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ロイ・マクエル受難の日々㉙



         第51話



       「王と二人の臣」






「不屈の王・・・との評価。なる程、バンバ殿の仰る通りでありました」


「どんなにすさんでいても人の性根は変わらないものだ、マーク殿。あの王は本来、強い王なのだ。膝を屈すると云う事がない。其処を見誤るとこの儂の如く腕を失くす」


 そう言うとアズ砦の砦長、イル・バンバは自分の左腕を上げクックックと笑い声を上げた。左腕は肘から先がない。前王への諫言が過ぎて怒りを買い、切り落とされたとの噂であった。


「・・・お言葉、しかと胸に刻んで置きましょう」


 アズ砦の軍勢の先頭で戦局を眺めていたマーク・ザインは、ユークリッド王の采配に少なくない驚きを感じていた。いくさ一敗地いっぱいちまみれ、僅かな供回りとともに息もえに橋を渡って来る。そう考えていた。


 それがどうだ。ユークリッド王は敗残兵を見事にまとめ上げるや、その1000の軍勢を率いて迷わずガラコ砦のリーレン軍に突っ込んだ。窮地きゅうちでの余りに早い軍の動きに、最初は突撃に見せかけた撤退かとマーク・ザインはうたがったほどだ。


 街道をはさんで向こう側の丘では激しい剣戟音けんげきおん喚声かんせいが鳴り響いていた。両軍は互角のぶつかり合いを演じている。鶴翼の陣が押し包むか、鋒矢の陣が突き抜けるか、大軍のぶつかり合いでない分、勝利の帰趨きすうは両大将の武勇による所が大きいだろう。



「噂どおりウルグ・リーレン殿の武勇は相当なものですね。ここにまで武威ぶいが感じられます。よくユークリッド王も付いていってますがやや厳しいでしょうか?バンバ殿」


「・・・マーク殿。王の武勇はあんな物ではない。しばらく戦場から離れ、腐っておったが元々は英雄を目指す俊英の青年であったのだ。儂ら豪族もイル・バルサラならば先代の王を越えると思い、王位に付いて貰ったのだからの」


「あのユークリッド王がそれ程の武勇の士であったとは意外です。犠牲を顧みない突撃か、大軍で押し包む手堅い戦か、戦略や戦術とは無縁の御仁との印象を持っておりました」


「速戦即決を好まれるのだな。戦は大軍で押し包むのが上策だが兵力差がないと時間がかかり過ぎる。少々の犠牲を無視して拙攻にて短時間での勝利を奪い物資の浪費を抑える。王に即位してすぐの頃のユークリッドは貧しかったからの。武勇一辺倒に見えて、見るべきところは見ておられた」




 マーク・ザインの横でくつわを並べて戦場をながめるのはアズ砦の砦長、イル・バンバである。バンバは細い目を更に細めると昔を懐かしむ様に王について語った。マークもそれに頷くと答えた。


「なる程。確かに私が感心するのは武勇でなく先代王の時代にたんしていた周辺国との関係も修復させて交易こうえきを再開させている事ですね。地道な干拓かんたく事業を行い、農地も拡大、開墾にも力を入れている。惜しむらくはあの悪癖、」


「もうよい、マーク殿。確かに国にとっては良き王だ。それは間違いない。だがいくら優秀でもこれ以上、箔山のトウ・オーカの様な娘は出すべきではないのだ。誰かが、いつか、止めねばならなかった、それだけだ」


 ユークリッド王を褒めそやすマーク・ザインの言葉をさえぎるようにイル・バンバはトウ・オーカの名を出した。


「私も同感です。ただ、王の廃位と討伐を勧めた私が言うのも何ですが、ユークリッド王はお孫様まごさまでしょう? 自ら出陣までなされずともよかったのでは?」


「ケジメじゃよ、マーク殿。イル・バルサラを王にしたのはこの儂とリーレンじゃった。リーレンの奴は王のやりの師で、学問がくもんの師は儂だった」


「・・・左様さようでありましたか。知りませんでした」


「幼い頃はよく王宮に出向でむいておったが王妃にうとまれてのう。先代病没前の数年は、全く会えずじまいだったのだ。だからか王の変質にも苦悩にも気づく事も出来ず王に推してしまったのだよ。身勝手みがってな言いぶんだがケジメなのだよ」


 イル・バンバはそう言うと暗い目で戦場を見つめ続けている。この国の調略で解った事だがユークリッド国内には強力な諜報機関があり、王宮以外の国内の至るところに情報網が張り巡らされていた。どうやらその機関の元締めはこの御仁である様だった。


 国家の情報を細部に渡り集める諜報部員を各地に置き、情報を集め治安維持に活かす。卓抜した内政の手腕で国力を高め武力を整える。恐らくこの人こそがこの国、ユークリッド国を支えて続けてきたのだろう。先王の無茶苦茶な戦の連続でも、この国が崩壊しなかったのはこの人の内政手腕であった筈である。武人ではなく、内政官として、特に国家の維持と運営においては間違いなく不世出の傑物であろう。惜しいかなユークリッドは先代も今の王も、この男の才を食い潰しているのだ。この辺境の砦に押し込めたまま。


 マークは不意にこの暗い目をしたバンバと云う男を死なせたくないと思った。昔の自分に少しだけ、かさなる気がするのだ。




 ウルグ・リーレンは武人としてユークリッドの民にしたわれているがあくまでも軍人だ。そしてそれはトウオーカも同じ。国内の戦後処理には煩雑はんざつな内政管理にけた者の手腕がいる。いつまでも軍人の手で軍政を引くわけにもいかない。


 王亡き後の統治には深い学識もあるイル・バンバ殿が絶対に必要だ。国家運営は数千人規模の砦や街の管理監督とは全く別物だからだ。戦後は優秀な内政官が指揮をとり、国家の体制を早急に作り直す。それが出来なければでユークリッド国は少なからず乱れるだろう。何としてもバンバ殿には生きて新王を補佐してもらいたい。

 マーク・ザインはそう決意すると両腰の曲刀の位置と、抜き手の方向を確かめる。視線は丘の向こうから来る騎馬を捉えていた。











 ────────── アズ砦の軍勢は錐行の陣で待機しており、一見してもその陣構えにきは無かった。アビスはリーレン砦長の伝令役を果たすためにガラコ軍の布陣していた丘から下り、街道を越えてアズ砦の軍勢の間近に近づいていた。


 たかが一騎の騎馬であるのに陣に近づくや、すぐさま騎馬が出て来て誰何すいかしてきた。動きは素早く、かつ無駄がない。流石にリーレン様と並び称されるイル・バンバのアズ軍。かつては二人とその麾下が、ユークリッドの守護神と恐れられたのも頷けた。間違いなく精鋭だろう。


 だからこそ、黒い怒りの様なモノが心を座喚ざわめかせた。アズ砦の長、イル・バンバ。貴方あなたは何故、ユークリッド王親子を止められなかったのか? 人望や声望があり、内政手腕に優れ、軍の指揮も見事なものではないか。父として、祖父として、貴方はリーレン様よりよほど王への影響力があったはずだ。貴方はもっと早くユークリッドの為に動くべきだった。

 アビスは怒りをなんとかこらえようと唇を噛み締めながら取り決めに従い、アズ軍の中に入って行く。 


 まだ幼い女武人ではあるが特に絡まれる事もなく、数回の誰何すいかのみでイル・バンバの近くまで通された。どうやら私がガラコ砦のアビスだと事前に知らされているようだった。その先読みの手際てぎわにも腹立たしさを覚えた。姉の死に直接関係がないのは解ってはいる。だがやはり殺意が漏れ出てきそうになるのだ。それを打ち消す様に八方槍はっぽうやりの図のある陣前で、名前を大声で告げる。


 待たされることなくイル・バンバの前に通されたアビスは、片膝を付き頭を下げ武人礼をもって伝令の内容を伝える。


「我が砦長リーレン様より伝令です。『そちら側は尻尾を頼む』それと『リーレンは再び虎殺しリーレンに戻る』とのことです」


 イル・バンバのとなりにいる男には見覚えがない。長いフードの様なモノを着込み、顔や身体を隠すようにしている。今の伝令を聞いて何やらバンバと言葉をかわわしている。この男がリーレン様の言っていたマーク・ザインだろう。多少なりとも剣を使えるなら気配で解るが只者ただものではなかった。視線に縛られ身体が動かせない。信じ難いが身体が震えていた。背中や顔にも冷たい汗が吹き出ている。


「ガラコ砦の女武人、アビス殿ですね。騎馬で此方こちらに向かって来る姿を拝見しておりました。小柄な体躯に長い髪を靡かせて丘を駆ける姿は気品すら漂っていましたよ。・・・・・・・ただ、あなた、少し殺気が出てますね。其れはどういった意図ですか?」






 目の前にいる伝令の女性は小柄だが堂々としていた。目には不敵な光がある。直感的にはら一物いちもつある事が感じ取れたので、マークは殺気を込めて問いただした。


「まさかとは思いますがそれがリーレン殿やガラコ軍の総意ではありますまいな?」





 隣の男の優しげな口調が少しずつ氷の声に変わっていく。震えて凍りつく程だった。


 アビスはここで覚悟を決めた。生半可なまはんかな言い訳が通用するとも思えない。私の本心を語り、そしてそれは私個人の感情でガラコ軍やリーレン様とは関係ないと語るべきだと悟った。顔を上げて姉の事を語ろうとしたところでイル・バンバがそれを手で制した。


「良いのだマーク殿。このアビスにとって儂は姉のかたきの一族なのだよ。あるじの方針とはいえその男に援軍の伝令など納得出来ぬのも頷ける。殺気もさほど気にはしておらん。本題に戻るがアズ軍はすぐさま出陣に移る故このまま陣中に留まり、出陣を確認されよ」


「あ、有り難う御座います。援護に即答頂き、心強い限りです、イル・バンバ殿」


 殺気から開放され、喋る事が出来た。それに少し意外だったがイル・バンバは姉の事を知っていた様な素振りだった。にも関わらずこんなにもあっさりと側に置くものなのか? それともとなりに腕利きの護衛が居るからこその余裕なのだろうか? 命を狙う刺客になるかもしれないのに何故なにゆえそばに置く? やはりどう考えてもわからなかった。


 イル・バンバは一瞬だけ空を見上げると、高く上げた右手を前方に振り降ろした。


「出陣する! 右翼500はユークリッド軍の空の陣地の占拠と橋の封鎖に向かえ! 左翼の500はガラコ軍を攻め立てている、ユークリッド軍の背後を突く。我に! 続け!」



 イル・バンバは振り下ろした右手でそのまま手綱を取ると、馬を走らせ始める。左翼の兵とマーク・ザインが後に続く。アビスもその横で馬を走らせる。


 同行させると云うことは軍監役をになえと云うことでもある。アビスは片腕で見事に馬を駆るイル・バンバの姿を見た。先代の王に左隻腕を切り落とされ現王には王族からの追放を受けた男なのだった。


 実のところアビスは肉親の情に流されてイル・バンバがユークリッド王につくこともあると考えていた。それが今、意外にもわずかの逡巡しゅんじゅんも見せずに自分の孫を討とうとしている。


 頭が少し混乱する。この男の生涯は骨肉の争いを繰りかえしている。姉を失うだけで私は苦しさと哀しみで引き裂かれるほどだった。この男の行動は理解が出来ない。それになぜ、リーレン様はこの男に信頼を寄せるのか・・・。



 イル・バンバの服の左袖ひだりそでが風にたなびいている。それをアビスは懸命に目で追うのだった。



 





 




─────流石の豪槍、流石の馬術。やはり我が師、猛将リーレンは強い。槍を合わす前から当然、解っていた事だった。




 己の持つ全ての槍技を繰り出したが見事な馬術であざやかにさばかれ続けていた。すでに槍を合わせる事30ごう、一騎打ちは20分にも達していた。肩で息をして、呼吸も大きく乱れてしまっている。空振りを誘われて消耗されられているのだった。舌打ちが出た、歴戦の男なのだ。こちらのあせりを上手く引き出させられた。



「中々の槍使いですな、王。だが惜しいかな突きの動きが直線的に過ぎる。故に予測も立てやすい。気迫の乗った威力だけは買いですがな」



「今更槍の教授とか、リーレン。老いたか?」



 まだ余力は残してある。それに平静をよせおおうとも解るぞ、リーレン。お主も僅かに呼吸が乱れ始めているな。我をわらべと侮るならばまだ勝機はある。確かにリーレンの打ち込みは鮮やかでその技も際立きわだっている。無念ながら槍を合わせあう普通の一騎打ちでは分が悪かった。


 しかし我は劣勢でも周りの兵は精鋭ガラコ軍を相手に一歩も引いてはいない。敗残兵とは思えない闘志、我の闘志が乗り移っているとしか思えない。ならば我も答えぬ訳にはいかぬ。



「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォ」



 再びユークリッド王は雄叫おたけびを上げて挑みかかった。人馬じんば一体いったいとなった王は、今度は馬ごと飛び込むように右手に持った槍を突き出した。槍はうなりを挙げながら螺旋らせんの動きでリーレンの胸元に迫る。

 リーレンもこの螺旋槍には抗しきれず槍を受けるのが精一杯で、馬ごと3メートル程後ずさった。馬がひざを折る。リーレンの両手もしびれていた。驚くほどの剛槍。槍の技などではなく、戦場で振るう戦人いくさびと槍だった。


 そして王の奮戦はユークリッド軍をさらにふるい立たせる。そして徐々にだがユークリッド軍がガラコ軍を押し始めていた。

 この師を超えねば友に誓った約束などを果たせはしない。悪いがリーレンその道、退いてもらう。王は箔山峡谷の別れを思い出し、馬の横腹を蹴り上げる。リーレンの首を飛ばそうと駆け出した。その時。一騎の騎馬が乱戦に侵入してきた。




「ユークリッド王! 後方から軍勢です! 八方槍はっぽうやりの旗! アズ砦の軍勢が突入してきました!」



「ちい。やっと来おったか、バンバめ。遅すぎるわ。王よ、これでみじゃ。諦めよ」


 後方にそなえていたユークリッド軍斥候からの伝令がリーレンの耳にも届いたのか、やや声を落としながら槍を握りリーレンは立ち上がった。ユークリッド王は槍を構えたまま動かない。闘志は消えていないがピクリともしない。


「・・・・・・・・・どうされた? ぼーっとして。イル・バンバならばこちらの味方ですぞ? 今の貴方は孤立無援。せめて最後は、潔くあられよ・・・」


 突然ガラコ軍左翼から喚声かんせい剣戟けんげきの音が聞こえた。リーレンは驚いて自軍の左翼を確認した。何者かが左翼部隊を襲撃してきていた。いや、完全に不意を突かれたのか左翼後方は崩れかかっている。



「・・・ば、莫迦ばかな。あ、あれは王軍、か? ど、どこから来たのだ?王軍は今正面にいる1000人程の部隊しか」


「勝利と敗北は紙一重かみひとえ。リーレン、お前が何時いつもも言ってきた事だったな。それにやはり老いた。いくさ最中さなかに一騎打ちを忘れるとは」


 いつの間にかウルグ・リーレンの目の前に馬を寄せていたユークリッド王は、槍を頭上から振り下ろした。







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