ロイ・マクエル受難の日々㉕
第47話
「伝説の黒弾」
『ヒュン』『ヒュン』『ヒュン』『ヒュン』
数分おきに100本 余りの矢がユークリッド軍本隊の頭上に撃ち込まれ続けていた。本隊は箔山峡谷の入り口付近に防御陣を張っているのだが、敵の別働隊とおぼしき部隊が峡谷の上に陣を構えて矢を放ってきているのだった。
「皆 慌てるでないぞ! 固く陣形を保て! 矢はよく見れば防げる筈だ、飛んでくる矢の数も決して多くはない。今しばらく耐えれば奴らの矢も尽きてくる。耐え抜けばコチラの勝ちだ」
ユークリッド王は乱れそうになる陣形を持ち堪えさせるのに指示を出し続けていた。峡谷の上から撃ち込まれる矢の範囲は広く、ユークリッド王の直属である第五大隊から左の陣を作っている第三、四大隊にまでその矢は及んでいた。
矢を遠くまで撃ち込む分殺傷能力は落ちている。しかし3大隊ともほぼ正面から敵部隊を受けているのに逆方向から矢が飛んで来て頭上に降り注ぐのだ、やや混乱を起こしていた。
こちらも弓隊が応戦はしたが敵部隊はほぼ直上から矢盾まで備えての攻撃で、現状は為す術もなく矢の雨に晒されている。峡谷の上に兵を出そうにも今の防御陣は崩せない。間もなくトウ・オーカが第五大隊の槍衾盾陣を突き破って出て来るもしれない状況なのだ。
ユークリッド軍は完全に後手後手に回らされていた。多勢であるにも関わらず、寡兵を相手に推しまくられている。大部隊の有利を活かせていない。采配が不味過ぎるのだ。小さな棘が胸に刺さった。
微かに救いなのが、左の陣に攻め寄せて来た【2つ剣の旗】を掲げた敵部隊だった。乱戦に乗ずる事も出来ずに左の陣の中でまごついていた。トウ・オーカの箔山隊や峡谷上の部隊に比べるとずいぶん見劣りがする。
あの旗は知っている。ギルドの傭兵部隊だ。歴戦の傭兵部隊との噂であったが、アテにはならないものだ。乱れた軍を相手に打通も出来ない。恐らくは部隊長が凡庸なのだろう。目算して500余りの寡兵のようだ。箔山部隊を片付けたらすぐにでも潰せる数だ。慌てる事はない。
それにしても驚くべきはトウ・オーカだった。武勇もさることながら思いの外、軍略も使う。自然と舌打ちが出た。それはある意味 我の目が節穴であると、あ奴に教えられている様なものだった。将軍に成り得る人材を見抜けずに、只の側女とした愚王だと。
そして武人としての我の器は、現場で兵を動かす校尉程度のモノなのだ。優れた王になる事、英雄と呼ばれる王になる事。既に忘れて久しい子供の頃の夢が、何故か今、頭にチラついていた。
母上を手に掛けた頃か、国王に即位した頃か、それとも媚び笑いを始めた頃なのか、乳母にだけ語ったその夢は、もう遥か昔に消え失せていた。怒りと復讐こそが我の王道なのだった。
何処かで自分が父王より優れているのだと根拠なき自信をもった。愚かな妄想に過ぎなかった。賊徒の討伐などは指揮する兵が多ければ誰にでも出来る事なのだ。事ここに至るまで、己の無能に気づきもしなかった。なんと未熟な王なのか。自分への怒りなのか指先が小刻みに震えている。
・・・だが、だがしかし、だ。
「トウ・オーカよ。お前は確かに傑物だ。武人としては我の及ぶところではない。しかし、未熟な王ではあっても兵力だけは遥かに勝る。数の勝ちは即ち戦の勝ちである。指揮官のお前さえ討てば全てはそう収まるのだ。この戦、最後は我らがユークリッドの勝ちとなろう」
ユークリッド王はトウ・オーカの奮戦を冷静な気持ちで眺めていた。いつの間にか濁りきっていたユークリッド王の目は、武人の光を放っていた。
「敵襲ぅぅーーーーーーーーーーー!!!」
突然 注進の声が上がった。トウ・オーカのいる右の陣でもなく、左の陣でもない。思いもかけぬ方角からだった。
────────────3日前箔山公民館
「ユークリッド本隊をオーカとわたしの両軍で挟さみ込んで撃破する、という軍略ではないと。そうゆう理解でよろしいですか? マーク様」
「理解が早くて助かります、サラさん。挟撃には違い有りませんが、トウ・オーカ箔山隊にはやはり先鋒役という名誉を担って欲しいのですよ。彼女と箔山の民の誇りの為にも」
「・・・理解はします。だがこれでは箔山隊は潰れ役になる。時間差をつけての突入よりもやはり同時突入による挟撃の方がより本隊の混乱を大きくできる。勝利がなにより優先すべきではないかと思うのですが?マーク様」
「実は名誉以外にも理由があります、サラさん。ユークリッド王はあれで中々の戦巧者です。過去の戦歴を見ると負けがないのですよ」
「ただの暗愚な王ではない。と?」
「そうですね。しかし戦の内容を良く見ると勝利はしても犠牲が多い。攻守の切り替えが甘いのか、攻めに偏り過ぎるのか、戦術眼はあっても軍略に乏しいのだと思います。」
「ほう。それは・・・惜しいな。勇猛な王は珍しい。だが軍の師はおらなんだとみえるのう」
「・・・・・・・・・・・・アイツに師などいるものか」
マーク・ザインの説明にロビン・ガトリンとトウ・オーカは感心した声と苦々しい声で、それぞれ対照的な態度を示していた。
「されどもし同時挟撃が成功して完全に策に嵌ったと判れば、流石にユークリッド王は形振り構わず退却を選択する可能性もあります。流石に総崩れにならないで陣形を保って退却されたら厄介です。此方は寡兵ですから追撃にも限度がある」
「・・・先ずはトウ・オーカの箔山隊を突入させ、一軍だけならばとユークリッド王に応じさせ噛み合わせる。一歩遅れて我らギルド部隊が突入する。それで完全に戦に引き込むという訳ですか? 上手く心理を突きますね。負け知らずの者なら尚の事、のってきます」
ギルドのルベルが感心しながら話を進めた。それをマークが引き継ぐ。
「ほぼ同時に進発して遅れをとる部隊ならば大した相手ではないとユークリッド王も見くびるでしょう。その上反対側から攻め寄せるのは勇猛な女傑トウ・オーカです。意識はどうしても箔山隊に向くでしょう」
マークは目だけでトウ・オーカを見る。オーカは押し黙ったまま目をつぶって身じろぎ一つしない。マークはさらに説明を続けた。
「箔山隊は真っ直ぐに王の首を目指して突き進む。その気迫は箔山隊全体を覆い、敵を圧倒すると思います。ユークリッド軍は最初かなり混乱するでしょう。どうですか、オーカさん?」
「・・・もし取れるようならばアタシがユークリッド王の首を取りにいってもいいのかな? マーク殿」
「構いませんが難しいでしょう。ユークリッド王もそこまで甘くはない。ここ迄で分かると思いますが箔山隊は囮です。無理押しはしないように、そこは逸脱しないで下さい。理想は王の眼前まで攻め寄せてユークリッド王の気を引くのが上策です」
トウ・オーカの問いにマークは丁寧で落ち着いた口調で返した。あくまで軍略を優先して欲しいと言外に伝えた。
「・・・なるほど。眼前で暴れ廻るトウ・オーカを見ていて、ユークリッド王に後を気にするゆとりはない。その背後から遅れてきた私とギルド傭兵部隊が陣を突き抜けて王の首を取る。そうゆう舞台をそこに仕込む、ということですね。これは恐るべき策略ですマーク様、貴方が敵でなくて良かった」
ハッハッと笑うアルト・サラを中心に作戦会議参加の全員が頷いた。だがマークはコホンと咳払いをすると話を続けた。
「実はもう一段、策があります。サラさん。ギルド工兵隊による弓の支援を行います。とある作戦をお願いしたいのです」
マーク・ザインによる、最後の作戦を聞いた全員が言葉を失っていた。余りに予想し得ない作戦だった為である。
その後はユークリッド本隊に騎兵隊が残っている場合や峡谷まで本隊が来ない場合の作戦を説明してこの日の会議は解散となった。
ちなみにロイ・マクエルだけは自分に関わらない作戦は興味がなく、終始居眠りをしていた。呆れるトウ・ユーナから足先を踏みつけられる事が2度ほどあった。
本人はご褒美だと大喜びで奇天烈な事を言い出したので横に居たサラがボディーブローで黙らせたのだった・・・。
──────────────貫かれた。
その男を一目見た瞬間、そう感じた。一体 何故そう感じたのか、ユークリッドには解らなかった。だが、確かに貫かれたのだ。自分の中にあるモノがこの男によって。
「そ、そ、そこの男、何者であるか! 名を名乗れ! 我はユークリッド国の国王である!」
何故か早口で捲し立てていた。舌打ちが出る。ここは戦場だ。敵に決まっていた。想定外の事態のためか、それとも違う何かのせいか、取り乱している。なぜ、何故に、我は焦っているのか?
改めて息を大きく吸い込み周囲を見た。そして周りの光景に息を飲んだ。20人以上もの兵たちが、あの男の振るった棒術によって木偶人形の様に吹き飛ばされてうめき声を上げている。
右の陣からでも左の陣からでもなく、別方向から単騎で侵入し、第五大隊の槍衾盾陣を軽々《かるがる》と粉砕して、我の目の前に現れたのだ。
陣内への驚くべき単騎侵入だった。そんな事が、可能なのか? まるで絵空事の中の英雄譚ではないか。微かに、胸が疼いた。
「私はアルト・サラ。主君の命によって推参 致した。ユークリッド王、その首を貰い受ける」
その名乗りを聞いた周囲の兵たちがざわめいた。
「あ、あ、アルトだ。黒鉄棒のアルトだ」「あ、ある。見た事があるぞ、確かに黒弾アルトだ」「ギルドの黒い悪魔・・・」「世界一の棒術使い、黒弾アルトだ。あれが・・・」
【黒弾アルト】確かにその名は聞いた事があった。黒い鉄棒を得物に戦場を暴れ廻る豪勇の武人だ。武功も武勲も数えきれない。どこの国にも士官せず、長く傭兵を続けていた筈だ。この男は間違いなく、英雄と呼ばれるだけの男だった。
やはりという気持ちと同時に、貫かれたモノがようやく解った。目の前のこの男こそ、かつて我の憧れた自分の姿なのだ。
忘れた筈だった。消え失せた筈だった。とうの昔に捨てた子供じみた憧れに、この男が触れて来るのだ。そしてこの男は父王よりもさらに強い。理屈ではない、直感で解る。
「我が首を取る。だと。笑止な! 単騎で陣内に侵入などとは身の程知らずが! ここでお前に引導を渡してくれる」
思わずそう言って声を上げていた。負けたくはない。この男を討ち取って我こそが英雄となる。その一歩をここで踏み出すのだ!
「ぼーっとするな第五大隊! 矢だ! 弓隊はありったけの矢を放て! 雨の様に浴びせてやれ! あ奴は敵だ! 此処で討ち取れぇぇぇぇぇぇぇぇ」
ユークリッド王の指示と同時に矢が撃ち込まれる。その矢で一瞬、空が黒く染まった。
『ブォンブォンブォンブォンブォンブォン』
黒弾アルトの周囲に凄まじい旋風が巻き起こった。雨の如く撃ち込まれる矢が次々力を失くして地面に落ちる。黒鉄棒の旋回のみで矢を打ち落していた。その技は神懸的ですらあった。
「おのれ化け物が! 盾兵突っ込め! 槍兵と二段で押し包め! 我に続けえ!」
御車から飛び降りていた。伝説の棒術使い、黒弾アルト。相手に取って不足はない。待っていろ、我がみずから素っ首飛ばしてやる。御車に備えられている槍を取ると黒弾アルトに向けて駆け出した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
雄叫び。黒弾アルトに殺到する周りの兵たちと共に突っ込んだ。兵たちが吹き飛んでいく。5人10人15人20人30人、止まらない。頭上に味方の兵が落ちてくる。
およそ信じ難い光景だった。だが間違いなく現実だ。我も兵と共に身体ごと突っ込んだ。槍が飛ばされ、次いで我も飛んでいた。その刹那、乳母の言葉が頭に浮かんだ。
『何事も怒りに流されるな』
『自分の力を何時測りなさい』
『そして誰にでも優しい王になって下さい』
その言葉こそが乳母の最後の言葉だった。
それを、何故か、忘れていた・・・。
地面に倒れ伏していた。頭を上げる。眼前には惨憺たる光景が拡がっていた。既に100人近い兵たちが倒れている。黒弾アルトは悠然と立っている。無傷、なのか? 兵たちも圧倒されたのか突撃を止めていた。
また怒りがこみ上げたが今度は冷静でいられた。ここに至るまで我が軍は陽動に陽動を重ねられて、翻弄されていた。
現状今なお、峡谷上からは矢を浴びせられて続けていて、第五大隊全体が混乱している。そしてトウ・オーカと黒弾アルトによって陣形もガタガタだ。もはやこの二人を討ち取る事は不可能だ。
ユークリッド王はその現実を認めざる得なかった。周囲の兵にも、もはや戦意はなさそうだった、負け戦だ。ようやくそれを、理解できた。
黒弾アルトを見る。黒い鉄棒を頭上で大きく旋回させると左脇に挟み、呼吸を整えて構えた。そして落ち着いた様子で我に目を向ける。
視線を交わす。殺気を込めた視線の威圧。すぐ横に、死が寄り添ってきたようだった。怯むわけにはいかない。雄々しい王として誇り高くあれ。せめて最期はくらいは美しく気高き王としてあの世で乳母と再会したかった。
「降伏せよ。ユークリッド王」
「降・・・伏・・・? だと」
予想外の言葉に呆気に取られる。 降伏だと? 戦に破れた王がおめおめと生き長らえて、無様に生き恥を晒せと言うのか?
「そうだ。もう勝負はついた、これ以上自国の兵の命を無駄にするな」
「降伏だとっ! 笑わせるな! 黒弾アルト。嬲る気か! ならばいますぐその首引き抜いてくれる」
再び全身に闘志が漲った。このユークリッドを侮らせはせぬ! 手元の槍を掴んで立ち上がる、その時周囲の兵に抑えられた。
「・・・この状況においてなお奮い立つか。だが王なればこそ出来る判断があるのではないか?」
「くどいぞ! 降伏などはない。男が戦に出たのだ。勝って生きるか、負けて死ぬかだ。お前は違うのか! 黒弾アルト!」
「・・・よい、覚悟だ。見事成り、ユークリッド王。せめて最後は一個の武人としてお相手しよう。いざ参る」
いきなり黒弾アルトの騎馬が棹立ちになった。怯えていた兵士たちが一斉に飛びかかったのだ。僅か5m先が一気に乱戦になった。
「除け! 除かんか! お主ら雑兵が我の最期の闘いを汚す気か!」
一人の近衛兵士が御車を引いていた馬を一頭連れて来た。
「ユークリッド王、お逃げ下さい! まだ終わりではありません! 再起を期す為にも此処は引いて下さい」
「逃げ、、何を言っておるのか!? 貴様ぁぁ! たった一人を相手に逃げ出せるかぁ!」
怒りの余りその兵士を殴り飛ばした。どこまで我を馬鹿にすれば気が済むのか! お前たちは黙って王にひれ伏しておればよいのだ。言う事を聞かぬか!
「この戦場は敗色濃厚ですがまだ城にも砦にも無傷のユークリッド兵が居るのです。一度引いて体制を整え直して下さい」
「お、お前、お前はいつも側におる側近の一人だな。我を怒らせてただで済むと思うのか? もう一度だけ言う。そこを除け、下郎!」
「御免!」
唸りを上げた拳が、頬に打ち込まれた。一瞬視界が暗くなり思わず尻もちをついていた。何が起きたか解らなかった。ジンジンと頬が痛む。殴られたのか? 我が。この兵士に。
「何事も怒りに流されるな。この言葉をお忘れですか? 我が王よ!」
『!!!!!?』
「な・・・なに、なんだと? 何故に貴様が、それを、その言葉を知っておるのか・・・?」
「王の乳母を務めた女性。その者は私の母でありました。なので存じておりました。殴った事、申し訳ありません。さあ早く! 早くお逃げ下さい! ここで死んではなりません」
「ま、待て。き、貴様は、貴様はどうするのだ? 直ぐそこに黒弾が迫っておるのだぞ!」
「私も、母の言葉を守ります。ユークリッド様をお助けせよとの、母の言葉を」
「し、暫し待て!馬はもう一頭おる!貴様も共に、」
「さらばです! 我が王よ!」
王の騎乗した馬に剣が突き立てられる。驚いた馬は飛ぶように走り出した。一瞬で黒弾アルトに立ち塞がっていた兵士たちも近衛兵士の側近も視界から消えていく。
慟哭の様な雄叫びが、戦場に響き渡った。




