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雷帝のメイド  作者: なこはる
八章-変わり始めた世界-
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そして最後に卑怯者

 十二の騎士の鳩尾に蹴りを入れてから数秒、エリザベート・ローエンベルクは半ば放心気味に床に伏してうめき声を上げる騎士たちを眺めていた。


「え? え? 何があったの? 何でみんな倒れてるの!」


 やがて彼女の脳が現状を理解できる程度の働きを見せた頃、黄金の髪をした少女は金切り声を上げた。耳を突く高音に加えて声量も十二分とくれば、さすがのナナキでも顔を顰めてしまう。何せナナキは目も耳も鼻も良いからね。彼女上げるピャーという音波はなかなかに耳障りだ。キレそう。


「エリス!! この大馬鹿……なんてことをするんだお前は!?」

「お父様? もしかして私、決闘に負けたの? アルフレイドなんかに!? やだやだ! そんなの絶対嫌ッ!!」

「ああ、もう……お前は本当にっ!」


 哀れむべきはローエンベルク家の当主、フォス・ローエンベルクだろうか。

 決闘とはいえ、ローエンベルク家の者がアルフレイド家に明確な敵意を見せたのは最早言い逃れはできない。例えそれが年端の行かない子供のしでかしたものだとしても、彼女に雇われた騎士たちは確かにその剣を抜いた。


「くっ……! ゼ、ゼアン・アルフレイド! 娘が大変な失礼をしたことをお詫びする! 見ての通り、今起こった全ては甘やかして育てた私の責任だ! だからどうか、頼むッ! 娘の命だけは……!」


 責任の所在は明らかだ。

 それがわかっているからか、フォス・ローエンベルクが取った行動は実にシンプルなものだった。地位でも名誉でもなく、彼が守ろうとしたのは家族。娘だ。命を賭してでも娘を守ろうとするその姿に、ナナキも思うところはある。ただ、一つアドバイスをするのなら、どうせなら生きて娘を守り通すことだ。娘を守るためなら死んでもいいなんて、そんなのは親の我が儘でしかないのだから。


「フォス・ローエンベルク」


 何にせよ、決めるのは主だ。


「お前には他家よりも多くの科学を担当してもらおう」

「…………そ、それはどういう?」

「わからないか? 矢面に立ってもらうということだ」


 かくして、判決は下された。

 果たしてそれが温情のある決だったのかはナナキの知るところではないが、少なくとも彼らが今この場でその命を落とすことはなくなった。とはいえ、これは詰まるところの人柱だ。科学を狙う輩なんてものはこれから掃いて捨てるほど現れることだろう。脅迫や誘拐、これから先、ローエンベルク家に降りかかる災いは想像に難くない。


「ゆ、許してもらえるのならもちろん引き受ける!」

「ならこの件は不問だ。幸い、どちらも大きい被害は出なかったしな」

「か、感謝する!」


 一先ずは、主が得をした形にはなったのだろうか。

 安堵の息を零す彼の腕の中では、彼の手で口が塞がれているエリザベート・ローエンベルクがジタバタと暴れていた。時折漏れてくるピャーの音波はやはり不愉快だ。出来ればそのままずっと抑えておいてほしい。


「さて、話を戻そう。科学提供の見返りだが……特に必要ない。強いて言うのなら、協力をして欲しいと言ったところか」

「協力?」

「そ、それは何の?」


 疑問を口にしたのはマルコ・オールドレイン。それから、ジョナサン・レイ。

 彼らからしてみれば、喉から手が出るほどに欲しい科学の知識を協力の一言で済まされるのは不気味というものだろう。


 さて、主はいったい彼らに何の協力を求めるのだろう。友よ、君はわかるかい? ナナキはさっぱりだ。まあ、主のことだからきっと何か面白いことを――


「この街を、()にしたい」


 ……国?


「土地は幾らでもある。食料も、衣服も、供給できるだけの設備がこの街にはある。それでもこの街が国にならなかったのは、人間の方が足りてないからだ。それなら、この街を魔法を使わなくても生きていける科学の国にすればいい」


 誰もが呆気に取られている中で、主はただ一人いつもの調子で口にする。


「魔法壊死による恐怖から今の世界を十分に生きていけない人がいる。嘆きの街道、堕落の砦、沼底の街。そういったところで燻る人々も、魔法壊死の恐怖から解放さればば再び人間としての道を歩くことができるだろう」


 主の言うように、この世界には魔法壊死の恐怖に打ち勝てず満足に生きていけない人々がいる。心が弱く、生きる力すら乏しい彼らは科学に縋るだろう。そうなれば、人間の不足は解消される。なるほど、そうなれば確かにこの街は国に成り得るだろう。或いは、叶うのかもしれない。人類再起、再びの繁栄が。


 だけど、この街を国にするということは――


「もしもこの街が国になったなら、絶滅に瀕している人類が再びの繁栄を辿ることになる」


 帝国の存在理由を揺るがすことになる。





 帝国の存在理由はかつてエンビィが言っていた通りだ。


 人類が存続するための、つまりは魔法壊死を克服するための箱庭。限られた才能だけを集め、選ばれた人間だけで作り上げる国。魔法への高い適正を持つ者同士が子を持てば、その子供は更に高い耐性を得る。


「ですが、今ここでフレイラインを国にしてしまっては帝国で過ごす人間もこちらへと流れてくる可能性があります。そうなれば再び帝国とは敵対することになると思いますが……」

「安心しろナナキ。帝国とは戦わない」


 会合に途方も無い爆弾を落とした後に、私はすぐさま主へと声を掛けた。無論、主に考えがあるのはわかっている。それでも、帝国を敵に回してしまえば主の言う理想の肝である科学は失われるのだ。愚問だとはわかっていても、こうして口にして確認する必要がある。


「今はまだ帝国が必要なのはわかっている。科学で生きていけるようになったところで、神は科学では殺せない。襲われてしまえば人は千年前と同じ末路を辿る」

「はい。三大神などは言葉が通じる分、まだマシなくらいです。世界を徘徊するほとんどの神に言葉は通じません。奴らはただ殺すだけですから」


 思うに、自我を持つほどの力を持つ神は少ないのだろう。

 ナナキがこれまでに殺してきた神々は三大神を除けばどれもどこか機械的とでも言うべきか、意思を感じない動きをしていたものが多かったように思う。


「だから、これは先に備えてだ」

「先?」


 帰りの馬車の扉を開けながら、主の方へと振り返る。

 熱弁を振るう主と、それに釣られて白熱する六大貴族の皆さまのおかげで空は既に茜色に染まっていた。逆光。主の向こうに夕暮れが見えた。


「俺は信じているんだよ、ナナキ」

「信じる……ですか」

「ああ。いつか、神様が居ない時代が来ることをな」


 それは、まるで夢物語のようだ。

 果たして、世界に現存する神がどの程度なのかはわからない。ただ、それらは容易く人間を滅ぼしてみせるだけの力を持っていて、事実一度はこの世界を焼いたのだ。それでも主は信じているという。聞かずにはいられない。それはいったい、何を信じているのかと。


「あの日、屋上でお前の名前を呼んだその時からずっと、俺はお前にBetしてるんだ。そして勝ち続けてきた。だから、俺は信じてる」


 なるほど、と思った。

 でも、どうせならせっかくの夕暮れに似合うようなロマンチックな言葉が聞きたかったなあとも思うのだ。そんな、呪い染みた言葉なんかじゃなくて。


「ずるい人ですね」


 おかげで出てくる言葉は必然とこんなものになる。

 私は確かにあの時に言ったのだ。三大神は殺すことができる。ただ、世界に蔓延る全ての神を殺すには足りないものが多すぎるのだと。それでも彼は、信じると言う。まったく強欲だ。ただ、そうなれと言ったのは私だったように思う。そして私もまた、そういう生き方をする。


 だから。


「――いいよ、君の願いを叶えよう。ゼアン・アルフレイド」


 私はそれに応えよう。

 そんな遠回しな言葉ではなくて、もっと簡潔に言えばいい。例えばそう、ナナキ、何とかしろとでも言ったなら私だっていつもの調子で返せたのに。そんな真面目な顔で、そんな重いモノを背負わせておいて、信じてるなんて言うのだから、ずるい人だ。


「……驚いたな。そっちが本当のナナキか?」

「さあ、どうでしょう」


 だからせめて、これくらいの意地悪は許してもらうとしよう。


「ところで主」

「どうした?」


 それと、もう一つ。これだけは是が非でも確認を取らなければいけない。何せ彼のおかげで私はこれから少しばかりの無茶をしなければならないのだから、少しくらいのご褒美をもらっても良いはずだ。


「主が信じているのは自分の勘ですか? それとも私ですか?」

「…………どっちもだよ」


 なるほど、意気地無しだ。


「本当にずるい人ですね、貴方は」


 ため息交じりに呟いた。


八章-完-

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