ロイ・マクエル受難の日々㉟
第57話
「歪んだ国・後編」
「あの御方は【妖婦】であった。間違いなくな」
イル・バンバははっきりとそう言い切った。
「……信じられん。あの、花蘇芳共の大元がユークリッド前王妃だというのか? あの麗容な王妃様が? 知らなんだぞバンバ。いや、……一体誰がそのような事を知ると云うのだ!?」
やや伏し目がちに語るバンバの話をウルグ・リーレンが吐き捨てた。
「……そういえば、思い当たる節は、ある。私の父が箔山の村長をしていた頃に母宛に幾度か王妃直々の文が届いていた。その度に母は村の姉様達と公民館で何かしらの会合を開いているのは見たことがあった。確か、金を渡していた、と思う」
「度重なる戦が続き、国中で男手が不足して国全体が貧しくなっていった。その一方で王都や街や砦にある宿屋、料理屋、風呂屋、服屋、娼館など女主人の店は旅人で賑わっておったろう? 王妃様主導で行なわれた戦災夫人や孤児への国の援助は、客商売をする女性に不自然に手厚かった。そうは思わなかったか、リーレン? どうだ、トウ・オーカ?」
バンバの話にリーレンとオーカ、それぞれが押し黙った。当時の記憶がバンバの言葉を裏付けていく。
「つ、つまり花蘇芳とは、ほとんどが市井の女たちであると? 国を、国民を、裏切っていた卑劣なる輩がユークリッド国に住む、普通の女たちだと? そ、そんな莫迦な話があり得るものか、あ、あり得る、もの、か・・・・・そん、な」
姉は……両親を亡くした後、畑だけでなく宿屋も切り盛りして……いた。後ろ盾はリーレン様だったけど、お金に困っていた素振りは……なかった……。
誰に問うでもないアビスの呻く様な言葉がバンバの耳に入り、バンバがアビスに声を掛けた。
「女手でそれぞれが家を、子を、仕事を、支えて 糊していた。誰が誰を責められるものか。本来責められるべきは国であり、我ら国の大臣や重臣であろう。だが、そんな金に困っていた女達を上手く利用した者がいた」
「さも国の保護であるかのように金を渡し、花蘇芳に仕立てていった。やがては金回りのいい女が周囲にいる欲深い男共を勝手に花蘇芳に取り込んでいく、と云う訳か。それがユークリッド前王妃のやり口か。とんだ食わせ者だったな」
オーカの掴む戟からギリギリと音がした。かなりの力を込めて握り込んでいる様だ。
「……儂も最初はその判断を疑っていた。あの美しき顔の下に貪婪な己を隠しているなどと妄想が過ぎる、とな。王妃様は実に狡猾で用心深く、どこにも尻尾を表さなかった」
「我に対する酷薄な扱いも、ある意味、隠れ蓑となった。好き嫌いの、感情が先行する、美しいが愚かな王妃だとな……」
バンバの話の合間にユークリッド王がポツリと呟いた。王妃の王子嫌いは当時国内でも有名な話で、顔が似ていないので嫌うなど愚かな母だと噂する者が多かった。
ユークリッド王自身もそう思っていた。確かに嫌われていたのは事実で、自分からは余り顔は会わさなかった。それ故、裏に隠した本性までは気付けなかった。解ったのは全てが終わった後になってからだ。
「だが、決定的ともいえる密約の写しを、王宮内の確かな筋から入手して、王妃の最終目的はユークリッド国を他国に売り飛ばす事だと解ったのだ。それは前王バルバロンが病で危篤状態に陥っていた時であった、のだ・・・・・・・・・・・・」
「む。それで? 一体、どうしたのだ、バンバ? 話を聞く限り一刻の猶予も無さそうに思うが……?」
再び黙り込んだバンバにオーカが口を挟み、話を促した。出血が多く体調が良くないのか、言い辛いのか、バンバの口は重くなっているようだ。
その間、リーレンはユークリッド王に視線を向けていた。王の表情に変化はなく落ち着いていて、動揺はどこにも見られない。リーレンの記憶が確かなら、この後にアレが起きる。王の心を粉々に打ち壊した筈のあの事件が。
「……最早、話を止められるものでも、なさそうだな。良い、身体も楽になってきたので此処からは、我が話そう。この話はバンバには荷が重すぎるしな」
アビスに肩を借りていたユークリッド王が一人で立ちあがる。すると近くのユークリッド軍の兵士が胡床を持ってきた。王はそこに腰を降ろす。
顔や身体はボロボロだが気を練れるのか、息使いや呼吸は元に戻っていた。
「バンバ、何やら言いにくそうだが一応、言い置く。我はもう全てを知っておる。王宮内の確かな筋とやらは烏だ。王宮内に潜んでいた唯一の【烏】とお前は、密かに手紙のやり取りがあったのだ。そうであろう?」
「……王宮内から出る文書は全て王妃が目を通しますぞ。怪しげな報告の手紙などがあれば直ぐに潰されましょう」
「其処はお前たちが策を用いたのだろうバンバ。暗号化された連絡文書を恋文に装った。それは一見、【聖女と大臣の道ならぬ恋の密通】にしか見えないものだった。だから我の母、王妃の検閲もすり抜ける事ができたのだ。おそらくはいざとなれば脅しに使えるとワザと思わせて見逃す様に策を立てたのだ。違うかバンバ?」
「・・・・・・・そこまで勘づいておいでか」
「ま、まさか王。そ、その【烏】とは……?」
慌てた様にユークリッド王に問うリーレンの声は狼狽の色を隠せなかった。【大臣】とはバンバの事だと解る。だが、この国において【聖女】と言われるのはあの人間しかいない……。
「リーレン。王宮内の【烏】とは誰あろう、我の乳母よ。おそらくは最も古き烏であったろうな」
「「「「「 !!!!!!!!! 」」」」」」
ユークリッド国に関係する人間の全員が言葉を失くした。王の乳母といえば【不遇の王子を慈しみ育て上げた清廉潔白な聖女】と云うのが今も国内に伝わる常識だからだ。
それが、あろうことか【烏】、イル・バンバの放った諜報員。それも密偵だったとは想像だにしない事だった。
リーレンも、アビスも、周囲の兵士達も、一言も発せずに絶句していた。そんな中、バンバが口を開いた。
「……我が王。何時、乳母殿が【烏】であると、気づかれましたか?」
ユークリッド王は答えない。胡床に座って目を閉じていた。思案しているようにも、思い出してるようにも見えた。
「バンバ、リーレン。我にとって乳母こそが母であった。【烏】であろうと密偵であろうと母は母。あの母がいたからこそ幼き苦悩の日々を、我は人でいられたのだ」
ユークリッド王は腰に収めていた剣を引き抜いた。そして剣の鍔を外すと柄頭を叩く。柄が二つに割れ、刃の茎部分が露出した。小さいが光加減で何かが刻まれているのが判る。ユークリッド王が静かに語り出す。
「『烏とバンバ様をお頼みします』」
ユークリッド王の言葉に誰もが黙っていた。
「クククク、鍛冶屋の家の出で昔から王宮に出入りし、我に最初に剣の扱いを教えたのも乳母だ。王になる戴冠式に拝領となった王剣にこんな彫り物をできる者など、乳母ぐらいしかいないだろう。此れを見つけて手紙の事を思い出し、調べ上げたのだ。バンバ」
バンバの横にいたマーク・ザインは二人の会話から、当時の状況を推察していた。
乳母を死罪にした王妃や側近たちをユークリッド王が復讐心から殺したと云う事は事実だし、有名な話だ。
しかし現実に即位したばかりの新王にそんなマネはできないだろう、誰かの手によって事前に処刑にする為の準備がされていたと思うのが自然だ。
王の病死の後、数日後に戴冠式を行われた。そしてその日の内に、王妃や側近の捕縛と処刑も行なわれたのだ。それらは近衛兵を用いた迅速な手際で遺漏がなかった。この恐るべき謀略の草案は、誰の手腕であるのか。
「王・・・・・・・・・私は・・・・・・・」
「解っておるバンバ。これはお前の謀と云うよりかは、乳母からの提案であったのだろう? この国の中枢に巣くった花蘇芳共を一掃してこの国を救うチャンスだ、とな。あの乳母の言い出しそうな事よ。我が身を犠牲にして国を救おうなどとな」
ユークリッド王は再び剣の柄を元に戻すと立ちあがる。視線の先にはトウ・オーカの姿がある。更に一歩進み出ると剣を構えた。
歪んでしまった物はなにかを考えた。この国か、花蘇芳の女たちか。それともイル・バンバなのか、乳母であるのか。そのどれでもなく、やはりこのユークリッド王、イル・バルサラなのか。
答えなどわからないしわかる筈もないのだ。それならば最後は剣で問うてみたい。ユークリッドはそう思った。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
ちなみに筆者の性根も歪んでます。
え?解ってる?そうですかスイマセン……。。
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ありがとうございます。これからも頑張ります。




