85.近づく夏。
俺の言葉を聞いた柳はホッとした顔をしている。
さっきまで上野に対して睨みを利かせていたのがウソのようだ。
上野がまた何を言い出すか気が気じゃなかったんだろう。
柳は上野の背中をバシッと叩くと、
「行くぞ!」
といってボランティア仲間の所へ戻って行った。
ふ……、お前らほんとカッケ~よ。
俺は二人の後姿を見ながら「俺の友人達は捨てたもんじゃない」なんて思い、笑みがこぼれた。
しかし……柳は俺の何を上野に話したのかね?
俺みたいに強くなりたいなんて……。
俺の何処に強い印象があるのかサッパリ分からん。
案外、作り話でもしてたりして……、ハハ、お気の毒さまだな上野。
「おい、カズオ。お前も来てたのか?」
「お。長尾、どうしたんだ?」
「柳の見送りだよ」
「お前知ってたのか?」
「ああ、柳から聞いた。お前もか?」
「いや、俺は偶然」
「だろうな、アイツ気にしてたからな……。で、何て言ってた?」
「ん……ジッとしてられねぇんだと」
「ああ、俺にもそう言ってたよ。俺にはわかんねけどさ」
「……俺もだ」
俺達は柳たち一行が出発するのを少し離れた所から見送った。
ボランティアかぁ……。
大学でも色んなボランティア活動が奨励されているが、俺はどのプログラムにも参加したことがない。めんどくせぇって反射的に思うんだ。
口に出したりしないぞ。人に聞かれたりしたら……ことだからな。
言ったろ? 俺は見返りがないと行動できない性分なんだって。
学科の単位がもらえるとか……。最低か? んなことないよな?
色々思うところはあるが……。
ボランティアは俺には向いていないと思っている。
「長尾……。彩とはどうなってんだ?」
「え? え? え? な、何で? 急に……そんなこと」
「何でって……単にそう思っただけだよ。何、慌ててんだ?」
「あ、慌ててなんか……ないさ」
いやいや、おもいっきり慌ててるじゃん。
う~ん、怪しいなぁ。もうちょっと突いてみるか。
「そういえば……。彩の誕生日……今年は声が掛かんなかったなぁ?」
「あ? え? そうか?」
「誕生日会やんなかったじゃん。去年も集まったのにさぁ?」
「そ、そうだよな……。今年は集まらなかったな……そういえば」
なぁにが、『そういえば』だ。いつもお前が舞い上がってんじゃんか。
お前が召集しなくて誰がするんだよ。シラこいんだって。
う~ん。もし付き合ってるんだったら、晴華から情報が入る筈だしなぁ。
まさか……また、玉砕したのか?
もしそうなら……聞けねぇし。聞かなければ分かんないし……。
でも、あんときの彩の態度は明らかに……♡だったと思ったんだけどなぁ。
「お、お前こそ晴華ちゃんとどうなんだよ……」
はぁ? 俺と晴華? 何言ってんだ?
俺達がラブラブな事を一番知ってるのはお前じゃん?
それを、俺に振るか?
……これは、玉砕したな。多分……。(TT)
ヤバイな……、これは時間とってなぐさめてやらなきゃ……。
コイツは変なとこ強がりだからな。
「おい長尾、飯でも食いにいくか?」
「え? なんだよ急に……腹へってねぇよ俺」
「今日じゃないよ。今日は俺も塾のバイトだ。今度、ビブレのバイトの時にでも」
「うん? そうか……。じゃ、アフターで行こうぜ」
「ああ、そうしよう。じゃ俺、図書室行くから」
「ああ、じゃビフレでな」
俺達はその場で別れた。
ったくぅ、彩の奴。何考えてんだ?
長尾みたいないい奴、そうそういやしないぞ。
今度、俺が説教してやるか。……聞かねぇだろうなぁ。
俺はそんなおせっかいな事を考えながら図書室へ向かった。
図書室へ続く廊下の壁の掲示板には震災の記事が所狭しと貼ってある。
その周りに『ボランティア募集』のポスターも一緒に貼られていた。
一瞬、立ち止まっては見たが……俺はそのまま通り過ぎ部屋の中へ入っていった。
塾での俺は塾長との約束どおり、奇抜な格好(前々から取り立てて奇抜な格好などした事はないが)はしていない。
ただ、異常に髪が長い学生のバイトだ。
以前に来ていた頃と何ら変わったところはない筈なんだが……。
少数の保護者の中には『ホモ疑惑』が根強く残っているグループがあるみたいだ。
塾長は気にしなくていいって言ってたけど……。
何度か俺の事で保護者が訪ねて来たなんて聞こえてきたし、あからさまな態度をとる保護者が何人かいるのは事実だ。
塾の終わりの時間に態々迎えに来てはジロジロと俺を見ている。
自分の子供と俺が仲良く話でもしていたら、サッと子供の腕を引っ張って連れて帰るんだ。
ほんと……やり方が、サラリとえげつない。
そんな時の子供達の反応に気がつかないのかねぇ。
アイツらは俺に対して、子供ながらに気を使ってさ……。
後ろを振り向きながら帰って行くんだ。
ったく、やりきれないったら……。
晴華も大学の方が忙しくなってきているみたいで、あまり塾には来ていない。
最近デートもしてないしなぁ。
俺も俺で忙しいから仕方ないけど……。
でも、保護者にあんな態度をとられた時は、正直キツイ。
子供の手前、笑ってるけど。心の中はボロボロだ。
ふん! 負けるもんか!
俺は週1~2回のビフレのバイトで憂さを晴らすときもあった。
でも、話していて一番気持ちが軽くなるのは葵だった。
「……でも、その人達は芙柚の事知らないんでしょ?」
「知らないわ。塾長だけだもの」
「よくもまぁそんなことが出来るものなのねぇ」
「そうね……芙柚ちゃんは心が折れてますぅ」
「頑張って! 私がついてるわ」
「うん。アリガト♡」
「で……治療の事。考えてる?」
「うん。考えてる。まだ、もう少し先になるわ」
「焦っちゃダメよ。焦る気持ちも解るけどさ」
「うん、今はまだ大丈夫よ。以前ほど自分が嫌いじゃないから」
「そう、良かった。絶対に自分を傷つけないって約束してね」
「約束するわ。大丈夫よ。葵がいるもの」
「うん。ほんとよ」
夏が近づく度に俺の気持ちが落ち込んでいく。
基本、長袖しか身に着けない俺にとって夏は……辛い。
年々……。その度合いがキツくなってきているんだ。
薄着の季節になってくると喉仏や腕の筋肉質な部分が俺の気持ちを沈ませるんだ。
体毛の全てを剃ってしまっても、落ち込みからは解放されない。
自分の姿に男の部分がついていることが許せないんだ。
夏はそんな自分が異様に目につくから……嫌いだ。
夏休みに入ると、夏期講習が始まる。
ガキ共は暑い夏の日差しの中、感心にも毎日塾にやって来るんだ。
教室で涼めるとはいえ、テスト漬け……。
まぁ、その問題は俺が心を込めて作ってるわけだが。
「芙柚ちゃん、プール行こうよ」
「は? プール? 俺はあんな不衛生なところには行かん」
「そんなことないってぇ。あ! 泳げないんだぁ」
「そうだ! きっとそうだ!」
「芙柚は泳げねぇ!」
「「泳げねぇ!!」」
「やかましい!! 気を散らすな!」
「ちぇ~。つまんないのぉ」
バカヤロウ! そんなとこ行くはずないだろ。
風呂にも行かないのに……。
……そういえば、朔……。元気にしてっかな?
アイツと一緒に風呂にはいったとき、アイツのツルツルの肌から目が離せなかった。
やっぱ子供の肌は綺麗だねぇ。キメが細かくて……羨ましかったわぁ。
「……うそ。ほんとなの?」
「はっきりは、わかんない」
俺が朔の事を思い出して上の空になっていたらガキ共がザワつきだした。
まったくコイツらはちょっと目を離すとこれだ。
「お~い。できたのかぁ? 集めるぞぉ。出来てないなら静かにぃ」
「先生……」
「なんだ?」
「……やっちゃん、言ってよぉ」
「え~、違うかもしれないから……」
「何だ? どうした?」
「はやくぅ」
「え~。……あのね、朔也君のお婆ちゃんって東北なんだって……」
「……え」
余りに唐突過ぎて、俺は反応できなかった。
何の話をしているんだ?
「え? もう一度……」
「でも、わかんないよ。噂だから……。私は知らなかったんだから」
馬鹿な……。ウソだろ?
今、あの境地で何が起きてると思ってるんだ?
ドクドクドクドク……。
俺の心臓がもの凄い速さで動き出した。
俺をしきりに呼んでいる子供達の声が……聞こえなくなった。




