ロイ・マクエル受難の日々㊶
第63話
「智謀の火花」
たて続けに飛び出した意表を突く言葉に幕舎内は不穏な空気に包まれた。しかしここにいる者は皆、戦場に身を置く歴戦たちである。混乱して喚き散らす者はおらず、直ぐに場は落ち着きを取り戻した。
「エリザヴェータとはエグルストン皇王の息女の? 少年ではなく少女であったとは」
「エグルストン皇国の第二皇女。如何にして東方異国の状況を掴んだのか」
「東方異国の大船団とは。確かに想定の外にある戦略だ。もう少し説明が欲しかったかな」
落ち着きを取り戻した幕舎内の者たちの疑念の視線は、まずマーク・ザイン。次いで少年兵に向けられた。この少年は変装を用いて虚を突き、作為的にマーク・ザインから手の内を聞き出したのだ。各国の要人はやはりハウンズ家の思惑に目が向くと、判っていて仕組んだのだ。
だた、トウ・オーカなどは、箔山の為に身体を張って戦ったハウンズ家の者たちを信じて疑っていない。先程のような策を弄したやり口をハウンズ家が企んでいたと聞き、始めっから少年に敵意の視線を送っていた。
エグルストン皇王は目をつぶり特に何かを説明する気はないようだった。幕舎の中で平然として表情に変化がなかったのはエグルストン皇王を含め3人。残りはハウンズ家のロビン・ガトリンとマーク・ザインだった。
微妙な空気の中でマークが口を開いた。
「東方異国である『融国』に関しては策略として黙っていた訳ではありません。戦がどう転ぶか分からないため、最悪の場合の予備戦力として、考えていたからです。ただ、疑念を招いた事は皆さんにお詫びします」
事実だった。融国の兵を最初から戦力として当てる気はなかった。東方異国の国ゆえに様々な問題を引き起こしかねない。なによりこの戦の旗頭は箔山の民だ。ハウンズもギルドも、所詮は手を貸したに過ぎない。
この戦の勝ちは彼らの勝利であり、彼らが勝ち取った箔山の自信と誇りであるべきなのだ。
「心中をお察しします、マーク様。また、同様に我らエグルストンも最悪の事態には備えねばなりませんでした。マーク様の肚の底にある思惑を知るまでは、私も正体を隠して対応に当たる必要がありました。皆様方、何卒ご理解の程を」
そう言うと少年、いやエグルストン皇国の第二皇女、エグルストン・ロンバルド・エリザヴェータは深々と頭を下げた。
絶妙の言い回しだとロビンは思った。戦乱の世だ。誰もがまず自国の安全を優先する。それは当然の事で、これに異論を唱えるのは憚られる。それを判っていてこうゆう言い回しをしているのだから、年に似合わぬ強かさを持ち合わせているといえた。
「『血風の薔薇』ことルーズリッター騎士団長を始めとした、エグルストンの名だたる将軍がこの援軍に参加していないのはやはり」
「はい。先程の兵棋地図での説明通り、融国船団とユークリッド国との連合軍を恐れたが故です。フフフフ、お笑い下さい。ハウンズ家を信じている御父様に幼子のように駄々をこねてこの意見を入れて貰いました」
「……万が一を考えるなら私もそうしたでしょう。もう余り気に為さらずに、エリザヴェータ皇女様」
「有り難いお言葉です。今回エグルストン皇国がとった行動。ハウンズ家を信用していない訳ではなく、全て私の疑心から生じているのです。なので私は如何様にも罵倒されようとも構いません」
まだ幼い少女に此処まで言われてしまっては周囲も黙るしかなかった。トウ・オーカの軽い舌打ちがマークには聞こえた。女同士。芝居がかった物言いが癇に障るのかもしれない。
戦場に出ずに戦略や策略を立案する幕僚や軍師たちを武人はあまり好まない。身体や命を張らない者を本心では信用していないからだ。私やバンバ殿が周りから認められ、協力して貰えるのは戦場でも剣を振るうからに他ならない。
「ちょ、ちょっと待ってくれんか。何故ハウンズ家がエグルストンとフレンチカに戦を仕掛けねばならん? なんの意味がある。それにいくらハウンズ家が箔山やユークリッド国に影響力があろうとも、代理戦争のようなマネをするわけあるまい」
ユークリッド国のウルグ・リーレン新王が口を挟む。エリザヴェータは微笑を浮かべながらフワリと優雅にリーレン新王に向き直る。
「『箔山のトウ・オーカ』様。その武名は隣国であるエグルストンにも届いています。トウ・オーカ様さえいれば、例えばイル・バルサラ、ウルグ・リーレン、イル・バンバ、御三方がいなくてもユークリッド国は十分に纏まります。ハウンズ家の名声と実務能力を侮らないで下さい」
ヒュ、と息を飲む声が聞こえた。つまりトウ・オーカ一人を祭り上げてしまえば、ハウンズ家はユークリッド国を傀儡国家にすることが出来ると言っているのだ。これでは3人の武人に向かって【案山子】だと言っているようなものである。
「いい加減にせよ、エリザ!! リーレン新王は人望篤くバンバ殿は優れた内政官だ。それをどれだけ知っておるのか? 今すぐリーレン新王と御二方に謝罪せよ」
「……申し訳ありません。言葉が過ぎました」
一瞬ではあったがエグルストン皇王は娘に向けて怒気だけでなく闘気まで放っていた。間近で睨み付けられたエリザヴェータは、姿勢を正して素直に謝罪をした。
思わず剣を握っていたアビスもこれを見て剣の柄から手を放す。ウルグ・リーレンも手を横に伸ばして周囲を抑えていた。
今のエリザヴェータ様の言い方は明らかに煽っていた。あれが彼女の地なのか? それともワザと怒らせようとしたのか。アビスには解らなかった。
「そうお怒りになられますな、エグルストン皇王。儂ならば怒ってはおらん。むしろ感心しておるのだ。これ程冷徹に人を見れるご息女に」
「左様、左様。大したもの。しかも儂は脇腹を切っていて血が足りませんでしてな、怒ろうにもこの通り、足が出んので動けませなんだ」
そう言うとイル・バンバは椅子に座ったまま膝と頭を順番に叩いた、幕舎内に軽い笑いが起きた。
ウルグ・リーレンは努めて冷静だった。アビスに指示を出すとトウ・オーカの側に行かせた。一番切れそうなのが彼女だった。
助け舟を出したリーレンの後を次いだイル・バンバが場に笑いをもたらす事で、この場は収まった。エリザヴェータは一呼吸置いて再び頭を下げ、エグルストン皇王もそれで口を噤んだ。
エリザヴェータが少年のフリをして、兵棋地図での説明をしていた時からイル・バンバは思案を巡らせていた。おぼろげではあるが二人の描いていた戦略が見えてきていた。
【ハウンズ家が主導する中央3カ国の併合と支配】
それは端的に言って【世界の半分をハウンズ家が握る】と云うことだとバンバは思った。
世界を大きな兵棋地図に見立て、統一することを目的にした大きな戦略を描き出したとする。だとすれば確かに今回のユークリッド王討伐戦も、それに沿った戦略戦の一つである可能性がある。
ハウンズ家が是迄おこなって来た西側諸国の庇護と経済網の構築は、既に実を結んでいる。争いはほとんど消滅して、軍同士の交流も国を越えた婚姻も盛んだ。直接軍勢を持たないにも関わらず、ハウンズ家はいまや西側諸国の盟主と言っても過言ではない。
もしハウンズ家の要請があれば西側諸国からかなりの軍勢が動く、その数は10万を越えるかもしれない。大国とはいえエグルストン皇国一国では手に余る。同盟国のユークリッドからの援軍が必要になるだろう。しかしその時、ユークリッドがハウンズ家に付いていたらどうなるのか。エグルストンは逆に北と西から攻められる事になる。
しかし中央との戦となれば西側諸国にも問題はある。川を越える大遠征になる事だ。怖いのは兵站が切られることで、幾ら兵が居ても飢えた兵では戦えない。深い森も点在しているが西側諸国と中央6ヶ国の間に戦があまり起きなかった理由はこれなのだ。
勿論エグルストンもそこは承知している。おそらく戦を引き延ばし、川のあちこちで糧道を断ちに動くだろう。そうなると長期戦は難しい。連合した軍の隙を間違いなくエグルストンは突いてくる筈だ。
だがもしも。川を遮る程の大船団が存在して、闘船や輸送船が川の上を縦横無尽に行き交うならばどうなるか。物資も食糧も断ち切る事は不可能になる。もし今、戦が起こればその役割は融国が担うだろう。理由までは判らないが先程の物言いからマーク・ザインには融国と繋がりがある。そう想定できる。
いかにエグルストンが大国と云えどそうなって来ると厳しくなる。討って出ようにも、采配をとるのは老英雄ハウンズ・ロビン・ガトリンを筆頭に綺羅星の如き強者たちだ。そして南の同盟国、フセンチカ教義王国も信仰上の理由から援軍は出してはこない。
ここまで考えて全身に粟が立ってくる。この視点は間違いなく世界を見据えたものだ。傑出した戦略眼の持ち主。マーク・ザインとロンバルド・エリザヴェータ。この二人が英傑の類なのは間違いないだろう。
一晩だけ語る機会があったが自分が見る限り、マーク・ザインは熟慮の男だ。常に慎重で知識だけで答えを出さない。現地を歩いてあらゆる情報を集め、考え尽くす。そうして悩み抜いた先にとてつもない戦略を構築する。だからその戦略戦術に、大きな誤りはない。
今回驚いたのはエリザヴェータ皇女の方だ。彼女が戦場に出たことはほとんどないだろう。つまり彼女は幕舎の奥にいながら僅かな情報を頼りに地図を見て、直感的なひらめきから戦略を考えつくのだ。まだ子供、しかも女の子がだ。
「有り難う御座います、イル・バンバ様。ご無礼を申しました。全ては私の思い過ごしでございました。疑心暗鬼ばかりが膨らむ自分を、恥じております」
そう言って謝罪するエリザヴェータをアビスも見つめていた。謝罪の仕草が何処か白々しさを感じさせる。それは女の勘みたいなもので、どうにも時々漏れていた彼女の笑いを連想してしまうのだ。だから本気で謝ってはいないのだと感じてしまう。
オーカさんはかなり不機嫌だ。この人は歴戦の武人であり、表裏がない性格だろう。それゆえエリザヴェータ皇女様のような女性は好まない。今にも戟を振るいそうなほどに闘気が滲んできている。
「そしてトウ・オーカ様、度重なる無礼な発言の数々、心よりお詫び申し上げます」
近衛兵の身なりのまま、優雅な仕草でエリザヴェータは謝罪した。やはり人を喰った態度だ。それを見て取ったトウ・オーカは、フンと鼻を鳴らすと横を向いた。
「アンタ、隠しているけど黒目だね。それと黒髪だ。男に変装してみたり、目が隠れる程に前髪を伸ばしてみたり、アンタまさか【帝】の血筋なのかい? だったら納得だね。人を騙すのが得意なんだろうさ。虫酸が走るよ」
その言葉を聞いた瞬間、エリザヴェータの身体が固まる。エリザヴェータにとっては数年ぶりに耳にした、忌まわしい言葉だった。
「ちょ、おい、オーカ! お前はこんな少女に何を言い出すんじゃ。何も知らんかもしらんのだぞ!」
慌ててウルグ・リーレンがトウ・オーカを窘めた。
「フン。こっちは身体張って戦って、同志とも言える男たちと平穏な暮らしを勝ち取ったんだ。身内を案山子扱いされた上に。そ、その、だ、旦那こ、候補を裏切り者呼ばわりされてんだよ。リーレンの爺っ様、知らないなら今ここで知ればいいのさ。子供のうちからお灸をすえてやらなきゃ図に乗るってもんさ」
「過去はどうあれ今はエグルストン皇王のご息女だぞ、あの子の謝罪はしっかりとしたものだ。お前の方がよっぽど無礼だぞ、オーカ」
「ちっ。偉くなっちまったね。判ったよ爺っ様。悪かったな、お嬢様。ちょっと言い過ぎた。忘れてくれ」
「おい、もう少し言い方がだな……」
口論を始めたウルグ・リーレンとトウ・オーカを止めるようにエリザヴェータの右手が上がった。今度は視線を合わせて二人をしっかりと見ていた。
「確かに【帝】の血筋です。おぞましい一族の歴史も、全て知っています。」
再び幕舎内が静まりかえる。幕舎外からの聞こえる喧騒も、どこか遠くに感じられた。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
なんだかお話に地図が必要になってきてる。のか?
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