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雷帝のメイド  作者: なこはる
八章-変わり始めた世界-
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銀の賢者

「まさか」


 と、銀の少女は吐き捨てた。

 その可愛らしい見た目から覚えた印象とは裏腹に、ナナキを雷帝ナナキと知った上でのその受け答えは随分と落ち着いたものだった。


「敵どころか、アナタたちの味方をしに来たのよ」

「味方、ですか」

「ええ。今のアルフレイドに恩を売っておいて損はないでしょう?」

「……なるほど」


 正直なことだ。その(さま)はナナキとしては好ましい。けれど、これを信じるのは浅慮が過ぎるというものだ。まずは話を聞いた上で一考の価値が在れば主に判断を仰ぐ、といった辺りが妥当だろうか。


「それで、具体的にはどのように味方して頂けるのですか?」

「その前に、自己紹介をした方がお互いのためになるとは思わない?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべる少女のそれは、およそ子供の口ぶりとは思えないほどに堂に入ったものだった。恐らく、貴族としての良い教育を受けているのだろう。


「それでは改めて、初めまして雷帝ナナキ。私は六大貴族が一つ、エルドラード家が長女。クレア・リリィ・エルドラード。クレアと呼んでくださいな」


 まるで花が咲いたような可憐な笑顔を添えて、銀の少女は綺麗な一礼をしてみせた。スカートの裾をつまみ腰を落とす一連の動作は流れるように。貴族らしい、良い立ち居振る舞いだ。それに、笑顔も良いものをお持ちのようだ。


 やあやあ友よ、これはナナキも負けてはいられないね。彼女の笑顔が誰もが可愛らしいと愛でる一輪だとすれば、ナナキの笑顔は誰もが美しいと零すほどの大輪の花に他ならない。

 ともすれば、その証明のためにもナナキも花咲かスマイルといこうではないか。 


「先ほどは偽りの名を失礼致しました、クレアお嬢様。改めまして、ナナキと申します。どうぞお見知りおきを」


 自己紹介のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


 どうだ友よ、この咲き誇るナナキの笑顔は。もう冬がやってくるというのに、まるで春が訪れたかのようなこの華々しさ。これはもうナナキの笑顔に釣られて咲いてしまう花々が出ても不思議ではないね。花咲かナナキ。


「それで本題なのだけど、ローエンベルクの家は知っているかしら」

「いいえ」

「まあ、そうよね。ナナキからして見れば六大貴族なんて取るに足らない程度のものでしょうし」


 まるで答えがわかっていたかのようにクレア嬢は両手を竦めながら軽口を叩く。まったく大したものだ。このナナキを呼び捨てるとは。加えて、その年齢には不相応の尊大な態度。なかなかどうして、わかっていたとしても度胸がなければこうは振る舞えない。


 多分、この銀の少女は頭が良いのだろう。

 私が雷帝ナナキだと知った上で彼女が呼び捨てるのは、ナナキがアルフレイド家のメイドであるからだろう。私は従者だ。そして彼女は貴族。クレア・リリィ・エルドラードはそれを正しく理解している。その証拠に、彼女は一貫してその態度を崩さない。遠慮はなく、怯えることもない。


「それなら、ゼアン・アルフレイドに伝えなさい。エリス……いえ、エリザベート・ローエンベルクに気を付けろと」

「それは私がナナキであることを知った上での忠告と見てよろしいので?」

「いいえ、全然。正直、忠告するまでもなくアナタなら蹴散らすでしょうね」

「……? では何故?」

「売れるものはどんなに小さなものでも売っておこうと思ってね。信頼って積み重ねでしょう?」

「なるほど」


 幼いながらに逞しいものだ。

 先ほどの口ぶりからして、件のエリザベート・ローエンベルクなる人物も六大貴族の一角と見ていいだろう。さて、六大貴族の皆々様にはアイナ・アイナの一件は未だ記憶に新しい筈だと踏んでいたのだけど。ナナキが見誤ったか、或いは相手がただの愚か者か。

 まあ、多分後者だろう。クレア嬢もそんな口ぶりだ。


「情報感謝致します、クレアお嬢様。早速主に伝えようと思いますので、私はこれで失礼させて頂きます」


 一先ずは、主の耳に入れることにしよう。

 例えフェイクであったとしても敵が一つ増えるだけのこと。判断は主が下してくれることだろう。


「ええ、また後でねナナキ。機会に恵まれれば私の従者も紹介するわ」


 従者?


「アナタの大ファンよ」


 意味深なクレア嬢の言葉が気にならないと言えば嘘になる。けれど、今は主のもとへと戻るのを優先しよう。そろそろ彼女も限界だろうしね。


「それでは」


 と、再び一礼をしてからクレア嬢に背を向ける。

 きっと今後ろを振り返ったのなら、へなへなとその場に座り込むクレア嬢が見れたことだろう。頭が良いとはいえ、彼女はまだ幼い。そして頭が良いが故に、このナナキに恐怖するだろう。しかし、それでも彼女は最後まで貴族としての自分を一貫してみせた。年相応に怯えることなく、最後まで笑ってみせた。


 ならば、それは彼女の誇りだ。存分に誇って良いものだ。その勇に泥を塗るような真似は出来ない。決して振り返ることなく、彼女への賞賛を胸に戻るとしよう。


「それにしても……」


 存外に、居るものだ。

 帝都より遠く離れたこの辺境の地で、主の他にも誇り高い魂を持つ者がいた。もし、あの日に出会ったのが主ではなく彼女であったなら、或いは違っていたのだろうか。もしかすると、彼女に仕える世界もあったのかもしれないと、ふとそんなことを思った。





「ナナキ」


 少しばかり足早に馬車へと戻ってみれば、すっかりと慣れた様子の友人が片手を上げて挨拶をしてきた。

 ナナキと同じ長い黒髪に、彼女の言うところの和装の鎧。致命的なまでにこの貴族の都には似合わないその装いは相も変わらず良く目立つ。


「おはようございます。アキハ」


 上げられた手にぺちんと右手をぶつけつつ挨拶を返す。

 さて、アキハがいるということは彼もまたこの場所に到着したということに他ならないのだけど、挨拶の方は……まあいいか。アレもナナキのことは苦手だろうしね。


「なんだよ、ミーアの奴来てねえのかよ。わざわざ来てやったっていうのに。ゼアン、お前本当に使えねえな」

「お前は相変わらずだな。ヴィルモット」

「うるせえ!」


 今日も今日とて、よく吠える。

 主にとって色々と因縁の相手である筈のヴィルモット・アルカーンは、どうしてか主に選ばれた協力者。いや、共犯者だ。

 貴族が通う学校の教室でふんぞり返っているだけのどうしようもない小物が、主を追って今や六大貴族の一角だ。その執念は主のお眼鏡に適ったらしいが、従者としては色々と複雑でもある。


「毎度毎度てめえは勝ってに決めやがって! 俺は昨日まで何一つ聞いちゃいなかったぞ? ゼアン、こりゃどういうことだよ?」

「相談したら乗っかったのか?」

「ふざけんな。ンなもん、独占すりゃいいんだ。リスクなんざてめえのメイドが全部消し飛ばすだろうがよ。分けてやる必要がどこにある?」

「お前はそう言うだろ。なら、文句を言われるのは今日一日だけにしておきたいからな」

「あぁ? 調子に乗ってんじゃねえぞゼアン。そりゃ何か、お前に決定権があるって言いてえのか?」

「違うのか? 皇帝と取り決めを交わしたのは俺だ。代価も俺のメイドが払ってる。なら俺が主張しないでどうする。主の俺がナナキの働きを無駄にする訳にはいかないだろ」


 わお、主ったら男前。

 正しく、ナナキが雷帝に戻ることにしたのも全ては主のためだ。無論、私が欲しいものを手に入れるためでもあるけれどそこはそれ、利害も一致しているのだし問題は無い筈だ。

 ともすれば、主には是非とも此度の科学復活、その全権を握ってもらわなければ。


「ふざけんなよゼアン! 俺とお前は対等だ!」

「ああ、そうだな。だが、これとは別の話だ」

「てめえ……」


 さて、頃合いだ。


「ただいま戻りました、主」

「ああ」

「ッ……!?」


 出来るメイドは空気を読むものだ。

 ヒートアップして引き際がわからなくなってしまったヴィルモット・アルカーンとそれに絡まれる主の間に割って入るのはナナキの努め。特にヴィルモット・アルカーンはかつての一件がトラウマになっているようで、ナナキに対して殊更に怯えるからね。


「異常はなかったか」

「今のところは。もしかすると、この後で起こるのかもしれませんが」

「ナナキが言うなら、そうなるだろうな」


 やはり、察しが良い。いや、この場合は聡明と言うべきなのだろうか。ともあれ、主はナナキの少ない言葉とそのニュアンスで何かがあったと判断した。ナナキとしてはその厚い信頼に感謝の言葉を述べたいところだけれど、良い女は時と場合を選ぶものだ。今はこの心を優先する時ではない。従者としての務めを果たすとしよう。


「クレア・リリィ・エルドラードという少女に主への言伝を預かりました」

「……エルドラード家の長女か」

「エリザベート・ローエンベルクに注意しろとのことです」

「具体的には?」

「いえ、そこまでは」


 口にしてみれば、随分とあっけない情報だ。ものの一言で終わるこの言伝に、主が何を見出すのかはナナキの知るところではない。下すのは主だ。なら、ナナキは努めるのみ。


「そうか」


 悩むでもなく、悔しがるのでもなく。主は淡々とした様子で頷いた。多分、切り替えが極端に早いのだろう。

 だから、何一つ気負いを感じないその声音で主は言うのだろう。


「行くか」


 と、ただ一言を。


「もしもの時は任せる」

「承知致しました」


 否、二言だったね。

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