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雷帝のメイド  作者: なこはる
八章-変わり始めた世界-
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近況、新世界より

 ――――拝啓、お母様。


 夏が過ぎ去り、爽やかな秋風が心地の良い季節となりました。敬愛なるお母様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。今年の夏もまた暑く、そして激しいものでありました。正しくは激動の夏。ともすれば、良い思い出ができたと喜びたいところではあるのですが、生憎とそうも言っていられないくらいには忙しいのがナナキの現状です。


 というのも、この秋より新しいお仕事を始めました。いわゆるダブルワークという奴です。ナナキ、出来る女です。最近ではメイドとしての仕事にも慣れ、ますます主のお役に立てるものと自負していたのですが、その主達ての願いともあれば仕方がありません。出来るメイドは主の願いを叶えるものです。


 ともすれば、新しいお仕事についてお母様にご報告をと思い立った次第なのですが。


「おはよう、ナナキ」


 今日はいつもより早くエンビィが来てしまいました。


「おはようございます、エンビィ。早いですね」

「まあ、陛下より任されているしね」


 さてさて、聡明であるお母様であれば既にお気付きかとは思いますが、つまりはそういうことです。片田舎の古い街で燻っていた筈の弱小貴族は、遂に人の皇にまでその野望を届かせた。いかがでしょう、ナナキのご主人様は。従者の贔屓目を抜きにしてみても、大したものだと称賛されて然るべきだとナナキは思いますが。


 もしも、彼に勇気がなかったのなら。もしも、彼に誇りがなかったのなら。もしも、彼がナナキと出会わなかったのなら。或いは、全てが紛い物であったのならばと。きっと、人は思うのだと思います。何故ならそれは難しい。難しいから、妬ましい。


 それでも彼は、それら全てを成し遂げた。


 そしてあの日行われたその会談で、人の皇は取引をした。故にナナキは今ここで雷帝としてのお仕事も兼任している次第です。週に二日はこの帝都で雷帝の仕事を果たすわけですが、やはり主の傍を離れるというのはどうにも落ち着かない。頼れるナナキの親友が警護している以上、万が一はないとは思うのですが。


「さて、今日はナナキに特別なお仕事だ」

「ほう」


 特別とな。


 主が心配、とはいえ雷帝としての仕事も主に任された大事な仕事。ともすれば、こちらにも全力で当たるのがマスターメイドの務めというものだろう。それにエンビィの口ぶりから察するに、どうやらこのナナキに相応しい案件のようだ。さすがはナナキの姉、ナナキのことをよくわかっている。


「はい、これ」


 果たして、手渡されたのは大きな封筒だった。


 さて、困ったぞ。書類関係の仕事となるとナナキは不得手だ。いつも通りであればこういった小難しい仕事はシルヴァやエンビィが担当する筈なのだけど。とはいえ、特別であることを自負するナナキとしてはここで逃げ出すわけにもいかないのが実情。ともあれ、まずは中身の確認をし――――何だこれ。


「ヘイ、エンビィ!」

「何かな」

「それはこちらの台詞です。何ですかこれは」


 封筒の中に入っていた書類を取り出して、エンビィに見せつける。


「しばらく見てないうちに随分と字が下手になってたからね。お姉さんからのプレゼントだ」


 なるほど、とても良い笑顔だ。そして、わかりやすい説明をどうもありがとう。つまりは封筒の中に入っているこの大量の宿題は偏にナナキのためを思って用意してくれたというわけだ。ともすれば、ナナキはこの心優しい姉にお礼を言わなければいけないと思うのだ。それもとびきりの笑顔を添えて。


「わーい、どうもありがとうお姉さん。じゃあこれ表に出しといてくれる?」

「何で?」

「もうすぐゴミの回収が来るから」

「やれ」


 やだ。



 週に二日の雷帝としてのお仕事が終われば、次は本業であるメイドのお仕事が待っている。この時間は主の傍にも居られるし、主を守るために張り付いている友にも会えるナナキの憩いの時間。今となっては帝都の効率重視の街並みよりも、この古臭い貴族の街に愛着が湧く始末。ただいま戻りました、フレイラインの皆々様。ナナキです。


 石造りの建物が並ぶ街並みに赤煉瓦の屋根、道行く馬車、全てが前時代的な貴族の街。正直に言えば、帝都では片田舎の小さな街とバカにされることも多々ある。しかしながら、この古く小さい貴族の街から、このバカにされるような街から、科学復活の報が出たのだとしたら。


 さて、どうなるのだろう。


「――――”アルフレイド商会から科学の復活“、”魔法の要らない生活の実現“か。気の早いことだな」

「おめでとう、お兄様。これでお兄様は晴れて時の人、科学を復活させた英雄ね」

「棘のある言い方だな」


 結果は酷く簡単なもので、それはもう蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。いや、なっていると言うべきだろう。何せ失われた科学が、その技術が文字通り復活したのだから。そうそう鎮まるものでもない。


 あの日、主が皇帝陛下に求めたものはただ一つ、科学の提供。そして皇帝陛下が求めたものは、このナナキの力だった。人類を魔法壊死から救うために科学を求める主と、人類に魔法壊死を克服させるために科学を封じてきた皇帝陛下。一見にすれば相容れない、その筈だった。


 けれど、もしも。


 もしも、三大神をも殺せる力が手に入ったのなら――――


「科学の復活と言っても小さなものばかりだ。大きな、それこそ本当にこの世界に革命を起こすようなものは提供されていない」

「その小さな科学ですらこの騒ぎなのよ。お兄様はもう少し頭を使った方が良いわ。ナナキじゃないんだから」


 どういうことッ!?


 驚きの余りにミーア様のご尊顔を凝視してしまった。まるで流れる川のような自然さでナナキをバカにしたミーア様の顔立ちはとても美しいけれど、ナナキとしてはやはり言葉遣いも気を付けるべきだと思うのだ。淑女たる者、人を小馬鹿にするものではない。そうだろう、友よ。


 うん? 言葉遣い? ナナキが? いやいや、ナナキは完璧でしょう。


「いい? 小さな科学一つで今この世界は酷く揺れているの。真実を知らない人たちから見ればお兄様はその中心、爆心地よ。金に換えるだけでも莫大な利益を生むそれを、魔法壊死に怯える世界中の人たちが放っておくと思う? ましてやここは貴族の都、六大貴族だって絡んでくるわよ」

「ナナキの存在を知っている六大貴族が、か?」

「来るわよ。その価値があるもの」


 主の問いに対して、ミーア様は断言を以て返した。


「自分の状況が正しく理解できたかしら、お兄様? ついでにその足りない頭で、どうして私が帝国魔法士にならずにここに居るのかも考えてみなさい」


 そう言ってティーカップを口元へと運ぶミーア様は、実に優雅で凛々しく見えた。しかしながらナナキは知っているのである。然もクールな女性を装っているミーア様ではあるが、その実はただのお兄様大好きミーア様であるということを。


 詰まるところ、主のことが心配で心配で仕方がないのである。先程ミーア様が仰ったように、小さいとはいえ失われた筈の科学を求める者は幾らでもいるだろう。ともすれば、その情報を持つ主を攫おうとする不届き者もまた幾らでも居る筈だ。加えて、週に二日はナナキがいない。


 これではミーア様が心配するのも仕方がない。


「まあ、心配してくれてるのはわかるさ。でも、俺にも考えがあるんだ」


 そう言って、主は不敵な笑みを浮かべた。


 その表情には確かな自信が見て取れる。あのミーア様を相手取ってこうまでも堂々と在るその姿は正に強者のものである。ともすれば、さすがはナナキの主だと称賛を送りたいところだ。これだけ良い表情が出来るのなら、ナナキが口を挟む必要はないのだろう。


 もっとも、余程突拍子のないことでもない限り、従者であるナナキがご兄妹の会話に口を挟むことはないのだけど。何せナナキは誰もが認めるマスターメイド。主がナナキを信じて下さるように、ナナキもまた主を信じているのだ。


 そう、我らは主従。


 ナナキはいついかなる時でも主の味方でなければいけな――――


「新しいメイドを雇おうと思う」

「反対よ」

「反対です」

雷帝のメイド 9/15日よりアーススター・ノベル様より発売予定です。

詳しくは活動報告にて、どうぞよろしくお願い致します。

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