時々気持ちの悪い笑い方をする時がある。


「さて、これで完成ね」

「変装できたのは有り難いけど、何だか素直にお礼を言えないな」

「別にいいわよ。私は私で楽しませてもらっているから」

「だろうね……」


 満足そうなサリアの顔を見て、愚痴の一つでも零してやりたい衝動に駆られたけれど、私はそれをグッと我慢した。色々と酷い目にはあったものの、サリアは善意から協力をしてくれているからだ。

 殴るのはナナキに変装がバレた時でいい。


「それじゃあ戻りましょうか。今日のナナキの予定は把握しているの?」

「ああ。この時間なら今頃は他の五帝候補と一緒に訓練でもしていると思うからそっちに顔を出してみるよ」

「あのナナキが他の五帝候補と……エンビィ、貴女本当に頑張ったのね」

「わかってくれて嬉しいよ。いや、マジで」


 思い返せば、わかってもらえたのはその時が初めてではないだろうか。私の苦労、努力はどうしてかなかなか伝わらないことが多かった。


 特にシルヴァは酷い。

 いっそのこと、全員一度でもナナキの教育係にでもなってみればいいと思うくらいには、私も鬱憤が溜まっていたのだけど、サリアのその一言で少しばかりは救われたのを覚えている。


 心の中でサリアに感謝した。

 ……感謝した、その直後のことだ。


「む、サリアに……そっちはエンビィか。見違えたな。いったい何があったんだ?」

「あら、シルヴァ。珍しいわね、宮廷の外で合うなんて」

「それはこちらの台詞だ。エンビィのその格好はお前の仕業か? なかなか似合ってるじゃないか」

「良かったじゃない、エンビィ。シルヴァが人を褒めることはなかなかないわよ」

「え? あ、ああ……」


 サリアとシルヴァのごく普通の会話を目の当たりにしながら、私はただ呆然とそれに答えた。というより、この時は自分の耳を疑っていた。


「思わぬところで面白いものを見た。まあ、何をするのかは知らんが陛下に迷惑を掛けないようにな」

「ナナキと喧嘩して宮廷を壊しまくってる貴方に言われてもね」

「ぐっ……あれは奴が悪い」

「はいはい。それじゃ、私たちは急ぐから」

「あ、ああ。ではな」


 苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべながら去って行くシルヴァを見送った後、私はすぐに口を開いた。


「いや、バレてるじゃん」


 と。


「あのね、エンビィ」


 すると、サリアは歩みを止めてからゆっくりとこちらへと振り返った。その面持ちはとても真剣で、もしかすると何か訳があったのかもしれないと思わされた。


「途中で気付いたのだけど、そもそもこんな綺麗な赤髪を持ってるのはこの帝都では貴女だけだわ」

「……つまり?」

「その、とても言いにくいのだけど、それは変装じゃなくてただのオシャレということになるわね……」

「いや、それなら途中で言ってくれよ……。せめて髪を隠す方向で変装できたじゃないか……」

「ごめんなさい。その格好の貴女とナナキでイチャつ……接触してみてほしくてつい……」

「……なんて?」


 特に訳もなかった。


「サリア。貴女は良い先輩だし、大事な友人だと私は思っているよ。だからとても言いにくいのだけど、歯を食いしばれ」

「ま、まだナナキと会っていないでしょう!? シルヴァにはバレたけどナナキはまだわからないじゃない? まだ失敗したわけではないわ!」


 と、サリアが足掻くものだから私たちはそのままナナキが居るであろう訓練場へと赴いた。途中、幾度か宮廷給仕から指を差されたり、噂をされたりとしたが、その一切を私は無視した。


「エンビィが変な格好してる! 変ビィ!」


 そして、結果はこれだ。


「サリア――――――――ッ!!」

「ちょ、ちょっと!? ハイエント=ヘリオスまで出すことないでしょうッッ!?」

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