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雷帝のメイド  作者: なこはる
八章-変わり始めた世界-
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そうじゃない

「ということで、大変申し訳ないのですが本日の会合が終わり次第エンビィと合流しフリーグラントへと向かうことになります。恐らく数日はここを離れることになりますが……」

「わかった。その間はせいぜい大人しくしているさ」

「早く戻れるように努めます」

「まあ、そう心配するな。今日の会合が上手いこと運べばリスクも分散できる」

「そうなのですか?」

「恐らくな」


 ガタンゴトンと揺れる馬車の中、主はまるで悪戯っ子のような無邪気な笑みを浮かべた。

 今日は主が主催する大切な会合の日だ。だというのに、主に緊張の色は見えない。どころか、主の傍を数日、或いは数週間も離れることに不安ばかりを覚える私を気遣っている。


 主人のその堂々たる在り方に誇らしさを覚える一方で、その主人に気を遣わせてしまった愚かな従者はいったい何をしているのだと自責する。主に堂々と在ってほしいと、それでこそこのナナキに相応しいと大口を叩いておきながら、自分がこれでは面目が立たない。


 まったく、なんて(ザマ)だ。


 らしくない。こんなのは全然ナナキらしくない。美しく、誇り高いお母様の娘にあるまじき失態だ。何故このナナキが不安を覚えなければいけないのだろう。簡単だ。失うのが嫌だから。怖いのではなく、許せない。奪われるのは腹が立つ。それが大切であれば、尚更に。


 不安が勝るのは、あの日を覚えているからだ。

 焼き付けたあの光景を忘れることなどは出来ない。大切な人が動かなくなるあの悲しみを、もう名前すら呼んでもらえないあの絶望を。酷く冷たい雨を覚えている。あの雨を忘れない。あの雨を、絶対に許さない。


 だから殺す。ナナキから奪う者は全部殺す。


「……よし」


 ちょっと元気出た。


「どうかしたのか?」

「いえ、少しばかり自分に呆れていただけです」

「ハハ、ナナキにもそんな時があるんだな」


 主からの問いに正直に答えてみれば、主は意外なものを見たかのように少しばかり目を見開いて、それから優しく笑った。まったく、主人に笑われたと思うべきか。主人を笑わせられたと思うべきか。どちらにせよ、主に気を遣われるようなダメなメイドには良い薬ではある。甘んじて受け入れよう。


「ええ。自分でも意外でした」

 

 要するに、ナナキには覚悟が足りなかったのだろう。


 守りたいと、そう思うものが多すぎるんだ。最愛の母を失ってしまったあの日から、これだけのものに私は出会った。そして、それを大切だと思ったのだろう。或いは、これを美しいと。


 ともすれば、私は見つけたのだろう。

 ナナキの愛せる世界を。それを見つけるためにあの日に帝都を去った。世界を憎まず、受け入れて肯定することで大好きな姉を殺さずに済んだ。世界は素敵なのだというお母様の言葉に、今はしっかりと頷くことが出来る。


 なら、あとはこの素敵な世界で生きていくだけのこと。相応しいのは全部殺すではなく、全部守る。ナナキに不安を感じる弱い心は必要ない。逃げ道は要らない。出来ないのなら、出来るようになればいい。ナナキは特別な存在なのだから。


 とは言うものの、思わずにはいられないのもまた事実だ。お母様と別れ、自分一人で完結していたあの日々に比べると雲泥の差だ。


「まったく……」


 やれやれ、という奴だ。


「増えたなあ……」


 弱点。





 ナナキたちを乗せた馬車が目的地へと到着したのはそれから三十分ほどの時間が経ってからだった。

 貴族の都フレイラインの中央、セントラルと呼ばれるその場所に聳え立つ巨大な時計塔。ここが今回の会合の会場となる。


 確か、名前を”ベルクの時計塔“。

 聞くところによると、貴族たちの間ではかなり重要な建物らしく、入場するのにも相応の身分を求められるのだとか。ナナキが来る前のアルフレイド家ではとても近づけるような場所ではなかったらしい。


「念のため辺りを回って参ります。主はしばらくの間このままお待ち下さい」

「ああ、頼む」


 まずは一人で降車して安全確認だ。

 付近に強大な魔力反応は一切感じないけれど、それが警戒を解く理由にはならない。何せ今回の会合のお相手は懐かしの六大貴族の皆々様だ。因縁浅からず、とまでは言わなくてもアルフレイド家に良い感情は持っていないだろう。


 加えて、今のアルフレイド家には科学復活のカードがある。害を成してでもそれを手に入れようと考える輩が出てきてもおかしくはない。命を削る魔法を行使しなくてはならないこの世界で、誰にでも使える科学とはそれだけの価値を持つ。


「敵意はナシ……と」


 少なくとも目視出来る範囲の人々に不穏な気配はない。何かを企んでいる人間には特有の気配、雰囲気というものがどうしたって出てくる。厳しい大自然の中を生き抜いたこのナナキがその稚拙な気配を見逃す筈がない。ともすれば、今のところは何の問題もないのだろう。


 ただ一人を除いては。


「…………」


 銀の髪をした幼い少女。恐らくして十歳くらいだろうか。さて、覚えのない顔立ちだけれど、あの少女がその紫水晶の瞳でナナキを凝視するのはいったいどういった理由からだろうか。


 このベルクの時計塔に居るということはそれなりの身分を持つご令嬢なのだろうけど、少女の周りにお付きの姿は見えない。黒と白のゴシックロリータを身に付けるその少女は澄ました顔のままただナナキを見ている。


「…………仕方ないか」


 目が合ってしまっている以上、このまま去るのも不自然だ。もしかすると迷子かもしれないし、ここはナナキが折れることにしよう。そうと決まれば迅速に。主も待たせていることだしね。


「初めまして、お嬢様。私はアルフレイド家にお仕えしているナナと申します。何かお困りですか?」


 人当たりの良いと言われているナナキの素敵な笑顔をプレゼントしつつ、少女へと挨拶を済ませる。うん? 誰が言ってるのかって? もちろん、ナナキだとも。巷では天使のようだとも言われているよ。エンジェルナナキ。


「…………」


 さて、困ったぞ。お返事がない。


 いやいや、違うぞ友よ。これはナナキの笑顔が怖かったからとか、そういうことじゃなくてだな。というかそもそもナナキの笑顔が怖いわけないでしょう。大天使ナナキエルの笑顔を何と心得ているんだ君は。


 とはいえ、会話すら成立していないのも事実ではあるのだけれど。もしかして緊張しているのではないだろうか。ともすれば、ここはナナキにお任せ頂きたい。はっきり言って子供は得意ではないけれど、子供には高い高ーいが効くとのこと。


 だとすればやはりナナキだ。

 ほらほら、見て見て友よ。誇り高い高ーい。


「へぶぅッ!?」


 そんな思いっきり叩く?


「…………初めまして」


 友へ抗議の視線を向けていると、小さくはあったけれど、とても綺麗な声が確かにナナキの耳へと届いた。


 それ見たことか友よ。ナナキのこの誇り高き振る舞いが少女の緊張を解したのである。ともすれば、不当な暴力を振るった君には謝罪と賠償を求めるものである。ナナキのこの綺麗なお顔が腫れでもしたらどうしてくれるんだ。すぐ治るけど。


 ともあれ、これで会話くらいは成立することだろう。さっさと済ませて主のもとに戻――


「初めまして、雷帝ナナキ」


 ――りたかったんだけどね。


「ええ、初めまして」


 さて、何から聞くべきか。


「聞きたいことは一つです。お嬢様」


 決まっている。


「――貴女は私の敵ですか?」

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