豚にシルヴァ
私は別に、世界の謎が知りたいわけじゃない。そのエルテルという存在が何を思い、何をしたいのかは然程の興味もない。エルテルの思惑なんてどうだっていい、心底からそう思う。私は、ナナキはただ、それを殺したいだけ。だから、シルヴァからの報告でナナキが気にするべきことはただの一点だ。
「……そうですか、ではエルテルはいるのですね」
「先の帝都襲撃時に捕縛した奴らの中にその名を知っている者がいた。もっとも、大した情報は得られなかったが」
「いえ、十分でしょう」
この世界のどこかにそれがいる。その名前以外は何一つとして判明していなかったそれが、空想でも何でもなく存在していることが証明された。多くはだからどうしたと言うのだろう。でも、ナナキには十分だ。これで十分。いるのなら、この世界に存在するのなら。
私はそれを殺せる。
「酷い笑みだな、それは」
「敵は殺す、それだけのことですよシルヴァ。これまでもそうだった。そしてこれからもそうだ。私は必ずそれを殺す。それは私にとって、必要のないものだから」
「……お前のそれには反吐が出る。お前のそれは人の道ではない」
「人として扱ったこともないくせに、偉そうなことを言う。それを私に説けるのはそこにいる私の姉だけだ。シルヴァ、お前じゃないんだよ」
「息をするようにいがみ合うな君等は……」
大きなため息を吐く姉にはとても申し訳ないけれど、こればかりはもう仕方がないことだ。そもそも元はと言えばこの男がナナキの素敵な笑みにイチャモンを付けてきたのがいけない。女性の笑顔にケチを付けるなんて紳士の風上にも置けないクソ野郎だ。
それに比べてナナキの友ときたら、こんななりをしてとってもジェントルマン。聞いておくれよマイフレンド。あのポンコツソードマスターときたらナナキの素敵な笑顔をバカにしたんだ。親友としてナナキの笑顔の魅力をあのポンコツに教えてやってほしいんだけど、いいかな。え、いいの?
思いの外、友はすんなりと頷いた。いつもはナナキのことを小馬鹿にしたりもするけれど、ここぞと言う時はナナキの味方をしてくれる。さすがはナナキの親友だ、とってもジェントルマン。さあ友よ、あのポンコツにナナキの魅力を余すことなく言ってやれ! 通じるか知らないけど!
まず? うんうん、そうだぞ! ナナキの笑顔には元気がある。ナズグル良いこと言った! 次に? うんうん。うん。そう、その通り。ナナキの笑顔は宝石のように美しい。まあね! お母様と同じ顔だからね、綺麗なのは仕方ないと思うんだンフフ。それからそれから? うん。うんうん。そうだぞー! ナナキの笑顔はアルパカみたいなんだぞー! 聞いてるのかシルヴァこの野郎! ……ところで友よ、アルパカって何? 美味しい?
「エンビィ、アルパカって何ですか?」
わからないことは大概エンビィに聞けばなんとかなる。ナナキは詳しいんだ。いや、詳しいのはエンビィなのだけど。それで、どうして友はそれとなく距離を取っているのだろうか。何を隠しているのかは知らないけど、ナナキは今君に褒められてとても気分が良いから大概のことは許しちゃうよ。ンフフ。
「…………馬? いや、ラクダだっけかな?」
ほう。
「可愛い?」
「いや、すごいブザイク。あと唾を吐く」
「ぺっ!」
友にぺっぺした。避けられた。
「こらお行儀!」
しかも怒られた。
「…………話を戻すが、お前とエンビィにはフリーグラントに潜入してもらう。エルテルを見つけた場合、可能であれば捕縛しろ。難しければそのまま殺せ」
「では殺します」
「ほう、さすがのお前も生きたままエルテルを捕縛するのは難しいか。普段あれだけ特別だのと大口を叩いているというのに、情けない奴だな」
「先にこっちを殺そう」
「ちょーっと待った! どうどうどう! シルヴァも煽るなよな!」
「そいつのおもりはお前の仕事だろう。そもそもこいつの素行の悪さはエンビィ、お前の教育が悪かったか――」
「よし行けナナキ」
「合点ナナキ」
許可が出た。
◇
「エルテルの件は了解しました。ただ、明日は主の大切な会合があるので私はそれに同行します。それが終わり次第、そちらに合流という形でよろしいですかエンビィ」
「わかった。シルヴァもそれでいいな? ……生きてるか?」
「……あふぇくはいえおえがふぃぬか」
腫れ上がった顔でふにゃふにゃと喋るシルヴァに、エンビィと二人でゲラゲラと笑った。普段の王子然とした顔立ちよりもよっぽど男前じゃないだろうか。友よ、君もそう思わないか? あっはっは、そうだろうそうだろう。次は君がこうなるんだよ。後で覚えておけよ。
「……では次の話だ」
次? とシルヴァを見れば、アルシャ=ジオの治癒能力によっていつもの澄まし顔に戻っていた。ナナキとしてはもう少しあのままで間抜け面を晒していて欲しかったものだけど。あの無様な顔のままであれば、もしかしたら愛着が湧くかもしれないし。ないだろうけど。
「シエル・マーキュリーについてだ」
「………………………………は?」
シエル・マーキュリー。
それはナナキの恋敵の名だ。私とは違う世界で育った美しい心の持ち主。彼女は優しい。そして高潔だ。でも、だからこそ確信していることがある。彼女のその高潔は、いつか主を殺す。その時が来たら、私はきっと彼女を――
「おい、聞いているのか」
「聞く価値があるとも思えませんが」
「真面目に話している」
「尚更疑問です」
そういえば、帝都にシエル・マーキュリーを呼んだ時に何やら呟いていたように思う。あの時は聞き間違えだろうと思い放っておいたが、もしかするともしかするのだろうか。いやしかし、あのシルヴァがよもやあんな体型の女性に恋をするなどとは思えない。ともすれば、何か別の理由があるのかもしれない。よし、まずはそれを聞こう。
「シエル・マーキュリーがどうかしたのですか」
「ああ、好意を持った」
……………………………………お肉食べたい。
「はっ!?」
しまった、一瞬とはいえこの誇り高きナナキが思考を放棄していた。それは逃げだ。生きるためならばともかく、シルヴァ如きに背を向けるのはナナキの誇りが許さない。今一度、集中することにしよう。なに、ナナキは天才だ。この程度のことはどうとでもなる。まずはもう一度シルヴァに確認を取ろう。もしかするとナナキの可愛いお耳が聞き違えたのかもしれない。
「……もう一度お願いします、シルヴァ」
「シエル・マーキュリーに好意を持った」
あダメだこれ、助けてエンビィ。
「タイムで」
「手早くしろ」
偉そうだなこいつ。
「ヘイ! エンビィ!」
「……あ、ああ」
ナナキ同様に、恐らくは思考を放棄していると思われる姉に大きな声を掛ける。エンビィとはそれなりに長い付き合いだけど、あそこまでの間抜け面は見たこともない。とりあえずは、未だ混乱の最中に在ると思われる姉と一緒にシルヴァより距離を取る。
「シルヴァのあれ、本気ですか?」
「まさか、と言いたいところだけど……」
二人でヒソヒソと小声で話しながら、少し離れた位置で空を仰ぐシルヴァを盗み見る。
「でも確かに、シルヴァには浮いた話一つないからなあ。ああいうのが好みだとしたら納得もいくけど……」
「あの外見が好みというのは一般的にありえるのですか? 彼女の心の美しさは保証しますが、外見に関しては正直改善すべきものと思います」
「一般的ではないだろうね。でもまあ、ないとも言い切れない。そもそもシルヴァは本当にあのデ……女性の外見に惚れたのか? 内面じゃなくて?」
「ではまずそこから確かめましょう」
とはいえ、あの時シルヴァはシエル・マーキュリーと話している時間はなかったように思う。連れ去られたレオンの捜索にその力と時間を割いていた。ともすれば、シルヴァが彼女を好ましいと思うだけの材料はその外見以外にないと思うのだ。しかし、その外見があれなだけににわかには信じ難いというのが本当のところだ。
「シルヴァ、一つお尋ねします」
「ああ」
やはり、本人に確認するより他にない。
「貴方がシエル・マーキュリーに好意を持った理由を教えて下さい」
「外見だが」
………………………………お肉、食べたい。




