メイド三重奏
あれから三日。
「ということで!」
パンっと手を打って。
「首尾良く事が運びましたので、本日より二名、このお屋敷にメイドが加わります。さあお二人とも、ご挨拶を」
そう言って促せば、新調したばかりのメイド服に袖を通した二人は互いの顔を見合わせた。
「…………」
「…………」
果たして、アイコンタクトによる意思の疎通は行えたのかは定かではないが、やがて一方が視線を外して一歩前へと出た。
「ハーミィと申します。皇帝陛下の命により、このお屋敷で給仕を努めさせて頂くことになりました。ご用の際は何なりとお申し付けください。よろしくお願い致します」
灰色の髪を持つ少女が深々と頭を下げれば、誰もが目を疑った。その美しい礼を見るだけで、外見から抱く”子供“の印象は遠い彼方へと去って行くのだから。たかだか礼儀作法と侮ることなかれ、極められた技術というものはそれだけで凄まじい。
彼女、ハーミィは彼の帝都セントラルで生活することを許されていた天才だ。きっと、主やミーア様のお眼鏡にもかなったことだろう。人選を任されたナナキとしても、ハーミィを紹介できるのは実に鼻が高い。
「陛下の命令で仕方なく来た。アイーシャ・ナイトレイだ」
一方で、このすっとこどっこいはどうしてくれようか。せっかく高くなったナナキのお鼻がこの無礼者のせいでぽっきりと折れてしまった。どころか、主やミーア様の前でこの不遜な態度、もしかするとナナキの綺麗なお顔は今泥に塗れているのでは。
まったく、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだろうか友よ。なに? 人にも犬にも興味はない? いやいや、そうは言うけどね友よ。実はあれ、なかなかの逸材だよ。もちろん君ほどの神様には届かないだろうけど、名前も知れてないような神様相手なら軽々と下せると思うよ。
現に、君の存在に気付いて睨み付けているくらいだしね。
友が自らその姿を晒したというのならばともかく、常人では知覚すらできない友の姿をアイーシャはしっかりと目で捉えている。彼の神話の雷をこうも堂々と睨み付けるとは、やはり並々ならぬ度胸を持ち合わせている。
でもそれはそれ、これはこれ。
「痛えッ!?」
その赤茶の頭にベチンとナナキ。主人を前にしてあるまじき言動には厳罰を以てナナキが正す。
「何すんだオラァッ!?」
「態度と言葉遣いを改めなさい、アイーシャ」
「あぁん? 私は元々お前の後継者って扱いで修行のためにここに来――――」
はい、ベチン。
「だから痛えよッ!?」
「後継者はあくまでおまけですよ、アイーシャ。貴女の役目はハーミィと同様、ここで起きていることを陛下にお伝えすること。そのためにここで給仕として働くよう命じられたのでは」
「…………クソッ、わーったよ」
ベチン。
「痛えって!?」
「わかりました、でしょう」
「わーかーりーまーしーたー!」
まあ、良しとしよう。
如何せん、この犬コロは突出した力を持っているが故に我が強い。それがナナキと同等の才能ならばともかく、その程度の才能で威張り散らすのは生意気甚だしい。
ともすれば、師として、先輩メイドとしてアイーシャの言動を正してやるのもナナキの努めというものだ。特に言葉遣いについてはナナキに任せてほしい。何せ、あの口うるさいエンビィに嫌というほどに叩き込まれているのだから。
「では改めて、挨拶をどうぞ。アイーシャ」
「ぐっ……」
それはそれは不満そうな瞳がナナキを見ていた。その綺麗な碧眼がアイーシャの心を代弁するかのように睨み付けてくるが、生憎とナナキは睨めっこで負けたことはない。ありったけの殺意を乗せて睨み返すことにした。はい、あっぷっぷー。
「いっ……!?」
ビクリと、アイーシャが目を反らした。はい、ナナキの勝ち。うん、何かな友よ? 睨めっこ? 殺意をぶつけ合って先に逃げ出した方が負けだよ。当たり前だよ、殺し合いの中で目を反らすなんて自殺行為だもの。クマさんとか虎とかとよくやったよ。うん? 違うの? 何が。
「アイーシャ・ナイトレイ……よ、よろしく……お願いします……」
睨めっこについて友と話しているうちに、アイーシャはそれでもやはり渋々と言った様子でその頭を下げた。まあ、最初はこんなものだろう。かく言うナナキも通った道だ。態度に言葉遣い、どれだけエンビィに頭を叩かれたろう。
「この屋敷の主、ゼアン・アルフレイドだ。二人とも優秀な給仕だとナナキから聞いているんでな、期待させてもらう」
アイーシャの長い長い挨拶がようやく終わった後、その席に座ったままで主は簡単な挨拶をした。主人らしく堂々と、従者への挨拶のためにその席を立つような無様を晒すこともなく。とても見事な挨拶だったと思うのは、身内贔屓というものだろうか。
「妹のミーア、アルフレイドよ。こっちは従者のフィオ・レーゲン」
「よ、よろしくお願いします」
続くミーア様もまた、主の座る机に腰を掛けたまま威圧的な挨拶を行った。対照的に少しばかり頼りなく見えてしまう挨拶をするのはフィオさんだ。あの弱腰からは想像もできない剣の冴えは、案外アイーシャを驚かせるかもしれない。
黄金の髪に蒼の瞳を持った誇り高き兄妹を前に、ハーミィとアイーシャは再びその頭を下げ、深く腰を折った。
「よろしくお願い致します。ゼアン様、ミーア様」
「…………します」
一人はハキハキと気持ちの良い受け答えを。そしてもう一人はあくまで太々しく、渋々と。
「では、ハーミィさんとアイーシャさんは私と一緒に来てください」
この屋敷の従者をまとめるリーダーであるリドルフ執事長との顔合わせは既に済んでいるため、ハーミィとアイーシャの両名はこれよりリドルフ執事長によるメイドとしての実力調査が行われる。まあ、ハーミィに関しては何の問題もないだろう。あるとすればアイーシャだが、彼女は主に戦闘と護衛を目的として連れてきていることはリドルフ執事長に報告済みだ。
「リドルフ執事長の指示に従うのですよ、アイーシャ」
「わーってる……ますぅ!」
リドルフ執事長と共に退室していくアイーシャの背中に一声掛けてみれば、返ってきたのは何とまあ太々しい返事だった。ご丁寧に舌まで出して。後でお仕置きしてやる。
「ハーミィも、また後ほど」
「…………」
こちらは無視。ナナキ悲しい。
まあ、いくら皇帝陛下からの命令とは言え半ば強制的に派遣されたのだから不満は在るだろう。でも無視は良くない、良くないのである。共にエンビィを姉と慕う者同士、なんとか仲良くなれないものだろうか。
「まさか二人も引き抜いてくるとはな……。まあ、ナナキの見立てだ。使えないってことはないだろう」
「どうかしら。ハーミィって子はともかく、あのアイーシャってのは役に立つのかしら。腕は立つようだけど、あの様子じゃ私やお兄様を守るとは思えないわね」
「で、でもアイーシャさんすごく強いですよミーア様。その、態度はアレですが……」
ハーミィとアイーシャが退室した後、主とミーア様、それからフィオさんが各々の感想を口にした。やはりアイーシャの評価は余りよろしいものではないようで、特にミーア様からは厳しい意見が飛んでいる。
全てはアイーシャの自業自得とはいえ、人選を任された者の責任として多少のフォローくらいは入れてやっても良いだろう。あれでも一応はナナキの弟子ということになる。ここは師としても、彼女の良いところの一つくらいは伝えておいてあげることにしよう。ナナキ優しい。
「どちらも素晴らしい才能の持ち主ですよ。ハーミィの技術は正に宮廷給仕と呼ぶに相応しい極まったものですし、アイーシャの戦闘力は下級の神程度ならば相手にならないでしょう。まあ、態度はアレですが、私から良く言い含めておきますので」
ということで、地に落ちているどころかそのまま地下へと突き抜けそうなアイーシャの評価を掬い上げるべく、主とミーア様にハーミィとアイーシャの長所を伝えることにした。
どうだろう友よ、ナナキのこの心の広さは。それはまるで空のように果てしなく、海のように雄大なのである。
「おいまな板師匠、執事長とやらが呼んでるぞ」
YOU DIEなのである。




