ロイ・マクエル受難の日々㊷
第64話
「戦場の薔薇」
広場の中央でひとかたまりになった男たちが与えられた武器を手に構える。街の役所の文官が5名、治安部隊の武官が5名である。武官の中に一人、元バッシブ将軍配下の校尉が入っている。流石に武器の扱いは手慣れていた。
「先程申し渡した通りだ。私に一刀でも当てられたものが居れば全員の処刑は免除とする。無罪とはいかないが減刑して追放処分だ。集まっている街の市民が証人となる」
そう言って男たちに声を掛けた騎馬は一騎である。男たちの中には嫌らしくニヤけた顔になる者も数名いて、明らかに数を頼んでいるのが解った。騎馬に乗った武人が髪を無造作に払うと、紅く美しい髪が光を放ったように輝く。まるで薔薇が咲いたかのようだった。その髪は【血風の薔薇】と呼ばれる異名の由来ともなっている。
エグルストン皇国軍が誇る、美麗なる容姿の女武人。【オズワルド・フェン・ルーズリッター】である。
ルーズリッターは馬上で長刀槍を2回3回と旋回させながら呼吸を整えていく。徐々に身体に気迫が漲り、槍先には殺気が籠り始める。
『減刑もある』とは名ばかり。ルーズリッターは全員の首を刎ね飛ばすつもりでいた。
軍事配備品の不正取引と流用。簡単にいえば贈賄と横流しがこの街でおこなわれていた。役人と軍人がグルになって私腹を肥やしていた。上がってきた証拠は確かなもので、弁解の余地もないものだった。
不正は約半年もの間行われていた。納品した備品が不備だと伝え、再度業者に良品の納品を迫る。無論不可能なので袖の下を要求する。もし再納品してきた場合は、それを知り合いの業者に横流しにして利益を得る。そんな手口を繰り返していた。
悪質なのは軍、兵站、内務、の担当官がグルになってやっていた事だ。巧妙なやり方で、発覚するのが遅れたのはそのせいもあるのだろう。
業者の中には資金繰りができず破産して廃業。他にも夜逃げや首を括った者すらいたそうだ。エグルストン皇国内の最西方にあるこの街は、戦略的に重要な街である。今は戦時下でもあり、不正がはっきりしたと同時に処罰が決まった。街の内乱へ発展する恐れありとの危惧から、法務部ではなく皇王から幕僚部に直接通達された。
単なる処罰ではなく、出来るだけ多くの市民の前で凄惨な処刑にするようにと、幕僚部から申し伝えられていた。これはいわゆる見せしめだ。エグルストン皇王はこういった不正な蓄財を殊の外、嫌悪している。
この広場は街の集会などを行うための中央広場である。不正を働いた役人の処刑を行う旨の通達を出しておいたので、早朝から中央広場には市民が押し寄せていた。ルーズリッターの目から見ても街の半数近い人間が、詰めかけている様に見えた。
長刀槍の旋回を止めたルーズリッターが雄叫びを上げる。槍先を天に差し上げた。同時に馬が駆け始める。ひとかたまりになっていた男たちの真ん中へ無作為に突っ込んだ。男の頸が3つ4つと空に跳ね上がり、広場の地面に転がった。
遅れて広場の観衆からどよめきの声が上がった。ルーズリッターの騎馬が一駆けしただけで、文官の5つの頸が千切れ飛んで、吹き飛んで倒れた胴体からは血が噴き出していた。
ルーズリッターは馬の踵を返すと、再び生き残りの武官たちに突っ込んだ。防御姿勢で武器を構える武官たちを構わず槍で薙ぎ払う。次々と武器を跳ね飛ばされ、腹を裂かれた。悲痛の声を上げながら武官たちは飛び散る自分の腹わたの上で蹲る。凄惨な殺し方だった。見ている観衆からは歓声よりも悲鳴のような声がそこかしこで起こった。
生き残っている一人がこちらを鋭くみつめていた。武器の扱いが巧みな元校尉だ。他の文官武官と違い、最初から落ち着いていた。猛将パッシブ将軍靡下の軍に居たのだ、肝は据わっている筈だ。
面構えも悪くない。なかなかの武人だ。言葉を聞いておきたい欲求にルーズリッターは駆られた。
「男。一応、聞いておこう。申し開きはあるか?」
「ない。ただ、パッシブ将軍にも嫌疑が掛かっていないかは聞いておきたい。私個人の不正だ。それだけは間違いない」
死は、覚悟している。自分の大将に迷惑が係る事だけを恐れている。正規軍からの出向中に慣れない業務で不正に巻き込まれたのだろう。死なせたくはない男ではあるが運がなかった。
「そこは心配いらん。パッシブ将軍は高潔な御仁だ。皇王殿下も御承知おきだ」
「ならば、良い。『血風の薔薇』殿。それほど簡単には、この頸は、とれんぞ」
「楽しみだ」
ルーズリッターは長刀槍の穂先を地面スレスレに落とすと、そのまま馬で駆け出し始めた。校尉に迫る。雄叫びとともに槍を下から力の限り、振り上げた。
股間から脳天まで、長刃槍で切り裂かれた校尉の身体が大きく空に吹き飛んだ。2つに斬り飛ばされた死体が回転しながら血を、細い雨のように散らばらせる。
あの男の死ぬべき場所は、果たして此処でよかったのか。ルーズリッターの脳裏に、ふとそんな考えがよぎった。しかし答えは直ぐに浮かんだ。
血はさらに大きく風に舞うと、血風となって遠い広場の観衆のところにまで届いていた。叫び声と悲鳴が上がっている。
もとより武人に相応しい死に場所など人に決めて貰うものではないのだ。ルーズリッターは血曇る槍から血を振り払いながらそう結論付けていた。
観衆からの大きな叫び声と悲鳴はいつまで経っても収まる事はなかった。
───────40分後、治安隊守備軍司令室。
「申し訳ないルーズリッター殿。処刑の汚れ役を引き受けて貰った。礼を、言わせてくれ」
オズワルド・フェン・ルーズリッターの対面に座る、軍服の男が頭を下げた。40半ば程の体格のいい男性で、この街の治安隊と守備軍の司令官である。
「ルーズリッターで良いです、ガルシア司令。処刑の事も身内同士で行うのは余りに酷だと私も思います。部外者である近衛所属の私がやるべきだったと」
今回の処断。ワザワザ幕僚部が王都から出向いている私に命じた。街の人間同士や遺族間に遺恨を残させない為に違いなかった。明らかな罪があろうとも、殺された相手を憎むのが人というものなのだ。
「それでも助かったルーズリッター。それと司令官である私はお咎めなしで本当にいいのかね? 部下の不正。おまけに預かっていた正規軍の校尉にまで罪を負わせてしまった」
「ガルシア司令はもう降格の処分を受けているではありませんか。内務令のスピア殿もです。今はしっかりと街の治安を見られる事が、肝要かと」
ルーズリッターの話を聞いた二人。軍司令官のガルシアと街の役所を取り仕切る内務令のスピアは大きく頷いた。
「治安といえばルーズリッター壌。貴方がシャワーを浴びている間に早馬が来たのです。この街の『第ニ戦闘待機』を『第四警戒配備』に変更せよ。との通達が入りました」
「……そのような早馬が。これは失礼しました、スピア内務令。と、ゆうことは。ユークリッドとの間には何も起こらず。と云うことですか」
「どうやらそのようで、私も一安心です。なにより私の場合、緊急事態だと御婦人の湯浴みの邪魔をせずに済みましたから。命がけの連絡になるかも知れないところでした」
「ハハハ、邪魔などと。ナイスミドルなスピア内務令なら寧ろ歓迎しますよ。ところでユークリッドのみならず、西側諸国の動きもさほど大きいものではなかったのですか?」
スピア内務令とルーズリッターは軽口を叩きあう。戦を回避できた事に安堵し、笑顔だった。
「早馬の後に情報室に寄って来たのですが怪しい動きはなかった。むしろ川沿いの国境にいた、西側諸国の見張り兵も数を減らしていて、通常の配置に戻っているとの最新情報がありました」
「……では、間違いないですね。なにはともあれ戦が起こらなかった。万が一の備えが無駄に済んだことは上々でした。明日には私も王都に戻ります。ガルシア司令、スピア内務令」
西側諸国全体の動きとして、各国の軍の集結、軍糧秣の移動は確かにあった。しかしユークリッドと西側諸国との間に交友関係や軍事的結びつきはなかったはずだ。関連した動きであったとは言い切れない。
しかしエグルストンに持ち込まれたユークリッド上層部からの援軍要請と西側諸国の軍の動きは確かに見事な程、リンクしていた。
今回皇王の御親軍に際して、エグルストン皇国全体の街や砦に発令された第ニ戦闘待機は『不測の戦闘への備え』というものである。肝心の【どこの誰を相手にするのか】は『第一戦闘態勢の発令時に通達する』と云うことだった。無用な敵意を周囲に向けない為の措置だと言えた。
ある種のキナ臭さは漂っていた。大きな戦に発展する可能性があったからこれ程大きく正規軍を動かしたのだ。私も含めて御親軍の裏側では、軍の主だった将軍たちに出動命令があり、国内の主要な街や砦に靡下の軍ごと移動していた。
「少しいいか、ルーズリッター。話せる範囲内で教えてくれ。いかなるルートから我が街の不正とユークリッドが西側諸国と通じているとの情報が王都に入ったのか? 我が街の情報員や軍の諜報では掴みきれなかった。王宮直属の諜報部隊か幕僚監察の密偵が掴んだのだろうか?」
「……私にも解らないのだ、ガルシア司令。私は幕僚部からの命令でここに来た。他には、この情報に関しては皇王殿下と、何故か知らぬが戦務部からの情報提供だったとの話ぐらいしかない」
「怖いな、それは。秘密裏に外国の情報と国内の不正を一手に掴む組織が我がエグルストンにいるなどと思いたくはない。それでは立ち小便もままならん。……まさかとは思うが、これはひょっとしたらひょっとするのか」
「冗談はさておき、あまり推察で話す事ではないと思います、ガルシア司令。余計な疑心暗鬼を生みかねない。それにその件であるなら私は興味がない。我々は軍人としてただ軍務に励めば良い。と思います」
「はははは、違いない。これは薔薇殿に一本取られてしまったな、部下の不正を見つけられなかったのが何処かで引っ掛かっとるのかもしれん。余計な事に目が向く」
明るい仕草で笑い飛ばすガルシア司令の『ひょっとしたら』とは【四柱の者】と呼ばれた隠密集団の事だろう。
かつて東方異国で一大帝国を築いた国の女帝に仕えた者たちで、女帝直属の隠密部隊として裏で暗躍していたらしい。
女帝は美しい黒目黒髪の容姿を誇り、その女帝の国が権勢を振るう時代があった。その時代は150年もの長きに渡り続き、最後の女帝は永遠の女帝であるとして、死後に【帝】との称号を諡されたのだ。
10年前に亡くなったエグルストン皇王の後王妃は黒目黒髪の貴婦人で、帝一族の末裔を名乗っていた。特に力もなく、国政にも関わらなかったそうで今となっては悪い冗談であったのではないかとの見方が大勢だ。
しかし昨今になって、東方異国から女帝に関して執拗に悪評がばら撒かれる事態が起きたのだ。『四柱の者を手足の如く使い、政敵の暗殺や誅殺、国に悪政を敷き、民から搾取し、謀略と暴虐の限りを尽くしたのが女帝たちの時代である』といった評判である。
今やそれらが全て現実であったのだと噂される様になっていた。噂は一人歩きをして、世界中から黒目黒髪の女性が、忌み嫌われる風潮になってしまっている。
我が国の第二皇女【エグルストン・ロンバルド・エリザヴェータ】様は母ゆずりの見事な黒目黒髪の少女だ。国の古株たちは時々、国の姫に向けるべきではない視線をエリザヴェータ様に向けている。慈愛などではない。【四柱の者】を引き継いでいるのではないかというような、猜疑と嫌悪の視線だ。
「話の途中だがよいかなガルシア司令。軍が『第四警戒配備』に移行となるならば街の夜間戒厳令、街外外出禁止令も解除しますが宜しいですかな」
「宜しいですよスピア内務令。2日間とはいえ街の人間には苦痛だった事でしょう。街の内外の治安部隊、守備軍も通常に戻します。そうそう、戦時下ではなくなりましたので、街の裁量決定権も貴殿にお返ししよう」
「軍の事はお頼みします、ガルシア司令。裁量決定権は気が早くはないですか?『第五通常配置』の通達後で構いませんよ。重荷はガルシア司令に出来るだけ持っていて貰いたい」
内務令のスピアと軍司令のガルシアはそう言って笑いあう。役人と軍人との間におかしな壁が存在しないのがこの街の良い所だった。それもひとえにこの二人の人徳からくるのだろう。
だが勿論、弊害もある。それは馴れ合いから生まれる隙。つまり癒着と不正だ。平和であると喜んでばかりもいられない。痛し痒しといったところではある。
二人とも笑いあってはいるが今回の不正には断固とした対応に出るだろう。そもそも優秀な内政官と軍人なのだ。この街が上手くいけば良いなと思う。
「ところでルーズリッター嬢。街に来た早馬なのですが、驚いたことにアリーナ近衛騎士団の女騎士であったのです。しかも軍狼を連れていない。一騎で来たのです。詳しくはガルシア司令の方から」
スピア内務令の説明にルーズリッターは首を傾げた。アリーナ近衛騎士団は全団員が、軍狼を連れている。騎馬単騎で動く事は基本は有り得ない。例外をあげるなら私の軍狼のように病気療養中か、軍狼が殉死しての撤退時ぐらいだが。
「その騎士だがなルーズリッター。余りに憔悴しておったので詳しい話は聞けずじまいだ。お主はアリーナ近衛騎士団の剣術師範でもあるだろう。励ましてやってくれんか」
「わかりました、直ぐに向かいます。……彼女は待機室ですか? ガルシア司令」
「いや、医務室にいる。しかし寝てはおらん。涙が止まらないらしくてな。流石に他の兵士と一緒にはできんかった。あと、その」
ガルシア司令は言いにくいそうにしていた。戦場で暴行でもされたのかもしれない。戦に出るのだ、メンタル教育もされているし覚悟ぐらいは持っている筈だ。しかし死にたい程に辛い経験である事は確かだ。今は黙って寄り添う必要がある。終わらない話に少し苛立った。
「彼女は通達内容を伝え終わった後に気が抜けたのか、一言だけポツリと漏らした内容なのだかな」
ガルシア司令の顔が少しだけ、青ざめて見えた。
「なんでも一人の少年が、軍狼10頭を一瞬で撫で斬りにしたのだと。自分の軍狼もその中にいたと。そう、言っていたのだよ。ルーズリッター」
一体何を言っているのか。ルーズリッターには束の間、理解できなかった。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
……コメディ要素が全く存在してませんが
今話は自分では好きなお話になりました。
評価ポイントやいいね、ブクマありがとうございます。頑張ります。




