後継者
「なッ…………!?」
目に見えない魔力の刃。恐らくは彼女にとっての必殺であったそれが、雷によってその全てが消し飛ばされたその瞬間、彼女の表情から余裕の笑みが消えた。
一瞬の雷光と共に百と七つの刃が霧散するのを見て、宮廷給仕のお姉さんは攻撃の手を止め、すぐに後方へと跳躍した。
「……クソッ、マズったな」
ナナキから大きく距離を取ったその後で、彼女はとても気怠そうに呟いた。どうやら力の差を理解したくらいでは彼女の悪態は直らないらしい。その瞳に恐怖の色はないし、かと言って諦めも見えない。
さすがはセントラルと言ったところだろう。このナナキを前にしてこれだけの態度と取れる人はそうはいない。その上、メイドとしてはともかく、戦闘に限って言えばとてつもない才能を持っているようだ。加えて、やはり判断が早い。
今の戦闘でナナキから距離を取ったのはとってもベネ。褒めてあげよう。そのまま突っ込んできていたら今頃はこんがり焼けていたことだろう。さて、勘が良いのか、或いはセンスが良いのか。はたまた、その両方かは今のところ存じ上げないが、大したものだ。
まさか、このナナキに雷を使わせるとは。
「フフ」
思いがけない才能との出会いに思わず笑みを零してしまう。というのも、たった今ナナキはとても良いことを思いついてしまったのである。これぞ正に天啓というものだろう。事を上手く運ぶことが出来たなら、主に良い報告ができることだろう。
ともすれば、重要となるのは彼女のその実力に他ならない。引き続きその実力を堪能させて頂きたいものだ。
察するに、彼女はまだ――――本気を出していない。
「ああ、クソッ……全力でやるべきだったな」
その通り。様子見というのは強者にのみ許される行為だ。このナナキを相手にして行うものではない。とはいえ、どうやらナナキのことを知らない様子だから一度目は見逃した。けれど、二度目はないよ。
「――――本気で殺してやるよ」
意気や良し。
彼女の身体から巨大な魔力が溢れ出たその瞬間、彼女とナナキの間にあった距離はなくなった。魔法で強化した肉体から成る超常的な加速。肌で感じる猛獣の如き殺意はどこか懐かしくもある。
初手は不可視の剣による愚直なまでの突き刺し。先ほどとは違い自身に巨大な魔力を纏っての突進だ。細やかながらに雷への対策を講じてきたのには好感が持てるが、残念ながらナナキの雷はその程度の魔力は簡単に焼き払う。
そう、だからこそ。
「驚きましたね」
「地力で負けてんだ。無茶してやるよ化け物」
雷に焼かれながらも突貫してきた彼女には素直に驚かされた。
「あぁ、痛ってーなクソッ……当たんねーし」
とはいえ、驚いた、それだけのことだ。結果として彼女の初撃は不発、無茶の代償として纏っていた魔力は根刮ぎ焼き払われた。無論、死なない程度の手心は加えてはいるが、それにしても大した魔力量だ。焼き払われたその瞬間から更に魔力を纏って致命となるのを避けている。
が、焼ける方が僅かに早い。
もし彼女に武装顕現という手が在ったなら、この程度の雷は気にせずに存分に力を振るうことができただろう。けれど残念ながら彼女は超越者ではない。このまま彼女がナナキとの接近戦を続けるのだとしたら。
「一分ですね」
「一分だな」
恐らく、保って一分。
「いくぞ、クソ化け物」
「どうぞ、存分に」
再び構え、吐き捨てた彼女にナナキはメイド服の裾を摘まんで応えることにした。実力差を理解してなお、このナナキへと挑むその覚悟にナナキは礼を尽くそう。こちらの求める基準を設定し、その上で手抜かりなしに彼女の全力に応えることにする。元より此度の戦闘はナナキの不手際。彼女は宮廷給仕として当然の働きをしているに過ぎない。そんな彼女をこちらの都合で一方的に試しているのだ。
だからせめて、言葉の剣くらいは甘んじて受け入れることにしよう。強く、勇猛な彼女の口から発せられるその言葉の数々を、ナナキは許そう。
「次はそのまな板ぶち抜いてやるッ!」
キレそう。
◇
彼女は小さく息を吐いた。
「――――ッ」
一歩。先ほどよりも更に速度を上げて、真っ直ぐに向かってくる獰猛な不可視の剣。ナナキの距離、その境界へと彼女が立ち入った瞬間に蒼き雷が彼女を焼いた。行く手を阻む蒼雷に身を焼かれながら突き進んだその先で、彼女の不可視の剣は空だけを斬った。
「――――クソッ! またかッ!!」
吐き捨てながら、彼女は前へ。
「ッッッ!!」
身を焼かれながら、それでも前へ。
求める基準は高い。そして、彼女がそれに応える義務は一切ない。元より主の傍に置こうと考えていたのはハーミィ一人だ。だから、彼女がこのナナキの求める基準に届かないのであれば、それはそれで良い。責めるつもりもなければ、逆に大したものだと賞賛を送るのも吝かではない。事実、彼女の実力は素晴らしい。
けれど、やはり僅かに届かない。
その僅かはきっと、彼女にとっては大きなものだろう。容易く埋められるようなものではないのだろう。
それでも。それでも、と。そう期待してしまうのはきっと、彼女のその才能が輝いていて見えるからだろう。瞳には信念が宿っている。これだけの力の差を目にして、”本物“を前にして、その心はなお不屈。
その美しさが、目に付いた。
「ハァアアア――――ッ!!」
連撃は速く、速く、速く、速い。それでもやはり、遅すぎる。彼女に残された時間はおよそ三十秒。絶えず身に纏い続ける魔力の鎧は雷によって焼き尽くされ、時が経つほどに消耗は大きくなっていく。
魔力で形成された不可視の剣に、空を舞う不可視の刃。躱して、消し飛ばして、その全てを通さない。これを通しては、彼女はきっと勘違いをするだろう。
だから。
「その程度で殺すと口にしたのですか、貴女は」
「黙れッ!!」
怒れば良い。許せないと、牙を研ぎ澄ませば良い。怒りが必ずしも悪い方向に働くとは限らない。人は心で強くなる。例えそれが、愛情であろうと、憎しみであったとしても。
「黙らせてみなさい」
「言われずともッッ!!」
残り十秒。彼女の攻撃の手が止んだ。
届かないと諦めた、敵わないと逃げ出した、そのどれでもない。そんな臆病者ならとうにナナキの前から消えている。彼女は選んだのだろう。そして信じたのだ。自身の才能を。
「当ッッッたれええええ――――ッッ!!!!」
決着の一撃は、捨て身。彼女は自身を守る筈の魔力の鎧を脱ぎ捨てて、己の全てを剣に費やした。目に見えない筈の不可視の剣が輝きを放ったその瞬間。
「…………お見事です」
――――確かにそれは、ナナキの肌へと触れた。
ジャスト一分。彼女は限られた僅かな時間で決して簡単ではなかった事をやり遂げた。それは即ち、彼女の勝利であり、ナナキの敗北だ。例え満身創痍であっても彼女はナナキの定めた基準を見事に上回った。
「何が見事だ……かすっただけじゃねえか……」
「一分前は、それすら敵わなかったのが貴女です」
「うるせえよ……」
崩れ落ちる彼女をそっと支えた。
さて、大規模な魔力戦闘を行っておよそ二、三分。今頃は五帝の誰かに連絡が行っている頃だろう。恐らくはあと数分もすればシルヴァあたりが飛んでくるに違いない。ともすれば、周囲が慌ただしくなる前に彼女と話をしておかなければいけないだろう。
「貴女の名前を教えてください」
「うるせえまな板」
「もう一度言います。貴女の名前を教えなさい、この負け犬」
「こ、こいつ……!」
ナナキは事実を口にしただけだ。ナナキの求める基準を上回った点では彼女の勝利を認めよう。しかし、最終的に立っているのはナナキである。よって、負け犬はさっさとナナキの質問に答えるべきだ。
「……………………アイーシャ。アイーシャ・ナイトレイ」
長い沈黙のあと、彼女は渋々といった様子でその名を告げた。
アイーシャ・ナイトレイ。
「では、アイーシャ」
ナナキが定めた基準を乗り越え、限られた僅かな時間の中で最高の結果を勝ち取った彼女へ、ナナキは賞賛を送ろう。歯を食いしばり、その身を捨ててでもこのナナキへと牙を剥き続けたその信念は、その才能は、確かに輝いた。
だから、ナナキは告げよう。
「――――貴女は、五帝になりなさい」




