ロイ・マクエル受難の日々㊹
第66話
「ロイ争奪戦勃発」
獰猛な獣たちが僕を取り囲み、牙を剥く。そんな恐ろしい想像が一瞬だけ僕の頭を過ぎった。……不吉な予感はいつもよく当たる。どうすれば逃げ出せるのか、それを少しだけ考えた。
「……こんな所で一人、見張りですか? 危険ですよロイくん。それに、そんなに怯えて固くならないで下さい。婚約者なのに怖がられているようで、私も困ってしまいますから」
僕が背中越しに感じた肉食獣の様な圧力がフッと消え、耳に届いてきたのは女性特有の柔らかで気品のある言葉だった。軽い含み笑いも交えていて、余裕すら感じられる。
……おっと待った。騙されるなロイ。背中に感じるこの熱い視線。【ロック・オン】は外れていない。女の密偵か? なぜ僕の名前を知っている? どうやって陣中に入った? あと何だよ婚約者って。イミフです。危険だな。
「これは、失礼しましたお嬢さん。陣中で女性の方にお目にかかるとは思わず、緊張してしまいました。振り向いてもよろしいですか?」
丁寧かつ下手に出る。この人は敵かもしれない。そう考えると我ながらよく舌が回る。軟派イケメン王子のように振る舞うんだ。なんでもマーク兄さんによると『これで女子はイチコロさ』らしい。ホントかよ?
いや……ちょっと待て。今関係ないけど重要な事に気づいたぞ。さっきの軽やかな喋り。これってつまり。【僕の場合、女性に対する時はいつも敵と思いつつイケメン王子を装え】ば、普通なコミュニケーションがとれるということなのか!?
なんてこった、これだ! ロイ・マクエル転生した! いやこれはもうコミュ障男子の解決ツールに成りうる。本に纏めるべきだ。奇跡の本は題して【女性敵対視偽装恋愛講座】本。これ爆売れするんじゃね?
売れる訳ないだろ、いい加減にしろ! ブザイクがどうやってイケメン装うってんだ! 奇跡の本は発表前からお蔵入りだよ。
「あの、えっと、見られるのが、なんだか恥ずかしい。2年ぶりになりますもの。……でもロイくんならば今の私を受け入れてくださると信じてます。どうぞご覧になって下さい」
イカン。またもや思考が少し脱線してた。恋愛講座の本のことはまた今度考えよう。何々? 2年ぶりで恥ずかしいってどうゆことなの。僕は後ろを振りむいた。おおー、すごい美人さん!
あれ、でも誰だ? わからない。いや、女性で美人、若いけど身内じゃない、2年ぶりで婚約者。
走馬灯が頭の中をぐるぐるとかけめぐる。いやそれ死ぬ前だから。
あっ! 思わず声がでた。
「おおおおおお! ひょっとしたら、スタンピ・バーバリー、さんですか? …………驚いた。見違えました。いつの間に女神になったんですか?」
月夜に輝く碧い髪に、薄っすらと照らされる美しい横顔。遠くの篝火の陰影ですら判別できるほどの超巨乳、そしてくびれた腰。龍戟を持った立ち姿も気品に溢れている。武器を持っているが上品な姿はそのまんま【伯爵令嬢】様だ。
月光の女神降臨キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! にしても驚いた! この人ホントにあの【野生児】なのか?
バーバリーさんといえばトラ柄の毛皮被ってみんなから【虎姫】とかいわれてたあの方言丸出しの天然少女だ。大分印象が違う。でも確かに全体的に受ける印象や、あの意志の強そうな瞳は間違いない。バーバリーさん本人だ。
一体全体どうしちゃたんだろうか? 2年前に話した時とは全然違う。見事に聖なる女神にジョブチェンジしてますよ!? それも世界一の美人さんへのランクアップ!! ええ、間違いありません重課金育成済みの強キャラです(ロイ・マクエル並感
「い、いやだわ女神とか。そ、それよりどうですか? ロイくん。私、変わりましたか? 貴方の婚約者に相応しいくらいに……」
そういえば婚約とか言ってたような、なかったような。僕が口をポカンとしたままでいるとバーバリーさんはなんだかモジモジとした仕草をする。おいおいなんだよアレ?超カワエエ!!モテナイ男子殺しに来てるヨ!アイヤー、参ったアルネ。
「……ねぇ、そっちに行ってもいい? ロイくん?」
そっち? え、こっち? でっち?わっち?ゆくゆくは香辛料の効いた男になりたいと思います。いかんぞ、また混乱してきた。こんな人気のない暗がりで男女二人が近づくなんて……。そんな事はお母さん許しません!とか言われちゃう。ま、まぁ母様はもう天国なんだけどね。
「私ね。さっきベルフローラからこの陣に御父様と来ましたのよ。宴に沢山のワインを届ける為に」
「あ、そうか。確かにマーク兄さんが西側にも協力してもらうって言ってたな。じゃあバルバッコスのおじさんも来てるんだね。なっつかし〜〜。元気なの?」
なんか嫌な思い出があったような気がする。むしろ嫌な思い出しかなかったようにも、思い出してはいけない事だったような……。なんだろ、鳥肌が立って来たんだけど。
「ええすごぶる元気よ。今回の戦はロイくんも参戦してるって聞いていたから御父様も喜んでいたわ。それでね、再会できたら此れを一緒に飲むといいって」
バーバリーさんはにっこりと微笑むと、後ろ手に持っていたと思われる小瓶とグラスを胸の前に持ってきた。おいおい、今たわわが軽く揺れたよ。小瓶よりそっちが気になってしかたない。
ん? ちなみに瓶に入っているこれって、ワイン? 子供は飲んじゃ駄目なやつじゃん。
「これはねロイくん、アルコールを逃して清流水を混ぜた子供も飲めるワインなの。ベルフローラ産の10年物を使ってるから香りが高くて、とても美味しいのよ」
おおう、確かに。今しがた栓を開けたら凄い葡萄の香りが広がった。しかもいつの間にかバーバリーさんがグラスを渡せるところまで近寄って来てるよ。 なんだろう、僕の鼻孔を葡萄以外にもいい香りがくすぐるるるるる……。るーるるるるー。キタキツネは出てこない。
「ね、私たち婚約者同士なのに中々会えないでしょ? 私はもう18だけどロイくんはまだ結婚が出来る16まであと3年は待たないといけないから……」
バーバリーさんは赤いワインをグラスに注ぐと、何かを決意した表情を浮かべ、それから『クイ』とグラスを傾けワインの半分を飲んだ。そしてそのグラスをおもむろに僕に手渡す。
「成熟した大人の夫婦は、二人で夜を迎える時はお互いで赤いワインを嗜むのだそうよ。今の私たちにはまだ早いけれど、真似事ぐらいならいいと思わない? 今夜は宴の夜なんだもの。ねえロイくん」
ワインを飲んだ影響なのか、バーバリーさんの目が少しトロンとしている。口元から漂う吐息も甘い。まるで僕を誘っているかのように感じる。
…………。流石にいくらコミュ障な僕でもここまでくれば分かる。今のバーバリーさんは積極的に過ぎる。まるで恋人同士であるかのような距離感だ。僕の警戒レーダーがビンビンに危険を察知している。
じいちゃん曰く【ブザイク男に寄ってくる美人は十中八九、罠を張っている】だ。ぼっちの警戒レーダーをなめんなよ。全方位に向けて武装している。なんならそれゆえぼっちであるとさえ言える。いやそれ駄目じゃね?
バーバリーさんは超絶な美人になっているので好かれるのはうれしい。いや至高の状態であるとも言える。けど冷静に考えれば考えるほどおかしいのだ。僕らは婚約者といっても2年前に少し話をした事があるだけだ。その程度の顔見知りでしかない。
どう考えても、どう思考しようとも、この積極アピは不自然だ。僕の顔以上に不自然だ。ほっとけ! ここは一旦辞退して、もう少し様子をみたい。そうすれば僕の顔も、いやバーバリーさんの狙いも見えてくるかもしれない。顔面偏差値の話は自虐にしかならないので今は辞めておこう。
「せっかくだけどバーバリーさん、ワインは遠慮しておこうかな。まだ仕事中だからね」
僕はそう言ってバーバリーさんから少し距離をとる。その瞬間、バーバリーさんの目がスッと細くなる。それと同時に周りの気温が5度ほど下がった気がする。いや怖いです。
「……私との盃を拒否なさるという事なの? ロイくん」
「え? そ、そうじゃないよ、バーバリーさん。僕らは婚約者といえどもまだお互いをよく知らないだろ? もう少し、ほらなんだ、じっくりコトコト煮込んだスープのように話し合う場をだね」
このままなんとな〜く、ポッカ的?料理の話に話題を逸らせないかな〜。スープが焦げないように。
「……そう。つまり私との婚約は破棄して、他の女に走る事を了承しろと、おっしゃるんですね?」
さらに一段気温が下がった。もはやここだけ真冬状態ですらある。これは、やばいやつだ。何か踏んだ。陣中で今まさに暗殺騒ぎがおきそうである。しかもバーバリーさん発想が飛躍しすぎていて、上手く説得出来るか自信がない。
「いや、違う違うって! 何言ってるのバーバリーさん。なんでそうなるの。先ず落ち着いて」
一気に態度が豹変してきた。ふわふわポワポワしていたのにいきなり修羅場である。まるで浮気を追求されている旦那のようである、なんだろう、とても理不尽である。
それにしても一体どうしたと云うんだ? よしんばマジでバーバリーさんが僕に気があったとしても、この僕に他の女性なんかが居るわけがない。なんでそんなに焦った風なんだ?
「私は、2年前から毎月毎月お手紙を書き続けているのに返事はないし、ハウンズ家を訪れてもずっと森に引きこもったまま会いにも来てくださらないし、それなのに他の国の女を助けるために戦は起こされるとか。天性の女好きですのね」
! はは〜ん。そうかそういうことね。手紙のこと僕は何も聞いていない。恐らく姉たちの誰かが意図的に隠しているんだ。姉たちはこの婚約、僕とバーバリーさんの婚約の事はよく思ってはいない。
僕をハウンズ家の癌みたいなものだと思い込んでいて、一生家から婿養子には出さない気でいる。(僕は4男なので家は継げないし穀潰しだが、それでも外に出したら家の恥なので囲っておきたい)つまり手紙も訪問も、最初っから僕に伝える気などないのだ。
そして姉たちはきっと遠回しに、『ロイはあなたのことを何とも思っていないのではないかしら』などとバーバリーさんに伝えている可能性はある。おのれ姉貴ども〜。こんな美女といい仲になるチャンスを潰したな〜。てめえらの血は何色だ〜〜〜。
仕返しにいつかパンツを盗んでお見合いをしたという相手に売り飛ばしてやる。チャリーン。ごっつぁんです。子供レベルのやり返しだな。まあ子供だけど。
浅い考えだがおそらくそんなところが原因で、少しこじらせているのかもしれない。元来は純真な女の子だろうから。しかしなまじ武芸に秀でているだけにちょっと怖いな。……さり気なく龍戟を握り直してるところなんか特に。
「わ、わかりましたバーバリーさん。そのワイン、いただきます。決してあなたのことを蔑ろにしているわけではありません。それは信じて下さい」
それを聞いたバーバリーさんの顔がぱっと花が開くように明るくほころぶ。すごく透明感のある笑顔だ。僕も思わず魅せられて、目が離せなかった。くぅ惚れる。
意を決した僕は、バーバリーさんの持っていたグラスを掴むと、残りのワインを一気に空けた。
「ヒュ」「ガチャン!!」
何故か僕の顔面がワイン塗れになる。手に持ったワイン入りのグラスが粉々に砕け散り、僕の顔面に降り注いだ。結局飲めたのは最初の一口だけ、になってしまった。そのまま目を瞑り一瞬考える。何かが飛んできていきなりグラスが割れた。
なんでさあ、このさあ、最悪タイミングで割れちゃうの? 僕ってどこまで不運なの。
「……バーバリー様。その赤ワインはご隠居様お手製の『媚薬』入りですね? アホのロイ様は騙せてもこのリンネの目は欺けません。此処で一気に既成事実を作る腹積もりだったのでしょう?」
「っ! 貴女はリンネ!? いつから此処に? せっかく用意した秘蔵のワインと薬を! そうかロイくんの気が逸れる一瞬を狙っていたがか!?」
リンネ……。あ、知ってる。ハウンズ家の女執事の人だ。なんでこの陣中に来てるの? そしてなんでナチュラルに僕をディスってんの? もう帰っていいかな僕。此処にいると病んでしまう。
「よくやったわ、リンネ。抜かったわねバーバリーさん、媚薬入りワイン。そこまでしてロイを手に入れようとするなんて。……これはマリアンヌ姉さまに報告しなくてはいけませんね」
「……あらマーガレッタちゃん。いけない子ね、こんなところまでくるなんて。戦場はとても怖いところよ? 『死人に口無し』なんて言葉も有るくらいだからね」
バーバリーさんが小瓶を下ろして龍戟を構える。
「義姉となる身としてはそれを身体にしっかりと教えて上げないといけないのね。なんて哀しいのかしら」
バーバリーさんとんでも無い脅し文句を口にしてるよ。街の暴○団も真っ青だよ。僕にはバーバリーさんなりの冗談だとわかるけども、マーガレッタ姉さまには解らないだろう。目に怯えが走っている。
「うっ! バーバリーさん私に殺気を放たないで下さい。リンネ、バーバリーさんを抑えて……って、ちょっとお待ちなさい!なにやってるのリンネ! なんで貴女がロイにくっついているのよ!」
ワインを引っ被ったまま立ち尽くしている僕の顔をリンネさんが優しくハンカチで拭き取ってくれていた。有り難い。けど妙に身体が近い。なんでリンネさんは胸を右腕に押し付けてくるんですか? そんなサービスは求めていません。……ホントですよ?
「あらあらずぶ濡れじゃないですか、ロイ様。風邪をひかないようにしっかり拭き取らないといけませんね。あら、下半身まで濡れちゃって」
「待てリンネ! それは私の、いやゴホッゴホッ」
「なに勝手な事をしているの! やめなさいっ!」
「だあらあああああああああああああぁぁ」
「「「!?!?!?」」」
リンネさんのハンカチを持った右手が、僕の股間に振れる寸前、背後から本気の殺気が飛び込んで来た。リンネさんは僕から離れる様に跳び下がった。
「貴様が『スタンピ・バーバリー』とやらか?アタシの……ゴホン。箔山の英雄を誑し込もうなどと笑止千万。命まではとらん。しかしこの場で相応のケジメは取らせて貰おう」
トウ・オーカさん? おおお!? 一体どうしたの? 凄い気迫だよ。僕の右側スレスレに大戟を振るってリンネさんを後退させた。あれ? でもこれって僕が右にちょっとでも動いていたら、右腕を斬られてね?
「お!? こんな幕舎裏に綺麗どころが勢ぞろいしとるの! マーガレッタやリンネちゃんも来とったのか。面白い事になっとるなマーク」
「なんだか殺気立ってますねー、御祖父様。誰かが怪我をしない内に仲裁に入った方がよくないですか?」
「ふぅ、ふぅ、急には、走らせるな。あれが女傑トウ・オーカが拘る男、ロイ・マクエルか? ブザイクだな、噂ほどではない」
飛び込んできたトウ・オーカさんに続いて、ロビンじいちゃんとマーク兄さんが駆けつける。……あとあれ誰? 息を切らして失礼かつ、赤い彗○的な大口を叩く少年がいる。
どうも背格好からして同い年ぐらいだ。あの大口から、奴は通常の3倍の速さで動けるのだろうか。だとしたら十字勲章ものだ。……それってどこの国のだよ。
「ふーむ。どうやら役者が揃っとるようだな。女誑し、いや人誑しの少年。どうやらこれはお主が招いた事態だぞ。どうやって収めるのかね?」
やたらと威厳のある髭のオッサンが続いて現れた。いやあんたも誰なんだ? しかもなんスか、誑し誑しって人聞きの悪い。人の事をみたらし団子みたいに。いや、そうは言ってないな。
不本意極まりないが、確かに髭オッサンの言うとおりこの騒動は僕を中心に起きている。で、間違いないのだろう。ふうぅぅぅ〜〜、これを僕が収めるの? 命掛けじゃん。
この鉄火場みたいな【女の戦場】に僕は頭を抱えた。




