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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
121/146

121.柳の大丈夫。

 

 はぁ……。


 造幣局の『通り抜け』の翌日、私は自分の部屋で一人大きな溜息を吐いていた。


 昨日は本当に楽しかった。

 造幣局の桜は八重桜。

 大手鞠、紅手鞠など手鞠の形をした珍しくも、とても可愛い花。

 その可愛い様に思わず手を伸ばしてしまう。

 一玉切り取って、手のひらに乗せポンポンと桜の手鞠を弄びたいと執拗に思った。


 子供の頃、折り紙を花の形に作って糸を通して作った”くす玉”によく似ている。

 作る度に花の形が違うから、綺麗な”くす玉”にならないと彩によく叱られていたのを思い出す。


 通り抜けしている間ずっとギラギラとした眼差しで桜を見つめる私に何かを察知したのか、柳は必死で桜から私を遠ざけるように歩いた。


『おい、芙柚。ヤバイって、こんなとこの花を一ひらでも摘んだら犯罪だぞ。花泥棒なんて洒落たもんじゃなくなるぞ。絶対やめとけよ』

『分かってるわよ、そんな事』


 でも、花から目が離せない。

 可愛い桜の手毬……。

 私の周りでは『桜はヤッパリ”しだれ桜”だ』と言う人が大半を占めている。

 確かに四方八方に広がりしだれている姿は優美であり勇壮でもある。

 夜桜でライトアップされると、見方によっては畏怖さえ感じることがある。


『土産、買うんだろ? 造幣煎餅』

『うん!』


 硬貨を模ったお煎餅。

 これよこれ!

 私は、朔也や彩と長尾、塾、伽羅、美無麗への手土産を買い漁った。

 川縁には出店が賑わっていて、床几に腰かけた人たちがイカ焼きや土手焼きを食べながら花見酒を楽しんでいる。


『ビール飲むか? 俺は運転するから飲めないけど、お前飲めよ』

『柳が飲まないのに私だけ飲めないよ』

『いいって。帰ったら飲めるじゃん』

『じゃ、それまで飲まない』


 そう言いながら、ベビーカステラを二人でつまみながら歩いた。

 昼食に連れてもらった店は高層ビル最上階の和食専門店。

 窓際で街の景色を見ながら食べたランチはとても美味しかった。

 まさに、セレブ~♡


 和服が珍しいのか、時々他の客たちの視線を感じる。

 私がふと顔を上げその人と目が会うと、全然知らない人が私に微笑んだ。

 私は軽く微笑み返し、食事に視線を戻す。

 ちらっと柳の顔を見ると……。

 私の思い違いだと思うけど……何だか、満足そう? もしくは誇らしげ?

 いやいや……ナイナイ……。

 馬鹿か? 私は……ハハハ。


『苦しくないか? 着物』


 帰る途中に柳が、そう訊いてくれたけど。


『大丈夫♡』


 って答えて、地元に戻るまで着替えなかった。

 だって、着替えたくなかったんだもん。

 柳が『着物着て来いよ』って言った。

 それは私の着物姿が見たかった……って思ったら、着替えない方がいいって思ったんだ。


 地元に帰えると柳が車を家に戻し、タクシーに乗って再度繁華街に出かけた。

 どこに行くのかと聞いても『いいとこ』って微笑むだけで教えてくれなかった。

 だけど車が向かう先への道中の景色を見ながら、段々目星がついてきた。


『もしかして……あそこ?』


 私がまだ一度も行ったことがない所がある。

 そこは昔、花街だった場所。

 街の真ん中を通る疎水の畔に桜が咲き並ぶ場所。

 今では街全体がライトアップされて、それは見事だと噂を耳にするたびに一度は行ってみたいと思っていた場所。


『着物、大丈夫? 疲れてないか?』


 私を気遣ってくれる柳……。


『大丈夫。慣れてるもん』

『そっか、もうすぐだ。頑張れ』


 何を頑張るんだ? ハハハ、おっかしい~♡

 暫くすると車が目的地に到着した。

 ああ、やっぱり……。ラッキー!!


 柳に着いて車から下りた私は、その光景に息を飲んだ。

 川面に向かって迫り出す沢山の桜の枝が川を覆っている。

 まるで、桜の川のように見えた。

 その桜の川が(いにしえ)の街の真ん中を流れ、所々に置かれたライトがその全貌を優美に照らしている。


 私は感動に震えた。

 胸が震えその振動が身体中に伝わる。


 なんて綺麗……やだ、泣きそう……。


 私は一瞬で感動と感謝で一杯になった。

 柳の顔を見ると、満足そうに微笑んでいる。

 ”どうだ? 芙柚、綺麗だろ?”

 その、表情(かお)が言っていた。


 すると柳がいきなり私の手を掴んで、少し人が多い場所に連れて行った。

 その場所は、何故かライトの光が天上を指している。


『上、見てみろよ』


 柳が上に向けた人差し指を辿って、空ををを見上げると……。

 なんと!!

 とてもとても高い場所に、枝と花弁が何本も折り重なる薄桃色の桜の天井絵が煌々と夜の空に映し出されていた。


『わぁ!!』


 私は驚き、目を見開き、大口を開けて思わず声を上げた。


『ね、ね、ね、柳、柳、何これ。凄い! 凄い! え~! なにこれぇ~!!』

『アハハハハ。何、言ってんだお前。それって言葉か? 音か? アハッハハ』

『だって、だって、だって~』


 そう言いながら、知らないうちに私は柳の上着の裾を掴んでいた。

 柳がその手をそっと掴んで指を絡ませる。

 私がちょっと驚いて柳を見ると、彼はニコッと笑って天上の桜を見上げた。

 私はコツンと柳の肩に頭を倒し、もう一度桜を見上げる。

 その一連の動作が自然で心地よくて……時間がゆっくり流れだしたように感じた。


『今日はありがとう。楽しかったねぇ~! お疲れぇ!!』

『お疲れさん!』


 カチンとグラスを合わせ生ビールをゴクゴク飲む。

 はぁ、美味い!


 夜桜を堪能した私達は、空腹を満たす為に居酒屋へ立ち寄った。

 柳は『せっかく着物きてるんだから、もっとお洒落なとこへ行こうぜ』って言ってくれたけど、私はどこでもよかった。

 柳と一緒なら、どんな所でも良かった。


 私は、自分の事を話した。

 私の心の事、身体の事、出会い、恋……。

 柳には私を全部知って欲しかった……本当にそう思った。

 久しぶりに酔った。

 仕事柄、酒に酔うことはある。

 それは、ただ酒に酔っているだけ……何かの器に個体と液体を入れると”ボンッ”って、化学反応みたいなもの。


 今日の酔いは心地酔い♡

 柳は、ただ頷きながら微笑んでいた。

 私にはそれが、ただ嬉しかった。

 酔っているせいなのか、柳が愛おしく思える。


 いいのかなぁ? 私……。


 柳の肩にコツンと自分の頭を乗せた。

 柳の脇の下に手を滑らせて、腕を絡める。


 あぁ……酔っぱらっちゃったぁ。

 アハ、幸せ♡


『芙柚、少し酔ったか?』

『うん。すっごくいい気持ちだァよ』

『帯……キツくないか?』

『やぁだぁ、何考えてんのぉ?』

『ば、馬鹿! そんなんじゃないって』


 柳は少し拗ねたように口を尖らせ、ビールジョッキを持ち上げた。

 アハ、可愛い♡ でも頼もしい。


『やなぎぃ~。アタシぃ~。もしかしたらぁ~……』


 何言おうとしてんのかしらぁ~、ア・タ・シ♡

 アハ♡


『芙柚……。俺……大丈夫だから……』

『へっ?』


 一瞬の沈黙……。

 その後、柳はいきなり会社の事や仕事の事を話しだした。

 何だか、話をはぐらかされた気がする。

 意味不明……理解不能な言葉。

 私は酔った頭で、柳の話を遠くから聞こえてくる子守唄のように聴きながら……考えていた。


『よし、帰るか』

『え? あ、あぁ……』


 私は帰りのタクシーの中でも考えた。

 柳は私を家まで送り届け、朝と同様に爽やか青年なまま帰って行った。


 部屋に入り、着物を脱ぎながら考えた。

 今日はよく歩いた。

 履きなれているとはいえ草履はやっぱりキツかった。

 足の親指と人差し指の間が痛い。

 ふくらはぎの筋肉が張っている……。


 私は風呂に浸かり、足を摩りながら……考えた。

 ベッドに入り、酔いと眠気で朦朧とした頭で……ぼんやり天井を眺めながら考えた。

 眠りはすぐに訪れた。


 そして夜が明けた今も、私は考えている……。

 溜息を吐きながら考えている。


 柳は……何が大丈夫なんだろう?



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