027 脱兎
ぴたり、という音で目が覚めた。
水音。どこからか垂れる水滴の音だ。雨漏りかな?
「アゲイン」
またまた舞台の上で椅子に座っていた。
二度目ともなるとこの夢の世界にも慣れてくる。
もしかして眠る度に、ここへ来るのだろうか。
起きているときはミス・トリ世界。眠っているときはドリーム世界。
なんと。一粒で二度おいしい。マーベラス。
前に来た時は二つ目の扉を開けようとして失敗したんだったな。
目が覚めると忘れてしまうが、眠っている間は前に来た記憶を思い出せるようだ。
夢ってまぁ、そんなもんだしと自分を納得させる。
円形舞台から飛び降りると、壁沿いにあった扉を探す。
前に来たときはあっさり見つかったのに、今回は扉が見つからない。
壁を伝って、部屋の中を一周ぐるりとまわってしまった。
困った。僕のDVDデッキはいずこにあるのか。
「今度の私は、随分と貧相ですね」
肩を落としていると、誰かの声がした。
その前に「貧相」と言われた意味を知ろうと自らの手を見る。
僕ではない、リチャードの手だ。夢の中でも姿はリチャードのままらしい。
鏡が無いから確認できないけど僕の手ではない。座っている椅子は映画館の僕の席だけど。いや、劇場の備品だ。ごめんね、西山さん。勝手に所有権を主張してしまった。
声の主はすぐ傍にいた。目の前にリチャード・ラインが立っている。
自分がリチャードである時の一番の難点は、自分自身が客観的に見られないという事だ。
それが、いま目の前に立っている。
彼は健康そうで、やつれもしていない。眼鏡もかけていなければ、身形も立派である。
つまり映画のラストシーンに登場する犯人である「彼」が、僕からおおよそ距離にして二メートルほど前方に立っている。
この感動。言葉に尽くし難し。
ただ一つ、あえて言わせてもらうなら。
終盤の眼鏡無し真犯人の人格より通常人格と会いたかった!!
いやでも彼こそ犯人だ。裏の主役だ。会えて嬉しい。
何でノー眼鏡で来ちゃうの。難易度低いよ、リチャード人格との区別が分かりすぎだよ。こちとら眼鏡の通常リチャード状態でも君の判別できるよ、僕の観察眼とミス・トリ愛をみくびっていないか?とは思うけれど、口にはださない。
それに美形であると見せつけたいのか、そうなの?美形設定は知っているんだよ。演じている俳優さん美形だもん。それをどう崩していたのか、どうやって相手の警戒を解いていたのかという前振りがあってこそ美形設定が生きるのであって、それが、いきなり眼鏡オフの真犯人バージョンで登場されても見慣れ過ぎてて「ちくしょう、ホリウッド俳優オーラとカリスマが違い過ぎる眩しすぎるサインください!!」としか言いようがない、とも思うけれど、口にはださない。
あと僕は笑いを提供してくれるリチャード人格に対して同情というか応援しているのであって、どちらかというと父親人格はおまけっていうか、おまけとは言っても主菜に近いおまけなんですけれども、実際に本物に会ってみたいランキングでは優先順位がリチャードよりちょっと低いわけで。もちろん二人格でリチャードの不気味さとか得体の知れなささが成り立っているのはよ~~く理解しているつもりなんですけれどもシリアスより一筋のギャグを求める傾向があると申しますか、夢の中でならあえて重厚なミステリアス・トリニティの世界の中ではなくライトなノリでも良かったんじゃないかなガッデム、とも思うけれど、口にはださない。
「何を呆けているのですか?」
「失礼しました、こんにちは!」
「まぁ、いい。私の名はリチャード。あなたに手紙を書いた人格です」
「マジか」
その口調でリチャードを騙るとは。何という、何という本編。
「お会いできてうれしいです」
「私もです」
左手を差し出されたので思わず握り返した。本気だ。この日のために「お会いできて嬉しいです」の練習を重ねてきた甲斐があった。リチャード(仮)はにこやかな顔のままだ。
「そしてさようなら」
赤い柄のナイフ。シスター・ケイトリンの元に置いてきたはずのソレが、彼の右手に握られている。そして腹部にあっさり突き刺さった。あまりにあっさりすぎて豆腐でも刺したのかと思った。
分かってたよ、警戒しろって。父親なら何かしてくるって!!
だけどあんな素敵な笑顔で握手求められて断れるか? 断じて否である。
例えそれが死亡フラグめっちゃ見えていたとしても、あそこで手を握らないという選択肢などない!!
むしろ期待していたくらいです!!
「うわーーー刺されたー死ぬーー」
声に一応出したけれど痛くない。ぐにゃりとした豆腐に刺されているような感触がして気持ちが悪いだけだ。思わず顔をあげるとあっけにとられた顔の父親と目があった。
「どうも?」
まぁ、夢だしね。本当に死ぬわけないよね、という気持ちをこめて頷く。
「死なない?」
無表情に戻る父親。困惑したような気配がガスガス突き刺さる。
これを見られただけでも刺されたかいはあっただろう。
「そうだね」
今度は無言のまま、横薙ぎに刃を滑らせた。パカッと間抜けな音を立てて首が半分離れた。
次の瞬間には元の位置に戻っていたけれど、いま、確かに取れそうになった。
「え、なにいまの、びび、びっくりするなぁ、もう!?」
「ふ、ふふ、ク、キ、キヒヒッ」
喉を擦りながら言うと、ピキリと確かに音が聞こえた。
握手していた手が離され、目の前の父親がゆらりと上半身を揺らした。
笑い方がヤバイ。あれ、相当イライラした時のだ。
「面白い。実に面白い!」
一歩後ずさる。
「さすが、一度は私を押し返しただけのことはある。今までアイツが作った形骸とは違うようですね」
二歩後ずさる。
「ミスター。賭けをしませんか? 一晩生き残れば、今日のところは貴方の勝ち。朝まで生き残れなかったら、私の勝ち。どうです、簡単でしょう?」
「どこが!?」
イージーモードが聞いてあきれる!!
石床が揺れ、音を立てて崩れていく。雨粒のように目玉が空から降ってくる。
夢の中だからか。物理法則をまるで無視した光景が目の前に広がっていた。
崩れた地面から染み出す血液。人の形が塗りこめられている青い壁。反響する笑い声。
「断固拒否!!」
その言葉を捨て台詞に全力で駆け出す。
そのセリフを言った相手が生き延びたことなど、無いだろうがァーッ!!!




