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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
30/146

30.勝てない相手。

 

『そう。ご家族の理解が得られたのね。おめでとう』


 俺は、赤フチにカミングアウトの報告をした。

 ここに来るのは好きだ。多分、赤フチの事が好きなんだ。


 俺の事を一発で見抜いた事とその対応に、赤フチへの信頼感が生まれた。

 まぁ。病院で信頼感ってのもなんだか変だが、時々「大丈夫かぁ?」「ほんとかよぉ」って感じる医者がいるのは確かだよな。


『は、はい。ありがとうございます』

『本当によかった。いいご家族だわね』

『はい。そう思います。父は……。抵抗しましたが』

『当然よぉ。父親って、よく女の子が可愛いとか、心配だってよく言うでしょ? あれは多分、自己表現がし易いからだと思うわ。異性だからね。でもね、息子の成長って物凄く頼もしくて嬉しいものなんだって。でも、そういうこと自分で気づいてない事が多いらしい。男ってあまり感情を表に出さないし、男同士ってのもあるかもしれない。父親に抱き締められるなんて子供の時ぐらいか、余程の事がなけりゃ肩をポンっと叩いて「よくやったな」ぐらいじゃない? 心の中じゃガッツポーズしてバンザイして飛び上がってるくせしてね』


 確かにそうだ。少なくとも、俺の父ちゃんはそういうタイプだ。

 あの晩、冷蔵庫の傍で聞いた両親の会話。父ちゃんの言葉が思い出される。

 遂に神様の所為にしやがった。

 罰当たりで、無責任で、遣り切れなくて、歯痒くて……。

 落胆した父の想い……。


『じゃ。あなたは、これからどうして行くのか考えた?』

『あ、いや。まだ、具体的には……。っていうか、俺』

『そうね。まだ始まったばかりだものねぇ。彼女にはいつカミングアウトするつもり?』

『そ、それも。まだ……』


 決めてない。

 だって、どう考えたって晴華を手放してしまう可能性の方が大きいんだから。

 そんなこと、決められないよ。


『ふぅ。ま、仕方ないかぁ。女で生きてきた事ないもんね。女だけど男のフリして生きてきた。女だと周りに理解して貰ったけど、現実は男。カミングアウトした事でそのギャップが今までより明確になってしまった。で、戸惑ってしまっている……ってとこかしら』


 ドンピシャだぁ~。この人絶対、超能力者だ。

 前々から思ってたけど、ここまで来ると逆に怖いわぁ。

 まぁ、医者として普通に考えてみれば分かることなんだろうけどさ。


『はぁ。まぁ、そんなとこです』

『分かった。よく聞きなさい。今からあなたに話す事は、あくまでもケースよ。そこを踏まえて聞いて貰いたいんだけど。これからあなたに起きるかもしれない、心の葛藤』

『は、はい……』


 なんだぁ? これ以上何かあんのかよぉ。


『怖がらなくていいわ。こういうのに、決められた形ってものがないだけなの。でも、多くの人が乗り越えて来て、経験して、感じてきたことを話すだけだから。あなたGIDの本は読んだわよね?』

『はい。読みました』

『そこに書いてあった体験談とか、自分に当て嵌めてみたりしてたと思う。だから、知ってる事かも知れない。もう既に体験してるかも知れない。だけど、過去のあなたの感じ方と今じゃ全然違うと思うわ。う~ん、何ていうかなぁ。あなたの“オンナ度”が、上がってるって事なんだけど……解る?』

『何となく解ります。元々嫌ですけど、段々男物の服を着るのが嫌になってきて男の格好してる自分に嫌悪しだしてるとか』

『そう。そういう感じかな? これからあなたは、その繰り返しの中で生きていくの。特に性欲……。身体は男性なんだから、ある程度の間隔をおいてマスターベーションしてない?』


『……します。溜まったら、出す。みたいな……』

『そうね。恥ずかしくなんかない。当たり前の事よ。でもね、その行為は男性の行為よね?』

『は、はい』

『どう、思う?』

『どうって……。あんまり、頻繁じゃないから……。それに一瞬だし……』


 悪かったな。へんっ。


『女性なのに男性の行為をもって処理をする事を虚しく思うようになってくるかもしれないわ。悲しくなってくるかも。だから、行為をやめようとさえする。自分を抑え悶々と眠れない夜を過ごすこともあるかもしれない。同性の裸体を見たときにアレが自分についてる事に嫌悪する。まぁ……あなたは、ないかも知れないないけど、可愛い服を着れない事がつらかったり……。この辺の事、読まなかった?』

『読みました。でも、何か忘れてたっていうか。まるで今始めて聞いたような感じです』


 うん。確かに、そんな体験談が色んなケースで一杯書いてあった。

 俺としては、貪り読んだってくらいなのに……何で、忘れてたんだろ?

 きっと、バイトでお姉さん達に囲まれてぬくぬくしてたからだろうなぁ。


『そう。じゃあ、話して良かったと受け取りましょう。そんな時、大概が自分を責めてしまうようね。そして、その必要がない事を覚えておいて』

『はい。覚えておきます』



 病院からを出て散歩していると、いきなり強い風が吹いた。

 ザァっと枝を擦らせながら揺れる木々の音が聞こえ、辺り一面に花びらが舞った。


 桜……。


 俺は初めて、女物の服を一人で買った。

 桜色のブラウスを手に取り、鏡の前で自分の身体に当てて見る。

 店員の目が、明らかに俺を探っている。男? 女?

 ああ、こういう事だな。ハハハ。

「おまえ~。オンナみたいだな~」って言われるのも嫌だけど、こっちもいい気はしない。


 俺は、たっぷり時間をかけてブラウスを何枚も自分の身体に当てて、吟味した。

 そして選んだ服をレジカウンターに置く。


『これを、ください』

『はい。3900円になります。プレゼントですか?』


 ほぅ。男に決めたかぁ? 

 じゃ。褒美をやろう。


『いえ。私のです』

『あ。ご、ごめんなさい』


 店員は慌てて服を包装した。

 ハハハ。俺って、邪悪だねぇ。

 実に、意地が悪い。


 俺は、店員にまひるスマイルをサービスしてやった。

 試してごめんよ。これで許してちょ。

 店員は満面の笑みを浮かべ、


『ありがとうございましたぁ~』


 と言った。

 ふむ。どうやら、許してくれたようだ。ヨカッタ、ヨカッタ。


 晴華を誘って、遊園地にでも行こうか……。

 少しでも多く会っていたい。

 と、思う。




『カズオ~。こっちこっちぃ。遅いよぉ』

『悪りぃ。昨日、バイトの後ママと飯食べて遅くなったんだわ。寝坊したぁ』

『大丈夫? 二日酔いとかしてない?』

『うん、それはない。基本、飲まないし。一応、まだ未成年だしな』

『遅くまで、何を話してたんだよ。俺も誘ってくれればいいのに』

『何言ってんだよ。お前「明日、早いんで」って、帰ったんだろ? 俺、探しに行ったんだぜ』

『え? そうなのか? ちぇ~、損したなぁ。夜食、奢ってもらえたのにぃ』

『セコイ事言うんじゃないよ。いつでも連れてって貰ってるじゃんかぁ』


 ったく、コイツは金に敏感というか……。

 分からんでもないが、こうあからさまだと情けなくなっちまう。


『で、どうすんの? 並ぶの? 並ばないの? あの行列が見えないのアンタ達』


 俺たちの会話を冷めた目で見ていた彩が、痺れを切らしたように口を開いた。


『あ。大丈夫、大丈夫。チケットは俺が買っておいた。4人分、ホラ!』


 長尾がどや顔で、4枚のチケットをヒラヒラさせる。


『へ~。アンタ気が利くわねぇ。加州雄の友達にしちゃ上出来だわ』

『お前ぇ! 会った早々、喧嘩売る気かぁ?』

『もう! やめてよぉ。彩もそんな言い方ないじゃない? まず長尾くんにお礼言わなきゃ。ありがとう、長尾くん。いくらだった?』


 あぁ。なんていい子なんだぁ。晴華ぁ~!

 お前は、俺の心に舞い降りた天使だぁ。


『い、いや。いいんだよぉ。俺の奢り』

『え? ウソ! そんなの悪いわ』


 マジかよ。あの長尾が? 耳を疑うぜ。

 いやいや、俺と折半に決まってる。俺は晴華の分は出すつもりだったからいいけどさ。

 彩の分は長尾が出す。ま、当然っちゃ当然だ。


『大丈夫。気にしないで晴華ちゃん』

『いいんじゃないのぉ。本人がそう言ってんだから、ありがと長尾』

『何で、お前が呼び捨てすんだよ!』


 俺はムッとして、彩を睨んだ。


『アレ? そうだった? 私、呼び捨てしたかしら?』

『ううん。呼び捨てでも何でもいいよ。俺の名は、長尾だ。間違ってないよ、彩ちゃん』

『ホラ! 何、目くじら立ててんの? フンっ! 行くわよ。長尾』

『はぁ~い。彩ちゃ~ん』


 何だぁ? 一瞬にして出来上がったこの主従関係はぁ。

 長尾ぉ、お前と彩はまるで出会うのが運命だったかのようだぞ。

 違った意味で……。

 彩のバッグを持つその姿が、なんて板についてるんだ。

 ……俺は、情けないぞぉ。


 その後、長尾は彩を中心に甲斐甲斐しく俺たちの世話をした。

 女装コンテストの時に走り回っていた、コイツを思い出す。

 コイツはいい奴だ。

 長尾が彩を射止められるかどうかは分からないが、こうしている事がコイツの至福なのだろう。

 つい応援したくなってしまう。


『ねぇ。加州雄ぉ、そのブラウス……。キレイ……』

『そ、そうか?』


 お。晴華ぁ、さすがだなぁ。気づいてくれたぁ? どこがいいと思う?

 まひるはねぇ。襟が気に入ってるのぉ。


『生地も柔らかそうだし……。色が加州雄にピッタリぃ。どこで見つけたの? 今度一緒に行こうよぉ』

『え? 店? あ、あぁ。母ちゃんに聞いとくわ』


 まさか、あの店で自分で買ったなんてなぁ。

 けど、母ちゃんが女物買って俺に着せてるってのも……辻褄が合わんぞ。

 ってか、女物ってバレてる? 


『へっ? お前の服って、母ちゃんの見立てかぁ?』

『ま、まぁ。たいがい……そうだな』


 変なとこでツッコミ入れんなって、バカ尾め。


『加州雄はずっとお母さんの趣味の服きてたんだよねぇ~。赤とか、ピンクとか』


 彩ぁ~! テメェ、余計な事言うんじゃねぇぞぉ!


 俺は、彩を睨んだ。

 彩は片方の口角を上げて、不敵な笑みを浮かべている。


 彩__。


 遂に決着の時が、来たようだ。

 あの惨めで、暗い過去を消し去る為にもお前とは、一度きっちり話をしなければならないな。


 俺は昔の俺とは違うぞ。

 お前に突かれて、泣いてたおれじゃない。

 ママゴトでオシメを当てられてベソを掻いていた、俺じゃないんだ。

 お医者さんごっこで身体中に落書きされてた、俺じゃないんだ。


 今こそ、お前の一番恥ずかしい事を言ってやる!


 え~と、え~っと……。


『私の家でやった、ひな祭り。あの時の、振袖……。すご~く、似合ってたわよぉ~カ・ズ・オ。アハハハ』


 くっ! な、なんで、お前が先に言うんだよ。ってか……



『笑うなーーーー!!』


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