ロイ・マクエル受難の日々㊲
更新遅れ気味ですね……。
第59話
「賢王と軍神」
ユークリッド国中央地帯の平原を一万ほどの軍勢が悠然と進んでいた。
その軍勢は重装備歩兵隊が中心で、規模は一個師団ほどあるものの、騎馬が少なく両側と前方にそれぞれ200騎ほどの軽装備の軽騎兵隊が配置されている程度である。
整然とした動きから精鋭部隊と思われるものの重装備の軍であり、明らかに機動力には欠けていた。
さらに歩兵隊の中央には大きめの馬車が30台ほど、歩兵に護られる様に走っていた。攻撃的な陣容ではない。攻め込んで来たと云うよりも馬車を守りながら平原をゆっくりと進んでいる。といった様相の軍勢であった。
ただ、規模だけはかなりの大軍勢である。
ロイ・マクエル達のいる戦場から既に南2里の地点に差し掛かるその軍勢を、リーレンのガラコ兵やバンバのアズ兵の斥候がようやく発見すると急ぎ足で駆け去っていった。
その軍勢の旗印には巨大な王冠が描かれていた。それは紛れもなく中央6ヶ国に於いて最大の軍事大国、【エグルストン皇国】のものであった。
「…………ふうむ。ようやく斥候が周囲を彷徨き出したようだ。全く、内戦中であろうにずいぶんと兵士は緊張感に欠けておる。いっそ捕えて首を刎ねてはどうかロビン? 少しはマシになるであろうよ」
軍勢の先頭を走る軽騎兵の中で、見事な顎髭を撫で下ろしながら巨漢の武将がハウンズ・ロビン・ガトリンに声を掛けた。
「おいおい物騒じゃな!? ここは自分の国ではないぞ、ゴーべ。簡単に他国の兵の首を刎ねて良い訳なかろう。エグルストンとユークリッドの関係が拗れるだけじゃろうが」
少し焦り気味にロビンはこの武将を諌めた。幾らか壮年を過ぎた齢ではあるが、まだまだ血気盛んなこの男ならやりかねないからだ。王でありながら、生粋の武人でもある。エグルストン・ロンバルディア・ゴルヘックス。【エグルストン皇国】皇王、その人である。
「老いましたかな。戦場において穏便さなどは無用。かの『軍神』殿のお言葉とは思えん。かつての『中央泰平救国』軍で行なわれていた死人が出るほどに鍛え上げる『死の調練』。それはロビン殿が始めた調練であったと記憶しておりますぞ?」
「む。古い話を持ち出すのう。調練と今とでは、まるで違うじゃろうが」
「自軍と他軍の違いはあれど本質は同じ。大将の厳しさは敵の戦意を挫き、味方を引き締める。鉄の軍規の元、率いられた『中央泰平』軍の精鋭部隊の凄まじさは驚嘆の一語に尽きました」
「……止めよ。乱世なるがゆえに存在した悪鬼の軍団よ。あのような一軍が世界平和などと、思い返す度に忸怩たる思いに駆られるのだ。ゴーベ」
「されどあの軍は恐ろしい程に強く、高潔であった。あれほどまでに民に師事された軍は古今東西ありません。今でも私の理想ですなあの軍は」
「同胞すら死に至らしめる軍など、どう語ろうとも論外じゃ」
「強き者が世を治めねば平穏な政すらもままなりませんぞ。エグルストンがその証左とは思われぬか?」
「もうよさんか?ゴーべ。昔の話は」
「……これはしたり。どうも歳を取るとすぐに昔話に話が飛んでしまう。私の青春時代は、軍神殿と共に歩んだ戦に彩られておりましたからな」
そう言うとエグルストン皇王は目を逸らしたロビン・ガドリンを顎髭を撫でつつ見つめた。この御仁と30年前に、共に戦った。平和の世を築こうと手を取り合った同志でもあった。
しかし実態は、最強の軍を率いる無敵無双の男と金で雇った傭兵と半農兵の小勢を率いる小国の若王に過ぎなかった。当時のエグルストンはその程度の弱国だったのだ。
最初は嫉妬に駆られた。自分の武勇があれば直ぐに取って代われると息巻いていた。だが最強の軍の調練を目の当たりにしたとき、膝から崩れ落ちた。
世間知らず若輩が、初めて戦乱を生きる事を理解したのがあの調練だったのだ。
【死の調練】と【軍神】ロビン。
いま横にいる老武人はかつて【軍神】として戦場に君臨していた。個人の武勇のみでは伝説とはならない。率いる軍も猛虎の化身の如き強さを誇った。
中央泰平軍の強さの秘密は、ロビン・ガトリンによって行なわれた激烈を極める【死の調練】と呼ばれた調練にあった。
三日三晩飲まず食わずでの試し合戦や、2日で10里を走破するといった過酷な調練で、死者も出ていた。その代わり、いざ実戦となると自軍の戦死者は驚く程、少なかった。
『戦で多くの仲間を死なせたくはない』そのロビンの想いを兵たちが解っていたからこそ【中央泰平】軍の兵士は強くなり、自力で死地を潜り抜ける力を身に付けた。数百名を越える死傷者が出た大戦であっても、かの軍だけは戦死者0であったこともある。
「それにしても英雄麾下の精鋭軍とはこうなのだと当時は憧れたものでしたぞ。あの頃は金で雇った傭兵と半農の弱兵を率いていた自分は、馬鹿ヂカラしか能のない愚かな若王に過ぎなかった」
弱兵が他の兵の足を引っ張り、犠牲を増やす事もあるのだと、若く無知だったある王は30年前にこの英雄から学んだ。
戦場においての優しさとは強さなのだ。そんな武人の心の有り様も、あの時に学んだ。
「今のエグルストン兵はなかなかであると思うがの。大戦も絶えて久しい。兵の鍛え過ぎは他国に疑心暗鬼をもたらすぞ? 今は『賢王』などと呼ばれておるのじゃろうゴーベ」
「弱兵では国を守れませんでな。平和を愛すると云う大義はあれどもたまには果断なところも見せておかぬとエグルストン皇国自体が舐められてしまう」
皇王は無表情だが、声色は確かに闘志を含んでいた。
「ふう、待たぬかゴーベ。ユークリッド国は敵ではなかろう。……一応言うておくがユークリッド兵がエグルストン兵にでもなる事になるならば、儂も腰を上げねばならぬぞ」
「ハッハッハッ。これは参った。軍神殿に先に釘を差されてしまったな。ユークリッドとは不可侵の約定がある故、心配は無用。今日はそのつもりもない」
「それならば良いが。ところでのうゴーベよ。今日の出兵はユークリッドの女俘虜たちを引き渡すのみなのじゃろう? なにゆえこれだけの大軍を率いておるのじゃ? しかもエグルストン皇王陛下、御自ら」
実はエグルストン皇国にはユークリッド国から移送された女性たちが100名ほどいた。元花蘇芳の女性たちだがユークリッド国内では死んだことにされていて、エグルストン南方の城郭に送られてひっそりと暮らしていた。
今回マーク・ザインの探索でそれが明らかになったのでイル・バンバとも図り、ユークリッド現王の退位と共に、希望者は恩赦として帰国させる事に決まったのである。
「どうにも疑いの眼差しが晴れませんな。この規模の軍を出すことは私の決定でなく俘虜の面倒を観ておった者の要請なのだロビン。そして私が来たのは新しいユークリッド王への挨拶と、旧王イル・バルサラの身柄を引き取る為よ。そして一国の王位禅譲には他国の王の立会いがいる事になっておろう? あまり勘繰られるな」
「一応の筋は通っておるが……デカイ図体なのに心遣いは繊細じゃのう。賢王、エグルストン・ロンバルディア・ゴルヘックス」
「ハッハッ。誉め言葉と受け取りますぞ。軍神、ハウンズ・ロビン・ガトリン殿」
話をしながら先頭を駈けるエグルストン皇王とロビンの騎馬に一騎の騎馬が後方から近づいて来た。
「申し上げます、お二方。複数の斥候隊からの報告で、前方1里の地点に50騎程の騎馬隊がおります。間もなく接触しますがいかが致しますか?」
「なに?50騎と!? 此方に向かっておるのか? それに、他のユークリッド兵はどうした? どこにおる?」
訝しげに問いただすエグルストン皇王にその騎馬は冷静に返答した。
「50騎はゆっくりと此方に向かっています。他の兵達は後方の川沿いの丘で、何やら慌ただしく動いておるとの事。剣撃音は現在は聞こえないと報告でありました」
騎馬は矢継ぎ早な皇王の質問にも理路整然と答えていた。まるで最初から質問される内容が解っていたかの様な答え方で、ロビンの目にはそうとう頭の切れる騎馬兵に映った。それと左腕の白い腕章が目を引いた。
「……川沿いの軍の兵は動かず、少数の騎馬のみが此方に向かって先行か。後詰を残した構えにも見えるが、それにしてもこれは」
エグルストン皇王は腕を組むと唸った。流石に此方の軍勢の規模は掴んでいるだろう。友軍でもない他国の大軍に、なんら警戒もなく、たった50騎で先行してくるというのか?
この騎馬隊の指揮官は豪胆なのか阿呆なのか。
大胆不敵。エグルストン皇王は自分の血が沸き立ってくるのを感じた。
「ゴーベ、儂が出よう。予定通りならその50騎は敵意のないユークリッド国の砦長リーレンか、バンバの騎馬隊じゃろう。おそらくだが儂の孫もおる筈じゃ」
そう申し出たロビン・ガトリンを、エグルストン皇王は組んでいた腕を解いて、手で制した。
「マグナよ。アリーナに命じて近衛騎士団の軍狼をその50騎に向かわせよ。威嚇させて騎馬の足を止めさせるのだ」
その言葉とほぼ同時に、30頭の狼たちが駆け出していった。
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