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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
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47.生まれ変わる。

 

「飲めぇ~! まひるぅ~!」

「うぃ~っす」

「長尾も飲め~!!」

「うぃ~っす!」

「凛ちゃ~ん。アンタ大丈夫なのぉ?」

「大丈夫に決まってんじゃないのぉ~。飲むぞぉ~! まひるぅ。ついてこ~い!」

「は~い。ついてきま~す!」


 俺と長尾は、店が終わったあとママとお姉さん達に混ざって居酒屋に来た。


 今日、ヒロさんが帰った。

 ママと凜さんは、空港まで見送りに行ったんだ。


 俺? 俺は行かなかった。

 何度もあんな辛い思いをするのはゴメンだ。

 それに、そこは凜さんに譲らなきゃな。それが人情ってもんさ。


 で。今、俺たちは失恋パーティの真最中ということだ。

 と言うのは表向きで、凜さんのヤケ酒に付き合ってるって訳さ。


 いや~、凜さんの強いこと、強いこと。

 俺と長尾は半分気を失いながら飲んでいた。


「ヒロさ~ん!!!」


 と、時々絶叫する凜さんはお店での、“かっけ~”お姉さんではなく。

 ただの、オカマだった。


「おら~、まひるぅ。おめぇだけ、いい思いしやがってよぉ!」


 ってな感じで、男に戻る。


「はいはい。すみませんねぇ~。あたしが悪ぅ~ございやしたぁ」

「あ~ん。くやしい! こんなクソガキに負けたなんてぇ!」


 何とでも言ってくれ。

 クソガキはクソガキながらも辛い思いだってしたんだよ。


「カズオちゃん、大丈夫?」

「大丈夫です、ママ」

「凛ちゃんにも困ったもんねぇ。ヒロさんなんて最初からニューヨークの帰るって分かってるんだからぁ。らしくないわぁ」


 らしくない……か。

 でも、分かってても好きになるのが止まらない時だってあるよな。


「ママ。俺……」

「なぁに、カズオちゃん」

「俺。ヒロさんとは本当に何も……」

「うふ。分かってるわ、でも彼はあなたを女にしてくれた。そうよね?」

「はい」


 

 『やっと、女になったね』

 

 ヒロさんはそう言った。


「どう?自分にあった生き方を探せそう?」

「ええ、今なら。探せるかも……」

「そう、良かった」


 ママはそう言って、俺の頬を撫でた。



「お~い。カズオ~、帰るぞぉ」

「うぅ……。もう、飲めませ~ん」

「あぁ、ダメだこりゃ。俺、送っていきます」

「凛ちゃんも、出来上がっちゃてるわぁ」

「じゃあ、長尾ちゃんはカズオちゃんをお願いねぇ」

「うっす。おい、行くぞ。カズオ、起きろ」

「長尾ちゃ~ん。タクシー来たわよぉ」

「はぁい。じゃ、ママ先に帰らせていただきます」

「ええ。頼んだわよ」


 酔いつぶれてしまった俺は、長尾に抱えられタクシーに放りこまれた。


 あ~眠い。身体がだるい~。

 アワビのバター焼き美味かったなぁ。ふわふわの食感が実に良かった。


 ヒロさんと食べた、アワビの踊り焼きも美味かった。

 網の上で、クネクネと動き回って……。

 残酷焼きだなぁって思ったけど……。

 見かたによっては、ちょっとエロチックな……。

 そして、あの肝。グロテスクな濃い緑色。

 でも食べてみると、柔らかい舌触りと口の中に広がる磯の香りが何とも言えないんだ。


『美味い! うそ、何これ!』


 俺は思わず叫んだ。

 ヒロさん、笑ってたなぁ。優しい顔してさぁ。


 ヒロさん……。


「おい。カズオ、大丈夫か?」

「う……。うっ、うぅ、うぅ」

「ば、ヤバ! 停めてください! 運転手さん、停めてくださいぃ!! カズオ! まだだぞ! 我慢しろよ!!」


・・・・・ ☆ ・・・・・ ★


「どうだ? 行けるか? これ飲め」

「うぅ、あぁ。」


 俺は、長尾に差し出された水を飲んだ。

 はぁ、五臓六腑に染み渡るぅ~。


 吐いた……。

 アワビ……、もったいないなぁ。


「飲みすぎだ。分かってるよな」

「ああ。今日は、さすがにな……」

「何も、凜さんに合わす必要ないじゃん。お前がヤケになってるって感じだったぜ」

「……そうか」


 なってたな……ふつうに。

 バカか……。


「帰るぞ。歩けるか?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 長尾に支えられながら、千鳥足で歩く。

 自分の足じゃないみたいだ。

 周りの景色も歪んで見える。


「うわっ!」

「え! うお~っ!!」


 ドテッ!!


 こけた…。


「もう! 何やってんだよぉ! こんな何もないとこで、どうやったらそうなるんだぁ? イッテェ! 俺まで巻き込むなよぉ」

「……」

「おい! カズオ、大丈夫か?」

「イテッ」

「そりゃ、痛いわな。けど、酔ってるからそれ程でもない筈だ。明日だ明日、痛いぞぉ~」


 多分、そうだろうな。でも、明日の事は明日だ。

 考えられない。今で精一杯だ。


「カズオ。ホラ、おぶされよ。電柱3本分だけおんぶしてやるよ」

「いいよ。歩くよ」

「歩けてないじゃん。早く乗れよ」

「いいよ。歩く……っと」


 また躓いた。

 あぁ、どうなっちまったんだぁ? 


「ほら見ろ。ムリだって」

「カッコ……悪い」

「誰にカッコ悪いんだよ。こんな夜中に誰が見てるんだぁ? どんなけだよ、お前はぁ」


 俺は仕方なく、長尾におぶさった。


「よいしょっと! ひぇ~、お前軽いなぁ~。何キロだぁ? 拍子抜けするわ」

「う……ん」

「お、お前。吐くなよ!」


 俺は、大丈夫の合図に2回頷く。

 目の前が暗くなる……。


 しばらくして目を開けると……。

 えっ? 俺は何してんだ? 長尾?

 おんぶ……。

 目を開けると、ある程度視界が定まってきた。

 長尾が黙々と、俺をおぶって歩いている。

 すごい汗だ。


「長尾……」

「お! 気がついたか? って言っても2~3分だけどな」

「俺、降りるよ。大丈夫だ」

「じゃ、あの電柱までだ」


 長尾は俺をおぶり直して歩き出した。


「なぁ、長尾。……俺」

「なぁんだぁ? 今、集中してんだから話しかけるなよ」


 ふっ。何の集中だよ。

 お前の方が、どんだけだよ。


「長尾……。俺、病気なんだ」

「えっ? ……じゃ、降りろ」

「うつらねぇよ!」

「……本当か?」

「ああ、うつる病気じゃないんだ。俺だけの病気だ」

「何だ? お前だけのって」

「性同一性障害……。って知らないか?」

「あぁ……。聞いた事はあるな……」

「それが俺の病名だ……」

「……」


 長尾は2、3歩。歩いて立ち止まった。

 何も言わずに俺を背中から、静かに下ろす。


 今なら、何言ってもいいぞ。

 キモイって言われても平気だ。

 友達やめるって言われても……、受け入れるさ。

 仕方ないしな……。いい奴だったよ、お前は。うん。

 俺にとって、本当にいい友達だった。


「よぉ。それって……どういうことなんだ?」

「何が、どういうことって?」

「お前が女ってことなんだろ?」

「ああ、心がな。心だけが女なんだ」

「じゃあ、晴華ちゃんは? どうなんだ? 女なら男を好きになるんじゃないのか?」

「あぁ。そのことか……」

「なんか……勘違いとか……。思い込みとか……。あ! あんなバイトしてるから、接客してるうちに、そんなんかなぁ? みたいな……」

「いや、病院に行って診断を受けてる。晴華のことは……。俺も解らないんだけど、医者がそういうものだって……あえて言及することはなかったからな」


 だよな。旦那さんが、俺と一緒なんだから。

 結婚して、子供がいて……。


 だけど俺は、結婚する前に女になってしまった。

 後悔してるんじゃない。

 むしろ喜んでいるくらいだ。

 今まで、こんなに心が満たされたことはなかった。


 生まれ変わりたい……。生まれ変わったら……。


 何度思ったことだろう……。

 不確かな可能性、淡い希望、期待と落胆の繰り返し……。

 親を恨み、自分を呪い……、自分でない自分を生きてきた。


 それがどんな事か解るか?

 ここに自分がいるのに、いないに等しい扱いをうけることがどれくらい心に痛みを伴うことが解るか?

 何も、誰も責めてる訳じゃない。

 いつからか俺の中に根付いた“諦め”は、生きてここまでくるのに役に立った。

 自分を見放すことで、心が少しは軽くなってたからな。


 そして俺は許されたんだ。

 “女”になっていいって。

 ヒロさんが言ってくれた。


『女におなり……』


 言葉って凄いよな。

 一瞬で、俺に力を与えた。まさしく“パワー!”だ。


「お前ってさぁ。意固地なとこあるんだよな……」


 長尾が躊躇いがちに話し出す。


「俺、解んなくってよ。なんで……。あっ、怒んなよ。言い方……間違うかも知れないし、ちょっと……混乱してるっていうか……」

「あぁ、大丈夫さ。今なら、お前に何言われてもかまわないよ」

「う……ん。俺、お前の事……ゲイって思ってただろ? で、晴華ちゃんが現れて……。でも、お客さんといるときのお前って、ほんっと女なんだよな。だから、お前が『俺は男に興味ない』って、ムキになればなるほど。俺、勝手に「素直になればいいのに」って思ってて……。お前ってさぁ。う~ん、なんていうかなぁ。まるで女の子が『俺は男だ』って言ってるみたいな感じで……。あぁ! わかんねぇ。ごちゃごちゃ言う必要ねぇや。なんか納得したよ」

「はぁ? 何、言ってんだ?」


 仰ってることがわかりませ~んが?

 ぷっ。笑ける。何だ? コイツ。


「笑うなよカズオ。一回しか言わないからな」


「あ、ああ。わ、わかった。笑わない」



 長尾は大きく息を吸って吐き出した。

 そして、俺に言ったんだ。


「あの……コンテストの日から……。お前は、俺の……。『姫』なんだぁ」



『姫』? 



 長尾……。頭、大丈夫か?





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