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ロイ・マクエル受難の日々㉖

ユークリッド王の王子時代。




         第48話



       「忠魂は胸に」





「なんだ、なんだ。君は? だらしないなあ。10kmほど歩いたぐらいでもうヘロヘロじゃないか? そんな貧弱では僕の近衛このえはつとめられないな」


「ちょ、王子 勘弁かんべんして下さい。なんで荷物を背負って徒歩なんですか? 普通は馬に荷物を載せるか馬車ですよね。・・・いやいや違います違います! 歩いて領地を見てまわ、いや視察しさつ自体じたいがまともな公務こうむではありませんよ? 異常な仕打しうちと言ってもいいくらいです。なんで断らないんですか?」


仕方しかたがない。母上から父がいくさしたがわせた豪族の村視察むらしさつめいじられたのだ。一応は王族の仕事だ、拒否きょひは出来ない。ほら、荷物を半分持つから文句を言わず頑張がんばれ」


「これは僕の仕事だから結構けっこうです。それに異常の意味をちがえないで下さい王子。村視察の事ではありません。僕が言いたいのは、馬車や馬はおろか護衛ごえいもなしで視察を命じる王妃おうひ様がまともではない、と申しているのですよ。断るべきです」


せ。もう少し行けば川沿かわぞいに村がある。暗くならない内に辿たどり着いて宿を取らねば野宿のじゅくになるぞ」


「ひ、ひえ! マジっすか? 解りました! こんな野っ原で野宿なんて野盗やとうのいいカモです。急ぎましょう〜。」


「ハッハッハッ、冗談だ、冗談。焦りすぎだ。それでも騎士の家系か情けないな。この辺りに野盗なんていないから安心しろ。まあ少し早いが座って休んで行こう。10分だけでも休むと全然違ってくるさ」


「ふぅ〜驚いた。悪質な冗談は止めて下さい、王子。待ってて下さい。いま飲み物出しますね」


「君も案外、図太いな〜。流石に僕なんかのお付きを引き受けただけの事はある。ハッハッハッ。」





 城からおよそ10kmほど郊外の街道を僕と歩きながら話をしているのは、このユークリッド国の第一王子である少年だった。ここまで道程どうていを歩いているときもニコニコと笑顔をやさない、ほがらかな王子だった。


 しかし目の前で闊達かったつに笑って話をするこの少年には、露骨ろこつおとしめられた悪意ある渾名あだなを付けられている事は、国中の誰もが知るところでもある。



わらい】の軟弱なんじゃく王子、ユークリッド・イル・バルサラ。



 このバルサラ王子に対して王宮の執事や使用人、メイドたちは声を掛けられない限りは見向きもしないらしい。みなが王子と接する際は一切いっさい無表情で通していて、最低限のあいさつのみの状態が続いていると。そう、僕は母から聞いていた。


 そしてバルサラ王子は一国の第一王子でありながら、身の回りの事はほとんど自分でこなしているとの事だった。僕が知る限りではとても王族の跡継あとつぎへの待遇たいぐうとは思えない。一体いったいなぜなのか?



 母によくよく内情を聞いてみるに、全ての元凶は、ユークリッド国の王妃様にたんを発している様だった。


 自分や夫のユークリッド王に全く似ていない容姿の王子が生まれた事で、不倫ふりん勘繰かんぐられた王妃が露骨ろこつに王子を嫌悪けんおしている。それが結果として放置とゆうかたちになっていて、周りもそれに従っているらしいのだ。


 母に放置され、王妃の目を気にする周りからはぞんざいに扱われていた王子を不憫ふびんに思った母は、乳母を辞めた後も何くれとなく王子の身の回りの面倒めんどうを見ていてそのまま今に至っている。




 今回の視察も王妃の思いつきから15歳になったばかりの王子たった一人に、領地りょうちの視察をさせるという王妃の指図さしずなのだった。

 せめてお付きの者ぐらいは付けるべきと母が王妃に直談判じかだんぱんして許可を取り付けたらしいのだが、王宮からは誰も出さないと言われた為に乳母の息子である僕がり出される事になったわけである。


 けれどエグルストン公国に騎士留学中だった僕は、母のこのやり方にはおおいに不満があった。めしわされている王子の為に息子の人生を台無だいなしにする気かと。内心は今も苛立いらだちがくすぶっていた。これで王子の人柄が最悪だったらとっくに放り出していたところである。


 母との言い争いを思い出して、再び大きなため息が出た。そして見るともなく、となりで僕と同じように寝そべるバルサラ王子を見た。この不遇ふぐうな王子の胸に宿やどる想いとは如何いかなるものなのか、少しだけ興味が湧いた。



 ・・・ん? 上を向いている王子の様子が変だ。なんだ? 顔が、けわしい?声を掛けようと軽く息を吸い込んだ。



「おい。起きているか。あたまを上げずにそのまま聞け。不味まずい事になった」


 突然の王子の言葉でわれかえった。小声こごえだが王子の声が緊迫きんぱくしている。どうしたのだ?何も起きていないが。


「どうやら囲まれた。手練てだれだ。君は武芸は?」


「え、え、か、囲まれ、あっと、武芸はぶ、武術訓練校に入ったばかり、です」


「・・・・わかった。君はあわてずせていろ」


 思いもかけない返答にしどろもどろになりながら答えた。かくれていろという事なのか? ゴクリと生唾なまつばを飲み込む。気配はまったくない。もし本当に周りに潜んでいるのだとしたら、とても僕にの立つ相手ではない。で、でもなんでだ?野盗やとうはいないって言って、




 不意ふいに黒い影が僕の上を走る。剣戟音けんげきおんが2度3度と聞こえた。顔を上げる。王子が街道かいどうの道を走っている。それをすがるように2つの影があとを追う。


 いきなり止まった王子が雄叫おたけびを上げて飛び上がった。気魄きはくもった大上段から剣による打ち下ろし。旅装りょそうに身を包んだ男が血をしながら吹きんだ。

 もう一つの影が体勢を崩した王子に斬りかかるが、剣ごと右手首をばされて後退こうたいした。

 いつの間にか3人の男たちが王子を3ほうから取りかこんでいた。街道に血なまぐさいにおいが立ち込める。僕は初めて見る命のやり取りにマトモに立ち上がる事も出来ない。立とうにもひざちからが入らないのだ。



「・・・全部で5人、だな。やとぬしは、ユークリッド王妃か? 倍の金を出そう。此方こちら寝返ねがえらないか」


「・・・・・・・・・」 


 王子の問いかけに無傷むきずの男3人は無言をつらぬいていた。それに王子の口から王妃の名が上がったのに驚いた。コイツらは刺客なのか? 一体誰が僕らを、いや王子を狙って。


 ・・・王妃、なのか? が引く。自分の子供に暗殺者を向けるなんてマトモじゃない。な、なんでそんなに冷静でいられるのですか王子?



「ダンマリか。1名は生かして捕らえるぞ。聞きたい事がある、」


『ダッ』『ダッ』『ダッ』


 言葉が終わらない内に3人が一斉いっせいに王子に飛び掛かった。王子は一人を切り捨てながらわきを転がって抜けてくる。そのすりぎわに背中を一人に切られた様に見えたが、その相手の足を払い転倒させると一瞬いっしゅんで首を切りいた。血を噴水ふんすいのように噴き出したまま倒れる。


 これであと一人だ。王子のすさまじい剣のえに残りの一人がたじろいでいる。僕は目が離せなかった。


『シュカ!』「があっ」


 王子の右手から剣が消える。何かが僕の横を通り過ぎると後から呻き声が聞こえた。慌てて後ろを振り返る。


「ひっ!?」


 頭を剣に貫かれた男が血を飛ばしながらたおれていく。一瞬いっしゅん混乱こんらんする。さっき手首を飛ばされ男だ。いつの間に僕のそばにいたんだ。



「うおおおおおおおおお」


「ぐううううううううう」



 雄叫おたけびで我に返った。声のする方を見る。



 王子の胸から剣がき出ていた。



 王子の後ろにさっきの男がいた。



 僕を助ける為に剣を投げて、



 丸腰になったところを後ろから刺された。



 刺された、刺された、刺された、



 僕を守る為に刺された。






「うああああああああああああああああああ」





 そばで倒れていた男の左手から剣をひったくると王子を刺した男めがけて突進とっしんする。


 男から王子が離れる様に倒れ込んだ。剣ごと王子から手を離したんだ。男は丸腰になった。雄叫びを上げたまま飛び込んだ。





 グニャりとしたいやな感触が手に伝わり、僕と男はくっ付くように地面に倒れ込んだ。


 起き上がろうとすると男の両手が僕のくびに掛かった。凄い力で締め上げてくる。その体勢のまま二人で転がりながらマウントの取り合いになる。



「ぐうううううううう、がああああああ」



 僕は両手に持った剣を出鱈目でたらめひねくり回す。そのたびに男の血が吹き出し全身に血をびていた。徐々に頸にかけた手から力が抜けてくる。やがて男の手はちからを失くし、僕の頸から離れて落ちた。


 それでも僕は手を動かし続けた。コイツは、この男は、王子を、殺したのだ、王子は僕を助ける為に、死んだ。死んだ。血がそこら中に飛び散って、・・・頭が真っ白になる。呻き声が耳から離れない。止められない。いや止めなクテいいンだ。殺せ、コろせ、コロセ、






 僕の右肩に手が乗った。あわてて振り向いた。



「もう死んでる。もう大丈夫だ。落ち着け」



 後ろには死んだはずの王子が立っていた。手が止まった。一瞬、何が起きてるのか分からなくなる。



「張り切りすぎだぞ君は。これじゃ雇い主も何も聞けないじゃないか〜」



「あ、す、すみ、すみませ、ん・・・・・」











 僕は王子にうながされるままに5人の男の死体を林の奥に隠すと、近くの川で身体からだの血を洗い流して服を着替えた。すると疲れのあまりか、そのまま草むらに倒れ込んでしまった。なまりのように重くなった身体を動かし、かろうじて仰向あおむけになる。空に目を向けると雲がゆっくりと流れて行くのがよくわかった。



「さっき、剣をわきはさんでいたんですね。僕、王子がされた様に見えました、めちゃくちゃ焦りました。なんか、有難うございます。やっと落ち着いてきました」



「それはよかった。初めてだろ、血をびたのは? 真っ青な顔してたから無言で働いてもらったんだ。人にもよるけど混乱のあまりいきなり自殺を選ぶ人もいるからね」


 そう言って王子は笑った。その声はとても暖かい響きとなって僕の身体にった。僕は正気を無くした獣ではない、と感じさせてくれる。嬉しさがこみ上げてくる。



「お、王子、強いんですね。僕、驚きました」


 草むらに寝転ねころがったまま、僕の口から出たのはそんな簡単な言葉だった。王子には色々聞きたい事はあったけど、何故か出てはこなかった。ただただ、嬉しさのままに口走った。


「ああ、そんなに大したことじゃない。一度戦場に出ているからまよいがないだけなのさ。僕より強い兵士なんてそれこそゴマンと居る。軍隊に身を置いても僕は精々(・・)校尉止まりさ。・・・父にも言われたんだ『お前は将たるうつわじゃない、英雄なんかにはなれない』ってさ」 



 『英雄』・・・。



 子供の絵本にでも出てくるような言葉だった。現実としては僕なんかには想像もつかない。ユークリッド王は確かに世界にも知られた英雄だ。戦う姿は僕も見た事はない、きっと凄い人なんだろう。でも、そんなこと僕には関係ない。単純に腹が立った。



「それは全然ぜんぜん違いますね。僕は絶対そうは思いません。ユークリッド王の目が節穴ふしあななんでしょう。僕から見たら王子の剣は『英雄の剣』です、それこそ世界一、いや天下無敵です。手を伸ばせば必ず天にも届くと思います」



 僕はさっきの男から奪った剣を空に突き出した。僕にだって分かる事が一つだけある。さっきの王子は自分の身もかえりみず僕を助ける為に剣を手放した。だれしもが出来る事じゃない。


 自分を命がけで救ってくれたこの人が、僕にとっての唯一の『英雄』に違いないのだ。ユークリッド王の言葉なんか、何の価値もない。



「ふふふ、天に届くとは大きくでたな。それ程戦場は甘くはないぞ? 信じられない程強い武人もいる。驚くような智慧ちえしゃもいる。英雄になるなどと夢物語のようなものさ」


 すぐ横に居る王子も、僕と同じ様に剣を空に向けて突き出した。剣を持つその右手はふしくれっていて、尋常じんじょうではない槍や剣の鍛錬のあとだと想像が付いた。訓練校の師範しはんより余程ゴツい右手なのだ。



「ならば王子、一つ賭けをしませんか?」


「おいおい、元気になりすぎだろ。賭け事って」


 僕は王子に向き直ると剣を脇に置いて、ひざまずこうべれる姿勢をとった。王子はそれを見てハッとしたようだ。直ぐに立ち上がると僕の前に立つ。



「永遠の忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕、をここに誓います。ユークリッド殿下」



「その忠信を受け取る。そのこころざし、失う事なかれ」



 決して失う事のない誓い。それをつらぬくのが私の賭けです。殿下。そしてその賭けは必ず勝ちます。















──────────────箔山峡谷入口前




「なんだいなんだいアルト・サラ、情けないね。取り逃がしたのかい、ユークリッド王を」


「思いの外、近衛兵達が頑強がんきょうでしてね、トウ・オーカ。貴女あなたの予想ははずれましたよ。簡単に逃げ出すとか言ってませんでしたか?」


「天下の『黒弾様』が言い訳かい? 聞きたくないね。こっちは先鋒のつぶれ役にてっしたんだからさ、男だったらそれに答えて欲しいもんだね」



 箔山峡谷入口にじんかまえたユークリッド軍本隊はトウ・オーカ率いる箔山治安部隊とアルト・サラ、ルベル率いるギルド傭兵部隊に散々(さんざん)に討ち破られていた。


 陣形は完全に崩壊してユークリッド本体軍5000は、散り散りになって逃げ出し始めていた。ユークリッド王はわずかに残った近衛兵達が殿軍でんぐんを務めながら退却中である。


元々此処で(・・・・・)ユークリッド王を(・・・・・・・・)討ち取らない(・・・・・・)戦略だ。無理押しすると逆に『窮鼠猫を噛むになるからあえて逃がすのが得策』とのマーク様の指示もあったであろう」



「・・・解ってるよ。じゃれてるだけさね。それにしてもあのマーク・ザインという男、鬼神か何かなのか? 何処どこまで見通しているのか想像も出来ないよ、空恐そらおそろしい気さえしてくるね」


「同感だ、トウ・オーカ。逃がすという事は当然、他の策を用意してある筈だ。生き延びられるか否か、あとはユークリッド王の運命次第であろうな」





 アルト・サラはこと切れて倒れている1人の近衛兵このえへいを見た。他の近衛兵たちを指揮して捨て石役となり、最後の最後まで立ちふさがった男だった。


 名のある武人であったのかもしれない。アルト・サラは黒鉄棒を地面に刺すと迷わずその近衛兵に武人礼をとった。トウ・オーカはその姿を見て呆気あっけに取られていた。普通は戦死した友軍の兵士にとるべき礼だからである。



 ただ、アルト・サラはこの者の忠魂ちゅうこんを、敬意と称賛で讃えたい。と、そう思ったのだった。










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