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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
99/146

99.突破。

 

 爺ちゃーーーーーーあぁぁん。


 朔也は爺ちゃんの死を物凄く悲しんだ。

 朔也の悲しみに耽る姿は、俺達親族が身を引くぐらいの光景だった。

 だが実際に、俺達と爺ちゃんとの歴史を塗り替えられるヤツなんか存在しない。


 ……にしても、朔也の取り乱し方は……。

 それ程、尋常ではなかったんだ。


 俺は想う。

 母の遺体も祖母の遺体も朔也の元には戻らなかった。

 人の死というものを朔也は本当の意味で体験していないのだ。

 なのに最愛の人が居なくなってしまう……。

 その……絶望の深さ。


 爺ちゃんと朔也が過ごした時間は、微々たるものだ。

 俺達に比べてはな……。

 だが、実際に会話した、触れ合った、杞憂を共にした人が目の前からいなくなるなんて……。


 ふと、あの扉が開いて『ただいま』って爺ちゃんが駅前のパチンコ屋から帰ってくるような気がして……。

『おい、カレーにはジャガイモはいらないんじゃないか?』

 って言いながら人参をお皿の端に寄せている爺ちゃんが、ちゃぶ台のテレビに一番近い場所に座っているような……。


 いつも、そこにその人がいるのが当たり前な感覚……。

 なのに、ポッカリとその場所の主がいなくなってしまった現実……。

 言い方が変かもしれないが、俺にとっては家族の中の一人がいなくなった。

 だが、朔也は家族そのものがなくなった。


 そしてまた、親しい人がいなくなった。

 朔也にしてみれば、自分の周りの世界が、どんどんなくなってしまうかのような脅迫観念に似た感覚に襲われたのかも知れないんじゃないかと思う。

 俺の爺ちゃんに、母親を祖母を重ねたのだと思う。


「え? お爺さんが亡くなったんですか? じゃ、朔也を迎えに行きます。すみません、そんな時に息子を……、お世話になってしまって……」

「あ……、いえ朔は……。朔也君は祖父に懐いてくれていまして……。祖父を見送りたいと言ってくれまして……、葬儀が終わり次第僕が送って行きます」


 俺は、爺ちゃんの葬儀やその後の……全てが終わってから、朔也を父親の元へ送り届けた。


「ただいま……」


 玄関の扉を開けながら、朔也が蚊が鳴くような声で言う。

 まぁ、気持ちがわかるだけに何とも……。


 しばらくすると、奥から父親と継母(だよな?)が出てきた。

 俺は継母を見て驚いた。

 彼女の話(愚痴)は朔也から、何度となく聞かされていた。

 俺的には、イケイケ姉ちゃん風に想像していたんだが、実際の彼女は、全く違っていたんだ。


 色白で華奢な体つき、身長も155㎝あるか? ってくらい小さかった。

 その所為か、実際の年齢より遥かに若く見える。

 確か、30才後半ぐらいだと聞いていたが……。

 どう見ても、30才そこそこにしか見えない。

 化粧の仕方や、服装を変えれば……、下手すると俺と同じくらいに見えても可笑しくないって感じだ。


 整った顔立ち。

 少し垂れ気味の目が、今にも泣きだしそうな印象を与える。

 守ってやりたくなるタイプ……ってか?



「あなた、こんなところで立ち話をしていても……」

「ああ、そうだった。いや、気が利かなくてすみません。先生どうぞ上がっていってください」

「いえ……僕はここで……」


 俺がそこまで言うと朔也が俺の袖口を引っ張った。


「上がっていきな……よ」


 朔也は上目使いで駄々をこねるような眼差しを俺に向けてきた。

 はぁ~。はいはい、わっかりましたよぉ。

 けどなぁ、何か嫌ぁな予感がすんだよなぁ。

 そんでもって、こんな時の勘ほど……的中するのが俺だ。

 当たりなんだか……ハズレなんだか……。


「お、お邪魔します……」


 俺は気乗りしないまま、靴を脱いだ。

 俺はリビングに通され、朔也と隣同士でソファーに腰を下ろした。


「コーヒーと紅茶、どちらになさいます?」

「あ、コーヒーで……」

「朔也ちゃんは?」


 継母は微笑みながら朔也の方を見た。


「……」


 朔也は返事をしないどころか顔も上げない。

 コラ、態度わるいぞ。


「朔也! 返事をしなさい」

「……」

「いいのよ、あなた。朔也ちゃんはジュースでいいわよね? 私の気が利かなかったのよ」

「まったく、すみませんね。コイツはいつもこの調子で……。先生も手を焼いてらっしゃるでしょう……」

「いえ……。そんな事は……」

「いやいや、いいんですよ。気を遣っていただかなくても」

「気を遣うだなんて……。僕は何も」

「今回の事も……。自分で言い出したくせに、噛み付くなんて……」

「は?」

「あなた……。そのことは、もう言わなくてもいいって言ったじゃないの」

「いいや、ハッキリさせないといけない事だ。朔也、何故噛み付いたんだ? 自分から髪を切ってくれって頼んでおいて」

「え? 自分から?」


 この親父は何を言っているんだ?

 俺は朔也を見た、朔也は目を丸くしてブンブン首を横に振っている。


「いや……、ちょっと待ってください。朔也が自分から髪を切ってくれと?」

「そうですよ。なぁ? そうなんだろ?」


 父親は継母の方を見ながら問いかけた。

 すると、継母はシャアシャアとぬかしやがった。


「ええ、よっぽど思いつめていたのね。珍しく私の所へ来たと思ったら、俯いて……、小さな声で『髪の毛を切って……』って。『美容院に行った方がいいわよ。その方が格好良くしてもらえるわ』って言ったけど、恥ずかしいって言って……。仕方なくその椅子に座らせて切っていたら居眠りしだしたの、頭がコックリコックリ揺れ出したから危ないと思って顔を覗き込んだら……急に目を開けて……噛み付いてきたのよ。きっと後悔したのね……可哀そうに……。朔也ちゃんの気持ちを汲み取ってあげなかった私がいけなかったのよ」


 ちょっと待て……。

 俺はもう一度朔也を見た。

 朔也はさっきと同じく、目を更に丸くして激しく首を横に振っている。


「あ、あの……、お父さん。その話は……」

「ね? 先生、聞きましたか? 自分から言い出しておいて……何て事を……」

「しかし……僕が彼から聞いた話とは……少し」

「どうせ、自分に都合のいいように話したのでしょう。だいたいの想像はつきますよ。私は仕事の都合で出張が多くて……家内に任せっきりにして辛い思いをさせています。食事もまともに食べないらしくて……ったく、まるで当てつけのように……そういうとこは、こいつの母親によく似ている」

「あなた……、そんなふうに言わないで。朔也ちゃんは今辛い事を乗り越えている最中なのよ」


 おいおい、何なんだ? この茶番劇は……。

 そして、ゾッとするような健気さを醸し出しているこの女……。

 寒気がする。


 ……まてよ。

 もしかして、俺は朔也に担がれたのか?

 この父親に両方の話を公平に聞いてくださいと頼んだのは俺だ。

 ふむ。俺は両方の話を聞いたぞ。

 全く違う話だがな……。


 いや、所々……辻褄が合ってる……。

 居眠り……と、顔を覗き込んだってとこな。

 明らかに、どちらかが嘘をついている。


「お父さん、僕が聞いたのは彼が寝ている間に髪を切られたと……」

「何を……、居眠りしたんだろ? 髪を触られてウトウトしただけだろ?」

「ち、違うよ! 僕、ベッドで寝てたんだよ。寝てる間に僕の部屋にコイツが入って来て……」

「コイツって、誰に向かって言ってるんだ! 世話になってる人に向かって、何て口の利き方をするんだ!」

「世話になんかなってないやい! ご飯だって、いつも手抜きで……レトルトかホカ弁が机の上に置いてあるだけじゃんか!」

「それはお前は一緒に食べたくないと言い張るから、しかたなくそうしてるだけだろ! その話は前々から聞いている。パパが、そうしてでも食べさせてくれるように頼んだんだ」

「ああ、それでも……ちゃんと手料理を用意するべきだったんだわ。私が……軽率だったんですぅ。ごめんね……ごめんね朔也ちゃん……」


 そう言って泣き崩れた継母の肩に優しくてを伸ばす父親……。

 だぁーーーー!!

 見てられないぞぉーーーー!

 前々から聞いていただとぉ?

 俺だって前々から聞いていたぞぉ。


 父親が帰ってきたときはコース料理並みの食事が出るが、実は有名レストランの宅配だとか……。

 まるで自分が作ったように見せかけてるけどね。

 いつも夜になると着飾って出かけては、ヘベレケになって帰ってくるとか……。


 っていうか……、こういう事態を見越して前々から準備してたということか?

 用意周到……な。

 しかし、これ以上俺は家族のいざこざには立ち入れない……。

 それくらいの分別は持ち合わせているつもりだ。

 だが……。

 このまま、朔也をここに置いて帰るなんて……。

 俺にはできない……。


「先生はコイツの話を真に受けているだけなんです。コイツの母親はかなり病んでいまして……男の子なのに髪の毛を伸ばしたり……あ……すみません」

「大丈夫です。気になさらないで下さい」


 父親は俺の髪を見て、気まずそうな顔をした。

 へっ! ほっとけ。 俺は女だよ。


「ま……、と、とにかく……コイツがおかしくなったのは母親が……」

「ママの悪口を言うな!」

「本当の事を言ってるだけだ! 家の中でスカートなんか穿かせて……狂ってる……」


 よく言うよ、それを放って逃げ出したくせに……。


「ママは狂ってなんかない! ママは……、ママは……」

「もういい朔。帰ろう」

「先生? 何を……」

「すみませんお父さん。僕は難しい事は、正直分かりません。ですが……今、彼をここに置き去りにして帰ることも出来ません」

「置き去りって……。ここは朔也の家ですよ?」

「言い方が間違っていたのなら謝ります。ですが、僕が彼に聞いている話とそちらの方がおっしゃっている内容とが食い違っている以上……」

「それは、息子が自分の都合のいいようにですね……」

「わかっています。でも、それは両方に言えるのではないでしょうか?」


 俺はそう言いながら、女の顔をチラッと見た。

 女がさっと視線を逸らしたのを俺は見逃さなかったぞ。


「少なくとも、今のお宅は朔也君を受け入れるのに万全の体制でない事は、確かと推測出来ますが……。いかがでしょうか? 若輩者の僕が言うのも何ですが……。お父さんは今度、また出張に行かれますよね? そのとき、また同じような事が起こらないとも限らないかと……。すみません、出過ぎたことを言ってますよね僕……」

「え……。いや……しかし」


 なんだよぉ、煮え切らない親父だなぁ。大人だろぉ?

 ああああぁぁぁ! ムカついてきたぁ。


 俺はすっくと立ち上がり、父親の顔を見ながら言った。


「行くぞ! 朔!」

「うん! 先生!」




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