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ロイ・マクエル受難の日々㉞



         第56話



      「歪んだ国・前編」







 ──「……トウ・オーカ。やはり、この(いくさ)場に来ていたか」


 ウルグ・リーレンの口から苦虫にがむしを噛み潰すようにれたつぶやきを、アビスの耳は聞きのがさなかった。2つに割れたアズ軍騎馬隊から現れた女の武人に目を奪われる。


 あの女性が音にも聞こえた女傑、【トウ・オーカ】!? 実物をみるのは初めてだった。女性ながら並ぶ者なき武勇と、王の寵姫ちょうきを長く務めていた彼女は有名人だ。女武芸者と云うだけでなくユークリッド中の女性の間で彼女を知らぬ者はいないほどだった。


 もとよりほまれ高い武名に対するあこがれはあった。だが真にアビスが驚いたのは彼女の美貌びぼうだった。鼻筋が通る整った顔立ちで、顔の稜線は流麗で完成された容貌ようぼうだ。黒い軽装の鎧からは美しく伸びる肢体も目を引いた。そして赤みがかった右前髪は毛先が柔らかくカールしていて光沢を放ち、後ろ髪は肩口で清楚にまとめてある。鎧や身体に散見する返り血が無ければ、貴族の貴婦人のような優雅さをたたえていた。


 だが、その口元から発せられた言葉はうるわしい容姿とは裏腹の、粗野で汚いののしりの言葉だった。


「ふん無様だね、ユークリッド。……自分のくびを取りに来た御老体にまでなさけを掛けられているのかい? あ、いや違ったね。お前は最初から無様な男だった。今の姿はある意味お前に相応ふさわしい姿だ。悪かった悪かった。クククククッ」


「・・・・・・」


 右前髪を優雅ゆうがに軽く払いながらトウ・オーカはユークリッド王にそう言い放った。王につぶされたという右眼は黒い眼帯をしているとの噂だったが何も付けてはいない。

 リーレンに支えられているユークリッド王は何も言わず、黙ってその言葉を受け入れている様にも見えた。





「さて、イル・バンバ殿。ユークリッド王、この男に対する弁明べんめいがあるのならば此処ここで話されては如何いかがか? 他でもない、そこにいるトウ・オーカさんこそがもっともその話を聞く権利がある人物だと私は思いますがね…」


 マーク・ザインはイル・バンバに向けてそう話をうながした。バンバはトウ・オーカを見て少しの(おどろ)仕草しぐさをしていたが今は落ち着いていた。


「……話せば、長くなる。それこそ語り尽くせない程に。だが王の身体からだが心配だ、場所を移そう。いくさを一旦(おさ)めて、わがアズ砦に来てはどうか?」



『キンッッ!』



 何かが一瞬光り、イル・バンバの鎧の腰当こしあてが突然落ちた。地面にはカラカラと鉄の棒が転がる。どうやらその棒が鎧の継目つぎめを切り、鎧を落とした。

 しかし、この場の全員はその早業はやわざの鉄棒飛ばしではなく、別の事に驚いていた。


 イル・バンバの服に大きく血がにじんでいた。左の脇腹わきばら辺りに巻いているサラシが真っ赤に染まっているのだ。

 

「どうやらあなた、陰腹かげばらを切ってますね。だったらここから動かない方が良い。砦とやらに着く頃に出血多量で命があやうい。話はここでお願いします」 


 その声はトウ・オーカが騎乗する騎馬の後ろから聞こえて来た。ここからは姿がよく見えないが声の響きからして子供のように感じる。手並みもさることながら何故なぜバンバ殿が陰腹を切っているのが解ったのか?


 手練てだれの暗殺者。と云うわけでもなさそうだ。その証拠にトウ・オーカと二三にさん言葉を交わして何やら謝っている。勝手に胸元の暗器を引き抜いたとかなんとか言っていたが聞き間違いだろう。他人の暗器を扱える訳がない、そんな訳がない。

 しかしトウ・オーカもマーク・ザインもげきの刃を降ろし曲刀をさやに収めていた。ますます後ろの人物の得体が知れない。私や隣りのリーレン様、ユークリッド王も少し身構みがまえていた。

 



「……だ、そうだ。バンバ。ここで話せ。確かに話をする前にお前に死なれては堪らん。」


 うつむき加減だったイル・バンバを見て、トウ・オーカは溜息ためいきとともにそう声を掛けた。顔を上げたイル・バンバは出血のせいなのか少し顔色が悪い、死相が浮いている。顔色だけでなく目つきも死人のそれで、その死人がゆっくりと口を開いた。





「【花蘇芳ハナズオウ】と【からす】。は知っておるかな? トウ・オーカ」


「……からすは、あなたがたばねる諜報部隊の隠語いんごだな。花蘇芳ハナズオウは、知らないな? 一体それはなんだ、バンバ?」


 バンバは何も言わない。


「花蘇芳とはかつてこの国に潜んでいた他国からの密偵みってい内通者ないつうしゃ、情報提供者等の総称。ではなかったですか? バンバ殿」


 言葉をつないだのはマーク・ザインだ。少しでも話を早めてイル・バンバの負担を軽くしたいと考えている様にアビスは感じた。


 それにしてもこの男、マーク・ザインはユークリッド国への滞在日数は少ないはずなのに何処までこの国の事を知っているのか? アビスも軍人になり2年になるが知ったのはつい最近だった。

 驚くアビスをチラリと観たあと、イル・バンバが再び話を続けた。


「……その【からす】だが、今は一部の隊を王にまかせてある。主にとらえた花蘇芳ハナズオウから情報を引き出す役目を担う部隊だ。……と言えば聞こえはいいが、要はその部隊は暗殺、調略、拷問を役目とする汚れ者たちだ」


 全員、押し黙っている。だがウルグ・リーレンはユークリッド王をアビスに任せて立ち上がっていた。


「ちょ、ちょっと待たんか、バンバ! からすは今もお前が全員を掌握しているのではなかったのか? 一部隊を王が継いでおるなどとは聞いてはおらんぞ!? どうゆう事だ!! 暗殺や拷問などは王がかかわるような仕事ではない!」


「……烏の一部はもう何年も前に王が継いでおった。儂が、儂らがバルサラ王子を【ユークリッド王】と呼ぶようになった時からの。お主には黙っていた。烏をまかせる事も王子が王を引き継ぐ条件の一つだった」



「怒るなリーレン、判る、だろう? 我が祖父とはい、いえ国の諜報部隊、の統括とうかつなどいつまでもさせ、させられん」


 イル・バンバとウルグ・リーレン。二人の臣下のいさかいを止める様にユークリッド王は口を挟んだ。何か、『続きを言わせたくない』と云う風にアビスは感じた。


 複雑だった。


 死ぬほど憎んだ相手に私は今、肩を貸している。その男は恩人とも言うべき二人の安否を気にして、息もえに言葉をつむいでいるのだ。




「かつて我がユークリッドには武の大輪たいりんが咲いていた。前王、【弓の英雄】イル・バルバロンがそうじゃ。その強さに国民は皆、夢を見たものよ。儂も、アズ砦も、全ての国民も、全てを差し出し協力を惜しまなかった。だが戦に生きた王もやがて死に、そのあとには治めきれない大きな領地に破産間際の国庫。そしてあらゆる国の密偵が国内を自由に行き来する崩壊寸前ほうかいすんぜんの国が残っていた」


 イル・バンバは左腕をさすりながら話をしている。前王に諫言かんげんして切られたとも、現王の怒りを買い切られたともうわさされるが真相はアビスも知らない。


「大輪の花は我々には大き過ぎた。土地の栄養を吸い尽くし、小さな良き花々は次々と枯れていった。そうして見えない影で幾つもの花蘇芳ハナズオウが咲いていたのだ」


「花蘇芳……が幾つも。一体どれ程の人々が裏切っていたと云うのですか? バンバ殿」


 ユークリッド国は確かに貧しかった。金に目が眩むのは判る気もする。だが、この国の国民は相次あいついくさで男性が少なくなっているのだ。誰が、裏切るというのか? 問いかけながらアビスはユークリッド王の肩口を強く握っていた。


荒廃こうはいしていく国の裏で、国中に蔓延はびこり、根を張っていった花蘇芳ハナズオウ。その大元は前王の死すらも養分に最後に花を咲かそうとしていた。巨万の富と引き換えに自国すら売り飛ばそうとな」


 滅びた国の難民や、少数民族の生き残りがどうゆう運命を辿たどるのか。自国を売るなど絶対あってはならない事だった。アビスは怒りが抑えられず息が苦しくなってきた。そんな話は信じたくはない。同国人がそんな事を。


「大増殖してしまった花蘇芳ハナズオウには、国の重臣や砦長もおっての。前王の死の間際まぎわの頃は最早もはや、儂の手にも余り始めた。証拠を上げ、何とか投獄してもぐに釈放の通知がくる。もう完全にお手上げの状態じゃったな」



「国の諜報機関でもある【からす】。率いるのはユークリッド国王の父にして筆頭大臣とも言うべきイル・バンバ殿。……普通に考えれば誰も貴方の仕事の邪魔は出来ません。出来るとしたらそれは・・・・」


 マーク・ザインは最後の言葉をにごした。




「ユークリッド前、王妃、様。か・・・・・」




 

 絞り出す様な声でウルグ・リーレンは呟いた。




最後までお読み頂き有難う御座いました。


前編、後編分けは初めてです。


これからも「超絶!コミュ障騎士!」を

宜しくお願いします。


それと第55話で【いいね】して下さった方、有難う御座いました。初いいねはテンション上がりました。


ここでお礼言わせて下さい。頑張ります。

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