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雷帝のメイド  作者: なこはる
八章-変わり始めた世界-
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その兎、肉食につき

 心優しいあの姉は、今頃は壁に頭でも打ち付けている頃だろうか。


 大恩ある姉にこのような仕打ちをするのはナナキとしてもとても心が痛むのだけど、残念ながらナナキは今、主から任された大事なお仕事の最中なのである。ご覧なさい、このナナキの身を包むアルフレイド家の給仕服。これを身に纏っているナナキは誰がなんと言おうと我が主ゼアン・アルフレイド、並びにそのご家族に仕える誇り高きメイドなのである。


 従って、最愛の姉には大変申し訳ないのだがあのペーパーバベルの攻略に励んでいる暇はない。次からは節度を持って宿題を用意するように。何事にも限度というものがあるからね。以後気を付けるように。


 恐らくは、今頃羞恥心と戦って身悶えているであろうエンビィに向かって敬礼。びしっとナナキ。


「さて」


 察するに、エンビィが鬼の形相で追ってくるまで一時間くらいだろうか。普通ならば呆れて諦めるところだが、生憎とあの姉はことナナキに関しては諦めない。ナナキは詳しいんだ。何せその根気、その愛情のおかげでこうして私は生きている。この狭苦しい常識の中で、それなりにやっていけるのだから。


 とはいえ、今はその愛情に捕まるわけにはいかない。ともすれば、速やかに主から任された大切なお仕事に取りかかるとしよう。それはもう、粛々と。


「失礼、少々お時間よろしいですか?」


 ということで、やってきました大宮殿。宮廷給仕の職場にして皇帝陛下のお住まい。そして速やかに大理石の床をきびきびと歩く通りすがりのお姉さんにエクスキューズミーナナキ。ハイ、どうもナナキです。忙しいところ大変申し訳ないのだけど、ナナキとお話をしよう。主に、ハーミィの居場所について。


「…………誰だアンタ」


 口悪っ。


宮廷給仕(うち)の制服じゃねえな。アンタ、許可証は?」


 返事をする間もなく捲し立ててくる、口も悪ければ目付きまでが悪い宮廷給仕のお姉さん。印象的な赤茶の髪に、ナナキを睨む鋭い碧眼。見たところ、年齢はナナキよりも少し上と言ったところだろうか。


「おい、聞いてんのか」


 それにしても口が悪い。ナナキの丁寧な言葉遣いを見習わせたいくらいだ。出来るメイドたる者、主人の恥にならないように言葉遣いはもちろんのこと、立ち居振る舞いにも常日頃より気を付けるものだ。


 だというのに、この宮廷給仕のお姉さんときたら。立ち居振る舞いに品はなく、言葉遣いは横柄、態度は不遜と問題だらけだ。ともすれば、ナナキの頭にとある疑問が浮かぶのも仕方がないことではないだろうか。そして、そんな疑問が浮かんでしまえば確かめたくなるのは人の性と言うものではないだろうか。


「貴女、本当に宮廷給仕ですか?」

「見りゃわかるだろ」

「疑わしいから聞いたのですが」

「殴るぞ」

「理不尽です」


 どうやら気に触ったらしく、暴力宣言までされてしまった。ナナキとしては、怒る前にまず今一度自分の勤務態度、並びに言葉遣いを見直してみることをお勧めしたい。はっきりと言って、今のところ彼女が宮廷給仕であるという証拠はその格好だけだ。そう、つまりナナキ悪くない。


「で、そういうアンタは誰なんだよ」

「見ればわかるでしょう」

「いや、わからねえよ」


 はー?


 どうやらこのお姉さんは教養というものが皆無らしい。こんなにも凜々しく、そして美しいメイドが目の前に君臨しているというのに、賛辞の一つも出てこないとはいったいどういう了見なのだろう。


 良いものが良いとわからない。それはとても悲しいことだ。かく言うナナキもエンビィに教わるまでは、それが悲しいことだということもわからなかったのだけど。ともすれば、この教養のない哀れなお姉さんにはナナキが教鞭を振るってやるとしよう。感謝して?


「ご覧の通り、通りすがりのマスターメイドですよ」

「………………いや、わからねえよ?」


 はー???


「殴りますよ」

「理不尽だろ」


 そんなことはない。巷では天使のように美しく、そして優しいと評判のこのナナキが人様に理不尽を押しつけることなどたまにしかない。見て欲しい、この屈託のない太陽のような笑顔を。この顔立ち、この気品、正に大天使降臨である。世界の皆さま、大天使ナナキエルでーす。


「で、結局アンタは許可証持ってんのかよ」


 ふむ。


 彼女の言う許可証なる物が、この帝都の中央セントラルに入場するために必要な物であることは理解している。その上で、持っているか持っていないかと問われれば、当然、ナナキはそれを持っていない。何故ならナナキは五帝だから。身分の証明は五帝にのみ身に付けることが許される紋章入りの外套一つで十分だ。


 とはいえ、今日はメイドとしてこの帝都に訪れているわけで。当然、そんな嵩張るものは持ってきていないのが現状だ。あれサイズ合ってないし。まあ、何はともあれこの口も目付きも悪い宮廷給仕のお姉さんの質問に答えるとするのならば、必然としてノーを提示することになる。


 さて、ここでクエスチョン。彼女に対してノーを提示した場合、ナナキはどうなるでしょう。


「いえ、今日は持ってきていないので――――」


 と、そこまで言いかけたところで彼女の攻撃が始まった。そう、正解は攻撃されるだ。そもそも、彼女の反応からしてナナキが雷帝ナナキであることを知らないのはまず間違いない。ともすれば、皇帝陛下が住まうこの大宮殿で見つけた不審者を攻撃しないわけがないのである。


 これも先日の帝都襲撃の際に受けた被害の一端と言ったところだろう。あの日の襲撃は、帝国にも大きな被害が出た。恐らく彼女はその被害の穴埋めとして、宮廷給仕に割り当てられたのだろう。そして彼女は、己の役割を全うすべく今ナナキへと攻撃を仕掛けている。


 まだ話している途中だと言うのに、彼女は即座に戦闘態勢へと移行するや否や、一歩で距離を詰めてこちらの足を狙って魔力の刃を飛ばした。数にして七つ。


 さてさて、生け捕り狙いのぬるい一撃ではあるが、気になるのはその完成度だ。宮廷給仕が戦闘もこなせるのは帝都では常識だが、それにしたってこの一撃はどうにも突出している。近しいものを挙げるとするのなら、そう、五帝候補だろうか。それもかなり上位の。


「――――すが、怪しいものではありませんよ」


 まあ当然、こんなものがナナキに届くわけがない。飛んでくる七つの刃、その全てをぺちぺちしてやった。目に見えないくらいで得意気にされては業腹だ。それと、人の話は最後まで聞きなさい。めっ。


「…………捕縛は無理だな」


 そう小さく呟いたかと思えば、彼女はすぐさま攻撃の質を切り替えた。生かすのではなく殺す。狙いは人体への急所ばかり。飛んでくる刃の数は驚きの百と七つ。これにはナナキも少しばかりびっくりだ。まさか、宮廷給仕風情がここまでの力を持っているとは。


 生け捕りは無理と見るや、即座に殺しに掛かったその判断は良し。生け捕るよりは殺す方が遙かに簡単だ。それにここは皇帝陛下の住まい。無理に生け捕ろうとして取り返しの付かないことになっては本末転倒というものだ。


 刃は百と七つ。その全てが正面からというのは舐められているのか、或いは本能の赴くままか。戦闘というのは生き物の本性が出やすいのだとナナキは思う。


 ともすれば、彼女のこの攻撃性は――――


「まるで猛獣ですね」

「ああ、よく言われたな。それ」


 ナナキが笑えば、彼女もまた笑った。


 なるほど、実力だけではなく度胸も在る。何より彼女の判断の早さは好感が持てる。口の悪さや不遜な態度はともかくとして、その他全てはこれまでに見ない輝かしい才能を彼女から感じる。それだけに、ただ一つが足りないのは実に残念だ。


「――――ッッッ!?」


 察しが致命的なまでに、悪すぎる。


「獣なら獣らしく、牙を剥く相手は選びなさい」


 さもないと。


「――――喰い殺しますよ」

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