君膝届け
「それじゃ、また後で連絡するよ」
「よろしくお願いしますね、エンビィ」
「ああ」
軽く手を上げながらしっかりと頷いてくれたエンビィに、ナナキも同じようにして手を上げた。心の姉とのしばしの別れ。名残惜しくはあるけれど、ナナキはすぐにでもこの吉報を主にお届けしなければいけない。さらばナナキの姉よ、また後ほどお会いしよう。お手々ふりふり。
さあさあ友よ、お待たせしたね。
ナナキは無事に主からの頼まれ事を終えた。このナナキの才能を以てして当たればこの程度のことは造作もないのである。堂々と主のもとへと帰還しようではないか。凱旋である、胸を張って進もう。
とはいっても、従者としての慎ましさも忘れてはいけないね。何せナナキはアルフレイド家に仕えるメイド、ナナキが何か粗相をしては主が恥を掻く。帰りの道は行きのように急ぐことなく優雅に戻るとしよう。誇り高き我が主の従者足らんと思うのであれば、それ相応の立ち居振る舞いを求められるのは道理というものだ。
ということで友よ、ナナキと一緒に優雅に慎ましく、主のもとへと行進開始だ。はい、いっちに、いっちに。
「待てナナキッ! 貴様このまま帰すと思っ――――」
いっち膝!
「――――ていうごぇッ!?」
突然飛び出してきたポンコツソードマスターには膝を使ってご挨拶。膝ハオ、シルヴァ。行進中のナナキです。ようやく御目覚めですか、このお寝坊さんめ。
「ぐおぉ……ッ……き、貴様……ッ!」
シルヴァにおはようの膝をプレゼントしてみれば、返ってきたのは苦悶の声と殺意に滾った鋭い瞳。いやいや、違うよ。ナナキは偏に、眠気を吹き飛ばしてあげようと思っただけだよ。吹き飛んだのはシルヴァだったけどね。
「何か御用ですか、シルヴァ」
別にそのまま捨て置いても良いのだけど、慈悲深いナナキは哀れに寝転ぶシルヴァに声を掛けてあげることにした。どうだろう友よ、この優しさに溢れるナナキの行いは。苦しむシルヴァに手を差し伸べるこの気高さは、遠い昔に語り継がれたという聖母のようではないだろうか。誇りを尊ぶマザーナナキ誕生の瞬間である。
「や、やはり貴様は殺す……ッ!」
「いけませんよ、シルヴァ。争いからは何も生まれません。話し合いをしましょう」
頭に血が上っている様子のシルヴァを手で制す。聖母を名乗る身としては、武力ではなく言葉での解決を図るのは当然と言えるだろう。
「それと殺すなんて物騒な言葉を使ってはいけません、ぶっ殺しますよ。めっ!」
「…………」
ついでに物騒な言葉遣いをするシルヴァを軽く窘める。どうやらナナキの鋭い指摘にさすがのシルヴァも唖然とした様子。さすがナナキ、マジ聖母。
思えば、これは大きな進歩ではないだろうか。顔を合わせれば角を突き合わせてばかりのナナキとシルヴァが対話の道を模索するなどと。これも偏に主のためだ、ナナキから歩み寄ろうではないか。気が付けばナナキももう十六歳、いつまでも子供ではいられないのである。
「まずはシルヴァの御意見から伺いましょう。とは言っても互いに忙しい身、なるべく手短にお願いしま――――」
「死ね」
「お前が死ね」
◇
シルヴァとの話し合いの結果、やはり彼との和解はまだまだ難しいとの結論に至った。主が帝国との共同戦線を望むのなら、シルヴァとの関係の改善はこれからの課題だというのに。未熟な従者をお許しください、我が主。
蒼い空を見上げて心からの反省。申し訳ナナキ。あ、ところで友よ、ナナキのメイド服に赤い染みなどは着いていないだろうか。悪いのだけど、ちょっと見てくれないかな。もうすぐナナキのお屋敷だ、身だしなみはしっかりと確認しておきたい。
特に何かがあったわけではないが、念のために友に身だしなみチェックをお願い。ぐるぐるとナナキを中心に回り始めた友に感謝感謝。それ、感謝するナナキのポーズ。ついでに採点お願いします。
ややあって、友からオーケーを頂いた。チェックしてくれてありがとうありがとう、お陰様でナナキは主の前で恥を掻くことはなさそうだ。して、ポーズの採点の方は?
「七?」
低っ、と思ったのも束の間、友の大きな指が再び動き出し、雷で文字を綴る。なるほど、つまりは七十点台というわけか。このナナキが決めた美しいポーズだというのに、なかなかに辛口な採点じゃないか。ちょっと悔しいが仕方がない、ここは黙って友の採点を待――――禁数じゃねえかぶっ飛ばすぞお前。
ゲラゲラと笑いながらナナキを指差すこの友をどうしてくれようか。後で覚えておけよお前。
大変に失礼なこの友をすぐにでもぶっ飛ばしたいのは山々だが、残念なことにナナキの屋敷へと到着してしまった。となればこのポンコツ神様は後回し、最優先は主へと吉報をお届けすることだ。さすがナナキ、立派なメイド。
ということで急がばナナキ、最後にもう一度だけ身だしなみを整えて主の気配がするリビングへ突貫。お待たせ致しました我が主、アルフレイド家のマスターメイドことナナキがただいま戻りまし――――
「いたっ、いただだッ! まっ、待ってくれミーア!」
「ごめんなさいね、お兄様。お断りするわ」
あいっけね、ナナキとしたことが忘れ物してきちゃった。うん? 何を忘れたのかって? 決まってるじゃないか友よ、遠い日の思い出さ。ということで脱出だ、早く。
ミーア様に気付かれる前に瞬時に気配を殺してリビングから脱出。そのままステルスモードを維持してこっそりとリビングを覗いてみれば、そこには恐ろしい光景が広がっていた。見間違えかとも思ったが、ミーア様に顔面を鷲掴みにされて悶えている主の姿がそこにはあった。
お兄様大好きミーア様が主に手を出すなんて、これはただ事ではない。ナナキが居ない間にいったい何があったというのか。恐らくは余程のことがあったに違いない。とはいえ、事と次第によっては如何に相手がミーア様であろうと主をお助けする所存である。
「もう一度聞くわよ、お兄様。さっきヴィルモット様と何を話していたのかしら?」
「だっ、だから神とのだな――――」
「私が言っているのはその後よ、お兄様?」
「いだだだッ!?」
会話から察するに、神々との戦いについては話している様子。てっきり神々との戦争に反対されているのかと思っていたのだけど、どうやら違うらしい。ミーア様の怒りの源はその話の後にあるそうだけど、とりあえずはお止めするべきだろうか。
「今夜、二人でどこへ行くつもりだったのかしら?」
「いや、だから俺は断ったと言っているだろう! ヴィルモットが一方的に言ってきただけで俺は知らないんだ!」
「お忘れかしらお兄様。私は数ヶ月とはいえこの帝都で生活を送っていたのよ。その汚らわしい場所の名前は何度か耳に入ってきたわ。もちろん、男子の口からね」
ふむ、汚らわしい場所に男子……あっ、ふーん。まあ確かに帝都にもあるにはある。才能一辺倒の国ではあるけれど、そういった娯楽施設がないわけじゃないからね。必要だとは思わないけど。ともあれ、ナナキが隠れる必要はなさそうだ。うん? どうかしただろうか友よ。ナナキ? 別に怒ってないけど。どうして。
「ただいま戻りました主、ミーア様」
「ナナキ! 助けてくれ!」
「嫌です」
ナナキ関係ないので、ご自分で解決なさってはいかが。
「待て、待ってくれナナキ! た、助け――――」
掃除でもするかー。




