43.Nice Guy
人として……。
俺は人じゃなかったと言うのか? 彩。
俺だって苦しんださ。
晴華が俺のこと大好きだって言ってくれた。
だけど、大手を上げて喜んでられないじゃないか。
どうしろって言うんだよぉ。
「お疲れさまぁ~。まひるぅ、お花ありがとね~」
「はぁい、お疲れさまですぅ。気をつけてぇ」
俺は母ちゃんへの花束を抱えて、店を出た。
「ちょっと、欲張ったかな? まぁ、いっかぁ。母ちゃん喜ぶぞぉ」
前が見えないくらいに抱えた花束を下ろすと、電車の座席は花で埋もれてしまった。
最終だからいいよな。人も少ないしさ。
ポケットから携帯を出して、ゲームを始める。
しばらくすると、人の気配が……。
顔を上げると、俺の前に彩が立っていた。
「わ! ビックリしたぁ~! 何やってんだよ。お前、まだウロウロしてたのか?」
「別に……。ちょっとお腹空いたから、晴華とラーメン食べてただけよ」
「は、晴華も? こんな遅くまで何やってんだよ」
「はっ。私も晴華も、とっくに二十歳よ。ほっといてよ」
「お前はいいよ。晴華だよ」
「いい気なもんね。自分なんかずっとほったらかしにしてたクせに、よく言うわ」
「う、うるせぇ!」
彩は呆れた顔をしながら俺の隣に座り、携帯ゲームを始めた。
俺も自分の携帯に視線を戻しゲームの続きをする。
俺たちは駅に着くまで何も話さず、ゲームに夢中になった。
「花。持とうか?」
「ああ。サンキュ。お前、いらないのか? 少し持って帰れよ」
「う……ん。ありがと」
何か言いたそうな顔してるよなぁ。
分かったよぉ。俺が悪かった。
「そんな目でみるなよ。俺が悪かったって」
「そんな事じゃないって、晴華に言わないの?」
「……」
言わないんじゃなくて、言えないんだよ。
「言っても言わなくても、結果は変わらないじゃん」
「何の結果よ」
「どっちにしたって、晴華とはずっと一緒になんかいられないってことさ」
「そんなの、分かんないじゃない。じゃ、何? どうせ、一緒にいられないから何も言わないってこと?このまま知らん顔してるってこと? そんなの、アンタのエゴじゃん。一緒にいれないなんて、わからないじゃないの」
「うるさい! 分かってるよ! でも、どしょうもうないんだよ。俺といたって晴華には何もいいことないんだから。この先、晴華を守ってやるとか……できないんだよ。お前にわかんのかよ。俺のそんな気持ちが!」
「そんな事わかってる。だけど、晴華の気持ちはどうなるのよ。なんにも知らないんだよ。なんにもわからないまま。あんたが遠ざかっていくんだよ。晴華がどんなに辛いかわからないの?」
分かってるさ。
今日の晴華の……、元気そうに振舞ってたけど、俺の顔色を伺うような眼差し。
俺は、自分がやってきたことを後悔したよ。もの凄く、辛かったよ。
でも、俺にはそれしか考えられなかったんだよ。
「分かるよ。俺だって辛いんだから……」
「アンタ。好きな人の気持ちより自分を優先させる気? ちゃんと話して、それで晴華が離れて行くなら、それが晴華の選択じゃない。そりゃアンタは辛いかもしれない、苦しいかもしれない、悲しいかもしれない。でも、相手に選択の余地を当たえずに無視し続けるなんて卑怯よ」
「別に、無視してる訳じゃないだろぉ。少し距離をおいてだな……」
もう少し……、時間が欲しいんだよぉ。
「晴華なら分かってくれるわよ。受け入れてくれるわよ」
「分かってるよそんな事、だから嫌なんじゃないか。何が嬉しくて大好きな子を、ただの理解者にしておかなきゃなんないんだ? 傍にいて、他の男のものになっていくのを指を銜えて見てろってのかよ。嫌だ。俺はそんなのっ、絶対いやだ!」
「アンタ何様のつもりなの! そんなの、ただの女々しい男だわ。女だったら覚悟決めなさいよ!」
「ああ! 俺は女だよ。身体は男だけどな! 生まれ変ったら、絶対女になれるってんなら。今すぐ、ここで迷うこと無く死んでやるよ!」
「な……、バカぁ! 何て事いうのよ! アンタってそこまで、頭悪かったの!」
「でもそんなことしたら、晴華が悲しむし……会えなくなってしまう。でも、生きてて女の身体になろうとしても、晴華が離れていくんだ。結局、俺はどっちも選べないんだよ。選びたくないんだよ!」
「か~ず~お~。アンタいい加減にしなさいよ、しまいには殴るよ!」
彩が、勢いよく拳を振り上げる。
俺は、咄嗟に身構えた。
「痛ったぁ~!!」
コイツ……蹴りやがった。
「お、お前! 卑怯だぞ! 何で腕を振り上げといて、足で蹴るんだよ!」
「うるさい! アンタが隙だらけなのよ!」
彩はそう吐き捨てると、自分の分の花を拾い上げてさっさと家へ帰って行った。
くっそ~!! やっぱり、お前なんか大っ嫌いだぁ!!!
俺は足を引きずりながら、家へ帰った。
「ただいまぁ~。母ちゃん! 花、持って帰ってきたぁ」
「まあ! こんなにぃ~。どうしたんだい?」
「俺の誕生日に送られてきたんだ。この10倍はあるぜ。店にもまだ飾ってあるし、お姉さん達にもみんな分けてあげた」
「カズ兄すご~い。人気あるんだねぇ」
「まぁな。お前の部屋にも飾ってもらえよ」
「うん。お母ちゃん、麻由のもぉ~」
母ちゃんは俺から花束を受け取ると、とても嬉しそうに風呂場へ持って行き。
一本、一本、丁寧に水切りを始めていた。
俺は、部屋に入るなりベッドに転がった。
イライラする……。彩の奴……。
だけど、アイツが正しい。
だから無性に腹が立つんだ。
くそっ!
翌日、俺は晴華に電話した。
来てくれたお礼と、今までのことを謝った。
理由はまだ言えないが、必ず話すことを約束して電話を切った。
晴華は、少し不安そうな声で「待ってる」って言ってくれた。
腹を括る時が来たんだ。
赤フチには、晴華にカミングアウトしてから会いに行こう。
それが順序ってもん、かも知れない。
そして、とりあえず金だ。
「まひる~。ヒロさんの席についてくれるぅ」
「はぁ~い」
俺はママに言われて、ヒロさんというお客の席についた。
凛さんのヘルプだ。
「いらっしゃいませぇ。お久しぶりですぅ」
「ほんと。久しぶりだな、まひる。お前を席に呼ぶのに、随分待たされたよ」
「やだぁ。ヒロさんはお姉さん達にしか、お相手できないですぅ。私なんかぁ」
「そんなことないぞぉ。俺は、いつも遠くからまひるを見てるんだから」
「うまいこと言っちゃってぇ。ヒロさんに言われると本気にしたくなりますよ」
「おいおい、俺は本気だぞ」
「はいはい。光栄の行ったり来たりですぅ」
「ちぇ~。ママぁ、振られてしまったよぉ」
「うふふ。さすがのヒロさんもお手上げね」
「まったくだ。アハハハハ」
ヒロさんは外資系の会社の偉い人らしい。
はっきりは知らないけど、マネージャの佐々木さんの紹介で店に来た。
佐々木さんは、今でこそ黒服を着ているが……。
昔は、俺たちと同じ女装の麗人だったそうだ。
ママの古くからの知り合いで、彼はゲイだ。
年は60歳を越えてると聞いたが、そんなこと微塵も感じさせないくらい。
紳士で、カッコイイ。最高の執事って感じだ。
ほとんどのボーイ達が、佐々木さんのようになりたいと口を揃える。
ヒロさんは、かっこいい! 文句なしのナイス-ガイだ。
年齢は……。45~6って、とこかな? いい感じな、年だよなぁ。
イケメンでスマートで……、店のお姉さん達はヒロさんが来ると浮き足立つんだ。
皆が、ヒロさんのテーブルに付きたがる。
俺でも、もし女の身体だったら一度くらいは抱かれてみてもいいなぁ、なんて思える人だ。
グラスを持つ仕草や、タバコの吸い方、物腰の柔らかい話し方、声のトーン。
完璧だぜぇ。こんな人いるんだよなぁ~。
彩なんか即、卒倒もんだろうな。
だから。当然、晴華には会わせられない。うん。
ヒロさんは単身赴任で日本に来ている。奥さんと子供はアメリカって言ってたかな?
会社でも、モテモテなんだろうなぁ。
「え~! 帰っちゃうんですかぁ?」
凜さんが急に大声を出した。
どうも、ヒロさんの単身赴任が終わるようだ。
お姉さん達の顔が沈んでいく。分かり易い人達だ。
「と言っても、あと一ヶ月半だ。まだまだ、ここには遊びに来るよ」
「ほんとよぉ。来てねぇ。待ってるからぁ」
凜さんが、ヒロさんの腕にしがみついている。まるで、駄々っ子だ。
でも、こういうとこ可愛いよな。
女が恋すると、少女になる。
普段、ツンツンの凜さんが、デレ期に入った。
「まひる。誕生日だったんだって?」
ヒロさんが、俺を見て優しく微笑む。
「ええ。やっと二十歳になったのよ」
「そっかぁ。酒は飲める方なのか?」
「そんなに強くはないと思うけど……。どうかなぁ?」
「よし。今度、食事をご馳走しよう。誕生日祝いだ」
「え~。マジですかぁ? 嬉しい!」
え? 食事? それって……。
ちょっと、ヤバ……。
案の定、凜さんの刺すような眼差しが俺に向けられた。
ガチ怖いっす。凜さん……。
み、見ないでぇ!
「ヒロさん。この子は……」
「わかってるよ、ママ。大丈夫、心配しなくていいって」
「え、ええ……」
なんのこと? 何を心配するんだ?
「よし! 決まり! まひる、服を買ってやろう!」
「え~! ほんとぉ! 約束ですよぉ!」
「ああ、約束だ。その服を着て、俺とデートしてくれよな」
「やった~! ラッキー!!」
と言って、素直に喜ぶ俺は……。
これが、禁断の扉だとは知らなかった__。




