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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
91/174

幕間五 厨房

 クリーニングルームから追い出された僕達は中庭に戻ってきた。散歩道をあてもなく歩きながら、頭をひねる。

「考えたのですが空飛ぶ生首が下着泥棒の正体ではないでしょうか。つまり怪盗生首参上」

「その二つは合体させない方がいいと思う、な」

 控えめな僕の注文に対し、ナンシーは断固譲らぬとばかりにこっちを向いた。

「それ以外何かありますか?」

「ごめん。怪盗生首のインパクトに思考が停止しているからちょっと待って」

 不自然に途切れた会話を保とうと、慌てて続ける。 

「そうだ。僕達が洗濯物と生首を見間違えた可能性もあるね。そうだとしたら」

「問題は、なぜ三階の窓辺に洗濯物が集まったのか。なぜ勝手に動いたのかということですね?」

「うん」

「ふふふ」

 僕が頷いたのを見てナンシーが笑った。

 え、笑った!? ふりかえってもう一度見た時にはもう、彼女は普段通りの無表情に戻っていた。

「あの、いま」

「楽しいですね。探偵と、その助手らしくなってきました」

「……」

 さっき見た笑顔を追求するのも無粋だと口を噤んだ。そう、彼女の言う通りだ。


 ワクワクしていた。

 僕達の会話は探偵(レイヴン)が見たら鼻で笑う稚拙な推理だし、行動も効率的とは言えないだろう。

 でも、とても楽しい。それが幽霊や殺人や、俗に言う「不謹慎でくだらないこと」についての話だとしても、誰かと喋りながら、こうやって自分で考えられる事が楽しい。

 うん、そうだね。楽しいね。彼女に対しては素直にそう言っても良い気がした。きっと彼女は怒らないし、同意してくれる。

 「楽しい」と、自分の気持ちを恐れずに言ってしまえるナンシーが眩しく見えた。

 だからこそ、彼女に対して罪悪感を抱く。僕はまだ彼女に本当の事を言えないでいる。


 厨房近くで足を止めた。昼食の用意をしているのか、厨房からは焦げたような匂いと金物の音が響いている。

 僕はダマスさんの事を思い出した。料理人のおばさんで、エマさんとは別方向に気風の良い奥さんだ。挨拶だけしていこうと厨房の開け放たれた窓へと近づいた。

「ごめん、知り合いに挨拶してくるよ」

 少しだけナンシーと離れたくて、僕は走った。


「こんにちはー」

「あら、リチャード君」

 返事をしてくれたのはダマスさんではなく、フィオネルさんだった。厨房の中は湯気で満ちていて、汗で張り付いた前髪は見るからに暑そうだった。

「最近見なかったから、退院でもしたのかなって話してたとこよー。何、お腹空いたの? 林檎いる?」

 どうにも、ここに来るたびに食料を与えられている気がする。催促する気は無いのだけれど、答える前に無理矢理握らされたリンゴに対してお礼を伝えることにした。

「近くを歩いていたからご挨拶しようと思って」

「あらまっ、律儀ねぇ」

 中を見渡して、僕は目当ての人が居ない事に気が付いた。

「ダマスさん、今日はいないんだね」

「それがねぇ。何でも気分が悪いからって、どっか行っちゃったのよ。この前から幽霊が廊下を歩いているところを見た、だなんて騒いでいたけど、今日は生首が飛んでいるところを見たんだって」

 いつも明るいフィオネルさんが痛々しい顔に変化する。

「ダマスさん、きっと疲れてるのねぇ」


「ただいまー」

「あら、林檎ですか」

「食べる?」

「頂きます」

 無表情の中に「欲しいです」と書いてあった気がしたのでナンシーに手渡した。ありがとうございます、と受け取るなり豪快にリンゴを齧り始める。エリザベスといい、ナンシーといい、最近出会う淑女たちは、皆、豪快だ。


「知り合いに挨拶はできましたか?」

「うん。それでね、面白い事を聞いたんだ」

 僕はフィオネルさんに聞いた通りをナンシーに語って聞かせた。

「生首は一階でも目撃されていたんですね」

「そういう事。僕が聞いた最初の悲鳴は、ダマスさんの悲鳴だったんだ」


 いつもの癖で楡の木に向いながら、僕は自分が聞いた四回の悲鳴を数えてみた。

 一度目の悲鳴は遠くで聞こえた。女性の悲鳴で、気になった僕は窓の外を覗き込んだ。

 二度目の悲鳴は僕のものだ。窓の下から飛び出して来たものに驚いて、思わず声をあげた。そのまま転倒。

 三度目と四度目の悲鳴は、シスター・チェルシーの悲鳴だ。生首を見た悲鳴と、僕を見た悲鳴の二回。

 五度目のシスター・ジェーンの悲鳴については気にしなくてもいいだろう。


「こう考えると、首は一階より三階で目撃された回数の方が多いんだね」

「なにせ空飛ぶ生首ですから。飛ばない首は、ただの生首です」

「……飛ぶ前の生首が本来あるべき首の姿だと思うよ」

 どこかで聞いた事のある台詞だけど、気の利いた事が言えない。あたりさわりの無い返事を返し、十三時の鐘の音を聞いた。

「シスター・チェルシーとシスター・ジェーンが見たと言っていたのは修道女の幽霊だったよね」

「リチャード君が見たのは白と灰色の長い髪の人、でしたね」

「うん。もしかしたら僕が見たのは雑巾で、シスター達が見たのは頭巾だったのかもしれない。僕とシスター・ジェーンは目が悪いし、シスター・チェルシーは動転してたから、見間違えたとしても不思議じゃない。幽霊を見たダマスさんも、最近目がかすむってぼやいていた」

「生首騒動を起こしている犯人は、目が悪い人間や気が弱い人間を狙っているのでしょうか」

「特定の人を狙う。そんなこと、出来るのかなぁ?」



-----


「シスター・チェルシー! どこに行ってたのよ!」

 洗濯場に戻ると、半泣きのシスター・パティが抱き付いて来た。彼女と私は同じ歳で、出会ってすぐに仲良くなった子の一人だ。

「遅くなってごめんねっ! 今から手伝う!」

 そう言って、私は腕まくりをしながら洗濯桶を探した。部屋の中は人でいっぱいで、空いている桶を探すのは一苦労だった。そんな時、ドアの向こうをヒラヒラした服の人達が通り過ぎていった。

「リチャードさんと、ナンシーさん」

 それは先ほど別れたばかりの二人だった。生首について何か分かったのかなと好奇心が疼く。私が見た生首についてパティに言いたいけど、院長先生に口止めされてしまった。

「シスター・チェルシー。リチャードさんのこと知ってるんだ」

「ひゃわっ!」

 いつのまにか顔の間近まで近づいて来たパティに驚きながら、さっき会ったの、とだけ告げた。それくらいなら良いよね?

「パティも、あの人のこと知ってるの?」

「そりゃね。此処では有名だもん」

 意味ありげな笑いを浮かべて、彼女は「気になるの?」と問いかけてきた。

「ちょっとだけ」

 曖昧に答える。男性としての興味はないけれど、面白い人だと思ったのは本当だ。

「ライン商会ってあるじゃない? 彼、そこの会計士だったのよ」

「えっ、嘘!? 見えない!」


 ライン商会は私でも知っている大きな商会だ。専門のデパートがあるし、船だって港に沢山持っている。ライン伯爵家の後ろ盾を持っている所為か、高級志向で貴族向けの商品を販売していると聞く。お店の近くに寄っただけで、私みたいなみすぼらしい恰好の人は追い払われちゃうという噂だ。

「そこの会計士だなんて、実は凄い人だったんだ」

 そうは見えないけど。

「でもね、辞めちゃったんだって」

「何で!?」

 思わず大きな声を出してしまって、周りから何事かと視線を受ける。ただでさえ身長が高くて目立つ私は、顔を赤くして腰を曲げた。こうすれば、シーツの隙間に潜り込めるから。

 そんな私の反応を見て、パティがくすくすと笑う。

「探偵の助手になったんだって言ってた」

「探偵の、助手?」

 聞き覚えの無い単語に首を傾げる。

「それ何?」

「さぁ、わかんない。でも変人なのは確かだよね」

 パティは肩をすくめた。

「そうだね。変わってるね」

 知っている人だけに素直に変人とは言えず、遠回しに同意する。だって会計士のお給料は凄く良いんだもの。それを辞めて訳の分からない職業に就くだなんて、普通の人なら考えない。理由を想像していると、パティがそれからと内緒話をする時みたいに声を低くした。

「あの人、入院している理由が凄いの。ほら、月初めの事件覚えている? あの二日目の被害者なのよ」

「え!?」


 私は驚いた。月初めの事件といえば、エルマー夫妻殺人事件とロンドン連続通り魔事件。連続した二つの事件の事を指す。

 マーシュホース商会の会長夫妻が殺され、逃げた犯人が翌日、街中で無作為にナイフで人を襲ったあの事件。運良く犯人は射殺されたらしいけれど、合わせて二人の死者と三人の重傷者が出た。

「あれ、襲われたのリチャードさんだったんだ。よく生きてたね」

「本当にね。もうあの晩はあっちもこっちも凄い血でさあ。一緒に運び込まれた他の二人もダメだと思ったわよ。多分、あの人達は運がいいのね」

「そうだね」

 刺された時点で相当運が悪いと思うけれど、言わないでおいた。

 リチャードさんは殺人とか、事件とか。そういった単語と縁が遠いように思える。さっきだって、生首見て腰を抜かしていたし、幽霊退治と聞いて嫌がっていた。


「今は元気だけどね。一回大変だったの。チェルシーが来る前だけど。病室から抜け出して、傷が開いちゃってね」

「その頃から脱走してたんだ」

「あの人の脱走癖は有名だもん。中庭の楡の下だったかな。悲鳴を聞いたシスター・ジェーンが行ったら、芝生の上で血まみれで倒れてたんだって。で、傷が開いた原因は何だと思う? 『起きたらリスがいたので驚きました』だって。笑っちゃうよね。あの人、ネズミが苦手だから見間違えて驚いたのよ。自分で餌付けしてる癖に、時々近寄ってきたリスを見て驚いてるの」

「分かった。それで尻もちついたりしちゃうんでしょ?」

「そうそう。ひどい時なんか倒れたまま動かなくなったりするのよ。で、こっちも驚いて駆け寄るでしょう。そしたら『おどろいた?』なんて笑顔で起き上がったりしてね。悪戯が好きというか、死んだ振りが上手いというか。本当に死んだんじゃないかって、最初は焦って大変だったんだから」

 私は笑った。今日、会った時とよく似ている状況だ。今回は血が出なくて良かった。

「ところでリチャードさんのフルネームって何て言うのかな。リチャードさん多いから、他の人と混乱しちゃいそう」

「さぁ、何だったかな。ショーンとか、ショーとか。確かそういう家名だったと思うよ。でもあの人、苗字で呼ぶと気づかないこともあるのよね。とりあえず『リチャードさん』って言っておけば、必ず振り返るわ」

 そういう所もやっぱり変よねぇと私達は顔を見合わせて笑った。




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