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ロイ・マクエル受難の日々㉚



         第52話



       「決意と報い」






「っっ!ぁァあっァァ・・・!」



 アビスの口から嘔吐おうとのようなうめき声がれる。ユークリッド王が馬上からウルグ・リーレンに向けて槍を振り下ろした。そしてリーレンはゆっくりとひざくっするように座り込んだのだ。

 その様子を軍勢の隙間すきまからたりにしたリーレン軍の女武人アビスは血を吐き出すような叫喚きょうかんの声を上げた。



「っ!嗚呼ぁぁぁっ!! おのれっ! ユークリッド王っ! 殺してやる殺してやる殺してっっ!!」 



 ユークリッド軍の後方こうほうから襲撃を仕掛しかけて来ていたアズ軍に軍監くんかんとして追従ついじゅうしてきたアビスは、単騎で跳び出していた。


 私達姉妹は両親を早くに亡くした。途方とほうれる自分たち姉妹を、リーレンは娘の様に面倒みてくれた恩人おんじんだった。ユークリッドは姉だけでなく恩人まで手にかけたのだ。怒りで、全てが吹き飛んだ。


 ガラコ軍とき合っていたユークリッド軍だがすさまじい殺気を放つ騎馬の特攻に、思わず向き直ってアビスに襲いかかった。


 左右から突き出されてくる槍を斬り飛ばし突き進む。2騎3騎4騎と斬り倒したところで完全に取り囲まれた。1騎のみで突出しぎていた。アビスは瞬時にわれに返り舌打ちをした。これでは、逃げられない。姉の顔が浮かんだ。


「・・・すみ、ません、リーレン様。もはや、これまで。私も、お供します」


 アビスは血塗ちまみれの剣を首に当てた。こんな戦場で女武人がとらわれたらどうなる? 何十人もの男になぶり尽くされる。火を見るより明らかだった。

 おまけに相手はあのユークリッド軍なのだ、なぐさみ者になるくらいなら死を選ぶよりほかなかった。首に当てた剣を引こうと目をつぶり力を込めた。



「こんなところで死ぬのが君の人生なのかい?」



 ハッとした。耳のそばで声が聞こえた。顔を上げると取り囲んでいた5騎の騎馬兵の首が一瞬で吹き飛び、血が噴き出していた。あ然とした。


 首を失くした騎馬兵を蹴り落とし、その男は馬を奪うと此方こちらを見る。少しドキリとした。黒いフードの男。マーク・ザイン。一見、華奢に見える身体付きだがフードの影から覗く目は猛々しい光を放っている。一体何者(・・)なのだあの男は? アビスはあかくなりそうな顔を振って、気持ちを切り替える。ここは戦場だ。



「馬鹿者、一騎で突っ込みすぎだアビス。きもえた。・・・気持ちはわからぬでもないが」


「も、申し訳ありません、バンバ殿。陣形をみだしました。もう落ち着きました、大丈夫です」



 後方からアビスを10騎ほどが取り囲むように出てきた。突出したアビスにアズ軍の騎馬隊が追いついた様だ。すぐとなりにイル・バンバが心配そうに騎馬を寄せて来た。



「ならば良いが、あのマーク・ザインがいなければあやうかったぞ。あとで礼を言っておくのだな」


「は、はい。マ、マーク様はすさまじいまでの達人ですね。剣筋を全くとらえられません」


「フフフ、マーク様ときたか。儂もじゃアビス。なんでも東方異国の地で身に付けた『異形の剣』だと本人は言っておった。あの者が突破口となってユークリッド軍に穴が空き始めている、続くぞアビス」


「はい、バンバ殿には私が付きます。ご安心ください」


「決してあせるなよアビス。じきにユークリッド王にまみえる筈だ」


アビスははやる気持ちを押し込めた。あの剣の達人ならば必ずユークリッド王の元に連れて行ってくれると思った。









「・・・・・・・・儂は、生きておるのか?」



 ひざまずいた目の前にはひしゃげて切られたかぶとが落ちていた。リーレンは左手でズキズキといたむ頭を触るが、血は・・・出ていなかった。

 兜を槍で断ち切られた衝撃による脳震盪のうしんとうで一瞬気を失い、ひざを折って座り込んだ様だった。


「・・・・・・・・・何故に首を取らん、王よ。男の死にざまをもて遊ぶつもりか? それとも上手く軍略に嵌めた事を得意気にでも語るつもりか?」


 リーレンは朱槍を握る手に闘気を込める。螺旋槍を受けた時のしびれた手はすでに止まり、王の立ち位置は槍の間合いの中。馬上と地上の違いはあれどたがいに必殺ひっさつの位置だった。


 ガラコ軍左翼は既に打ち破られ、今は何とかガラコ中央部隊が正面のユークリッド軍と左翼を打ち破ったユークリッド別働隊(・・・・・・・・・)の挟撃を支えていると云った格好だ。アズ軍がユークリッド軍の背後を攻め立てているがまだ時間がかかるだろう。


「正面軍しかいないと思ったのが敗因かな、リーレン。それに例えバンバのジイ様が来てもユークリッド軍の総力を上げれば打ち破る自信がある。われが先頭に立てばな」



 さっき王がはなった人馬一体の螺旋槍はすさまじいの一語に尽きた。戦場に身を置いて30年になるが、あれ程の槍はほとんど目にした事はない。確かに今の王が相手ではアズ軍が来ても分が悪いだろう。しかしここまで戦局が劣勢になったのは一騎打ちのせいではなく、たった一手の奇襲部隊によるものだ。リーレンは左手の川に目を移す。木々に隠れているが大きい川が流れている。



「・・・退却して来る兵たちを橋を渡らせないで纏めておき、川向こうでガラコ(我が)軍の背後に移動させる。しかのち、別働隊となり川を渡ってガラコ(我が)軍の背後からの奇襲部隊として突入する。そんな戦術でありましょう? 決まれば大きいがけの要素が強いですな。良策とは云えません」


「相変わらず手厳てきびしいなリーレン。だがわれはこの戦術には自信があったぞ。退却兵の士気は低くなかったし、自国のとりでの反乱の話に消沈でなくいきどおる事も簡単に予想はできた。それに我はこの川の事を昔からよく知っていた。川を挟むようにしげる木々は兵の姿を隠すし、最近は雨が少なく川の流れもゆるやかで紐をしっかり張ればそれを伝って渡る事は容易よういだ」


 よく見ている。リーレンはそう思った。

 いくさやぶれようとも兵をまとめ上げ、士気も高い。地形から天候まで知り抜いて策を立て、戦闘になれば先鋒として槍を振るう。その姿はかつての弓の英雄、『弓鳥のユークリッド』を思い起こさせた。自然と身が引き締まる。数年ぶりの感覚だった。


 この王なら、この覚醒した王ならば今のユークリッド国を任せる事が出来るのではないかと思った。だが敗将である儂にそれを見ることは出来ない。


「敗将の戯言ざれごとでありましたな。見事なり我が王よ。さあもう良いじゃろう、我が首をねられよ。この首を掲げればガラコ軍は降伏する。アズ軍もほこを降ろすじゃろう。願わくばガラコとりでの兵は罪に問わんで欲しい。主だった者は仕方ないが砦の者とて国の民でもある。最後の頼みじゃ」


 英雄たらんとする王の勇姿ゆうしを見れぬのは残念ではあるが、反乱軍の首領の一人としてこのいくさのケジメは着けねばならん。マーク・ザインには申し訳ないが、この首でこのいくさは終わりにすべきだ。




「・・・そんな皺首しわくびなどを刎ねてなんとする? 我はこれからやる事が多い。友と乳母に誓った英雄にならねばならん。お前はユークリッド軍の将軍となり、我に代わって馬車馬ばしゃうまように兵の調練にはげんでもらう予定であるからの。フォフォ」


 ユークリッド王は殺気をおさえると槍を肩にかつぎ、リーレンに向けてニヤリと笑いを浮かべる。数年ぶりに見るユークリッド王の笑い顔、まだ王子だった頃に見た優しげな笑顔をリーレンは思い出す。岩のごとき右手から力が抜けていく、そこには深い闇の底に沈んでいた『愚王』の姿はどこにも無かった。









「・・・・・いささか虫が良すぎます。手遅れですね」



 ユークリッド王の背後を守っていた近衛騎馬が吹き飛ぶようにはじかれた。そして奥から異様な曲がり方をした曲刀を水平にかまえた騎馬が姿を表す。ユークリッド王の全身が一気に総毛立った。強者ツワモノが持つ特有の気配、先程も感じた。『黒弾アルト』を見た時だ。


 届かぬ英雄への焦燥しょうそうが胸を黒くがした。だが『黒弾アルト』に出逢った時のように無様ぶざまわめき散らしたりはしなかった。今のわれは英雄への夢をあきらめた負け犬ではなく進むと決めた一個の武人なのだ。



「リ、リーレン様! ご無事でしたか!?」


「おお、アビスか。この通りピンピンしとる」



 親しげに会話を交わす親子の様な会話を横目に見ながら、ユークリッド王はアズ軍の急襲が思いの外早い理由が目の前の黒いフードの男にあるとぐに解った。さらに奥からは見知った顔の男が疲れた顔で姿を見せた。



「リーレンとどの様な会話があったか存じませんが我が王よ。マーク・ザインの言葉通り全ては手遅れです。もはや貴方を王と認める民はほとんどいない」


詭弁きべんだな、バンバ。民に認められて王になった者などいない。元々我とて認められて王になった訳ではなく、乳母の復讐のためや領地安寧のために便宜的べんぎてきに王位に着いたに過ぎない。それにそう言って王になる利点を並べ立ててそそのかしたのは果たして誰だったかな? イル・バンバ」


「・・・・・・・・・」


「信念なき者などただ小人しょうじんである。それがお前の口癖くちぐせだったなリーレン。其のとおりだ。そんな事すらも、友に殴られるまで気づきもしなかった」


「・・・・・・・・・」


「我に忠誠を誓い死んだ友のために、我は王のまま英雄になる道を望ぶ。だから王位は譲れん。リーレン、バンバ。異があるならば力で答えよ。戦乱の世に相応ふさわしくな」


 槍を構えたユークリッド王の身体から再び覇気がみなぎった。連戦に次ぐ連戦。それでも絶えることの無い闘志。ウルグ・リーレンとイル・バンバ。ユークリッドの二傑と云われる二人は明らかに戸惑いを見せていた。今のユークリッド王からは確かに英雄の片鱗へんりんが顔をのぞかせている。



「っふっ、ふざけるなよっ!! ユークリッドっ! 私の姉を殺しておいて! 大勢の女たちをもて遊び使い捨てておいて! お前のような外道が英雄などになれるものかっ!」


 真っ赤に血走ちばしった目がユークリッド王をにらみつけていた。イル・バンバのとなりにいた女武人、アビスである。ユークリッド王はそれを一瞥いちべつしただけで興味無さげに視線を外した。カッと頭に血が上る。私とて武人のはしくれ。女だからと歯牙しがにもかけない気か。


 血糊ちのりの残る剣のつかを握った。例え自分が死んでも此処で本懐を遂げてみせる。考えていたのはそれだけだった。手綱を強く握って駆け出そうとした。その瞬間。誰かが手綱を握る左手を抑えた。



「アビス殿。武人であれば主君や上官に逆らう事は反逆はんぎゃくとなります。リーレン殿やバンバ殿は許されましょうがここで剣を抜いては貴方に残されるのは身の破滅はめつです。それが姉にむくいる道ですか? アビス殿」


 その冷静な声にアビスはなんとか感情をおさえられた。顔を上げるとそばにはマーク・ザインの姿があり、任せろとの手の合図に気付いた。

 声を掛けようと顔を見た瞬間にアビスの口から「ひっ」と怯えた声がれる。マーク・ザインの雰囲気が変わった。異質な圧と殺気がぜになったような気がはなたれている。アビスは息が詰まった。




「・・・・実に虫がいい話だ。そして遅すぎる決意です。私の目は冷徹ですよ、ユークリッド王。お二方ふたがたのようにじょうに左右されたりはしませんからね」



「き、貴様の差し金か? こ、此度こたびいくさは・・・」



 ユークリッド王がなんとか口に出せたのはそれだけだった。いつの間にか口の中がカラカラに渇いている。目の前の黒いフードの男からは『黒弾アルト』とはまた違う、だが同じ様に圧倒されそうな気が放たれている。情けないがなんとか逃げ出さずに踏み止まっている。そんなギリギリの状態なのだった。





「・・・・・・・・・気にいらねえんだユークリッド王、お前はプライドだけのただの臆病者だ。んだ目で夢を語っているがお前のやってきた事は抵抗出来ない女を手籠てごめにした事だけだ。其れを隠そうとこころざしかたっているだけの卑劣ひれつな恥知らずなんだ。この世にも、周りの誰にも、ゴミでしかないんだよお前は。何一つとして必要とされていない」

 

「お、おのれ、よくもそこまでの・・・」



 ユークリッド王は怒りに打ちふるえていた。マークにはそれが手に取るように解った。事実だからだ。何一つとして言い返せはしない。言い返しても自分がみじめになるだけなのだ。


「怒っているなら何故なぜさっさとかかってこない?理由を当ててやろうか。口先だけのお前は逃げ出す算段をたててやがるからだ」



 マーク・ザインのガラリと変わった口調に、丁寧ていねいで落ち着いた物言いしか聞いた事のないウルグ・リーレンやイル・バンバ、アビスなど周囲の人間たちは完全に面食らっていた。マークは苦笑する。感情がたかぶるとつい出てしまうもう一つの自分。


 しかしこれもやっぱり自分なのだ。粗野そやで乱暴な言葉使いは自分の無様ぶざまな少年時代に繋がっている。この少々の小才こさいを鼻にかける愚王には、少しばかり無骨で荒いしつけが必要だ。自分が腰抜けの臆病者と認めるところから始めないといけないだろう。お祖父様に任せるのは(・・・・・・・・・・)その後だ。ひょっとしたら死んだ方がマシだったと思うかも知れないが人が変わるとはそうゆう事なのだ。


 マークはゆっくりとユークリッド王に向けて騎馬を進めだした。お祖父様の元での死線を超えた鍛錬の先に、自分も、そしてロイも、何かを得たのだ。



 ロイ、これは一つ貸しにしとくぞ。マークは小さな声でそうつぶやいた。











 ───────────3日前、箔山峡谷。



「はあ? ロイ、お前急に何を言い出すんだ。ユークリッド王は外道の好色魔で間違いはない。あんな男の本音なんか聴く必要ないだろ?」


「解ってるよ。マーク兄さん。兄さんの調べてくれた情報で其れは間違いないとおもうんだ。だけど・・・」


「だけど・・・なんだ、ロイ?言ってみろ」


 マークは嫌な予感を感じつつも先の言葉をうながした。ため息しかでてこない。これから自分は3日間掛けてユークリッド国の砦長たちに造反を促す働き掛けをしに、箔山を出なくてはならない。よって、話は今聞いて詰めて於かなければならない。余計な仕事を増やすなよ。ジトっとした目でロイ・マクエルを見た。




「ユークリッド王を・・・・・・・・・・・」





 マーク・ザインはロイ・マクエルの突拍子もないお願いを最後まで聞いた後、突然鼻の穴に人差し指と中指を突き立て、持ち上げた。


 見事な鼻釣りを極められたロイは、痛みとも喜びともつかぬ奇声を早朝の箔山峡谷内に木霊こだまさせていたのだった。








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