22.本当の俺へ。
Bon!!
俺の心臓が……破裂した__。
俺はベッドの上で、背中を真っ直ぐ伸ばしたまま後ろに倒れた__。
い……ま。な……んて、言っ……た?
晴華?……。
慰めるってのを、もひとつ掴めていない。別に俺は冷たい人間じゃないぞ……の筈だ。
今まで、そんな場面に出会ったことがないってことだ。
経験がないんだ。人を慰めるって……経験が。
慰めて貰ったことはあるけど……子供の頃に。
それとこれとは違うだろ?
晴華が、俺の為に泣いてるんだぞ。
だからだな、大好きだから許すとか、腹が立たなかったとか、そんな感じでフォローしようっと思って言ったんだ。
いや、実際に好きだぞ。大好きだぞ。
何だか、泣いてる女の子に付け込んで告白した感があったが……咄嗟に、この方法しか思いつかなかったんだよぉ。
この言葉しか思いつかなかったんだよ。いつも俺の心の中にある言葉なんだよぉ。
下心なんてなかったんだよぉ。
えっ? あっ? で?……。
“……加州雄が大好きなの”
ドガーーン!!
思い出すと。また、爆弾が落ちてきた……。
そうだ! 今だ! 言うんだ! 付き合ってくださいって! 今しかない!
晴華の大好きの意味を履き違えてるか?
いやそんな感じはしない、この感じは繋がってる。
通じている! まさしく、落花流水。
よし! 言うぞ!
あっ……。
落花流水……自然なままに、男女の心が通じること。
俺……女じゃん。っていうか、自分の事分かってねぇじゃん。
言えね……か。
じゃ、じゃあ。もしかして、もかしてだけど……晴華から『付き合って』なんて言われても、俺は断るのか? 断らなきゃダメなのか?
うっ……。
そうなったら、その時に……考えよう。うん。ナハ。
『晴華? 大丈夫か?』
『……うん。ごめん……。取り乱しちゃって……私』
『あっ、晴華。お、俺……』
『うん。ありがとう、加州雄。慰めてくれたんだよね。嬉しい……』
『い、いや……お、俺』
馬鹿! 何言おうとしてんだ俺! やめろって! 責任取れんのか!
とにかく今はやめろ! 言うんじゃない!
くっ……。
『お、落ち着いたか?』
『うん……。もう大丈夫。驚かせたね』
『あ、あぁ。……なぁ、晴華』
『なぁに?』
『もう、忘れろよ』
『……うん、忘れる。そして、絶対二度とあんな事しない』
『あぁ。そうだな。誰に対してもな』
『そうだね。誰にでも……だね』
純粋な子だなぁ。良かった、落ち着いたみたいだ。
晴華からの告白はなかったが……。
いいさ。いいもん。大丈夫だもん。クスン……。
その後、俺のバイトの日とか、晴華の都合とかを言い合ってデートの約束をして電話を切った。
よし! これでいい。
俺はベッドに寝転んで天井を見上げながら、昔の事を思い出した__。
中学3年で同じクラスになった。晴華は、俺のど真ん中だった。
いや~! いたよぉ。待ってたよぉ。
遂に、俺の青春が始まったぞぉ~! なんて、喜んでた。
それまでの自分への疑惑が吹っ飛んだんだ。
一目惚れだ。
こんな事言っちゃ何だが、彩が親友ってのも俺にとってはラッキーだと思ったくらいだ。
彩は俺の幼馴染。
母ちゃん達が仲良くて、結構いつも一緒にいた。
近所に住んでた事もあって、やれ習い事だ、やれ塾だと同じ所に行かされてさ。
それよりも前から近所で遊ぶ時は必ず彩がいた。アイツはガキ大将みたいなもんだ。
近所には女子しかいなかったもんな。ママゴト遊び……ばっか。
俺はいつもお父さん役か、赤ちゃん役。
それも、彩がお母さんになりたい時は、お父さん役。お姉さん役か看護師さんになりたい時は赤ちゃん役なんだ。
あー! この話はやめだ。勝手に想像してくれ。多分想像がつく筈だからな。
同い年の女の子に好いように弄られるのって、最悪だぞ。……わかるだろ?
頼む! そこんとこわかってくれよな。
で、彩って奴は変な奴でさ。人の反応を見て楽しむ癖があるんだ。
小学校の時、塾の帰りだったんだけど。俺たちお互い自転車に乗ってたんだ。
彩は歌を歌いながら、調子良く走ってた。そんな奴いるよな。
俺だってたまに歌いながら走る時あるよ。
でさ、しばらく走ってると前の交差点の信号が赤になったんだ。
まっ、大概の奴は交差点に到着すると声を潜めるか、歌うのをやめるだろ?
でも、彩は更にでっかい声で歌うんだ。交差点にいる周りの人は驚いて身体を、ビクッ! ってさせるんだ。
俺だって、ビクッリするさ。
だけど、彩はそれを見て笑ってるんだ。
小さな声で、『あはは。ビックリしてやんの』とか言って。
変だろ?
中学になって自分で作ったって、服を着て。一度、見せに着たときがあった。
俺的には、おいおい……って感じだったけど。
本人は、すっごく嬉しそうで、そんな彩が羨ましくもあったな。正直。
今、思えば自分の世界を楽しくする事に、努力を惜しまない奴だった。可愛い顔して、どんな事でもやってのける。自分をネタにする事なんか全然平気。恥ずかしくないのか?って聞いても
『全然!』って、キッパリ言い切るんだ。つぇ~奴だよ。
彩には、『加州雄、女の子みたい!』って、よく言われた。いつも怒ってたな……俺には。
だから、苦手だった。
俺が学校で遊ぶのは、基本男友達だから小学校の高学年にもなるとお互い離れていった。
で、中3で同じクラスになった時。アイツは晴華の横にいたんだ。俺は、
『よぉ! 彩じゃん。1年間よろしくな!』
なんて、調子のいい事言いに行った。
そうしたら、アイツ
『あ~ら、変態カズオ。今日はヘヤピンついてないじゃん』
って、言いやがった。
まぁ、俺も自業自得なんだけど。そんなに有名だったのかって凹んだよ。
その時は、
『うるせーよ!』
って、強がって見せたけど。内心、恥ずかしくて……。
それからは、晴華を遠巻きで眺めるだけになってしまったんだ。
だから夏のキャンプで、晴華と同じ班になった時は嬉しかったねぇ。
一緒に水汲みに行ったり、飯を炊いたり、楽しかった。
俺は、犬のように着いて回ってた。
食べ終わった食器洗ってると晴華が、
『吉村君の手。綺麗ね』
って、言ってくれたんだ。
俺はその時、微妙なとこに(変態かどうか……)いたから、綺麗って言葉に敏感だったんだ。
嬉しかったよ。誰に言われるより嬉しかった。でも、
『そうか? 女みたいって、よく言われるんだ』
って、嫌なふりした。晴華は、
『そう? 私は、羨ましいな。吉村君の手を見たら私の手、見せれなくなる』
って言って自分の手を後ろに隠したんだ。
その仕草が可愛くて、もっと好きになった。
その後、色々話してる時に、
『カズオでいいよ』
って、俺から言ったんだ。
俺、小さい頃から加州雄って名前が大っきらいでさ……。
だけど晴華が、『加州雄』って呼んでくれてからはマシになった。好きにはなれなかったな。
今でもだ。
名前を替えたいっていつも思う……。そもそも、何で嫌なのか?
○○雄ってのが気に入らない。兄貴は正和。まるで、しりとりゲームだ。
マサカズ→カズオ。絶対、ふざけてるよなぁ。
はぁ~。言えなかったなぁ。『付き合ってくれ』って……。
絶対、チャンスだったよなぁ~。
ああぁ! ダメだ、ダメだ。まず、俺だ!
でもこのままいけば、結局は話すことになるんだよな。
カミングアウト。
晴華に? マジで? そんな勇気ねぇよ……。
その時、いきなり閃くものがあった__。
なぜか、縁の赤い眼鏡が頭の中に浮かんだ。
あの……脇毛の女医。
俺に、興味持ってなかったか? 俺の体毛に……。
背筋が寒くなった……あの、眼光。
確かに、あの時キラリと光った物を見た。間違いない。
予約は2週間後だが……近いうちに行ってみよう。
もしかしたら……。
俺は、本当の俺に会えるかも知れない。




