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雷帝のメイド  作者: なこはる
七章-雷帝ナナキ-
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かしこいかわいい

 帝都中央、セントラル。八重のペンタゴンの最奥にあたるその場所に彼女も住んでいる。限られた選民中の選民しか住めない住宅街。フレイラインのような旧時代の建物は一切なく、どれもが帝都の誇る最新の技術、魔法で建てられている。


 セントラルの住宅街は全部で五つ。第一区にはライコウ、第二区にはサリアの家がある。第三区はシルヴァ、第四区にエンビィ。そして第五区にはナナキの家がある。従って、エンビィに会うには第四区に向かう必要がある。


 ということで、やってきました第四区。友よ拍手、はいパチパチ。


 ここまで来れば後は一瞬で、何度も通った道を進むだけ。そうすればほら、見えてくるのは赤い屋根の大きなお屋敷。フレイラインで見る旧時代の建築物とは違い、帝都の最新の技術、魔法で建てられたエンビィのお家。


「さて」


 時刻は未だ早朝と言っても差し支えのない時間。とはいえ、あと一時間もすれば真っ当な人なら活動を開始する時間だ。しかしながら、この家の家主に限ってはそれは当て嵌まらない。


 炎帝エンビィ、ナナキの心の姉にして帝都を守護する五帝が一人。清く正しく、誠実で誇り高い彼女にも弱点が在る。それが、朝。エンビィは朝が弱い。朝に弱い。お日様が昇ってもエンビィは沈んでしまうのだ。


 普段はあれだけ凜としていて頼り甲斐のある彼女が、朝になるとナメクジと同等の存在に成り下がってしまう。うにょうにょと動き、寝具の中へと戻っていくのだ。あれはいけない、誇り高くない。だからこそ、ナナキが起こしてあげなくてはいけない。姉を起こすのは妹の務めだ。


 というわけで。


「ていていていていていてい!」


 呼び鈴を連続プッシュ。帝都の建物は本物の鈴を鳴らさなくても、ボタンを押せば音が出る。名前は確かインタアフォン。今日も刻むぜナナキのビート。時に激しく、時に優しく、時にリズミカルに。鳴り響くこの旋律は姉に届くだろうか。


「…………」


 届かナナキ。ということは、つまり――――


「もう一回遊べるフォン!」

「遊ぶなッ!!」


 届いた。


 呼び鈴を鳴らすこと実に七百七十九回。ようやく開いた扉から出てきた心の姉には、まずは挨拶を送ろうと思う。挨拶は一日の始まりであるからして、ここはとびきりの笑顔でお送りするのが吉。お日様のように輝くナナキの笑顔を見ればエンビィの眠気も吹き飛ぶこと間違いなし。それでは、世界の皆々様もご一緒に。


「おはようございます、エンビィ」


 陽だまりのナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキでーす。


「あいだっ!?」


 叩かれた。


「やっぱりナナキかぁ……もう、朝からうるさいよ」

「うるさくしないと起きないでしょう」

「起きるよ。…………しばらくしたら」


 子供か。


「ああ、それとおはよう、ナナキ」

「あい」


 まだどこか眠たげな紅い瞳と目が合うと、不思議と笑顔になってしまう。そうだ、これが家族というものだ。どこぞの間抜けな兄にも見習ってほしい。いや、見習わなくても良いか。あれはナナキに必要のないものだから。


「うあー……」


 とか考えているうちにエンビィがナメクジに戻ってしまった。壁に寄りかかってはずるずると床へと落ちていく様は正にナメクジ。最後には床へと突っ伏し寝具のもとへと這い始める。


 ご覧なさい友よ、これがあの炎帝エンビィのもう一つの姿だ。この時間帯にしか見られない珍しい生き物で、この状態のエンビィをアサザコアネクジと言う。放っておくといつまでも起きてこないので基本的には踏みつぶすのがオススメだ。


「はいはい、起きてください」

「あいたっ。こら、人を踏まない」

「では床を這わない」

「……あの野生児が言うようになったなあ」

「優秀な姉に教育されたもので」


 人前での作法をナナキに叩き込んだのは他でもないこの姉だ。であるのならば、手本としてしっかりとして頂かなければ道理が通らない。誰にでも弱点は在る、それは認めよう。しかしこれは克服できる弱点だ。このナナキの姉に妥協は許さない。しゃきっとしなさい。


「で、そろそろ聞いていいかなナナキ」

「何でしょう」

「何でシルヴァが死にかけてるの?」

「ここに来る途中でエンカウントしたもので。退治しておきました」

「シルヴァもブレないなあ……」

「ええ、そこは見事ですね」


 ナナキがそうで在るように、剣帝シルヴァの生き方もまた、酷く歪なものだ。どれだけの力の差が在ろうとも、どれだけの不条理が在ろうとも、彼が怯えることなく、歪むことはない。五帝の頭目たる彼は、許せないものを許さない。彼にはその責務が在り、義務が在る。


 故に彼が掲げるのは正義の剣、アルシャ=ジオ。正義はシルヴァが定め、それ以外の全てを正義の名の下に断罪する。難しい生き方だ。それは敵も作るし、味方も殺す。けれど、彼にはその道を歩む強さが在る。


 だからこそ、尊敬も覚えるし、認めもする。


「でもやっぱり好きではないです」

「だろうね。犬猿、竜虎って奴だよ」


 詰まるところ、致命的なまでに相性が悪いのだろう。主が帝国との共同戦線を望むので在れば、私情で啀み合うのは止めるべきなのだけど、なかなかどうしてそれは難しい。それだけシルヴァとは因縁が在る。


 口を開けばやれ正義だ義務だ常識だと口うるさいことこの上ないし、最近ではお腹に大きな風穴まで開けられたものだから殺意増量キャンペーン実施中だ。今ならお命五十パーセントオフの失血大サービス。


「まあ、シルヴァのことはわかったよ。それじゃあ次の質問――――」

「待ってくださいエンビィ」


 失礼を承知でエンビィの言葉を遮った。如何に姉妹の絆が在るとはいえ、親しき仲にも礼儀在り。この無礼は後ほどお詫びしよう。けれどその前に、どうしても口を挟まなければいけないことがあるのだ。無論、本題に入るのはナナキも望むところなのだけど。


「とりあえず、先に着替えましょう。顔も洗ってください」

「ん、ああ……そうか」


 まだどこか眠たそうな紅い瞳に寝癖の付いた長く綺麗な赤い髪。それだけならまだ許容することもできるのだけど、およそ人前に出る姿ではない下着姿はさすがに許せそうにない。まったく、シルヴァが目を覚ましたらどうするの。


「エンビィが着替えている間に美味しい紅茶を淹れてあげましょう」

「塩は要らないよ」

「うるさいよ」


 お湯を沸かしながら姉の茶々入れに喝。まったく、ナナキが同じ失敗をする筈がないじゃないか。友よ、君もそう思うだろう。思わない? 食うぞお前。がおー。


 失礼な友とじゃれ合いながら、お湯が沸くまでの間に存外に散らかっているリビングの清掃を執り行う。外では凜としていて頼りになるエンビィだけど、家の中では意外と雑でだらしがない。散らばるゴミを拾っては捨て、拾っては捨てる。最後にはまとめて、ゴミ捨て場へと運べば終了だ。


「~♪」


 ゴミ出しが終われば後はいつものように紅茶を淹れるだけ。最初こそ上手く淹れられずに悪戦苦闘したものだが、今となっては慣れたもので考えるまでもなく手が動く。最近では舌を火傷することもなく、美味しい紅茶をお出しすることができる。


 最後にミルクと砂糖を入れれば完成、ナナキ特製のモーニングティーの出来上がりだ。もちろん今回は塩ではない。ナナキは同じ失敗を繰り返さないのだ。マスターメイドは賢いので。


「お待たせ……ああ、片付けてくれたのか。ありがとう」

「ゴミ出しもしておきました」


 賢いので。


「あれ、シルヴァは?」

「ゴミ捨て場です」


 賢いので。 

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