愛なる よ
『――――怪物は怪物を呼ぶ、どういう形であれな』
それは果たして、憤怒の言葉だったのだろうか。或いは後悔、懺悔にも聞こえるその言葉を聞いた当時の私にはその真意はわからなかった。ひたすらに人類の未来だけを見据えるその御方が、人類のためならどれだけ残虐な決定でも下せるその御方が、まるで苦しむかのように呟いたその言葉。
それを聞いたのは、ナナキが帝都に来ておよそ半年が経った頃だ。
極寒の冬、凍てつく季節が終わりを迎えれば、今度は心地の良い春の季節がやってきた。毎日のように氷点下へと達していた気温も上がり、ふわりと照らす日差しと気持ちよく温かい風が積もった雪を溶かしていく。冬が終わって一週間もすれば、帝都からその白く冷たい風物詩は消えてなくなった。
冬が終われば当然、生活も変わる。猛吹雪が続く帝都の冬では基本的には室内での生活を送り、冬が終われば各種インフラの点検から機能改善、修復が急ピッチで進められる。もしこれらが昔のように電気で動いていたのなら、帝都中は凍り付き全ての人間は凍死していたのだろう。
神様と呼ばれる存在が荒らし回ったこの世界では、最早科学一つだけの力で生きて行けるような世界ではなくなってしまった。フロスト帝国、特に帝都周りでの冬の気温はおよそ零下九十度。魔法で守られていなければ人が生きて行ける環境ではない。
そんな極寒の冬の間、余りに余ったその時間を全てナナキの教育に充てた。恥ずかしながら私はそこまでデスクワークというものが得意ではなく、同期でとても頭の良いシルヴァも同じくして暇を持て余している時期なのだから、全て任せてしまったというわけだ。実に合理的だろう、得意な人がやるべきさ。
その代わりというのも変なのだけど、私は私の仕事としてナナキと多くの時間を共にした。
「おはようございます、サリア」
「ええ、おはよ……う?」
「どうかしましたか」
「ああ、いえ、なんでもない……わよ?」
その結果、相応の苦労に見合うものがその春には見ることができた。ナナキの朝の挨拶を受けて固まるサリアの姿はとても愉快であり、圧巻でもあった。帝都にその名を轟かせる天帝サリアの間抜け面を見て、やり遂げたんだと実感したのを覚えている。
「おはようございます、シルヴァ」
「……………………?」
「朝の挨拶もできないのですか、ぶっ殺しますよ」
けれどまあ、やはり少しばかりの問題も残っていた。それでも私はとても苦労をしたし、最初の頃に比べればナナキのその立ち居振る舞いは立派と呼ぶこともできるだろう。
「おいエンビィ、お前は冬の間何をしていた?」
「いや、今のはシルヴァも悪いだろ。挨拶しているんだからちゃんと返してあげてよ」
「……もっともか。おはよう、ナナキ」
「ムカついたので殴ってもよろしいですか」
「おいエンビィ、これは口調が丁寧になっただけだぞ」
シルヴァとナナキの衝突は日常茶飯事、その度にシルヴァがボコボコにされ、その苦情は私のもとへとやってくる。書類仕事などを押し付けている手前、それは仕方がない。けれど、ナナキに丁寧な言葉を使わせるということがどれ程の苦労かも知らないで文句を付けてくるシルヴァに苛立つ、これも仕方がない。
だから私は特に口を挟まずに成り行きを見守ることが多かった。
「ムキャーッ‼」
「がああッ!?」
シルヴァがナナキに殴られなくなるのはもう少しだけ後の話。そう、ちょうどその前だった。陛下とナナキについて話したのは。
「まだ掛かりそうか」
「申し訳ありません、私の力不足です。もう少しだけ時間を頂きたく……」
「ハハ、お前は優しいな。エンビィ」
ナナキの教育を担当してから半年、ナナキが五帝としての最低条件を満たす日は近い。そのこともあって陛下にご報告と謝罪をした時のことだった。言い訳がましい私の言葉に、陛下は笑いながら優しいな、と仰った。
穏やかな表情のままで私を見る陛下に、何を言えばいいのかはわからなかった。その鳶色の瞳に見入られれば全てを明け透けにされてしまったかのように錯覚して、言葉は要らないのではないかと思ってしまうのだ。無論、そんなことがある筈はないのに。
「シルヴァたちからも聞いている、大したじゃじゃ馬だとな。宮殿を壊された時はどうしたものかと思ったが、最近は大人しくなったそうじゃないか」
「いえ、その……」
「本来ならそんな不安定な奴を使うことはないが、今の帝国には力が居る。聞いているぞ、凄まじいそうだな」
「一言で表すなら怪物です。本気で暴れられた場合は止めるのに五帝全員の力が必要かと」
「怪物か……」
その時の陛下の表情を、どう表現すれば良いのかはわからない。ただ、私なんかにはとても知ることのできない複雑な感情を抱いているように見えた。触れてはいけないような、そんな雰囲気の中で声を掛けることもできず、ただ静寂を過ごした。
「……私には怪物の友人が居た」
そして、ぽつりと語ってくださった。
「怪物の友人、ですか」
「ああ、口が悪くて乱暴で、でも綺麗な奴だった」
「その方は今……?」
「決別した。私は人類のために必要なことを引き継ぎ、あいつも生まれたその使命を果たすつもりだった。だけど最後に方向が変わった。私か、あいつか、どっちだったのだろうな……」
ふと思い出したのはイヴァール様との話。恐らく陛下の友人と思われていたその少女のことなのだろう。
「人はバカだから、怪物を殺すために怪物を作る。そしてバカだから最後に気付く、人と怪物は分かり合えず、通じ合えない」
「陛下……?」
「そして最後に残るのは、制御の効かなくなった怪物だ」
恐らくは何か深い意味があるのだと思う。だけどやはり私にはそれはわからなくて、結局は陛下の御言葉をただ聞いているだけだった。私にはわかることは、陛下がナナキの存在について警告してくださっているということだけ。だから尋ねてみることにしたんだ。
「……ナナキもそうなると?」
「さてな。ただ、もしそうならなかったのなら……」
陛下は見上げた。宮殿の高い天井を見たところで、そこには何もないというのに。だからきっと、陛下はあの時に別の何か、或いは別の誰かを見ていたのだと思う。どこかを、誰かを見上げる陛下のその横顔は、どうしてかとても寂しそうだった。
「怪物を作り続けたバカな先祖たちも少しは報われるのかもしれんな……」
Fire Memories Ⅲ —完―




