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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
46/174

040 視点

「シャーロットはエルマー夫人の血を眠っているライン卿へと付けた。しかし、肝心の利き手に凶器を握らせることに失敗しました。妥協として怪我をしていた左手に握らせたが、結果それがライン卿の無罪を証明することになった。何故なら、彼はナイフとフォークを集中しなければ扱えないほど不器用で、左手ではナイフはおろかフォークすら上手く握れない。人体を解体どころか、ローストビーフすら切れないんですからね!」


 レイヴンが断言し、晩餐会出席者達はハッと息を飲み、僕は天を仰いだ。

 わあ、皆「こいつ、食べるのへたくそだな」と思いながら黙っててくれたんだ。優しいなぁ。

 仕方ないじゃないか、掌、結構パックリいってたんだもの。咎められるべきはシスター・ケイトリンの怒涛のナイフ捌きだよ。


「最後のライン卿の殺害は、単なる目くらましです。彼が死んでも死ななくても、騒ぎさえ起こして全員の目を引きつけられるならば、シャーロットにとってはどちらでも良かった。彼の死はまったく無駄なものとしてお膳立てされた」

「生きてます」


 僕の小さな反抗は黙殺された。


「メイドの仕業だと言うならミランダでも犯行が可能なのではないか?」

 バグショー署長が口を挟んだ。

「無理でしょう」


 あっさりとレイヴンは告げる。

「ミランダは、極度の怖がりです。強気を気取ってはいますが、根は脆い。目に見える責任感は職務に依存したもので、こういった非常時には冷静に行動できない。それはそこの、本当は擁護するのが嫌なんですけれど、尻もちをついている男も同じ事です」


 ぎくり、と固まったのは僕もミランダも同じだった。


「本来なら、コーヒーを淹れる役目はミランダの筈でした。けれど、彼女はそうしなかった。何故か? 晩餐会で悪魔のような化け物の話を聞いて一人で暗いキッチンに行くのが怖かったのです。だからシャーロットにコーヒーを淹れる様に命じて、自分は何気ない顔で待合室で待機していた。ミランダは悲鳴をあげますが、シャーロットは怖がる様子を見せるだけで声を発したことは無い」


 ミランダの頬が、髪の色と同じくらいに赤く染まっていく。


「エルマー夫人がマーシュホースを手に入れるためにエルマー氏を殺害する理由はある。しかしエルマー夫人は、なぜ自分で雇った人間に殺されたんだ?」

「正確な理由は分かりません。しかしエルマー夫人の遺体の損傷状況から見て、彼女がシャーロットにとって何らかの怒りを覚えさせたのは確かです。また、シャーロットがライン卿を見逃した理由も分かりません。一つはっきりと言えるのは、彼女シャーロットは人を殺す事に躊躇いがなく、手際が良すぎる。すでに何人かの人間を殺した事があるのでしょう」


 苦しいほど重い静寂が、場を包む。

 レイヴンの長い演説も、終わりを迎えようとしていた。彼はにこやか微笑むマザー・エルンコットに視線を向ける。マザーは満足そうに頷いた。

 僕は理解していた。レイヴンの推理に出てきた出来事は、全てマザー・エルンコット達の視点であったのだと。

 隠された針を見つけ、並んだ中国の骨董品を探り、コーヒーカップのコーヒーについて見てきたのはシスター・ナンシーなのだろう。この事件の主人公は彼ら三人で、僕たちは容疑者。


 小説「ミステリアス・トリニティ」における、推理を披露する主人公と証拠を集めるヒロイン、そして彼等の活躍を間近で見る観察者という三点構造はあの三人によって確立された。

 そしてナンシーと探偵の初顔合わせという一大イベントは、僕が寝ている間に終わっていたのだ。


 終わった……。

 色んな意味で、終わった……。


「疑って申し訳ない」


 手を差し述べてくれたのはバグショー署長だった。彼はいつだって不満げな顔なので、本当に反省しているのか分からない。けれど、バツの悪そうなバグショー署長という大変貴重な表情を見せて頂いた僕としては許す一択しかない。


「此方こそ」

 僕は手を取って立ち上がった。けれど、これだけは聞いておかなきゃいけない。


「昨日。みんな怖い話したのは、僕とミランダを、からかってたの」


 この問いかけに、バグショー署長が黙り込んだ。

 シスター・ナンシーは僕と視線が合うと、分かりやすく横を向いた。

 あれは「悪い」と思っている時の顔だ。


「むしろ、あそこまで怯えられると期待されているのかと思ってしまった」

「実に、その脅かしがいがあったので」


 申し訳なさそうなアビゲイルに、もうオカルトへの偏愛の情は見えなかった。同時に、昨日みたいに僕に対しての熱烈なアプローチをする気がさらさら無い事も分かった。

 僕の失態をこれだけ見て、まだ結婚を匂わせるような事を言ってきたら、即刻、男を見る目を養うべきだと彼女の両親に手紙を送っていただろう。


 僕はお化けが怖かったわけじゃない。あの状況が怖かっただけだ。顔色が青くなったのは、話題に心当たりがあり過ぎただけなんだ。だから、本当に、お化けが怖かったわけじゃないんだけど。


「バレてないと思ったのに……」

「誤魔化したと思ったのに……」


 ミランダと僕が並んで茫然とする中、慌ただしく駆け回っていた警官の一人が息をきらせて飛び込んで来た。


「アビゲイル嬢の荷物が、一つ無くなっているようです」

「何ですって!? まさか私の宝石が盗まれて」

「いえ、普段着が入った方の荷物のようです」

「え、そっち? ならいいわ。普段着しか入っていないもの」

 報告を受けて、アビゲイルが目を開く。

「でも、なぜかしら?」

 不思議そうに首を傾げる。本当に、何でだろうね?


「ライン卿」

 レイヴンからの呼びかけに勢いよく振り向くと、凄まじく苦い顔をされた。

 

「マルティネス・オブライエンという名前に聞き覚えは?」


 特技は変装。だけど変装が上手すぎるために、四作目で犯人として埋葬されたコメディアンの男性だ。

 焦げ茶の髪に瞳はアンバー、面倒見のよい三十三歳男性未婚身長178cmウェールズ出身恐らく家出貴族。

 それしか分からない。


「はい、知っています!」

「……知らぬふりを続けますか。そちらがその気ならば、私にも考えがある」


 元気よく知っていると答えたのに、知らないふりと言われてしまった。踵を返すレイヴンに肩透かしを食らった気分になる。英語、間違えたのかな。言い回しだとすれば、奥が深いものだ。深すぎて僕にはちょっと分からない。


 形式的な書類づくりもあるそうだけれど、今日のところは家に帰ることになった。

 犯人は逃走。あまり後味の良い結果ではない。


 僕は探偵レイヴンと離れる事を嫌がった。殺されかけた。また狙われるかもしれない。もちろん形式的にそう言っただけで、本音は「ここで探偵を逃してなるものか」だ。

 しかし「再度狙われる心配は無い絶対にないから今すぐ消えろ」と言われてしまえば、諦めるしかない。

 目の前にいるのに、このまま探偵とナンシーの後日談を見ずに「さようなら」だなんてそんなバカな。僕を殺す気か。


 シャーロットは屋敷から忽然と姿を消していた。彼女がどうやって包囲網を潜り抜けたのかは分からない。もしかしたら脱ぎ捨てられた警官の服が、もう一着くらいあったのかもしれない。


 レイヴンはシスターやマザーと話している。その輪の中に、戻ってきたダニエルさんの姿もあったが、結局、彼が誰だか思い出せなかった。いずれ、思い出す時もあるだろう。考える程、名前が出てこないのはよくある事だ。そういう時は一度、別の事に意識を移せば良い。



 一晩を過ごしたワイリンガムハウスに別れを告げて、馬車の中で揺られる。

 折角セットしてもらったのに、一晩経った頭はボサボサだ。ただいま劇的ビフォア。こんにちは血塗れオプション。僕の給与所得一年分以上のシャツは二日連続でダメになり、職人への土下座待ったなしである。


 間近でレイヴンの活躍が見られたし、シスター・ナンシーとのツーショットも見る事が出来た。そこは素直に嬉しい。


 エルマー夫妻は残念だった。逃げたメイド、シャーロットの正体もエルマー夫人を殺した理由も分からずじまい。そこはそれとして納得しよう。だって推理しようにも途中で強制気絶ドロップアウトしたせいで情報が足りていない。


 マザーが両手に主人公している件については、とてもうらめしい。いや、間違えた。とても、羨ましい。彼女は一体どんな繋がりで二人を呼び出したのだろう。本編ではそんなに活躍していない印象なのだけれど。何者なんだ、彼女は。


――仮にも二十年以上生きているんですよね。

――酒を飲むと昏倒する、不思議な体質の持ち主で……。


 リチャードとレイヴンはこれが初顔合わせの筈だ。

 何で知ってるの?

 

 実際事件に巻き込まれると、詳細をあんまり気にしなくなるのだなと思う。ドラマを見ていた時は「あんな分かりやすい伏線を見逃すのか!?」と驚いていたけれど、ただの岡目八目だった。

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