表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/68

ロイ・マクエル受難の日々㉛



         第53話



    「ハウンズ・マーク・ザイン」





「ユークリッド王をあの、助けてあげませんかがぁ? マ、マーク兄さんっ!ぁあっァ鼻!兄さん鼻!鼻ぁ〜!」


 マーク・ザインの目がきらめくように光ったと思った瞬間、マークの右手がロイ・マクエルの顔面を捉えていた。ロイはピクリとも動けない。

『助けてあげませんか』とロイが言い終わらない内にマークの早業はやわざ炸裂さくれつまばたきする間もなくロイの右の鼻穴に、マークの人差し指が深々と鋭く突き入れられていたのだった。ちなみ指は第2関節まで到達していた。


 マークはそのまま徐々にゆっくりと、鼻骨を持ち上げる様にロイの鼻を上に持ち上げていく。事情を知らない人間が見たら思わず噴き出すほど滑稽こっけいな姿勢になっていた。



「・・・ロイ。お前は一体何を言ってるんだ?コラ。『ユークリッド王を討ち、トウ・ユーナを助ける』そうではなかったのか〜? んんんー。そうか痴呆か? 痴呆なのか? 13歳にして要介護認定か? 早期に治療が必要だなやむを得ない」


「兄さん、痛い痛い。コレって治療ちりょうじゃない! コレは痴態ちたい。最初の『ち』しかあってない! おまけに滑稽こっけい過ぎるよこの体勢は! ま、まさかこれは前衛的芸術への不埒ふらちなる挑戦?僕もひらめいた! タイトルは『煌めく指先、キラメキーノ』って、やかましいわ! いだいいだい指グリグリはやめてぇぇ」


 ナナメ上な事を言い出したロイに毒気どくけを抜かれたマーク・ザインは指を引き抜いた。ロイは『あふぅ』と声をらしてうずくまる。

 マークは『ある意味快感』と蹲ったままつぶやくロイの言葉を聞かなかったことにして話を進める。


「で? そのお願いの理由はなんだ、ロイ。トウ・オーカを始め箔山はくざんの民も巻き込んだいくさなんだぞ? おそらく大勢が命を落とす。やすあわれみの気持ちから言っているのならば話にもならん」


 マーク・ザインは少し殺気を込めて言いはなった。此方こちらにとっては乾坤一擲(けんこんいってき)けになるいくさだ。マークもだがロイ・マクエルは作戦上、一番危険な死地しちに立つ事になっていた。敵の大将の命を救う気持ちなど自軍の中には全く不必要な事だった。


「・・・・・・・・・」


 無言で見つめてくるロイの瞳は澄んでいて、こちらの心の奥底までをのぞき込まれている様に感じた。そして瞳の光は頑強がんきょうな意思も感じさせる。マークは微かに苛立った、確かにこのいくさには引っ掛るところがある。だがどうしようもない事なのだ。

 本当の性根やこころざしがどうであれ、ユークリッド王は命を奪われるだけの事をしてきたのだ。もう取り返しがつくとも思えない。



「・・・理由を聞かせろ、ロイ。何故なぜ、あの魔王を生かす気になった?」



 マークにとっては所詮しょせんユークリッド王など路傍ろぼうの石であり、ロイ・マクエルには自分の戦いに集中して欲しかった。もしも甘い考えから来ているのならば、此処ここでその考えを叩き潰しておいた方が良い。マークは改めて鋭くロイをにらみつけた。





 




「・・・血で血を洗う様な復讐劇からは何も生み出さない。マーク兄さんならわかると思う。僕を、迷いの森に居た僕を見てきた兄さんならば、」


 復讐を遂げても何も残りはしなかった。ただ血塗れの手だけが残り、憎悪と殺人と云う悔恨がどこまでも心をさいなみ続ける。憎しみは連鎖し、そして狂っていくのだ。


・・・かつてリリアーヌ先生や母様の仇討ちで両手を血に染めた僕にはそれが解るのだ。どこまでいっても救いはない。今回のいくさ舵取かじとりを一歩(あやま)れば、ユークリッド国が憎しみの渦に巻き込まれ、そして行き着く先は、亡国にまで至るかもしれない。


 そんな、悪い予感じみたものがロイには感じとれた。ならばそうならない様に動く必要があると、ロイは兄に声をかけたのだった。





「トウ・ユーナの引き渡しを防ぐだけでこのいくさめておけと云うのだな?ロイ」


いくさだから難しいのは分かります。でも、マーク兄さんならば出来ると思う。上手くこのいくさを終わらせる事が・・・あと、」 


「あと?」


「救われないままで生きてきた。迷いの森にた僕みたいなユークリッド王を、生まれ変わらせてあげて欲しい。本当はコッチがお願いの本命なんだよね。へへへ」



 この野郎、難しい事をあっさり言ってくれる。マークは大きなため息とともに思わず天をあおぐ。これは、難題だ。


「・・・・言っておくがあくまで可能ならばやってもいいだ。それは納得しておけよ? ロイ」


 ロイ・マクエルはゆっくりうなずくと、にこやかに笑った。


 ・・・そういや俺もお前も、お祖父様に救われて今があったのだったな。マーク・ザインはロイ・マクエルを睨みながらゆっくりと右手の指をピースサインのように構える。流石にロイも今度は鼻周りを警戒していた。



 

「言っておくがユークリッド王の事を死ぬほど憎んでるトウ・オーカの説得はお前がやれよ、ロイ。戦で怪我けがでもして、それをたてにでも説得するんだな。・・・なんなら看病してもらう名目めいもくで一夜を共にすごすとかはどうだ? おー、凄いぞ一石二鳥だ! 上手くやれば姉妹揃ってお前にれるぞ! 最高じゃないか!」


「なぁぁぁぁ!?・・・な、なるほどぉ兄さん~〜!!マジか〜!そんな手がぁァあっァァ」


 ロイのすきを突き、マークは再びロイ鼻の穴に人差し指と中指を瞬時に突き立て持ち上げた。奇声がひびく。さすが思春期少年、エロい話に直ぐに浮かれる。これは貸しだからな、ロイ。しっかり返せよ。マークは鼻釣はなつりしたロイを天高く持ち上げた。


 奇声きせい嬌声きょうせいに変わったあたりでマークはロイを地面に降ろした。ロイは両鼻から鼻水をらしながらも『姉妹丼・・・』『18禁・・・』とつぶやいていた。ロイの呆けた顔にマークは思わず吹き出した。やはり思った通り、世界を面白おもしろくしてくれそうだよお前は。


 今度はマーク・ザインがにこやかに笑いながらロイ・マクエルの手を取り立たせてやる。

 しょうがない。総大将の命令だ、上手うまくやるさ。ただし、俺なりのやり方でだ。マークはガシガシと頭をくと、素早すばやく馬に乗り込み箔山峡谷の林をあとにしたのだった。











 川をえた丘ではガラコ軍、ユークリッド軍、そしてアズ軍もいつの間にかいくさの手をめていた。三軍の精鋭が集まるその丘の中央にユークリッド王とマーク・ザインが互いに馬に乗り、対峙たいじしていた。


 マークの口元にはうすら笑いが浮かんでいる。



薄汚うすぎたない目付きだ、ユークリッド王。いやおびえた畜生ちくしょうの目かな。お前は本当に王なのか? 悪い冗談だな。ただのケモノだ、お前は。くさにおいがする盛りのついたけだものだ」


「・・・めろ、暴言は聞くに耐えん。男と男の戦いに言葉はいらん。ただのがほこりと、こころざしけて戦え」


 先程から黒いフードの男から浴びせられるのはひど侮辱ぶじょくの言葉ばかりだった。槍が軋んだ音を立てている。ユークリッド王は先程から全力に近い力で槍を握りしめていた。くちびるを噛み締め、冷静に言い返す。


「ハハハ。誇りだと? いかんな可笑おかしくて俺の腹がよじれそうだ。女の手籠てごめにしか能がない外道げどうが誇り? なんの誇りだ?媚笑こびわらいの誇りか?」


「っ!いい加減、口を閉じろ! それでも武人か! 武人であるならば最低限の礼儀ぐらいは心得ておろう!!」


くさいケモノにれいがいるのか? 俺はさかった狂犬などに尽くす礼など持ち合わせてはいない。こんなケモノを生かす為に死んだ友とやらはとんだマヌケだな。憐れで無意味な人生だった。ハハハハハハ」 



 抑えていた感情がはじけ飛んだ。ユークリッド王は両足で力一杯、馬の腹を締め上げた、同時に馬が飛ぶように駆ける。雄叫おたけびとともに正面に居た男に向けて、ユークリッド王の右手から旋風をまとった渾身こんしんの槍が突き出された。

 人馬一体の螺旋槍がフードの男の胴体をつらぬいた。 



 ・・・・・・・・・・・かのように見えた。



 目の前に、30cm程の棒切れが4つ舞っている。ユークリッド王の槍はマーク・ザインに届く前に槍の尖端から手元まで曲刀によって寸断するように断ち切られていた。目にも留まらぬ光芒一閃こうぼういっせんの剣だった。


 ユークリッド王はその斬撃ざんげきが目をうたぐった。こんな剣技があるのか。もはや剣術といったたぐいを超えている。あまりに現実離れした光景に、ユークリッド王の動きが一瞬止まった。


 次の瞬間、右の脇腹に衝撃が走り身体がくの字に曲がる。そのまま髪の毛をつかまれ馬上から引き落とされた。咄嗟とっさに受け身を取ると跳ね起きて黒いフードの男の騎馬からをとる。腰の剣を抜き放ち、正眼に構えた。


 たった一度の突きで息が上がっている。全身も汗にまみれていた。ただ、脇腹はどうやら曲刀の峰打みねうちだったようで痛みはあるが斬られてはいない。あれ程の剣技ならば、槍を切り飛ばした時や、われが止まった時に容易たやすく胴を両断出来たはずだ。何故峰打ち?



「英雄ねぇ。それで? 次はどうする? 虫けら」



 黒いフードの男は馬から飛び降りると剣を一閃してわれめつけた。残忍にゆがんだ口元。嘲りの浮かぶ瞳。ユークリッド王の背中に戦慄せんりつが走った。なぶる、つもりなのだ。このわれを。


 手足を無くして悶え苦しむ小虫こむしの姿が一瞬、脳裏のうりに浮かんだ。逃げ出しかける足を必死にとどめる。



「お?なんだ? もう逃げ出す算段か? なにが英雄だ、くだらん。やはりお前の友は単なる阿呆あほうだったな。で、乳母とやらも生きていたら今頃は手籠めにでもしていたんだろう? 先に死んでいてよかったな」



 その言葉を聞いた瞬間に黒い殺意が全身を駆け巡る。気づいたら狂った様な叫び声をあげていた。前を向く。ユークリッドの目の中にはフードの男以外の全てが消えていた。


 ・・・今、自分が変わった事だけはっきりと解る。人でない単なる殺意の塊。ヒトの形をしたケモノ。狂ったケダモノに。



「・・・ゆくぞ。フードの男」


「・・・来い。ユークリッド王」



 ユークリッドは無言で走り込みフードの男に斬りかかった。交錯こうさくする。曲刀の一撃で左肩の骨が砕けた。同時に男の右腕からは血が噴いた。互いにその場で振り返る。どちらも致命傷ではない。再び対峙する。ここで殺す。もう迷いはない。


 再び切り結んだ。2合、3合と撃ち合いが続く。肘、肩、胸と衝撃が走る。痛みはない。はらの底からき立つ黒いかたまりが心を支配した。もはや恐怖も、おびえもなかった。ケモノなのだ。何かが目からこぼれ落ちる。黒い殺意の一部が水となって瞳から流れ落ちる。ユークリッドはそれに構うことなく男に飛び込んだ。










 アビスは二人の戦いを30m程離れた場所から見つめていた。何も出来ぬままにただ立ち尽くす。見れば周りの兵たちも動きを止めて、二人の戦いを見ている。ユークリッド兵たちがあるじの一騎打ちをけがすまいとほこを収め、劣勢だったガラコ軍や、いくさにやや消極的なアズ軍も戦いを中断した形になっていた。全軍がこの二人の戦いを見ていた。


 足元が少し震えている。すぐとなりにイル・バンバがいるが、うなり声を上げながら固まっている。一歩も動けない様だった。黒いフードの男マーク・ザインは驚くほどの強者ツワモノで、同時に全く容赦の無い、冷酷な男だった。


 マーク・ザインはユークリッド王の心をえぐるような言葉を次々に浴びせていて、それはさながらびついたなたで心を無造作に斬り付けるようだった。決して反論できない様に狡猾こうかつに、そして非情ひじょうに切り刻んでいた。


 今も二人の間に幾つもの旋風せんぷうが巻き起こり剣戟音けんげきおんうめき声が交錯こうさくしている。

 ユークリッド王の剣は一太刀ひとたち一太刀ひとたちが鋭いもので兵の2、3人ぐらいなら簡単に両断するほどだ。


 だが、マーク・ザインは王の剣のほぼ全てをはじき飛ばし、腕、肩、肘と峰打みねうちで撃ち抜いている。撃たれる度にユークリッド王の口からはうめき声があがる。動きの不自然さからすでいくつかの骨が砕けているだろう。

 それでも王はあきらめない。命を削りながら剣を振っている、既に血塗ちまみれだった。このまま、ユークリッド王は死ぬかもしれない。アビスはそう思った。



「アビス、儂のことは良い。リーレンのもとに行ってやれ。あ奴、下手をしたら王を守りに飛び出しかねん。目的を忘れておるやも」


「バ、バンバ殿、・・・わ、解りました。リーレン様の元に戻ります。せ、戦局は不透明です。ご武運を」


「リーレンを頼む、アビス」



 アビスは飛ぶように馬を走らせ、リーレンの元に向かった。そして考えていた。ユークリッド王の悪行は決して許されないし、私も許す気はない。だが王の不遇ふぐうもリーレン様から聞いていた。少なくない民が王に同情的な気持ちを持っている事も知っている。



 この不幸で悲しい連鎖の行き着く先は、ユークリッド王の死以外はあり得ないはずなのだ。私も、無惨むざんに殺された娘たちも、遺族も、それを望むだろう。だが、涙を流しながらボロボロになってでも剣を振るう今の王の姿に、何故かにくしみの心がにぶり始めている。何故こんな事になってしまったのか? どうすればいいのか? なにが正解なのか? 頭が混乱しそうだった。


「お姉ちゃん・・・」


 誰かこの、覚める事のない悪夢から救って欲しい。視線を上げて空を見た。視界がにじむ、いつの間にか涙がこぼれていた。誰かの嗚咽おえつが聞こえてくる。かなしみの嗚咽。



 ・・・それは、自分の嗚咽なのだった。





実は次話においてある事を企画しております。

何をしているかは直接次話をご覧下さいませ。


この企画を気に入ったと言う方は是非

「いいね」をお願いしますね〜。


これからも「超絶!コミュ障騎士!」を

宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ